第5話 新たな謎
斉積雲の海から抜け出した刹那、眼下の荒原に埋まっている何かをまだ起動していたダイビングカメラがとらえたのを、発令所の士官たちは見逃さなかった。
「何か巨大な物体がこの下に埋まっています!」
「ダイビングカメラ、最大ズーム! 下方の物体を注視し、メインスクリーンに映像を回せ。映像は分析のため録画せよ」
メインスクリーンに表示されたのは、アヴァターラ級空中戦艦の残骸に見えた。船体は明らかに錆びつき、朽ち果ててはいるものの、在りし日の姿を想像することは容易であった。
「採集できるすべてのデータを記録しろ。年代測定を開始し、あの残骸についてわかることを探せ。副長、ここを頼む」
ハル艦長はそう言うと、エレベーターに乗って艦底の観測室に向かった。観測室に向かう廊下を歩きながら考え込んだハル艦長は、この異常に遭遇してからずっと頭の中でくすぶっていた違和感が大きな疑問に変わっていくのを感じていた。船体の下で、空間歪曲がエネルギーを放出し、真下に見えていた残骸の像が歪む。その振動を全身で感じながら、ハル艦長は艦底部観測室の戸を開けた。データを解析するべくコンソールを操作していた科学班の士官たちが敬礼し、研究者の顔になったハル艦長を迎える。彼女は士官たちに混ざって意見を述べながら、この残骸について報告書にどう書くべきか考えていた。そのとき、とある士官が残骸の写真を拡大して発言する。
「あの残骸、砲弾を受けた痕跡があるように見えます」
ハル艦長はその発言に、得も言われぬ悪寒をおぼえた。しかし、その悪寒の正体はわからぬまま、ハル艦長は科学班の士官たちに礼を述べて観測室を出る。一方、艦橋では、当直の若手士官たちが胸中に生まれた疑問を確かめるため、ヴォロス副長を質問攻めにしていた。彼らの疑問は、ハル艦長への信頼を超えるほどに好奇心を揺さぶっていた。マクノス航空主任はあきれた様子で彼らを見ているが、士官たちはそれに気づいていないようだった。
「艦長は未来、あるいは遠い過去からやってきた人物なのではありませんか?」
「副長、お答え願います」
ヴォロス副長は士官たちの勢いに当惑した。ハル艦長の軍歴のほぼすべての期間を共にしている彼からしてみれば、そのような問いが優秀な士官たちを突き動かしていること自体が不思議だったからである。
「どうしてそんなことを聞くんだ」
その問いに対し、士官たちは当然のように理由を説明した。
「艦長の今回の対応が、明らかに出来すぎていたからです」
艦橋にはどこか狂ったような疑念が渦巻いている。それを解消しなければならないと悟ったヴォロス副長はやれやれと肩をすくめ、説明を始めた。
「空間歪曲のクラスは、そこで起きうる事象によって分けられている。クラスⅠなら通常より強い重力などによって起こせる程度の時間経過加速、クラスⅡなら空間内の寸法の拡大。クラスⅢなら通常空間から乖離した空間と、クラスⅣでは別の空間と、クラスⅤなら空間歪曲を内包する空間との接続が生じている。そしてクラスⅠおよびⅡとクラスⅢからⅤとの間には、大きな違いがある。それはすなわち現代の技術で再現が可能かどうか、だ。それは理解してもらえるかな?」
士官たちはうなずく。ヴォロス副長は続けた。
「できないものに関する知識を持っているということは、それができるということを必ずしも意味しない。艦長の胸に付けられた徽章を見ても、それに関する研究を行っていた、という可能性は考えなかったのか?」
「どういうことですか」
士官たちは狐につままれたような顔をしてヴォロス副長を見る。ハル艦長の胸元にあった見慣れない徽章は、彼女が着任した当初こそ話題にのぼったが時間が経つにつれて誰も気にしなくなっていたものだ。
「遠い過去から生きた人がやってくるなんて都市伝説にすぎない。文明崩壊前の遺跡で見つかった冷凍睡眠者は皆、保存状態のいい冷凍死体に過ぎなかった……という事実は君たちも知っているだろう? 艦長は技術復興省第一研究所から引き抜かれて軍人になった、特技将校なんだ。空間歪曲に関しては彼女が技術復興省職員養成学校時代に専攻していた分野でそれなりの知識は持っていらっしゃるはずだし、なにより彼女は空間歪曲に関する研究をしていた。それだけのことだ」
「それは本当ですか?」
士官たちが尋ねると、ヴォロス副長はうなずいた。
「艦長のつけている徽章に、海軍の徽章ではないものがあったろう。君たちも最初は話題にしていたはずだな。あれが、技術復興省一等技能章だ。信じられないなら艦内図書館で徽章一覧でも見てみるといい。これで疑問は解けたか?」
「はい。ありがとうございます」
士官たちは納得した様子で配置に戻る。観測室からデータ収集完了の報告があり、ヴォロス副長は指示を出した。
「艦長が戻るまでに元の哨戒航路に戻るコースを計算しておけ」
「はい」
士官たちが計算を始める中、平穏を取り戻した艦橋のエレベーターが開いた。白紙の報告書原稿を手にしたまま、ハル艦長が命令を発する。
「アヴァターラは本来の哨戒航路に戻り、定刻通りに竜王城址製造都市に向かう。巡航速度に加速、北東へと針路を取れ」
アヴァターラはゆっくりと北東方向に軸線を合わせ、振動とともに加速していく。本来の地上である基底層へ向けて航行を開始したのは、捜索任務を受け取ってからほぼ丸一日が経ってからであった。ムガロ王国の技術では解析できないほどの過去に作られた第一層空中大陸を抜け、基底層の赤道上にある海洋空域へと抜けるころにはさらに一日ほどの時間が経っているだろう。ひとつの仕事を終えてヴォロス副長と当直を交代したハル艦長はそっと艦橋から居室へと降り、仮眠に入ったのだった。




