第77話 物言う男、ロジカ・フリーマン
発令所後部の扉が閉鎖され、プーシャンへの呼びかけが中断された直後、ハル艦長が口を開いた。
「ロジカ記者、あなたは取材のために下に降りたいとのことだが流石にそれは認可できない。その代わりと言うには余りに過酷だが、頼みたいことがある。ロジカ・フリーマン記者、差し支えなければプーシャンへの呼びかけに協力してくれないだろうか。現状を打開するためには重戦艦を奪取した敵対者を説得する必要がある。君が協力しても必ず事態が収束するとは言い難いし、従軍記者の身で軍事作戦に参加することは、記者が文民の身分を捨て仕事を放棄するに等しいことは君もわかるはずだ。記者にとっては最大の屈辱だというのは承知の上だ。だが、この事態が収束するという結果を数万通りの可能性の彼方につかむには、言葉の力が必要だ。弾丸が武器の兵士とは違って、記者の武器は言葉だ。協力してくれ、このとおりだ」
ハル艦長はロジカ記者の前で軍帽を取り、深々と頭を下げた。これまでのロジカ記者なら、こんな不安定で強制力を持たない頼みなど間違いなく拒んでいたであろう。記者としての彼は、今回の事件で強固な矜持を得たつもりだった。だが、彼の心の奥底に潜んでいた何かがそれを許すことはなかった。ロジカ・フリーマンという一人の人間がこれまで生きてきた二十五年の人生で最大の魔がさした瞬間である。ロジカ・フリーマンの決心は、記者として積んできた唯一といっていい彼の実績を天秤から取り除いていく。
「その頼みは聞きたくなかった」
その後に続く拒絶の言葉を手札から捨てて、ロジカ記者は頷いた。頭を下げるハル艦長の前でゆっくりと顔を上げた彼は、自分でも驚くほど真っすぐに前を見据えて、迷いを捨て去った言葉を放つ。
「……でも、やるべきことは往々にして面倒でやりたくないことだ。できる限り、最善を尽くしましょう」
ロジカ記者の言葉に、ハル艦長は軍帽を手にしたままさらに深々と頭を下げた。
「協力感謝する、本当にありがとう」
ハル艦長は顔を上げ、窓越しに見えるプーシャンをにらみながら発令所の面々に命令する。
「これより緊急避難的運用としてロジカ・フリーマン従軍記者の協力のもと、プーシャンへの呼びかけを再開する! 通信士官、ロジカ記者に予備マイクを渡し、予備マイクの使用準備を完了せよ!」
「了解!」
ものの数分でレクチャーは終わり、ロジカ記者が準備完了を報告する。ハル艦長は改めて覚悟を決め、命令を下した。
「プーシャンへの通信回線、開け!」




