第19話 敵要塞、侵入
敵艦隊の侵入経路調査のために出撃しようとしていたアヴァターラは、出港してわずか十時間で母港、スタビリテス海軍基地へと呼び戻された。第二層空中大地南半球の面積の半分を占めるステラ海水域の北岸に位置するスタビリテス海軍基地へと戻ったアヴァターラは、反ムガロ連合外征軍に対しての戦闘用意を命じられた。準備が進んでいくと、港の北側から流線形のいかにも速そうな船が近づいてきた。
これは司令部連絡船ブラフマーであり、高速性を追求した形状をしている。本来、飛行船は浮遊機関を起動すれば空気抵抗を踏み倒せるはずだが、ブラフマーは踏み倒せない分の雲や風の抵抗をも受け流すため流線形に作られており、その最高速度は音速の五倍を超えるのだ。着水して減速を終えたブラフマーは潜水艦のような波を立てて水上を進むと、アヴァターラから遠く離れた桟橋に停まった。
「スタビリテス基地司令部よりアヴァターラ、ブラフマーの入港手続きが完了した。第三哨戒管区司令部に出頭し、モーリス連絡官から直接司令部の命令書類を受領せよ、どうぞ」
「こちらアヴァターラ、ハル艦長了解」
艦の代表として呼び出されたハル艦長は、艦隊司令部直属の連絡官を務めるモーリス准将から状況の説明を受けることになった。不服そうな顔で司令部に現れたハル艦長を迎えるモーリス連絡官の目は疲れを隠しきれていない。ハル艦長はモーリス連絡官に敬礼し、彼は隣に立つ秘書官から資料を受け取る。
「ハル艦長、状況を伝える。貴艦を呼び戻したのは国境から敵戦力越境の緊急報告が飛んだからだ。空中戦艦八隻を含む反ムガロ連合の一個任務部隊が、古代に作られた浮遊要塞を修復したうえで戦力化して国境防衛ラインを強引に越えた」
モーリス連絡官は悔しげな表情で説明しながら資料を広げて第十層空中大陸の地図を指差し、敵艦隊の侵入経路を指し示す。
「我々は既に調査任務を受けて任地に向かっていました。他の戦隊から艦を回すか、陸軍の特殊砲兵隊で迎撃するかという選択をしてもよかったのではありませんか?」
モーリス連絡官は首を横に振ってそれを明確に否定すると、戦力配置現況図をタブレット端末に表示した。主要な艦は国境付近に接近しつつあり、陸軍部隊は各都市で防備を固めているが、その防衛線は見て取れる範囲でも長さのわりに薄い。それをじっと眺めるハル艦長を見下ろすようにして、モーリス連絡官が口を開いた。
「陸軍は一か月前にムガロ王国領内でパルチザンを率いて蜂起した反ムガロ連合特殊部隊への対応に今なお釘付けになっており、また敵の編成内に重対地艦が確認されたことから陸軍が部隊派遣を渋っている状況だ。一方海軍空中艦隊の第三戦隊および第四戦隊は戦略哨戒任務のために散らばっているため召集に時間がかかる。また、第七戦隊は通商路防衛のためにすでに動員されており、第一戦隊は第一層、第二戦隊はムラッタルスカ近郊の各空域で迎撃態勢をとっている。また、第八戦隊および第九戦隊は更なる敵艦隊の侵入を防ぐため、突破された国境防衛線に急行している最中である。この状況ではもはや敵艦隊の侵入経路調査に時間を割いている場合ではない。戦域が海上である間は水上艦隊が対応できるかもしれないが、正直足止めにもならないだろう」
その言葉に、新聞各社が報じた戦争の終焉は未だ欺瞞に近い絵空事であるということを、ハル艦長は痛感した。そんな彼女を直視して申し訳なさそうな表情を浮かべながら、モーリス連絡官は話を進めていく。彼はハル艦長の目の前に置いていたタブレット端末を手に取り、資料を提示した。
「敵の保有する兵器の中で、作戦進行上最大級の脅威になるものは二つの古代兵器だ。まず一つは、わが方の輸送船で輸送中に強奪された、用途不明の長射程大型ビーム砲だ。パルチザンが占拠している第四層空中大陸の、ハーベンド山岳地帯に設置されていることが確認されており、陸軍が手を焼いている要因の一つとなっている。空中艦隊が運用するシヴァの主砲と同じ原理で駆動されるが、射程はシヴァのものより数十倍も長く威力も段違いに高い。せめてもの慰めは分間発射速度が低いことだが、そもそも射撃可能状態に保たれている時点では発射レートが低いといえども、飛行船では射すくめられてしまって接近できないと推察される。よってこの火砲については空中艦隊による直射攻撃は避け、あくまで間接射撃により地上部隊の支援に徹することとなる。現在のところ第一モニター戦隊がすでに向かっているため、アヴァターラが対応する必要はない」
その言葉を聞いたハル艦長は頷いてメモを取った。その様子を見て頷きながら、モーリス連絡官は説明を続ける。
「二つ目、我々にとって喫緊の問題になるのはこちらだ。空中艦隊にしか攻略できないであろう大型移動要塞が運用されている。これは第十層空中大陸、現在のところ我々の領域外になっている地域に確認されていた古代の遺跡を彼らが回収して運用しているものと推察される。空中に完全に浮かんでおり、下部に大口径の対地攻撃兵器を持っているようだ。形状から察するに、対地攻撃兵器は艦隊への攻撃などには使えないと考えられるが、円盤状の土台部分の上には円環状の対空陣地が三重に形成され、さらに要塞上部には分厚い装甲が控えている。しかし上部対空砲陣地の対空砲は通常の要地防空用対空中戦艦型滑腔砲であり、分間発射速度は低いものとなっている。また、上部には艦艇格納設備とその入り口を有し、この部分も可動部である以上装甲はそこまで厚くないものと推定される」
「なるほど、そこが脆弱点になりうるわけですね」
メモ帳から顔を上げたハル艦長の言葉を、モーリス連絡官は頷いて肯定した。




