第20話 要塞迎撃作戦始動
ハル艦長の前で、モーリス連絡官は十枚ほどの書類が綴られた紙束を鞄から取り出した。
「ではハル艦長、作戦を指示する。艦隊司令部では制空権を確保したうえで攻撃機を空中戦艦などから発艦させて攻撃し、対空砲を潰し切ってから空中戦艦の大型砲で攻撃すれば大型移動要塞は撃破可能であると判断した。敵は現在、我が航空警戒機隊の触接と威力偵察を受けつつ第二層空中大陸の最大拠点、パノラモート交易都市群へ向かっている。そのため、第六戦隊のうち戦略哨戒任務に従事中のヴァラーハとパラシュラーマを除く二隻は、パノラモートから見てバストロイド荒原の向こう側となるナクロ空域で強襲攻撃を行い、敵空中浮遊要塞を撃墜する作戦への参加を命令する」
モーリス連絡官はそこで言葉を切り、写真資料を分かりやすく提示する。
「これが今次作戦の中核となる。航空機搭載改造を受けた重戦艦、シャクラ及びインドラだ。アヴァターラはこれを護衛して敵の至近で安全に航空機を発艦させる支援を行い、またあらゆる火力を用いて航空隊の取りこぼした敵対空陣地を攻撃し、味方攻撃機部隊の着艦先となる高速母艦の援護を担当せよ。作戦要綱はこれだ」
モーリス連絡官の差し出した書類の束を受け取り、ハル艦長は敬礼した。
「了解。作戦要綱を受領します」
ハル艦長は司令部を退出し、若干駆け足に近い速度でアヴァターラの発令所に戻ると、船内放送装置のマイクをつかんだ。龍王城址で受けた傷の修理と浮遊機関への治療を終え、さらにアブレーティブバルジの完全な修復を受けた船体に、ハル艦長の声が響き渡る。
「各員、出航準備にかかれ! 浮遊機関休眠解除準備、主機始動!」
ティカ機関主任が「主機始動」と艦長の指示を復唱し、機関の安全確認手順が始まる。全ての安全確認が済んだことを示すランプが点灯し、スターター始動レバーの一番安全装置制限器が解除される。
「安全確認完了! 主機起動電源安定、始動準備よし!」
「補機およびエネルギー受信装置、第一から第八コンデンサへの回路開け! コンデンサ充電完了まで十五秒、スターター始動レバー第一安全装置解除!」
主機の始動シーケンスが進んでいく間に、機関科の配管整備員が機関に繋がるバルブを緩め、カミエル液と呼称される生理活性安定液の流れを起動可能状態にした。ティカ機関主任が浮遊機関の制御装置で起動信号を送る。カミエル液の流量が加速度的に増し、起動信号を強めていく。流量が臨界を超えると、休眠状態にあった浮遊機関からの力強い拍動が艦内に響いた。
「いけるぞ! 始動準備、浮遊機関起電盤から主機スターターへのバイパス回路開け!」
「バイパス回路開きました!」
「カウント開始! 浮遊機関、休眠解除五秒前! 四、三、二、一、起電反応確認段階に移行!」
浮遊機関は起動しつつ機能を回復し、息を吹き返したように起電反応を起こす。その電気がスターターへ流れ込むと、スターター始動レバーの最終安全装置制限器が解除された。
「起電反応あり、スターター始動できます!」
「浮遊機関からのバイパス回路閉鎖、主機関始動五秒前! 四、三、二、一、始動! 始動、成功しました!」
「艦内電源を陸上電源から主機電源へ切り替えろ! 陸上電源ケーブルの取り外し用意、センサーおよびモニター再起動準備!」
「了解」
主機関から聞こえた始動時の轟音はいつものようになりを潜め、主機につながる強力な安定装置に電気が回り、ルルルルルと歌うインバーターの音とともに電気が艦内の各回路に送り出されていく。
「切り替え完了! 電源ケーブル取り外し完了、ケーブル収容クレーンは収容を完了! 船体上昇抑制ガントリー外せ!」
浮遊機関への流入電力量の許容値が緩やかに上昇し、エネルギーを生み出す主機の出力はそれに先んじて上昇していく。
「ガントリー解除、ラジエーター排熱開始! カミエル液自発循環安定、循環補助ポンプ稼働休止!」
アヴァターラの浮遊機関は再び空へ舞い上がろうと、鼓動音とともに船体内部の配管にカミエル液を循環させる。冷媒配管によって冷やされたカミエル液は浮遊機関の全体を適温へと冷却していく。ラジエーターから熱風を吹き出しながら、アヴァターラは主機から浮遊機関への出力を浮上出力まで徐々に上昇させた。
「アヴァターラ、出港を許可する。現在位置から前進し、出港路三十二番を通航せよ」
港湾管理部局からの通信を受け、アヴァターラはゆっくりと前進して水面上の空中に浮かび、浮遊機関の出力を上げながら高空をめがけて上昇していった。
「こちら艦隊司令部、アヴァターラへ状況。シャクラとインドラは二日前にムラッタルスカの艦隊総司令部を出港した。シャクラはそのまま三十日のうちに艦隊に合流するが、インドラは母港のドラヴィダルスト海軍基地に戻り、攻撃隊が着艦に使用する高速母艦ダウザ級二隻とともに十月一日の二十一時、艦隊に合流する。アヴァターラは現在のルートを維持し、二十九日に艦隊合流ポイントS2-F36へ到着せよ。艦隊構成後の艦隊旗艦は重空中戦艦ヴァルナが務め、識別上での部隊名を『臨時混成機動艦隊』とする」
「こちらアヴァターラ、了解。合流ポイントまで航行します」




