第59話 いつもと違う、幸せな夕食
巨大ダンジョンのようなタワーモールは、最上階一層のブロック一つを移動するだけといえども、かなりの迷宮である。目当てのブロックに移動しても、入り組んだ構造のフロアから予約したレストランを探すのは、位置が分かっていても容易なことではなかった。
「よし、ここだな。予約の時間ギリギリだ、入ろうか」
ハル艦長はヴォロス副長を促し、ヴォロス副長はハル艦長の隣で鞄を開けて予約券を出した。これを受付で出して、二名で予約したヴォロス・シャルレーンですと言えばいい。それだけなのに、少し緊張している自分にヴォロス副長は驚いていた。
「いらっしゃいませ」
「午後七時に二人で予約したヴォロス・シャルレーンです」
「予約を確認させていただきます……問題ありませんね。お席はあちらになります。よろしければコートをお預かりしますね」
「よろしくお願いします」
コートを脱いだ二人は窓際の予約席に案内された。料理を待ちながら、ヴォロス副長は周囲を注意深く観察する。落ち着いた雰囲気で満たされた心地よい店内は、その心地よさとは裏腹にヴォロス副長に陰鬱だった過去をほんの僅か思い出させた。しかし、憂鬱な過去を思い出してなおヴォロス副長の気分は良い。ハル艦長の前に座って一緒に食事をしている時間が、彼にとっては最高の時であった。
「ヴォロス副長、ずっと気になっていたのだけれど」
「どうされましたか」
ハル艦長の問いに、ヴォロス副長はハル艦長を直視する。ハル艦長の鋭い眼光が幾分か柔らかくなっているのを感じて、彼は何となく懐かしく、穏やかな気分になった。
「どうやって土壇場でこの店を予約したんだい? かなり人気だと聞いたのだけれど」
ハル艦長の問いかけに、ヴォロス副長はカトラリーに目線を落として答える。
「たまたま予約に空きがあっただけですよ。街の近くで戦闘が起こって外出を控えた人がいたからかもしれませんが、ともかく今日の予約にキャンセルが入った結果として私たちはここに来ることができたわけです」
ヴォロス副長はそう言ってハル艦長に微笑みかけた。やがて店員が料理を持ってきて、二人は食事を始める。とりとめもない会話を交わしながら、明日への英気を養おうとする二人の胸中には何とも言えない安心感と、戦場ではどう足掻いても感じられない爽やかな気分が満ちていった。食事を終えた二人は店を出ると、雪に沈むパノラモートの街を歩く。街の明かりは夜になっても煌々と灯り、雪に反射してキラキラと輝いていた。未だ人通りの絶えない街を歩いていくと、街頭の時計が午後九時を告げるのが聞こえた。ハル艦長は、ヴォロス副長に帰艦を促す。
「帰ろうか。明日には我々の船も直るわけだし」
「そうですね。竜王城址に向かった後の作戦命令は届いていないようですが、休暇でももらえるのでしょうか」
「そうだといいな。今朝の新聞によると陸軍が主導した反ムガロ連合の大型ビーム砲攻撃作戦は成功し、ビーム砲二門の鹵獲にも成功したようだ。少なくともこのまま年度末大演習まで大きな仕事が入らないといいな」
ハル艦長の笑顔は、運命が波乱を予告するかのように輝いていた。




