第36話 前評判の衝撃
そして意を決したように、おそるおそる艦長に問いかける。
「具体的には……?」
「ああ。たとえば私が艇長になったころ敵艦隊を捕捉したと打電してきた哨戒艇は、ベテランとして名が通った、私の大先輩にあたる艇長の船だった。それがどうだ、味方戦艦が敵艦隊と交戦し始めたのを見届け瀕死の艇長を乗せてなんとか離脱したと報告した後、母艦にたどり着く寸前で力尽き目の前で沈んだ。それを見たとき敵艦隊の砲火の前には操縦する艇長の技量など関係ない、生き残れるかどうかは運だけが左右すると実感して背筋にうすら寒いものを感じた。あの状況で生きてこられたことは、実際幸運だったのかもしれないね」
ハル艦長はしみじみと語った。彼女の手は、あの時と同じように固く握られていた。ロジカ記者は「幸運」という言葉を口の中で飴でも転がすように反芻して、無理矢理自分を納得させようとした。
「なるほど、確かにそれはかなりの幸運でしょう。もし私が何らかの神を熱心に信ずるのであれば、かのものによって導かれた選ばれし者と、あなたを信仰するかもしれないほどの幸運だと思います」
ハル艦長は怪訝そうな顔をして口を開いた。
「その程度で信仰されるなら、大まかに五千人ほどいるはずのベテラン哨戒艇長たちの三人に一人ぐらいは信仰されていてもおかしくないだろうね」
「失言でした。そうなのですか、世の中は思っている以上に広いものですね。それはそうと、艦長はかつて研究員として活動されていたわけですよね。いきなりそんな戦闘のまっただなかに放り込まれて、どう感じられたのですか?」
「前線にいても、実際に戦闘を経験するまでは何もわかっていなかったのだと痛感させられた。いつ死ぬかも分からない、研究員として理屈を組んでいた頃とは全く違う世界に来たのだと、骨身に刻まれた思いがしたよ。だが、意志はあまり変わらなかった。私は戦争を終わらせるために、できることは何でもするべきなのだろうという考えも、全く変わっていなかった」
ロジカ記者は少し感心したような眼差しを向けて、ハル艦長にお辞儀をした。
「取材はこれで終わりです。ありがとうございました、艦長へのインタビューとして記事にさせていただきます。お仕事頑張ってください」
ロジカ記者の手の震えはひどくなっていた。その様子を見て少し心配そうにしながらも、ハル艦長は席を立つ。
「わかった、無理はしないようにしてくれ。これから少しの間になるが、よろしくお願いするよ」
会釈をして去っていった艦長を見送ったロジカ記者は、その後もしばらくカウンター席で固まっていた。これでは退避の時にも退避できないかもしれないという恐怖が彼の中で高まり、やっとのことで席を立った彼は、おぼつかない足取りで自室に戻った。かつて一級の政府官僚になることもできると言われ、将来を嘱望されるような経歴を捨てても新聞記者となることを選んだときのような、二つの恐怖から一つを選ぶような心理が彼の中で活発に働いている。彼は漠然とした恐怖を胸に、飾り気のない寝台の上に置かれたブランケットにくるまって震えていた。




