第2話 異常発生
通信から数時間が経った頃には、アヴァターラは最寄りの空中大陸間連絡孔を抜けていた。それでもなお自動航行を続けるアヴァターラは、第二層空中大陸を通過しようとしている。
「あと五分ほどで第三成層圏を抜け、第二層空中大陸の大気上層高度域に到達します」
「上層航路高度に達したら手動航行に切り替えろ。さらに上昇しつつ哨戒機航路をなぞり、最寄りの大陸間連絡孔を伝ってアークティア地方へ向かう」
マクノス航空主任の報告を受けて、ハル艦長は間髪入れずに指示を下した。
「了解。自動航行から手動航行への切り替え準備にかかります」
「次は燕雲が見える頃だな」
マクノス航空主任の返答を聞いて、ハル艦長が独り言のようにつぶやいた。
燕雲とはムガロ王国の前身となった古代インスタン王国の全盛期に作られたという伝説が残る、空中に浮遊する独立した都市を載せた巨大な空中島嶼の群れであり、「晴れの大陸」と呼ばれる第二層空中大陸を囲むように点在している。現在こそ僅かな住民がいるだけの限界化した地域であるが、ステントグラスのように美しい外装だけは全盛期の面影を残したままキラキラと輝いている。そのきらめきの下、発令所の窓から見える航路上にはいつも通り雲一つなく、乾燥した荒野のところどころに位置する要塞化された水源都市や食糧生産拠点がよく見えた。船体が高度を上げ、燕雲のきらめきが見え始める。ハル艦長はよく通る声で指示を飛ばした。
「第三層連絡孔通過航路に遷移せよ。連絡孔を抜けて第三層低高度帯に入ったら上昇をやめて速度を巡航速度に落とせ。バストロイド荒原に入ったら無人機を発進させる。偵察班、最終点検にかかれ」
ハル艦長の指示が飛び、アヴァターラは連絡孔に進入する。連絡孔を高速で通過したアヴァターラは、第三層の地表高度を越えて低層高度域に到達すると高度を保ったまま推進器を停止し速度を落とした。
「バストロイド荒原上空空域まであと二十分」
マクノス航空主任が報告した直後、偵察班から報告が飛ぶ。
「無人機の最終点検、完了しました!」
その報告を受けて、ハル艦長は指示を下した。
「カタパルト展開、無人機発進手順を開始せよ」
カタパルトが展開され、無人機はシステムを起動してエンジンを始動し、急降下を開始する前の猛禽のように主翼を後退させる。
「無人機発信手順最終段階、カタパルトへの電力供給を開始」
甲高い駆動音を立ててカタパルトが唸り、無人機を加速させる。無人機が空気を切り裂くような鋭い音とともに射出され、真っ直ぐに突き進んでいった。しばらくすると、偵察班から報告が上がる。
「一番及び二番無人機、巡航形態に移行。捜索飛行を開始しました」
「無人機が何か手掛かりを見つけたらその地点まで接近、高度を落として降下デッキを降ろし、着陸班を展開するように。着陸班、降下用意にかかれ!」
ハル艦長が命令を発した次の瞬間、偵察班の雰囲気がにわかに張り詰めたものに変わった。
「艦長、緊急報告です。一番無人機、信号消失。自動降下システムは起動しているはずですが、ビーコン信号が途絶しました」
ハル艦長は少し考え込んだあと、ある可能性に思い至り命令した。
「降下デッキを降ろす。降下部隊との連絡はデッキからの有線中継機を使用して行うように。偵察班、ビーコン信号が途絶した地点を地図上に表示せよ」
「はい!」
ハル艦長は続けて指示を下す。
「航空主任、その地点上空で停船だ。着陸班、停船後合図をしたらデッキを降ろせ」
「了解。制動を開始します」
浮遊機関が力場の方向を変えると、船体がゆっくりと速度を落としていく。船体が完全に停止すると、位置を確認してからハル艦長が叫んだ。
「降下を開始せよ!」
降下デッキのワイヤーがリリースされ、かなりの高速度でワイヤーが伸びる。そして地上二千三百メートルで制動がかかりはじめ、ワイヤーは惰性で伸びながらもゆっくりと降下デッキを探索隊員たちとともに荒原に下ろしたはずだった。だが、一向に通信機は音を立てない。
「着陸班との連絡はどうなっている?」
ハル艦長が問うと、通信士が首を傾げながら答えた。
「不具合が発生していると思われます。有線中継機は動いているようですが応答がありません」
「では信号灯連絡を取り、デッキの中継機を使っているか確認しろ」
「了解、信号灯で呼びかけます」
通信士が信号灯を操作し、信号灯が明滅を始めた直後、電波障害のような音とともに有線通信が途絶した。突然のことに皆が混乱する中、若くしてこの大型艦の艦長を任せられているハル艦長は少しの時間も惜しいとばかりに慌ただしく立ち上がった。
「降下デッキ管制区画に向かい、確認を行う。発令は一時的にヴォロス副長に任せる、頼んだぞ」
そう言うが早いか、ハル艦長はさっさと発令所を出ていってしまった。ヴォロス副長は頷いて応じ、彼女の出ていった扉を一瞬振り返ると、何も言わずに艦長席に座った。
「やれやれ、艦長はまだせっかちが抜けきっていないようですな」
老齢のマクノス航空主任がヴォロス副長に話しかけると、彼は口元を緩めてほほ笑んだ。
「そういうわけではないと思いますよ、マクノス航空主任。艦長はいつも通り落ち着いています」
「自分にはそうは見えません。必ずしも年を経ると落ち着きが出てくるというわけではないどころか、副長は艦長と同い年だというのにこの状況にも落ち着き払っているのですから、艦長のあれは性分なのでしょうかね」
マクノス航空主任が半ば独り言のようにそう言うと、ヴォロス副長は首を小さく横に振って、冗談っぽく言った。
「あの人が落ち着くのは、おそらく死んだあとになるでしょうね。持ち味ですから」
「そんなわけ……あるのかもしれないな」
マクノス航空主任は半ば諦めたようにこぼした。




