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空中大陸に閉ざされた世界で、宇宙を見るためにできること  作者: 古井論理
二 竜王城址製造都市の混乱

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第6話 不穏近づく

 何かに驚いて、浅い呼吸とともに体を起こすと、そこは見知った艦長室であった。暗闇の中には、電気を点けなくても何となく自分の部屋だとわかる空気が広がっていた。しかし、それでも何かがおかしい。彼女はその「何か」を身の回りに探した。電気を点けて部屋を見渡すが、何も異常はない。振り返っても枕と寝台が取り付けられた壁しか見えない。ハル・カランベリは、久方ぶりに悪夢を見たのだと気づいた。夢の中で何があったかは覚えていないが、とにかく夢を見ていたことはわかる。枕はぐっしょりと濡れ、髪は汗でべったりと肌に張り付いている。何か嫌な感じがする夢だったのだろう、と推測した。


「さっきの夢は……何だったのだろう」


 枕もとの目覚まし時計を見ると、起きる予定だった時間より少し早い。青白い照明の下でハル艦長は布団から出て飾り気のないパイプフレームの寝台に座り、汗でべたつく寝間着を脱いだ。壁際に備えられた、飾り気のないクローゼットの上段から取り出した乾いたタオルで汗ばんだ身体を拭いてから、下段の引き出しの一番手前にある、ちょうど新しく支給されたばかりの官給品の白シャツを取って袖を通す。前のボタンをしめると、艦長は士官用防暑上着をハンガーから取ってそれを羽織った。標準ズボンを履いてベルトを締め、軍靴に足を入れる。防暑軍装が整ったところで、安全装置がかかっていることを確認して拳銃をホルスターに戻し、留め具のかみ合わせを確認してからホルスターをベルトに固定する。海軍支給の拳銃は、水鉄砲と形容されることもあるほどに不格好である。にもかかわらず、その存在を強くは感じさせないほどの重さから、兵員たちからの評価は概して好意的である。そうして準備万端で艦橋の発令所に上がるエレベーターを目指し、ハル艦長は居室の隣にある区画へと続く廊下に足を踏み出した。エレベーターを待つ間に、ハル艦長はふとあることを思い出した。エレベーターが止まったら階段を上る必要があるが、階段はどれくらい長かったか。そう思うといてもたってもいられなくなり、エレベーターの前まで来たというのに、エレベーターには乗らず反対側の壁面に設けられた細い階段へと足を踏み出す。階数表示の「十四階 上甲板」の文字を横目に無心で階段を上がっていくと、艦橋の前側にある様々な機器の配管や機材、格納されたアンテナが視界の端を過ぎていく。はっきりしてきた思考に聴覚が研ぎ澄まされてきたハル艦長には、自分が軽快に階段を上る足音だけが、静寂に満ちた艦橋後部の空間に反響しながら伝わっていくのが聞こえている。艦橋後部が絞り込まれて階段が途切れ、艦長は横に設置された先へ上る階段に移った。二十八階、すなわち目的地である艦橋発令所まではあとどれだけあるのだろうと階数表示を見ると、まだ二十四階である。上りきる自信はあるが、到着するのは予定通り起きた時と同じころになるだろうとハル艦長は予測した。二十五階の階数表示を越え、二十六階の手前に差し掛かったその時、上の階で誰かが階段に足をかけた音が聞こえた。急いで降りているようで、足早に階段を踏む振動が近づいてくる。誰だろうかと耳をすましていると、階段の上に白い髪がなびくのが見えた。どうやらヴォロス副長のようだと思っている間に、階段を上がってきている彼女に気づいたヴォロス副長は階段を降りる速度を上げた。


「艦長、お疲れ様です」


 ハル艦長を目の前にしたヴォロス副長は、足を止めて挨拶をした。ハル艦長は会釈をして挨拶を返す。


「お疲れ様。そういえばヴォロスくんはいつもここを使うの?」


 その質問にヴォロス副長は「軍務中ですよ、呼び方には気を付けてください」と指摘してから回答した。


「はい、健康のために毎日一万歩は歩くようにしているんです。艦内にいるとどうも歩くことが少なくてですね、自室もエレベーターのすぐそばですし……それで階段を使っているんです。けっこう運動になりますよ」


「そうだったのか、いい心がけだと思うよ。しかし交代時間はまだのはずだが……」


「なかなか上がって来られないので呼びに行こうと思っていたんですよ。普段から階段を使われるのでしたら……ああ、ごめんなさい」


 ヴォロス副長はハル艦長を見つめ、何か察したような表情をしたかと思うと百八十度向きを変え、ハル艦長の前を歩き始めた。ハル艦長はヴォロス副長のすぐ後ろまで追いつくと、ヴォロス副長の歩調に合わせて階段をどんどん上っていく。艦橋が近づき、上から漏れる艦橋後室の光が強くなるにつれて、ヴォロス副長はハル艦長にいろいろと意見を言い始めた。


「今日はまだいいですが、できる限り私たち乗員に心配されるようなことはしないでくださいね。技術復興省の研究屋だったころからの気になったことをすぐやる癖が抜け切っていないのでしょうけれど、ここは軍艦の艦内ですから。それにしても、今日はなぜこのような気まぐれを?」


「なんとなく、階段を使った際の所要時間が気になっただけだ。心配をかけてしまったなら、すまなかった」


 ハル艦長の言葉を聞いたヴォロス副長は、安堵の表情を浮かべながらため息をついた。


「なるほどいつも通りですね、わかりました。まあ、まだ交代時間には間に合います。そろそろ発令所ですよ、仕事の準備は済みましたか」


 ハル艦長がその言葉に顔を上げると、階段室の出口がすぐそこに来ていた。ハル艦長は、ふうと息をついて艦橋の発令所に入る。発令所にはいつも通りの程よく緊張した空気が滞留しており、ハル艦長が来たことに気づいた士官たちは敬礼で迎えた。

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