第57話 パノラモート市街に繰り出そう
十月七日午後五時、パノラモートでは今季初の降雪を観測した。巨大な塔型の小都市が立ち並び、それぞれの独立したユニットを繋げたような都市構造を持つパノラモートでは、ムガロ王国にある多くの階層型要塞都市とは異なり、屋外にある歩道の多くで空が直接見られる。雪は次第に冷え切った舗装道路へと降り積もり、活況を見せる市街地上部を白く染めていく。午後六時を前に、パノラモートの気象台は大積雪警戒情報を発表し、融雪剤の散布を開始した。ハル艦長とヴォロス副長はコートの襟を立ててマフラーをつけ、雪が積もりつつある街を歩いていく。目指す先は休日を迎え、大賑わいの繁華街を内に収めた、環状の断面をもつ高層建築「パノラモートタワーモール」の最上階、その一角に店を構える、野菜を使ったスープ料理と肉類の煮込み料理が特においしいと評判のレストランである。桁違いの高級店というわけではないが、その知名度と店の規模から予約を取るのは極めて困難であり、予約枠はあっという間に埋まってしまう。
「予約の時間には十分間に合いますから、そんなに急がなくてもいいんですよ?」
ヴォロス副長は自分の前を歩くハル艦長の方を顧みて言った。ハル艦長はあからさまに焦った様子で、少し頬を赤らめながら言った。
「いやその何というか、エスコートは頼むよとか言っちゃったからな、その……ははは……」
「なるほど、柄にもなく緊張してるんですね。そんなに身構えなくても一緒に歩くだけですし」
ヴォロス副長はハル艦長に追いつこうと速度を上げ、雪が踏みしめられ固まってきた足元に注意をしながら歩いていく。少し進んだところで、ハル艦長はマンホールに張り付いた氷で足を滑らせそうになり、ヴォロス副長が咄嗟に艦長の手をつかむ。
「ありがとう」
そう言ってヴォロス副長の手を握り返した艦長の頭上で、明るい都市の上空を分厚く覆う雲から雪がちらちらと降りはじめ、ものの数分で本降りになった。ハル艦長は鞄から傘を取り出し、ヴォロス副長も傘を広げる。道の両脇にそびえる巨大な塔の列を越えた風が、雪を乗せて吹き抜けていく。
「風が強いな」
「そうですね、これでは想定より寒くなるかもしれません。寒くなったら言ってください」
「わかったよ」
ハル艦長とヴォロス副長は傘の頂点を風上に向けて、ビルの谷間から漏れ出る光を、雪が優しく包む中を歩く。
「そこの建物です。エントランスを入ったら、エレベーターで最上階まで向かいましょう。レストラン街は最上階のFブロックにあるそうですよ」
「ここか、思っていたより大きいな……ちょっと待ってくれないか」
「どうしたんです?」
「靴底に雪が詰まってかなり滑るようになっちゃったんだよ」
傘をたたんだハル艦長は靴底にこびりついた氷を落とそうと、タワーモールのエントランス手前の敷石に靴底をこすりつけ、何とか氷を取ってエントランスへと足を踏み入れる。店内は空調で温められ、少し暑いほどだ。ハル艦長が肩から下げていた軍用のカバンに手袋とマフラーを収め、ヴォロス副長は立てていたコートの襟を寝かせマフラーを外した。
タワーモールは、パノラモートでは稀有な、それ自体が独立した小都市ではない建造物である。パノラモートの多くの塔より頭一つ抜けた高層建築のフロアは、それぞれに八つの大まかな区画に細分されているようだ。案内図を見ると、最寄りのエレベーターホールは食料品販売スペースを抜けた先、ホビー用品店が立ち並ぶ区画の先にあると記載されていた。二人は顔を見合わせた後、みずみずしい野菜たちが所狭しと陳列され、夕食のメニューを話し合う家族連れがひしめく棚や平台の間を進んでいった。
「また今度、何か料理を作りたいですね。何かリクエストはありますか?」
「ああ、えっと……研究所にいた頃に毎週作ってくれたサラダをお願いしたいな」
「分かりました。準備しておきますね」
ヴォロス副長は、ハル艦長が研究者として研究所にいたころ、彼女の破滅的な食生活に恐怖したのを思い出した。強烈な個性と野望をもってまい進するハル研究員の姿は、彼にはとても危うげに映ったのが鮮明に思い出せた。




