第56話 非日常へのお誘い
「ハル艦長! やりました!」
非番で艦橋の休憩室に来たヴォロス副長の歓声に、休憩しながら情報端末を操作していたハル艦長はびっくりして「どうした」と尋ねる。ヴォロス副長は風合いのいい紙でできた封筒を片手に収め、厚紙二枚をハル艦長に見せた。ハル艦長が状況をつかめず困惑していると、ヴォロス副長は厚紙を裏返して艦橋休憩室に据えられたテーブルの上に置く。
「前におっしゃっていたレストランのディナー予約、取れましたよ」
「ええ!?」
「パノラモートに停泊すると聞いた後、すぐに申し込んでおいたんです。明後日の午後七時から、一緒にディナーなんてどうでしょうか」
ちょっと気取った様子でディナーに誘うヴォロス副長に、ハル艦長はにこりと笑って冗談っぽく言った。
「エスコートは頼んだよ」
ヴォロス副長は胸に手を当て、「かしこまりました」と言って頭を下げた。
「さて、私は仕事に戻る。明後日の夜から明々後日にかけて、パノラモートでは初雪が降るらしいから寒さに気を付けるように」
「はい。十月七日でもう初雪なのですね」
「そうだな、パノラモートは冷帯だしそんなものだろう」
「なるほど、だからポストや兵士の服装が寒冷地仕様だったのですね」
「そうだな。ところでどこまで予約票を出しに行ったんだ?」
ハル艦長は少しあきれたような顔でヴォロス副長に問う。
「基地のポストまでですね」
ヴォロス副長はそう言って笑う。ハル艦長は笑いながらうなずいて言った。
「やはり君の行動力はすごいな。ありがとう」
ハル艦長は立ち上がって発令所へと戻る通路に踏み出し、ヴォロス副長に微笑みかけて休憩室を出ていった。彼女の胸中では、ある種の非日常を前にした高揚感が増幅されつつあった。
「さて、ハル艦長のエスコートをするとなると……」
ヴォロス副長はつぶやきながら予約券をファイルに入れて、そっと艦橋発令所を後にしたのだった。




