第55話 創作論と与太話
戦闘が終わって一夜が明け、アヴァターラの艦内には疲労が蔓延し気の抜けたムードが漂っていた。十時を迎えた頃、放送が流れる。
「半日上陸券を第一班にはこれから、第二班には明日、第三班には明後日、第四班には明々後日に配布する。第一班、個別端末を確認せよ! 上陸券が送信されていない者は直卒の上司に報告するように!」
スピーカーから流れたハル艦長の声を受けて、船内はにわかに騒がしくなった。第一班の面々は勇み足で繁華街や歓楽街のある市街南側へと繰り出し、非番の二班と三班の兵士たちは上陸の際に行けそうな店を探すため艦内図書館の都市内インターネット検索コーナーへ殺到した。
「押すな押すな、順番を待て」
「てめえ三班だろ、俺は二班だ。明日だぞ」
「ばっきゃろー、俺は二班だ! てめえと立場は変わらんぞ」
「そうかそうか、じゃあすまんかった」
「じゃあ? 何だよ、何がじゃあなんだ!」
艦内図書館はあっという間に黒山の人だかりとなり、熱狂的な兵士たちが今にも騒ぎ始めそうである。しかしこの混雑への対処もハル艦長は心得ていた。艦内図書館が混雑し始めると、ハル艦長は速やかに決定を下した。
「艦長より達する、図書館の混雑緩和のため第二班および第三班を構成する乗員の個人用端末からパノラモートの都市内インターネットを一時的に閲覧できるように設定した。活用されたし」
乗員たちの間では歓声が上がり、しばらくすると、図書館に集まっていた兵士たちは休憩室や食堂などへと散っていく。図書館で待機していた主計科の士官たちも、殺到してきていた兵士たちが減ったので、通常業務に戻って返却された書籍のチェックを始めた。ロジカ記者がやって来てから急激に図書館利用者が増え、物理書籍の貸し出し数も増加している。そのため、図書館業務に回される主計科の士官は増員されたばかりである。
「そうだ、記者さんのペンネームはわかったか?」
カウンター当番の士官たちは物理書籍をパラパラとめくって点検しながら話し合っている。
「質問帳への回答でも伏せられてたもんな」
「まあ作家なんてそんなもんだろう、ペンネームというのは本名から小説家なり創作者なりとしての自分を切り離すための手段らしいからね」
「分班長、やけにペンネームに詳しいですね」
「いやあ、学生時代の知り合いに作家デビューしたやつがいてね。そいつにとってのペンネームはそういうものだって、延々と聞かされたんだ」
皆が感心する中、ある青年士官が口を開いた。
「そういえば僕は小説書いてますよ。第二層の都市間ネットワークに開設されている、小説投稿専用のウェブページに数本投稿してます。小説を読んで感想を言っていただけるならペンネームもここで開示しますよ」
「本当かい」
「ええ。酷いものしか書いてない気はしますけど、感想を書いてもらうとほかの何よりも小説を書くモチベーションが得られますから」
「そうか。じゃあ教えてくれ」
「わかりました。宵闇代史っていうペンネームです。都市間ネットワークを検索すれば出てくると思います」
「ありがとう。メモしておくよ。君はペンネームを本名と繋げてもかまわないタイプの創作者なんだな」
班長の言葉に、小さな笑いが生起する。班長はメモ帳を開いて、青年士官が口にしたペンネームを書き留める。楽しみが一つ増えたのを感じながら、彼はそっとメモ帳をしまう。
「さて、上陸のときはどこに行こうか」
「私は書店に行きたいですね」
「私は市場で古書を買いあさりたいなあ」
「艦長はどこに行くんでしょうか」
「きっと副長と船に残ってるよ。副長も艦長もこの船が家みたいなものだからな」
皆が頷いて同意したが、今回に限ってはハル艦長とヴォロス副長は街に出るつもりだった。




