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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第七章:鋼鉄の帝国と、海を渡る反逆者たち

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第七章13『十の理を越えて、空へ』

完璧な計算に基づく機械神の消滅により、百二十層に及ぶ階層都市は、その巨体を維持できずに凄まじい連鎖崩壊を始めていた。

分厚い鋼鉄の天井が吹き飛んだ最上層に降り注ぐのは、彼らが生まれた時から一度も見たことのなかった、暖かく眩しい本物の太陽の光。

だが、余韻に浸る時間はない。足元からは一億トンを超える都市の崩落が迫り、頭上からは巨大な装甲板が次々と降り注いでくる。

崩れゆく鋼鉄の箱庭から、本物の空が広がる新天地へ。規格外の反逆者たちによる、終わりと始まりを繋ぐ決死の脱出劇が幕を開ける。

「……あったかい……。これが、本物の……光……」

セブンが甲板にへたり込みながら、開かれた天井の大穴から降り注ぐ太陽の光に向けて、生身の手をゆっくりと伸ばした。

機械の体を持つ市民たちも、その暖かな光を全身で浴び、生まれて初めて知る「自然の温もり」に静かに涙を流していた。


暗く冷たい最下層から、幾重もの鋼鉄の天井をぶち破り、ついに手に入れた本物の空。

満身創痍のシオンたちも、激闘の熱を冷ますように吹き込んできた爽やかな風を感じながら、その眩しい光景を見上げていた。


「ハッ……いい景色じゃねぇか。あんな引きこもりの計算機には、一生拝めない眩しさだぜ」

龍崎が大の字になって甲板に寝転がり、満足げに笑う。

「そうだね……。僕たちの祈りは、ちゃんと空に届いたんだ」

カイルもリオナと肩を寄せ合い、安堵の息を漏らした。


だが、感動の余韻は、空間全体を揺るがす絶望的な地鳴りによって無惨に引き裂かれた。


ズゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ!!!!!


第一セクターを構成していた白亜の神殿が、メキメキと音を立ててひしゃげ、足元のデータストリームの床が巨大な亀裂とともに次々と抜け落ちていく。


『……警告! マザーコンピュータの消滅により、階層都市全土の重力制御システムが完全に停止!』

アノンのホログラムが激しく明滅し、船内に緊急警報を鳴り響かせた。

『第一層から第百二十層まで、すべての階層を支えていた反重力場が消失しました。……この都市は今から、自身の数億トンという自重に耐えきれず、完全に圧壊(崩落)します!』


「つまり、下から順にペチャンコになりながら、この一番上の階層ごと全部真っ逆さまに落ちてくってことね!」

シオンは倒れ込んでいた体を気合いで跳ね起きさせ、黒焦げの舵輪へと飛びついた。


「全員、船の何かにしっかり掴まりなさい!! 感動のフィナーレはお預けよ! このまま一気に、あの天井の大穴から外へ飛び出すわ!!」


シオンの怒号とともに、『反逆の泥舟』の反重力機関が限界を超えた咆哮を上げる。

「ハク! ゼッカ! 市民たちを船倉へ押し込め! 甲板にいたら振り落とされるぞ!!」

「チッ、休む暇もねぇのかよ! ほら、お前ら急げ!」

ハクが影を網のように展開して市民たちを船の内部へと強引に誘導し、ゼッカが最後尾で崩れ落ちてくる瓦礫を義眼の予測で的確に撃ち落とす。


「カイル、リオナ! 上の穴を塞ごうとするデカい鉄骨があったら、全部光で溶かしなさい!」

「了解っ! カイル、もう一踏ん張りだよ!」

「ああ、行くぞリオナ!」


足元では、かつて帝国の心臓部であった第一セクターが、ドミノ倒しのように崩壊し、遥か下層の暗闇へと吸い込まれていく。

皇帝システムが定めた「完璧な計算」など、もはやどこにも存在しない。

本来なら十の区切りで終わるはずだった世界のルールを、強引にこじ開け、引き延ばし、破壊し尽くした結果が、この常識外れの大崩壊なのだ。


「アハハハハッ!! 最高じゃない! 決められた枠組み(シナリオ)通りに終わるなんて、極道には似合わないわ!!」


シオンは紫の瞳を獰猛に輝かせ、降り注ぐ瓦礫の雨をアバドンの重力で弾き飛ばしながら、舵輪を思い切り引き上げた。

極彩色の魔力を撒き散らしながら、反逆の泥舟は崩れ落ちる鋼鉄の箱庭を背に、太陽の光が差し込む「真の空」へ向けて最後の飛翔を開始した。


ゴォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!


背後から迫り来るのは、一億トンを優に超える巨大な都市の崩落音。

百二十層分の鋼鉄の階層が、下から順番に押し潰され、凄まじい衝撃波と粉塵の嵐となって泥舟のケツを煽り立てる。

『反逆の泥舟』は、極彩色の魔力パルスを限界まで噴射し、太陽の光が差し込む頭上の「大穴」を目指して猛スピードで上昇していた。


だが、脱出の道は平坦ではない。

都市の崩壊は上層部も例外ではなく、天井を構成していた巨大な装甲板や、直径数十メートルもある対魔鋼のパイプラインが、大穴を塞ぐように次々と崩れ落ちてきたのだ。


「カイル、リオナ! 前のデカい鉄骨、邪魔よ!」

「任せて! 『聖光・天の裁き』!!」

「いくよカイル! 出力全開ッ!!」

船の舳先に立つカイルとリオナが、限界寸前の魔力を振り絞って白銀の光線を放ち、落下してくる巨大な鉄骨を空中でドロドロに溶解させる。


「ゼッカ、細かい瓦礫は全部撃ち落とせ! 船のバリアはもうギリギリだ!」

「了解しています。……『全方位・一斉狙撃オムニ・スナイプ』!」

ゼッカが義眼の出力をオーバーライドし、両手に構えた二丁拳銃から乱れ撃つ魔力弾が、船を直撃しそうになった細かな瓦礫を空中で百発百中粉砕していく。


「ヒャハハハッ! 溶かしきれねぇデカブツは俺が粉々にしてやる!!」

龍崎が大剣を失った両腕を限界まで膨張させ、甲板から跳躍。落下してくるビル並みの装甲板を、純粋な筋肉の暴風ラッシュで文字通り「殴り砕き」、ハクがその隙間に影の楔を打ち込んで木端微塵に爆散させる。


泥だらけの反逆者たちは、文字通り自らの手足と命を削りながら、落ちてくる瓦礫の雨を力ずくでこじ開けていた。

だが――。


『……シオン! 頭上から、極大質量の落下物を検知!』

アノンの悲鳴のような警告が響く。


ギギギギギギギィィィィィィィィンッ!!!!!


頭上の大穴の縁から、帝国全体を支えていた『超巨大な中央支柱』が、ついに根元から折れ曲がり、泥舟の上昇軌道を完全に塞ぐように倒れてきたのだ。

それは瓦礫というレベルではない。一つの「山」そのものが、横倒しになって蓋をしに来たような絶望的な質量だった。


「……ッ! あれが塞がったら、私たちはこの箱庭の底まで真っ逆さまよ!」

リオナが絶望に目を瞠る。


「塞がらせるもんか……ッ!!」

シオンは黒焦げになった舵輪から手を離し、前甲板の先端へと駆け出した。


「アノン! 神話のコアのエネルギー、防壁、推進力、全部切って! 残った魔力、一滴残らず私の右腕に回しなさい!!」

『しかし、それでは船が――』

「船がどうなるかじゃない! 私たちがどうするかよ!!」


シオンの怒号に、反逆の泥舟の全機能が一瞬にして停止した。船の推進力が消え、重力に引かれて落下が始まりそうになったその瞬間。


「ハク、龍崎、カイル、リオナ、ゼッカ! あんたたちの力も全部乗せなさい!! 落ちてくる山ごと、この泥舟でブチ抜くわよ!!」


シオンの右腕に、かつてない密度で極炎と紫電、そして超重力が収束していく。

それに呼応するように、カイルとリオナが残された祈りの光を、龍崎とハクが最後の闘気を、ゼッカが義眼の演算能力を、そして船倉からセブンたち市民が命の熱量を――すべての「非論理な力」が、シオンの右腕を通じて泥舟の舳先へと流れ込んだ。


「十の枠組み(ルール)なんて関係ない……! 限界なんて、私たちが決める!!」


シオンは、すべてを飲み込む極彩色の巨大な「槍」と化した泥舟の舳先を、眼前に迫る絶望的な質量の山へと向けて、己の全存在を懸けて突き出した。


「――『極雷炎・天地貫通オーバー・ザ・リミット』!!!」


ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!


泥だらけの反逆者たちの全魔力と、市民たちの命の熱量を乗せた『極彩色の槍』が、落下してくる超巨大な中央支柱と真っ向から激突した。

数億トンの絶望的な質量が、シオンの放った理不尽な破壊エネルギーと拮抗し、空間が悲鳴を上げて激しく歪む。


「押し切れェェェェッ!! 私たちの『生きたい』ってワガママは、こんな鉄屑より重いのよォォォッ!!」


シオンの咆哮に呼応するように、船の舳先を覆っていた極彩色の光が、さらに数倍に膨れ上がった。

紫電が鋼鉄を融解し、極炎が内部から爆発させ、超重力がその残骸を粉々にすり潰す。そして、カイルの聖光と仲間たちの力が、その突破口を完璧にこじ開けた。


パキィィィィィィィィィィィンッ!!!!!


世界を塞ごうとした巨大なシステムが、文字通り「木端微塵」に砕け散る。

粉砕された鉄屑の嵐と、鼓膜を破るような爆発音を突き抜け、『反逆の泥舟』はついに――分厚い鋼鉄の天井を完全に抜け出し、開かれた「大穴」から上空へと飛び出した。


「……ッ!!」


船が外の空間へと躍り出た瞬間。

それまで視界を覆っていた黒煙も、油の匂いも、息の詰まるような圧迫感も、すべてが嘘のように消え去った。


吹き込んでくるのは、どこまでも澄み切った清浄な風。

そして頭上に広がるのは、一切の遮るものがない、無限に続く『青』と、まばゆい『太陽の光』であった。


「……あ……ああ……」


船倉から這い出してきたセブンたちサイボーグ市民が、甲板に膝をつき、呆然とその光景を見上げる。

彼らが生まれた時から見上げてきたのは、冷たい対魔鋼の天井と、造られたネオンの光だけだった。システムによって「空など存在しない」と教え込まれてきた彼らの目に映る、本物の青空と白い雲。


「……綺麗……。本当に……空って、青かったんだ……」

セブンの生身の左目から、止めどなく涙が溢れ落ちる。他の市民たちも、互いの手を握り締めながら、ただ静かに、生まれて初めて見る「世界」に声を上げて泣いていた。


『……シオン。反重力機関、および神話のコア、完全に沈黙しました。……魔力残量、ゼロです』

ホログラムの姿を維持できず、音声のみとなったアノンが静かに告げる。


「ええ、よくやったわアノン。……全部、綺麗に使い切ったわね」

シオンは黒焦げの舵輪から手を離し、全身の力が抜けたようにその場に座り込んだ。

彼女の右腕は限界を超えた代償でボロボロになり、仲間たちも全員が甲板に大の字になって倒れ込んでいる。


機関が完全に停止した泥舟は、上昇の勢いを失い、放物線を描きながらゆっくりと「自由落下」を始めた。

眼下には、崩壊し、巨大なクレーターと化したかつての階層都市と、その周囲に広がるどこまでも青い『広大な海』が待っている。


「……落ちてるぞ、姉御。エンジンが死んでるなら、このまま海に真っ逆さまだ」

ハクが空を見上げたまま、疲労困憊の声で笑う。


「ハッ、上等だ! 落ちてくる空をブチ抜いたんだ、最後くらいド派手に水遊びと洒落込もうぜ!!」

龍崎も痛む体を揺らして豪快に笑い声を上げた。

カイルとリオナも、互いの手を取り合いながら、迫り来る海面を見て清々しい笑顔を浮かべている。


「そうね……。息の詰まる箱庭は、もう終わったのよ」


シオンは吹き抜ける海風を全身で受けながら、最高に晴れやかな、極道の女王としての笑みを浮かべた。


「さあ、しっかり掴まってなさい! 新しい海への、ド派手な着水よ!!」


ザッバァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!


規格外の垂直突破を成し遂げた反逆の泥舟は、盛大な水柱を上げながら、太陽の光が乱反射する眩しい海原へと、歓声と共に力強く着水した。

偽りの神が支配した鋼鉄の帝国は完全に崩壊し、泥だらけの反逆者たちはついに、本物の空と海が広がる新天地へと辿り着いたのである。

落下してくる絶望的な質量の山に対し、船の全エネルギーと全員の命の熱量を乗せた「極雷炎・天地貫通オーバー・ザ・リミット」。

それは、命を数字でしか見なかった帝国に対する、泥臭くも圧倒的な「生きたい」というワガママの勝利でした。

分厚い鋼鉄の天井を抜け、ついに市民たちが見た本物の青空。感情を奪われ、空の存在すら知らされなかった彼らが流した涙は、この長かった階層都市での戦いが決して無駄ではなかったことを証明しています。

全力を使い果たし、海へと真っ逆さまに落ちていく泥舟での大笑いも、すべてから解放された彼ららしい最高のフィナーレの形でした。海へと着水した彼らを待つ次なる情景とは。第七章、いよいよ次が最終部となります。

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