第38話 司令部施設へ
廊下を進んでいくと、売店には行列ができていた。
「一時間待ちですので、お急ぎでないならまた空いているときにお越しください」
列の最後尾に立つ兵士が目の前でそう言ったので、ハル艦長は踵を返して売店を去ると庶務棟にある新聞の無人販売所へ向かった。統合自動販売機に一セル硬貨二枚を放り込んで、いつものハーバル日々新報のボタンを押す。硬貨はチャリンチャリンと音を立てて投入口の中から回収され、販売機の下部に備えられた蓋の向こうに新聞が落ちた。跳ね上げ蓋を開けると、中には今日付けの朝刊がある。船内にいると地上の新聞が長らく読めないので、この次になる明日の朝刊がしばらくの読みおさめになるだろう。ふと、ロジカ記者のことを考えた艦長の脳裏に、明日は新聞を買いに来る余裕もないかもしれないという想像が浮かんだ。そういう想像をしていると次に読む新聞が楽しみになってくる。
もちろんこの作戦で死んでしまって、もう二度と新聞が買えない可能性もあるわけだが、ハル艦長はその可能性をなるべく考えないようにしていた。そんなことを考えていては満足に指揮も取れず、死ぬ可能性を増すだけだからである。だが今日のハル艦長は怯えが艦長たる自分への信頼へと転換してしまったロジカ記者の姿から、そんなことを考えざるを得ない気分になった。
――まったく憂鬱なものだ。
最低限の軍事教練しか受けていない民間人の記者を、シビリアンコントロールの原則から報道担当者として最前線に送るだなんて、悪趣味な制度だと、ハル艦長は心の底から思った。いかに報道が大事とはいえ、軍学校出身でもない、ただ一週間程度の艦内生活訓練を受けただけの民間人を最前線で生存者もないような被害を受ける危険もある軍艦に乗せて戦うのは無茶が過ぎる。
「あ、ハル艦長! そういえば今日のムガロポリスニュースポストの二面特集に私が書いた記事が載ってるはずなんですけど……」
深刻な気分になっているハル艦長の背後、新聞自販機に並ぶ列の最後尾付近にいつの間にか出現していたロジカ記者の言葉を聞いた艦長は、何となく自販機の列に並び直した。彼への詫びにしようなどという、エゴのような感情があったのかもしれない。でも、何となくロジカ記者の記事を読んでみたくなったのは事実だ。ハル艦長は、何となく自分に言い聞かせた。
列に並びながらハル艦長は財布を探って、一セル硬貨を二枚見つけ出した。硬貨を二枚握りしめて、順番が来るのを待つ。ハル艦長のひとつ前に並んでいた中年の士官が新聞を買い終えると、ハル艦長は硬貨を自販機に放り込んでムガロポリスニュースポストのボタンを押した。二社分の今日付けの朝刊を持ってまだ長蛇の列が捌き切られていない売店の前を通り、アヴァターラに戻る。時刻は午前九時五十分を回り、天蓋都市まで向かうケーブルカーの発車まで十分を切っている。
「では、行ってくる」
ハル艦長の声に、艦橋にいた士官たちが敬礼をして応えた。ハル艦長は召喚状を正装軍服の上に羽織った軍用コートの胸ポケットに差し込み、換気扇から流れてくる風に少し身震いをしてから艦橋後部のエレベーターに乗り込んだ。
「三十分経っても寒いのは変わらんな……」
そんな独り言をこぼしつつ桟橋に出たハル艦長は、ケーブルカーの駅を目がけて歩いていく。換気によって基地に吹く風に飛ばされないように軍帽を目深に被り、召喚状が入った胸ポケットを押さえつつコートの裾をなびかせながら歩くハル艦長の姿は、どこか威風堂々とした気迫を感じさせていた。




