第69話 戒厳令発令
デッキが配された店の前の大通りに海軍仕様の軽便機動装甲車が止まり、ヴォロス副長がハル艦長に通話で到着を告げたのはハル艦長とレヤル研究員が席を立って会計を済ませているさなかだった。
「すみませんハル艦長、急いでください。港に着けなくなる可能性があります」
電話越しに聞こえるヴォロス副長の声を耳にしながら急いで会計を済ませようと高額紙幣を一枚カウンターに置いたレヤル研究員と、慌てた様子で通話を終了するハル艦長の様子を察した店員は焦った挙句パニックになってしまい、釣り銭をレジスターから取り出すのに四苦八苦した。店員の手から小銭が落ちていくのを見たレヤル研究員は「兄ちゃん、釣りはいいよ」と言ってハル艦長を追いつつ店を出た。開かれた装甲車の後列座席ドアをめがけて二人は雨の中を駆け抜け、装甲車はハル艦長がドアを閉めるや否や走り出す。
「ヴォロス副長、いったい何があったっていうんだ」
そう尋ねるハル艦長に、ヴォロス副長はただ一言を発しただけだった。
「戒厳令が出ました」
「え? ……え? 何がどうして……?」
息をのむハル艦長の横でレヤル研究員が驚愕し小さな悲鳴のような声を上げるのを背後に聞きながら、ヴォロス副長は注意深く車を走らせた。
徐々に町の様子は変わり始める。繁華街に差し掛かるころには街の人々が急速に減っていくのが見て取れた。スロープを進みつつ港湾に直通する階層へと進入すると、天井の照明器具に据えられた回転灯が点灯し始めている。そして高層建造物の壁で宣伝を垂れ流していた街頭モニタに警戒情報発令の文字が並び、市街のあちこちに陸軍の機動警備隊が配置され始めた。ここまでくると市民の姿はまばらで、打ち付ける雨の下で整列する兵士以外に市街を歩く人の姿はない。ついには広報スピーカーが設備試験放送を始めた頃、やっと装甲車は都市直通港内にある海軍の拠点に進入した。陸軍の司令部に続く道から、戦車が隊列を組んで進んでいると告げるような無限軌道の轟音が響く。寸刻もせぬうちに雨の向こうに戦車の影が揺らめいて、港湾の前に展開を始めた。
眼下の工場区画から立ち上る蒸気はゆっくりとその色を薄め、港湾の外に見える海上では漁船の群れがまるで示し合わせたかのように港へ戻り始める。いまや都市は一瞬にして厳戒態勢を敷き、最大級の警戒と危機感をもって有事の様相を呈していた。車から降りた三人が桟橋に着き、それぞれの船に戻った時にはすでに事態は深刻そのものであった。レヤル研究員は竜王城址に駐在するスクーパ財団の職員たちと連絡を取りつつ情報収集を試みるも何もわからず、困惑しつつ無線連絡をあきらめ周波数帯域を開けた。ハル艦長とヴォロス副長が発令所に戻ったときにはすでに艦隊の通常通信回線は輻輳して機能を停止していた。発令所の当直士官たちが混乱の中から情報を拾い上げようと悪戦苦闘していたが、いくら通信を傍受しても情報が錯綜している状況を示す以上のものは拾えなかった。混乱の中、ムラッタルスカの艦隊司令部から緊急電が入ったことを示す甲高いビープ音が発令所に響き渡る。通信士官が緊急電をスピーカーに繋いだ。




