第8話 新聞は追憶を呼ぶ
乙四番補給港に入港してから一時間ほどで、アヴァターラの艦内に備えられた印刷室に地上から転送されたデータが送られ、印刷機によって紙媒体に出力される。その作業が済むと、ハル艦長は各社の新聞記事をじっと見比べながら、物流が乱れた原因をメモに書き留め始めた。新聞によれば、配送先の間違いやコンテナが配送される港の振り分けに荷主の一部が同意しなかったこと、また幹線道路での戦車輸送トレーラーが対空中戦艦ミサイル搭載トラックに追突した事故による火災とそれに伴う道路損傷。そのほか多種多様な要因が奇跡的な偶然の重なりでここ数日に相次いで発生し、物流の遅れが頻発しているのだという。そうした状況にあっては、海軍としても哨戒任務という他の船で代替可能な任務に就いている入港中艦艇への物資供給よりも、民間の物資輸送を優先せざるを得ず、そのせいもあってすでに停泊している空中戦艦二隻……バガヴァット・ギーター級の二番艦であるユディシュティラおよびアヴァターラ級の五番艦であるナラシンハへの補給も遅れているとのことである。入港予定だった空中艦隊の各艦の航路にも大きな支障が出ているだろう。
「酷いな、これは……」
「何たる不運、といったところですね。とりあえず物流が滞っている原因は偶然の事象が不運にも集中して発生してしまったこと……で間違いないでしょう」
ヴォロス副長がそう言ってハル艦長をたしなめる。艦橋では当直士官たちが新聞を読んで笑っているが、兵たちにとって新聞の内容はかなり深刻な事態に写ったようである。しかし怒りがこみ上げたところで、全て誰かの作為によるものではない事象なのだから怒りを発散するべくもなく、地団駄を踏むしかない。怒りを紛らわせるために備砲の点検をする者、各人の配置された部署から少し離れてカードゲームなどの暇つぶしをして時間を過ごす者と様々に行動が分かれた。そのまま時間が過ぎていき、日は傾いて、赤い光に港が包まれる。その夕日を裂いて大型艦が一隻、港の桟橋へと降りてきた。アヴァターラの上を影が横切り、逆光の中にその異形ともいえる十字型の姿が浮かぶ。地上施設から連絡が入り、オペレーターがそれを読み上げた。
「報告、二番桟橋に重戦艦『シヴァ』が停泊するとのことです。先ほど艦長のマクマトス大佐から『こちらシヴァ、隣に失礼する』と挨拶がありました」
「返信せよ。内容は『こちらアヴァターラ、歓迎する』としてくれ」
「わかりました」
艦橋の窓から夕日が差し込み、白っぽい防暑服を茜色に染めあげる。通信士がシヴァ宛てに無線を送信しているさなか、ハル艦長はマクマトス大佐と最後に話した三年前の日を思い出していた。当時彼女は軍艦の指揮を学ぶため、彼の指揮するバガヴァット・ギーター級戦艦の四番艦アルジュナに艦長付き士官として乗艦していたのだ。
「もう三年経つのか」
アヴァターラの艦橋でそう独り言を口にしながら、彼女は机の上に残っていた新聞の山に目を落とした。一番上に積まれている昨日の朝刊一面の下半分を埋めているのは、長らく行方不明だった空中大陸調査船イサベラⅧ号の捜索が終了し、乗員全員が死亡したものと判断されたというニュース。手に取って読んでいくと、イサベラⅧが最後に送信した通信の内容が事件の顛末とともに書かれていた。曰く、「本船はこれより天球の北端を目指し航行する。ごきげんよう」との無線が彼らの遺言となり、船はおそらく第十層空中大陸の連合領内か海底深くに沈んでいるだろう……とのことだ。
ハル艦長は少し気になって、イサベラⅧ号の詳細を検索することにした。幸い最後の航海に関することだけは情報が豊富であり、王国資料館の公式記録には天球となっている第十一層の北極からなら天球の向こう側に行けるかもしれないと判断した学者たちが気密性の極めて高い「宇宙船」を搭載して出航した、と記載されていた。ハル艦長は電子資料を終端の付表まで斜め読みして、資料の最後に目をとめた。そこには乗船していた研究者の顔ぶれを記した表が付されていた。その中にかつて話したことのある者を見つけ、ハル艦長は何か大切なものをなくしたような気がした。彼らと話したことは他愛もないことだったし、そこまで親しいわけではなかった。それでも、集合写真に写る彼らの顔がなぜか直視できなくて、ハル艦長は窓の外に視線を移した。胸の奥に冷たい風が吹き込むような心持ちのまま、ぼんやりと眺めた竜王城址製造都市中央市街には、平時であれば考えられないほどの明かりがきらめいている。ぼんやりとした視界を突き刺すような眩しさに胸騒ぎを感じて、ハル艦長は艦橋の薄暗い明かりの下に目をそらし、手元にあった新聞の大見出しを見つめた。




