第13話 100回目の結末
ムクロとメフィストは、用務員さんの身体を使って私たちを追い詰めていた。
攻撃を仕掛ければ、用務員さんの身体が傷つく。動きを封じようとしても、強引に魔力を暴走させて突破される。私たちは何度も攻撃の手を止め、そのたびに反撃を受けていた。
「どうしたんだい? さっきの威勢はどこへ行った?」
メフィストが笑う。
「彼を救うんじゃなかったのかい? 君たちが何もできずにいる間にも、彼の身体は壊れていくよ」
「黙れ!」
フレイアが剣を振るう。炎が触手を焼いたが、メフィストは用務員さんの身体で攻撃を避けた。フレイアは剣を止めるも、その隙に触手が彼女の肩を貫いた。
「フレイア!」
エルサが氷を飛ばし、触手を切り離す。レイが雷撃でメフィストを牽制したが、敵はすぐに体勢を立て直した。
このままでは、全員が倒される。
それでも、3人の誰も逃げようとはしなかった。
「……用務員さん。聞こえてますか?」
エルサが、攻撃を避けながら呼びかけた。
「あなたが何を考えているのか、私はまだ全部わかっていません。どうして私たちを遠ざけたのかも、どうして1人で戦おうとしたのかも。でも、あなたが私たちを守ろうとしていたことだけは、わかります」
黒い触手が彼女へ伸びた。エルサは氷の盾で受け止め、必死に言葉を続けた。
「だから、もう1人で背負わないでください!」
用務員さんの指先が、かすかに動いた。
メフィストの表情が変わる。
「余計なことをするな」
彼の身体から黒い魔力が噴き出した。触手が四方へ広がり、儀式場を覆い尽くす。私たちは床に押さえつけられ、身動きが取れなくなった。
「君たちは理解していない。彼は何度も死んできたんだ。誰かを守るために、自分の命を捨てることを繰り返してきた。今回も同じだよ。君たちを救って、自分だけが消える。それが彼の望みなんだ」
「違う!」
レイが叫んだ。
「用務員さんは、そんなことを望んでなんかいない! あの人は、私たちが無事なら本当に喜ぶんだよ。自分が傷ついても、何もなかったみたいに笑うんだよ!」
彼女の目から涙がこぼれた。
「だからこそ、私たちは苦しいんだよ……! あの人が平気で笑うたびに、私たちは自分がどれだけひどいことをしているのか、思い知らされるんだよ……!」
メフィストは楽しそうに笑った。
「それが見たかったんだ。彼が君たちを救うほど、君たちは自分を責める。彼が笑うほど、君たちは苦しむ。なんて素晴らしい関係なんだろうね」
その言葉を聞いた瞬間、私は怒りで身体が震えた。
「……もう、終わりにする」
私は立ち上がった。
肩の傷が痛んだ。剣を握る手も震えていた。それでも、私は剣を構えた。
「エルサ、レイ。力を貸して」
「もちろん」
「最初から、そのつもりだよ」
エルサが床を凍らせ、メフィストの足元を封じる。レイは雷撃を放ち、黒い魔力の流れを乱した。私は炎を剣に集め、正面から突っ込んだ。
メフィストは触手で迎え撃つ。私は何本もの触手を斬り落とし、彼の懐へ飛び込んだ。
「用務員さん……!」
フレイアの声が震えた。目の前にいるのは、何度も自分たちを救ってくれた用務員さんだった。しかし、その体からあふれる黒い魔力は、彼が自分の意思で動いていないことを示していた。
「無駄だよ。彼の体は、もう私のものだ」
メフィストが笑う。用務員さんは剣を振り上げ、3人に襲いかかった。
「避けて!」
エルサが氷の壁を作る。剣がぶつかり、氷が砕け散った。レイが雷を放つと、黒い魔力が揺らいだ。それでも、用務員さんは止まらない。3人を傷つけることをためらわないメフィストが、彼の体を無理やり動かしていた。
「用務員さん……!」
レイの声が涙でかすれる。返事はない。用務員さんの顔には、いつもの優しい笑顔もなかった。
そのとき、剣を振り上げた彼の手が、ほんの一瞬だけ止まった。
「……フレイア、さん」
かすかな声だった。用務員さんの意識が戻ったのだ。
「私を……、止めてください」
次の瞬間、黒い魔力が彼の体を包み、再び剣が動き出す。
「そんなの、できるわけないでしょう!」
フレイアは叫んだ。けれど、用務員さんは仲間を傷つけようとしている。放っておけば、今度こそ誰かが死ぬ。
エルサが氷で彼の足を封じた。レイが雷を放ち、黒い魔力を弱める。フレイアは剣を握りしめ、涙でにじむ視界の先にいる彼を見た。
「ごめんなさい……!」
フレイアの剣が、用務員さんの胸を貫いた。
彼の体から力が抜ける。剣を握る手が落ち、黒い魔力が消えていった。用務員さんは最後に、ほんの少しだけ笑った。
「みなさんが、無事で……よかった」
その言葉を聞いた瞬間、フレイアは剣を手放した。
「いや……、いやああああっ!」
エルサは氷を消すことも忘れ、膝をついた。自分が彼を止めた。レイも雷を放った。フレイアが最後に斬った。3人で、用務員さんを殺したのだ。
「また……、守れなかった……」
フレイアが彼の体を抱きしめる。エルサは何も言えず、レイは笑おうとして失敗した。謝っても、泣いても、彼はもう返事をしてくれない。
「ククク……。素晴らしい。愛する者を自分たちの手で殺した気分はどうだい?」
メフィストの声が響いた。3人の心に、深い絶望が広がっていく。
やがて、彼女たちの体から黒い魔力があふれ出した。悲しみも、後悔も、もう止められない。
「「「こんな世界……いらない」」」
3人は人間ではなくなった。世界を守るはずの祓魔師たちは、世界を滅ぼす悪魔へと変わった。
そして、世界は終わった。
100回目の人生も、彼女たちを救えなかった。




