第42話 晴天の出撃
十月二日、午前十時。一時間後に出撃を控えた臨時混成機動艦隊では、慌ただしい勢いで出撃準備が繰り広げられていた。その慌ただしさはどの艦も未だかつて経験したことがないほどであり、それはアヴァターラも例外ではなかった。
「こちら機関科、主機及び浮遊機関に異常なし!」
「よろしい、確認した。推進機群の最終点検に移れ!」
「第一から第五高速推進機、アライメントチェック急げ!」
「畜生、なんで一時間で全部やらなきゃいかんのだ!」
「出撃時間の秘匿のためだとよ」
「そうか、大変だなぁ。ところで俺たちの苦労は考えてねえのか?」
軽口をたたく機関科員たちに、ティカ機関主任が軽く叱咤する。
「整備分班各員、私語を慎め! ただでさえ時間がないんだぞ! ごちゃごちゃしたおしゃべりなんぞやってちゃ間に合わん、そんなのは後にしろ!」
「……了解!」
艦内の廊下を兵員が駆け抜けていき、整然と動く物資を持った輸送ロボットの集団があちらこちらの部署に資材や備品を運び、ロジカ記者はその流れを遮らないように注意しながら、カメラを構えてシャッターを切る。ハル艦長の瞳には、ロジカ記者の行動は恐怖から目を背けて仕事に打ち込んでいるように映った。ハル艦長は作業の監督とロジカ記者の世話をヴォロス副長に任せて発令所に上がり、港湾管理部との通信を始めた。
「こちらアヴァターラ、八号秘匿施設港湾管理部へ。出航許可関連の予定を請求する、どうぞ」
「こちら施設港湾管理部、アヴァターラに伝達。出港許可は十一時以降、艦隊序列の順に発出する。それまで待機されたし」
「こちらアヴァターラ、了解」
港湾管理部との通信が終わり、艦橋周辺の設備チェックが完了してセンサー類やコンピューターの再起動が終わると、時刻はもうすぐ午前十時五十分である。ハル艦長はコンソールを操作して設備チェック状況を確認しながら、全ての準備が終わるのを待った。
「艦内各部の整備、設備チェック共に完了しました。チェック完了後の左舷砲術整備班撤収時に第四副砲弾薬庫でスパナが発射装薬の間に落下するインシデントが発生し、チトセ砲術長以下砲術科員数名と砲術整備班が対応に当たっている影響で、左舷前部の第四、第五副砲が使用できません。一、二、三番及び六番副砲は問題なく使用可能です」
午前十時五十分を過ぎたころ、ヴォロス副長が発令所に上がり、全整備確認完了報告とその他の諸報告をする。ハル艦長はうなずくと、前を向いて通信士に指示を出した。
「艦隊データリンクシステムに接続、本艦の状態を準備完了にセット。本艦の艦隊序列は五番である、間違えるなよ」
通信士は臨時混成機動艦隊のデータリンクシステムに接続し、五番艦の表示に「アヴァターラ」の文字があるのを確認してから準備完了報告を発出した。
「艦艇間データリンク接続完了。周辺空域の哨戒艇及び哨戒機からのアラートはありません」
「わかった。提督からの連絡事項は?」
ハル艦長の問いかけに、通信士は首を横に振って答える。
「作戦に変更はない、とだけ」
スピーカーが音を立てて音声通信の入電を知らせた。旗艦ヴァルナからの有線通信である。
「総員傾注! 臨時混成機動艦隊は無線封鎖を継続したまま現泊地を出撃後、高速母艦戦隊を中心に立体警戒陣形を構成、敵浮遊要塞の潜伏する積乱雲を目指して第三層赤道上空の低圧帯を航行し、敵哨戒艇等の探知網をかわしながらバストロイド地方のバストロイド荒原上空、ポイントS4まで進出する。その後は各艦で作戦計画の通りに行動せよ。攻撃開始以降は無線封鎖を解除、状況をみて臨機応辺に対応、作戦目標を達成する。攻撃完了後は速やかに離脱し、敵艦隊の追跡を受けている場合は全力迎撃が可能となるハルバ要塞の手前まで後退することとなる。それでは各艦、出港を開始せよ!」
各艦が舫を解き、桟橋からゆっくりとした動きで出撃していく。アヴァターラもゆっくりと浮遊機関の浮力方向を傾け、艦を滑らせて港湾のシャッターから外に出る。秘匿施設の周辺は澄み渡った青空だった。




