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空中大陸に閉ざされた世界で、宇宙を見るためにできること  作者: 古井論理
一 荒野にイ物を見た

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第1話 捜索任務、入電

 積乱雲の上には、どこまでも凪いだ雲海と澄み切った青空が広がっている。ムガロ王国の空中戦艦「アヴァターラ」は、アンテナを展開したまま雲海の下、荒れ狂う乱流のるつぼへと再び潜り始めた。


「艦長、下降気流につかまりました。舵を取られています」


 マクノス航空主任の声とともに発令所の窓から差し込む光は徐々に暗くなっていき、通信士が顔をしかめる。通信の音声はみるみるうちに意味を成さなくなっていった。


「通信環境悪化、アンテナ保護のために接続を中断します」


「駄目か、やっとつながったのに」


 ハル・カランベリ艦長は軍帽のつばを上げ、焦りをはらんだ眼差しで艦橋に張り付く雲の塊を睨んだ。彼女の視線をよそに、乱気流に囚われ沈んでいく船体の揺れは一秒ごとに激しさを増していく。アヴァターラの艦内に警報ベルが鳴り響き、緊急スタビライザーが起動する。雲海面は平穏を取り戻し、アヴァターラは荒れ狂う風の中を突き進んでいく。


「可能な限り早く通信を再確立する。乱流が弱い地点を探し、通信可能時間を確保せよ」


 ハル艦長が命令すると、マクノス航空主任が計器を覗き込んでから口を開いた。


「オペレーター、乱流スキャンだ。通信再開可能地点の捜索を開始せよ」


 マクノス航空主任の指示に従い、オペレーターがスキャン結果を読み取っていく。艦橋発令所に数秒の沈黙が佇んだ後に、オペレーターは報告の声を上げた。


「右舷三十度方向に乱流の弱い位置を確認。通信可能位置です!」


 マクノス航空主任がハル艦長に目線を合わせる。彼女は頷き、指示を下した。


「転舵、右三十度。乱流が途切れ次第通信可能高度をとれ」


「了解、転舵右三十度」


 マクノス航空主任がハル艦長の命令を復唱しながら舵を切ると、アヴァターラの船体はゆっくりと傾きながら針路を変えた。やがて平穏を取り戻した雲海面が乱れ、みるみるうちに針のようなアンテナが突き出し、それに続いて巨大な鋼鉄の楼閣が顔を出す。そびえ立つ楼閣の表面にまとわりついていた雲が剥離し、アヴァターラの艦橋が姿を現した。窓から光が差し込み、ハル艦長は安堵した様子で軍帽のつばを下ろす。通信再開の指示とともに、通信士が接続操作を始めた。


「空中大陸間通信アンテナ起動、艦隊司令部との通信を再開します」


 通信機のマイクから響くノイズが、徐々に意味を成す呼出符号へと変わっていく。通信士が呼出符号に対して応答を続けていると、呼出符号は艦隊司令部からの音声に変わった。


「こちら艦隊司令部。空中戦艦アヴァターラ、応答せよ」


「こちら空中戦艦アヴァターラ。艦隊司令部へ、現座標ISC2-3-3。指示を乞う」


 ハル艦長が応じると、艦隊司令部は命令を発した。


「アヴァターラに命ず、第三層空中大陸のバストロイド荒原西部アークティア地方を飛行中に行方不明になった哨戒機一機と捜索に向かった救難機二機が行方不明となった。詳細は不明である。哨戒任務を中断し、可及的速やかに捜索に向かわれたし」


「了解、急行す」


 ハル艦長の応答とともに、アヴァターラはその巨大な船体の速力を上げた。艦首に巨大な衝角、前後の甲板と左右の葉巻型副船体に桁外れの巨砲を備えたこの船は、十八年前にムガロ王立海軍空中艦隊によって建造されたアヴァターラ級空中戦艦のネームシップである。ムガロ王国はかつて四つの国家が連合して成立した、第八層までの空中大陸と本来の地球表面である基底層を支配する大国である。ムガロ王国は、その成立後しばらくして結成された反ムガロ連合として知られる国家連合体と千年近い年月にわたって戦争を続けている。そうであるにもかかわらず、ムガロ王立海軍空中艦隊の主力艦であるアヴァターラに司令部から与えられる任務は呑気なものばかり。その事実は、戦争が膠着状態であるという事実をあまりにも雄弁に語っていた。


「艦長、反ムガロ連合の偵察部隊か何かでしょうか。旧世代の遺物から攻撃を受けた可能性もありますが」


 ヴォロス副長は少しの緊張をもってハル艦長に問いかける。彼女はいつも通りに目的地周辺の地図を一瞥して答えた。


「行ってみないとわからんな。砲術長、念のため対地兵器を準備せよ。着陸班は降下準備甲板に集合、降下および戦闘用の装備を用意せよ。偵察班、一番及び二番偵察用無人機の準備を開始せよ」


 ハル艦長が指示を飛ばすと艦内が少し騒がしくなり、アヴァターラは艦内に重いブザー音を響かせつつ浮遊機関の拍動音も高らかにぐんぐん速度を上げる。数分後、マクノス航空主任が舵輪から手を離して報告した。


「連絡孔経由航路八十七番への接続操作、完了! 操艦を自動航路追跡に切り替えます!」


 アヴァターラは船体を重く軋ませながら艦首を少し上に向け、雲を裂きながら凪いだ雲海の界面をすべるように進んでいく。やがて衝撃とともに後部推進器が起動し、雲の切れ端をまとった艦首が界面から離れた。船体が上昇を開始すると、推進器から吐き出された噴流が雲の切れ端を巻き上げる。高高度へと舞い上がったアヴァターラは、飛沫のように霞を散らしながら青い空の彼方へと溶け込んでいった。

挿絵(By みてみん)

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