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硝煙の空中大陸〜空中大陸に閉ざされた世界で、宇宙を見るためにできること〜  作者: 古井論理
十二 驟雨下の戒厳令

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第72話 前進するのみ

 ロジカ記者が甲板で取材を再開したのと同じ頃、発令所ではハル艦長たちが作業を開始していた。


「艦長、艦首方向より事前通告通りに上陸艇六隻が接近しています」


 ハル艦長は頷くと、落ち着き払って指示を飛ばした。


「予定通り受け入れを開始せよ」


 ロジカ記者が狂ったようにシャッターを切る目の前で、上陸艇がアヴァターラとの接続を開始する。アヴァターラの艦体が緩やかに上昇し、上陸艇はアヴァターラの下側へと潜り込んでいく。爆弾艙への接続作業が完了すると、発令所では確認の後に爆弾艙閉鎖の指示がなされ、そのまま艦全体が出撃準備に入る。


「出撃準備開始、浮遊機関を始動せよ。航行システム航路セット、ムガロポリス。首都保安隊との通信回線を常時確認、何か通信があれば速やかに艦長乃至は副長へ取り次ぐように。露天甲板に出ている者は全員艦内に撤収し、出港準備に当たれ。第八即応旅団群の兵員は第八居住区と第九居住区にて出撃まで待機せよ」


 ハル艦長の命令がスピーカーから艦内に響き渡り、ロジカ記者は急いでカメラと三脚を片付ける。艦内に撤収したロジカ記者を待っていたのは、初めてこの艦に乗った時のようにあわただしい人の流れだった。一瞬で圧倒され、ぼうっとしたまま突っ立っているロジカ記者の目の前を兵士たちが駆け抜ける。彼らの表情には微妙な悲しさと使命感、あるいは虚無感が浮かんでいた。


「出港日時は一時間後、本日二十時十五分。ムガロポリスに最寄りの連絡路と基底層の位置が最短となるよう航路を設定した。ムガロポリス上空への突入は明日の十三時だ。第一陣となる本艦に四時間遅れてアイラーヴァの第四戦隊が突入予定、第四戦隊は四隻を合計すると上陸部隊として海兵四個旅団を抱えている。我々が先行して送り届ける二個即応旅団が作戦の成否を握るだろう。揚陸艇投下ポイント及び作戦の詳細は投下の直前にムラッタルスカの司令部から伝達される。連絡は以上だ、出港準備を急げ!」


 ハル艦長の声がスピーカーから響き渡り、艦内の動きが一層あわただしくなる。アヴァターラの主機が出力を上げ、艦内の照明が明滅して電源が切り替わった。


 前部主砲甲板へ出ていく整備兵たちに通路を譲ったロジカ記者は、艦内の人の流れを邪魔しないように気を付けつつ従軍記者控室に戻る。


 ロジカ記者が従軍記者控室に戻ってしばらくすると、乗組員の点呼が始まった。控室の戸を叩く士官に「在室です」と応じながら、ロジカ記者は日記を開いた。これまで書いていた同じような内容を繰り返す日々とは一線を画す一日を過ごしたロジカ記者にとって、一日分の記載欄は小さすぎる。ロジカ記者がいつもなら十日分は優に記載できるほどの紙幅を割いてこの長い日の日記を書いていると、出港を告げるブザーが鳴って艦全体に港湾側の固定具が外れる音と衝撃が響いた。続いて低速を維持したまま港湾の外に出たアヴァターラはゆっくりと高度を上げ、港湾空域を出るが早いか高速航行に入る。室内の椅子などに力場制動が掛かり、机の上のコップが加速と制動の微妙なバランスでカタカタと小刻みに震えた。


 空中大陸間をつなぐ連絡路に進入したアヴァターラは機関出力の余力すべてを推進器に回し、緊急速力でムガロポリスを目指した。船体前方には整流出力に調整されたシールドが展開され、夜空を切り裂いて飛ぶアヴァターラは第一層大気の上層を流れる密雲を巻き上げつつ音速を超える。


「艦長、最大巡航速度に達しました」


「わかった。私は休憩に入る。ヴォロス副長、ここは任せた」


 ハル艦長は発令所を出て、仮眠をとるべく艦長休憩室に入る。壁際に置かれた小さな個人用の引き出しから私物の音楽プレイヤーを取り出し、イヤホンを耳にねじ込んだ彼女は、十代前半の少女であった頃から聞いているバンドの大好きなアルバムを再生して目を閉じた。意識はゆっくりと深みに落ち、驚くほどあっさりとハル艦長は眠りに落ちた。眠る前に飲んだコーヒーが眠りをこじ開けるまで、ハル艦長の意識は深い無意識の中に沈んでいく。目がぼんやりと覚めた時には、頭の中に悩みを残して疲れはきれいに飛び去っていた。

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