第24話 秘密基地
周囲には民間船の艦影さえ一つもない、群青に輝く空。薄くたなびく雲をかき分け、同日午後六時前に臨時混成機動艦隊は夕日の中、バストロイド荒原よりパノラモート側にある極秘の艦艇秘匿用施設に進入した。八号秘匿施設と呼ばれる、空中に浮かぶこの施設は、無人となった燕雲の一つに存在する都市「天穹一八七二街」の再開発に偽装した工事の際に、都市の下にある広大な何もない空間を改装して作られた。天井部の都市区画は食糧生産のための施設となり、内部は完全に封鎖され、電波を通さないよう十重二十重の情報漏洩対策防護設備で守られている。
今回の作戦ではここで合流を待って、作戦開始とともに一気にここから打って出ることが決められていた。出港時に互いを妨げないよう配慮して建造された港には、各艦専用の桟橋と発進口が直結されている。よほどのことがない限り出港時にもたつくことはないと考えてよいだろう。ハル艦長はそっと発令所から降りると、燕雲内部に設けられた休憩施設へと向かい、職員から食料の補給案内を受けた。補給後、しばらくの食事はレーションやレトルトパウチではなく、冷凍されていない生野菜や新鮮な生肉、穀物の粉末などを調理した「地上の食事」である。兵士たちは温かい食事のために戦うとはよく言ったもので、空中艦隊の各艦においても、補給直前の二週間と補給後しばらく地上の食事が食べられる半年間は艦全体の兵員の士気が高く保たれ、一番パフォーマンスの良い期間になる。そして主計科の兵員たちはそろって調理に追われるこの期間を「一番忙しく一番幸せな期間」と呼んでいる。彼らは八か月にわたる戦略パトロールの最後の二か月間はこの期間を待ち望み、パトロール開始直後からうんざりしながら大釜でシチュー料理を煮て、パン窯でパンを焼くのである。艦隊で特に人気のあるメニューはよく発酵した小麦粉の生地を、特殊セラミックの窯でもっちりした食感に焼き上げた白いパン「白平パン」で、多くの兵士の胃袋をつかみ艦隊の名物となっている。補給物資を積み込む際は乗員たちが普段とは打って変わって上機嫌になり、好きな料理を語り合ってはメニュー表とにらめっこをするという楽しげな光景が艦内で繰り広げられることになるので、当然の帰結として、補給物資搬入は艦隊のストレス緩和には必須の行事として君臨しているのである。今回の搬入作業でも汗を流す乗組員たちは、楽しそうに食料を食糧庫に運び込んでいく。穀物庫の番をしている猫たちも、どことなく期待を帯びたようなまなざしを向けながら運び込まれてきた穀物袋を見ていた。
「今日のメニューは牛乳シチューと白平パン、キャベツと玉ねぎのドレッシングサラダだそうだ。シチューには新鮮な生の牛乳を使ってるらしいぞ」
「やった、初日からこれなら大当たりだな」
「今日は大食堂で食事だそうだ、士官と無礼講になるぞ」
「マジかよ、今回の航空主任の一発芸はなんだろうな」
艦内の空気は盛り上がり、発令所ではハル艦長以下多くの高級士官が短い挨拶の原稿もそこそこに、一発芸の特訓に励んでいた。ムガロ王立海軍の無礼講における挨拶とは一発芸のことだという不文律の通り、皆挨拶の原稿そっちのけで練習している。一週間もしないうちに大きな作戦があるとあって酒の供給こそ禁止されたものの、宴会といって差し支えない程度には盛り上がるであろう。宴会芸に毛が生えた程度の一発芸を用意している下士官たちに紛れて、マクノス航空主任は近頃流行している曲のダンス再現を練習している。部分ごとの動きをさらっているようだが、動きの端々を見るだけでもかなり上手なことは伝わってくる。ハル艦長は前回、よりによってマクノス航空主任とネタ被りしてしまった手品を猛練習しながら、笑みをこぼしていた。




