第68話 喫茶店での会談
製造された品物を輸送する貿易港に面した、多層に入り組み複雑に道が絡み合う商店街の最上層にあふれる人混みを分けて、二人は国内最大手の喫茶店チェーン「カフィール」系列の店に入る。お洒落な店内で二人は冷たいコーヒーとサンドイッチを注文して、大通りに面した露天デッキになっている席についた。ハル艦長がコーヒーに角砂糖を五つ放り込んでいるのを見ながら、レヤル研究員は三カップ目のガムシロップを開けた。空を見上げれば、どんよりとした密雲が空中大陸の底を隠している。一雨来るかもしれない空模様に、二人はパラソルの下に全身が入るような前かがみの姿勢で思い出話を始めた。
「そういやさ、ハルちゃんが研究所から軍に移籍するときに所長が壮行会企画してくれてたじゃん」
「ああはい、私が断ったあれですね」
「そうそう。結局ハルちゃんが研究所に残してくれた手紙を読む会としてあの二ヶ月くらい後に開催したんだけどね」
「そうだったんですか。私は何と書いたんでしたっけ」
「そうねえ……覚えてないならやめとくわ」
「えー、どうしてですか」
「黒歴史を掘り起こすのは私のポリシーに反するからね。そうそう、ハルちゃん。今乗ってる船の副長はヴォロスくんなんだ?」
「ああ、うん。単刀直入に『研修とスカウトのために来ましたー!』って言い放って、所長に困惑されてたあの頃が信じられないくらい優秀で助かってるよ」
「そりゃあね、あの子の本業なんだから当然っちゃ当然でしょ」
「まあそうかな。ヴォロス副長がいなかったら着任後二週間くらいで途方に暮れてた自信があるよ。あと今年の八月にあった例の事件のときなんて、正直ヴォロス副長なしであんな対応はとてもできなかったと思う」
「うまいことやってるんだね、羨ましいよ」
「最近は何かうまくいってないの?」
「そうね、空中艦隊との共同任務なんかの時に財団の研究内容を共有するのが大変で辟易してる。何年か前に過去から来た男の事件があったじゃない、第一文明崩壊前の人が冷凍睡眠から目覚めるかもしれないって言われたやつ」
「ああ、保存状態のいい冷凍死体でしかなかったっていうあれか」
「そう、それそれ。あのおかげでカジュアルに偏見が蔓延ってて説明が大変すぎるんだよ」
ハル艦長が口を開こうとした瞬間、大通りにサイレンの大音響がこだました。風を切って走ってきた軍警の警戒車両が、あっという間にカフェの前を通過する。
「何かあったんだろうか」
「どうしたんだろ?」
二人が警戒車両が走り去ったほうを唖然としながら眺めていると、テラスのパラソルを水滴が叩く音がして、瞬く間に土砂降りの雨が降り始めた。前かがみで座っていた二人を、吹き始めた風に流される雨が打ち付ける。二人は急いでコーヒーを飲み干すと屋内の席に避難し、サンドイッチの残りを机の上に置いた。熱帯地域特有のスコールが、空の見える天窓を抜けて降り注いでいるのだ。遠雷のような音とともに、市内にジメジメとした空気が流れ始める。ハル艦長の持つ軍用端末が振動し、連絡が来たことを知らせる。発信元はヴォロス副長で、ハル艦長はすぐに口元を手で覆いながら通話を始める。
「副長、どうしたんだ」
ハル艦長の問いかけに、ヴォロス副長は慌てた様子で問い返す。
「艦長、今どちらにいらっしゃいますか」
「ああ、商店街最上層の大通りに面したカフィールだ。レヤル研究員も一緒にいる」
「わかりました、迎えに行きますのでそこを動かないでください」
ヴォロス艦長はそう言って通話を切った。ハル艦長はサンドイッチを口に詰め込み、手元のメモ帳を切ると「非常事態らしい、ヴォロス君が迎えに来る」と書いてレヤル研究員に渡す。彼女はメモに目を落とした後、頷いて席を立った。




