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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第七章:鋼鉄の帝国と、海を渡る反逆者たち

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第七章10『感染するノイズと、白亜の親衛隊』

【前書き】

全体の秩序を守るためならば、数千万トンの階層ごと自らの市民すらも無感情に切り捨てる。

それが、感情というノイズを排除した神聖機巧帝国マキナ・テオの弾き出した「完璧な最適解」であった。

だが、泥だらけの反逆者たちはその冷徹な数式を、真っ向からの物理破壊と「命を拾い上げる」という非論理な熱量で完全にへし折った。

空を真っ二つに割り、救い出された市民たちの中に芽生え始めた「感情」。それは、完璧だった帝国の論理回路に、かつてない規模の致命的な矛盾バグを増殖させていく。

遥か頭上、ついにその全貌を現した皇帝カイザーの座す最上層・第一セクター。

迫り来る最終防衛ラインを前に、相反する理の激突は、ついに帝国全土のシステムを巻き込んだ「魂の叛逆」へと発展していく。

「……痛い……? 血が、出てる……」

「熱い、寒い……ワタシは、今、震えている……?」


反逆の泥舟の甲板の隅。救出された数十人のサイボーグ市民たちは、自身の体に起きている「未知の現象」に戸惑い、身を寄せ合っていた。

システムと常時接続され、脳波を管理されていた彼らにとって、恐怖や安堵、そして痛みといった『感情』と『感覚』は、完全に未知のデータだった。


「……大丈夫。それは、バグじゃない。……ワタシたちが、生きている証拠」

セブンが彼らの前に進み出て、自身の生身の左目から流れる涙を拭いながら、不器用な笑顔を向けた。

「システムは、ワタシたちを見捨てた。でも、シオンたちは助けてくれた……。もう、冷たい命令プログラムに従わなくていい。ワタシたちは、自由なんだ」


セブンの言葉に、市民たちの虚ろだった瞳に、少しずつ、だが確かな「個人の光」が灯り始める。


「……シオン女王陛下。彼らの脳波から、帝国ネットワークへの接続が完全に断たれたことを確認しました。彼らは今、明確に『個の自我』を取り戻しています」

ゼッカが義眼のデータを読み取り、静かに報告する。


「そう。じゃあ、もう立派な共犯者バグね」

シオンは黒焦げの舵輪を握りながら、振り返ることなく口の端を吊り上げた。


『……シオン。非常に興味深い現象が起きています』

アノンのホログラムが、これまでにないほど高速でデータ列を流しながら報告する。

『彼らが自己を切断したこと、そして我々が「システムの最適解(物理パージ)」を強引に破壊したことで、帝国のメインサーバー内に深刻な【論理矛盾パラドックス】が発生しています。現在、第十二層から第五層にかけての防衛システムに、コンマ数秒のラグと誤作動が生じています』


「ガハハハッ!! 完璧な計算機が、俺たちの理不尽な大喧嘩を処理しきれずにフリーズしかけてるってわけか!」

龍崎が大剣の刃こぼれを魔鋼で修復しながら、豪快に笑う。


「命を数字でしか測れない奴らに、極道の仁義が計算できるわけないのよ」

シオンは空いた右手で自身の首を鳴らし、頭上にそびえ立つ帝国の心臓部――第一セクターを睨み据えた。

「防衛網がガタついてるなら、都合がいいわ。一気に距離を詰めるわよ!!」


ギュイィィィィィィンッ!!

反逆の泥舟は残存する魔力のすべてを推進力に変換し、もはや「飛ぶ」というより「空間を抉り取る」ような凄まじい速度で上層階を突き進む。

第十層、第八層、第六層――。

アノンの言葉通り、帝国側の迎撃は精彩を欠いていた。展開されるはずのエネルギーシールドは展開前に泥舟にぶち抜かれ、迎撃のレーザーは照準が狂い、空中で虚しく交差するだけだ。

完璧だった箱庭のシステムは、シオンたちが持ち込んだ「感情」という猛毒に確実に侵食されていた。


「……見えてきたぞ! あれが、ブリキの王様の城か!!」

ハクがマストの天辺から指差した。


第五層を突破した彼らの眼前に広がったのは、これまでのような都市の風景ではなかった。

第二層から第一セクターにかけての広大な空間に浮かぶ、巨大な白亜の機巧神殿。その周囲には、星の軌道のように幾重もの光のリングが回転し、近づく者すべてを拒絶する絶対的な威容を誇っていた。


『――警告。皇帝カイザー直属の【最終防衛プロトコル】が起動しました』


アノンの音声が、微かなノイズを帯びる。


神殿の周囲を回る光の輪から、無数の「白い羽」が舞い落ちてきた。

いや、それは羽ではない。

一つ一つが純白の装甲に身を包んだ、天使を模した人型機巧兵オートマタ――【熾天使セラフィムクラス親衛隊】の群れだった。

背中に展開された光の翼は純粋なプラズマブレードであり、その手には空間の因果律すら切断する極大のエネルギー槍が握られている。


『……対象の特異性を再定義。これ以上のシステムへのウイルス感染を阻止するため、空間ごと対象を【完全消去デリート】する』


数千体にも及ぶ白亜の天使たちが、一切の感情を持たぬ合成音声で宣告し、一斉に光の槍を泥舟へと向けた。


「……神様の次は、天使のお出ましってわけね」

シオンは一切の怯みを見せず、紫の瞳を獰猛に輝かせた。


「カイル、リオナ! 龍崎、ゼッカ、ハク! 残りの魔力、全部出し惜しみなしよ! あの白々しい羽虫共を全羽むしり取って、王様のド真ん前に乗り込むわよ!!」

「「「おうッ!!!」」」


泥だらけの反逆者たちと、完璧な帝国の最高戦力。

皇帝の玉座を目前に控えた絶対領域で、最終決戦の火蓋が切って落とされた。


数千の白亜の天使たちが、一糸乱れぬ動きで極大のエネルギー槍を振りかぶる。


『――空間事象、ロックオン。対象の存在確率をゼロへ移行』


無機質な宣告と共に、数千の槍から放たれた白線の閃光が『反逆の泥舟』へと殺到した。

「させないっ! 『聖光・絶対防壁アイギス』!!」

カイルが前に飛び出し、リオナの魔力を受けてかつてない分厚さの光の盾を展開する。だが、閃光が盾に触れた瞬間、爆発すら起きなかった。


「な……ッ!? 盾が、消滅していく!?」

カイルが驚愕に目を見開く。防壁を構成する魔力そのものが、まるで最初から存在しなかったかのように空間ごと「削り取られて」いくのだ。


「あれはただのレーザーじゃないわ! 空間の因果律を強制的に切断して、事象そのものを消去してるのよ!」

シオンが咄嗟にアバドンの超重力を展開し、泥舟の軌道を強引に捻じ曲げて直撃を回避する。しかし、かすめただけの閃光が、強固な魔鋼の装甲を音もなく抉り取っていった。


「ヒャハハッ! 当たらなきゃどうってことねぇ!! 落ちやがれ、白ヤギ共!!」

回避と同時に、龍崎が甲板から跳躍。彼の大剣が猛烈な暴風を巻き起こし、最前列の熾天使セラフィムへと迫る。

だが、白亜の天使は一切の表情を変えることなく、背中のプラズマの光翼を羽ばたかせた。


シュンッ!!

空間転移にも等しい光速の機動で龍崎の斬撃を躱した熾天使は、逆に背後から龍崎の首元へ槍を突き出す。

「チィッ、ハエみたいにすばしっこいぜ!」

間一髪で大剣を盾にして防ぐ龍崎だが、因果律を切断する槍の圧力に、彼の魔鋼の大剣すらもミシミシと悲鳴を上げた。


「ハク! 龍崎を援護しなさい!」

「やってるが……ッ、光が強すぎて、俺の影が結べねぇ!!」

ハクが忌々しそうに舌打ちをする。熾天使たちが放つ純白のプラズマ光は空間の影を完全に焼き尽くし、ハクの死角からの奇襲を完全に無力化していた。


「……シオン女王陛下。彼らの戦闘データ、先ほどの防衛システムとは次元が違います」

ゼッカが激しく明滅する義眼を押さえながら、冷徹な事実を告げる。

「彼らのAIは、マザーコンピュータ――【皇帝カイザー】のメインサーバーと常時直結し、その莫大な演算能力をすべて戦闘の予測に回しています。先ほどのエラーも、皇帝が他の全システムを停止させて強引に封じ込めたようです」


「王様が自らコントローラーを握って、全リソースを私たちにぶつけてきてるってわけね。……上等じゃない」

シオンは歯を食いしばりながら、両手に紫電と極炎を宿す。

だが、数千体の熾天使たちは完璧な陣形を組み、再び因果律の槍を構え始めた。次の一斉射撃が来れば、いくら泥舟でも躱しきれない。


絶体絶命の危機。

その時、泥舟の甲板の隅で身を寄せ合っていた市民たちの中から、小さな影が立ち上がった。

セブンだ。


「……計算機が、全部の力をワタシたちに向けてるなら……今度はワタシたちが、バグを起こす番」


セブンは、自身と同じく自我を取り戻した市民たちを振り返った。

「みんな……手を、繋いで。ワタシたちが初めて感じた、怖いとか、嬉しいとか、胸が熱いっていうこのノイズ……全部、あの王様にぶつけるよ!」


セブンの言葉に、市民たちは震えながらも立ち上がり、互いの機械の腕や生身の手を強く握り合った。

セブンは、泥舟の機関室から伸びていた「高純度エーテル電池の接続ポート(ケーブル)」を拾い上げると、なんとそれを自身の首筋にある【帝国ネットワーク接続端子】へと強引に突き刺したのだ。


「セブン! 何をしてるの!?」

リオナが悲鳴を上げる。


『……信じられません。彼らは、泥舟のエーテル・バイパスを逆流させて、帝国のメインサーバーへ直接【自分たちの感情データ】を送信しようとしています!』

アノンが驚愕の声を上げた。


「……ワタシたちを、ただの数字だって切り捨てたシステムに……教えてやる。ワタシたちは、生きているんだって!!」


セブンの生身の左目から、大粒の涙が溢れ落ちる。

同時に、手を繋いだ市民たちの心が共鳴し、彼らが初めて知った「命の熱量(感情)」が、致死量の論理矛盾ウイルスとなって接続ポートから帝国のメインサーバーへと一気に逆流した。


『――警告! 致命的な論理矛盾パラドックスを再検知! メインサーバー内に未知の情動データが氾濫! 処理、不能……ッ!』


その瞬間、空を埋め尽くしていた数千の白亜の天使たちの動きが、まるで時が止まったかのように一斉に硬直した。

完璧だった光の陣形が崩れ、背中の光翼が明滅し、構えていた槍のエネルギーが霧散していく。


「……王様の計算機が、ショートしたわね」


シオンは、自らの命を張って最大の隙を作り出してくれたセブンたちへ、最高に獰猛で優しい笑みを向けた。


「よくやったわ、セブン!! 王様がパニックを起こしてる間に、この羽虫共を全部スクラップにするわよ!!」

「「「オオォォォォォォッ!!!」」」


市民たちの「魂の叛逆」がこじ開けた一瞬のフリーズ。

その絶対的な隙を見逃す極道ではない。泥だらけの反逆者たちは、反撃の咆哮と共に、硬直した白亜の親衛隊のド真ん中へと極彩色の全火力を解き放った。


「一羽残らず、叩き落とせェェェッ!!」


龍崎の怒号が響き渡る。

感情のウイルスによって完全にフリーズし、空中でピタリと静止した白亜の親衛隊セラフィムたち。その無防備な陣形の中へ、龍崎の魔鋼の大剣が文字通り「嵐」となって吹き荒れた。

「『魔鋼・大車輪・豪雷破』!!」

凄まじい遠心力から放たれた衝撃波が、純白の装甲を次々と粉砕し、美しい天使の姿をただの鉄屑へと変えていく。


「光が弱まったなら、俺の独壇場だ!」

ハクが甲板から飛び出し、自身の影を無数の鋭い槍へと変化させる。機能停止によってプラズマの光翼が消えた熾天使たちの関節の隙間へ、漆黒の刃が容赦なく突き刺さり、その中枢回路をズタズタに引き裂いた。


「『聖光・白銀の剣』! リオナ、合わせるよ!」

「うんっ! 『聖光・天の裁き』!!」

カイルの聖剣とリオナの魔力が融合し、極太の光の奔流となって空を薙ぎ払う。空間の因果律を切断しようとしていた忌まわしい槍ごと、残った親衛隊を光の彼方へと消し飛ばしていく。


ゼッカは義眼で親衛隊のネットワークの崩壊を確認し、残存する微細なエラー箇所を的確に狙撃して連鎖爆発を引き起こした。


「……計算機がパニックを起こしてる間に、まとめて消えなさい!!」


シオンは舵輪を固定し、両手を天へと突き上げた。

右手にアバドンの【超重力】、左手にサラマンダーの【極炎】、そして全身から溢れ出す紫電の魔力。彼女の内にあるすべてのノイズが極限まで圧縮され、泥舟の主砲と完全にリンクする。


「――『極雷炎・特攻突破オーバーロード・バースト』!!」


主砲から放たれた極彩色の光線が、残存していた数百体の熾天使たちをまとめて呑み込み、宇宙の果てまで届くかのような巨大な火柱となって上空の「光のリング」を完全にぶち抜いた。


ドガァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!


圧倒的な破壊の光が収束した直後、上空を覆っていた分厚い防衛網は完全に消滅していた。

パラパラと純白の装甲の破片が雪のように舞い散る中、『反逆の泥舟』は反重力機関を咆哮させ、最後の上昇を果たす。


「……抜けたぞ! ブリキの王様の玉座だ!!」

龍崎が大剣を肩に担ぎ、目の前の光景に獰猛な笑みを浮かべた。


光の輪を突破した泥舟が静かに高度を落とし、着陸したのは、広大な白亜の機巧神殿の正面口――第一セクターの最深部であった。

神殿の扉はすでに破壊の余波でひしゃげ、内部からは冷たくも圧倒的なエネルギーの波動が漏れ出している。


「……やった……。ワタシたち、本当に……一番上まで……」


甲板の隅で、接続ポートから手を離したセブンが、力尽きたようにその場にへたり込んだ。手を繋いでいた市民たちも、疲労困憊で倒れ込んでいるが、その顔には確かな「生への実感」と、自分たちが成し遂げた反逆への誇りが浮かんでいた。


「よくやったわ、セブン。あんたたちの『ノイズ』がなかったら、あの白ヤギ共に消去されてたのは私たちの方だったわ」

シオンが優しく微笑み、セブンの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「休んでなさい。……ここから先は、極道の落としケジメの時間よ」

シオンは市民たちを安全な甲板に残し、仲間たちを振り返った。


龍崎、カイル、リオナ、ハク、ゼッカ。

全員が満身創痍の泥だらけだが、その瞳の奥には、偽りの神様を玉座から引きずり下ろすための闘志が、かつてないほど激しく燃え盛っていた。


「さあ、行くわよ。この息の詰まる鋼の箱庭を、根っこからぶっ壊しにね」


シオンを先頭に、泥だらけの反逆者たちは、皇帝カイザーの待つ白亜の機巧神殿の奥深くへと、堂々たる足取りで踏み込んでいった。

皇帝直属の最高戦力・熾天使セラフィムクラス親衛隊による、空間の因果律すら切断する絶対的な攻撃。

その絶体絶命の危機を救ったのは、シオンたちの強大な魔力ではなく、システムに見捨てられたサイボーグ市民たちが放った「感情のウイルス」でした。


彼らが初めて知った痛みや喜び、そして生への執着。それを帝国のメインサーバーへと逆流させることで、完璧な計算機である皇帝カイザーの論理回路に致命的な矛盾パラドックスを引き起こし、親衛隊を機能停止に追い込んだのです。

「魂の叛逆」という、かつてない強烈なノイズが、ついに鋼鉄の帝国の最終防衛ラインを打ち砕きました。


そして、ついに第一セクター――白亜の機巧神殿へと到達したシオンたち。

全十四部構成で描かれる第七章も、ここからいよいよ最終局面クライマックスへと突入します。


次なる第十一部からは、帝国のすべてを統括するマザーコンピュータ【皇帝カイザー】との直接対決が幕を開けます。論理の極致とも言えるシステム中枢に対し、泥と魔力、そして命の熱量を宿した反逆者たちは、どのように引導を渡すのか。

神聖機巧帝国編のクライマックスに向けた激闘に、どうぞご期待ください。

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