第16話 接敵直前
ハル艦長はモーリス司令部直属連絡官を伴ってアヴァターラの発令所に戻り、出撃準備が済むのを待ちながらモーリス連絡官の話を聞いていた。
「こんなところに空中戦艦八隻を失うリスクを冒してまで敵艦隊が来るでしょうか」
ヴォロス副長が誰にともなく疑問を投げかけると、モーリス連絡官は副長の目を見て、少し困ったような顔をした。その様子を見るハル艦長はどこかで納得したような雰囲気を漂わせていた。
「相手にはここに来なければならない事情があるのです。あなたが知らないだけで、司令部がそう判断した理由は明確に存在します。司令部の根拠が読み違いであったとしても、少なくともここに敵が来ることは確実です。だから敵は確実に、ここに強襲を行うことになる。侵入した方法も調査できるでしょう、強襲を乗り切ることさえできれば」
「なるほど、司令部がおそらく行っているはずの作戦がきっちり作用しているんですね。あとはムラッタルスカ要塞付近の哨戒隊、乃至は遊動哨戒中であるいずれかの仮装通報艦の通報を待つだけ、といったところでしょうか」
モーリス連絡官は、自分の言葉を受けたハル艦長の発言を満足げに頷きながら聞いている。艦長は遠足に行く前の子供のような顔をして、整備作業の監督を行っているティカ機関主任に質問した。
「ティカ機関主任、本艦の整備状況は?」
「全て予定通りに進行中です。弾薬の補給はすでに完了し、あと二十分ほどで衝角砲及び船体構造材の整備点検作業が完了します!」
「そうか」
報告を聞いたハル艦長は不思議な笑みを浮かべたまま軍帽を被りなおして、艦橋の艦長席にそっと腰を下ろした。整備が完了すると、モーリス連絡官は会釈をして発令所から退出する。士官たち全員がそれぞれの持ち場に戻り、艦橋はスッと静まり返った。艦長は端末の画面に、電子配布された命令書全文へのアクセス権限が付与されたことが表示されたのを確認し、生体認証をして命令書を開いた。その命令を作成したのは作戦本部第一課のソラン・サジラシスという士官らしい。命令書を読み、艦長は作戦立案者の名前を反芻した。一方艦橋発令所では、整備作業の進捗以外何一つとして報告が来ない沈黙に耐えかねたオペレーターや各部署の士官たちが、司令部の防衛状況について意見を交わし始めた。
「おそらく艦隊司令部に優秀な戦略家が来たのでしょう」
議論を見つめながらどこか達観した様子でヴォロス副長が言うと、マクノス航空主任は疑いの目を向けた。
「飛び切りの自信を持った馬鹿ではないでしょうか? 正気とは思えません」
「そんなわけはありません、ハル艦長の様子を……」
ヴォロス副長とマクノス航空主任が口論へと突入する前に、ハル艦長が彼らを手で制した。
「待て、命令書が更新された。司令部から作戦指示の伝達が始まるそうだ。無線手、司令部専用チャンネルの受信を開始せよ」
ハル艦長の言葉に従い、無線手は司令部専用チャンネルに周波数と波形選択を合わせる。無線は複雑に暗号化されていたが、解読は短時間で完了した。
「司令部からの命令を読み上げます。司令部内に集結した第二から第九戦隊の各艦は補給と整備が完了し次第、各戦隊一番艦艦長の指揮に従い作戦行動を開始せよ。敵の位置は逐次共有す。以上です!」
「整備状況は」
「今しがた完了、作業員の退避も完了しています!」
その言葉を聞いてハル艦長は頷くと、目を見開いて命令を発しはじめた。
「よし、総員傾注! こちら第六戦隊一番艦アヴァターラ、第六戦隊の各艦に告ぐ。これより第六戦隊は敵艦隊を攻撃する。各艦、整備は完了したか。アヴァターラの整備は終わっている」
「こちらヴァラーハ、整備完了!」
「こちらヴァーマナ、整備完了!」
「パラシュラーマも同じく、整備完了!」
打てば響く応答が通信電波に踊る。
「全艦、通常出港手順を開始せよ!」
ハル艦長は号令を発し、各艦が出撃準備を始めた。ハル艦長は通信を切ると、艦内放送用のマイクをつかんだ。
「これより本艦は出港準備を開始する! 主機関出力最大、浮遊機関へのエネルギー注入を開始せよ!」
「了解、浮遊機関エネルギー強度四十五パーセント! 重力補償点に達しました!」
「船体固定具解除! 第八出港口から出港せよ!」
船体を支持する固定具が下がり、船体がゆっくり前進を始める。ゆっくりとターンした船体は、港湾の側面でシャッターを上げつつある第八出港口を通過した。




