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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第七章:鋼鉄の帝国と、海を渡る反逆者たち

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第七章8『人工の輪廻と、名もなき巡礼者』

分厚い絶対隔壁を力ずくでこじ開け、ついに皇帝の座す第一セクターへと続く白銀の上層階へ突入した『反逆の泥舟』。

そこは、下層の汚泥と喧騒を完全に切り捨てて成立する、完璧に浄化された「空っぽの箱庭」であった。

だが、帝国の最高峰の技術と戦力が結集するこの領域で、シオンたちを待ち受けていたのは、無機質な機械の軍勢だけではない。

完璧な論理の果てに、帝国が「魂」という不確かな概念すらも計算式に組み込もうとした禁忌の結晶。

冷徹な機械都市において、ただ一人「輪廻」を語る特異な将官が、垂直の弾丸の前に立ち塞がる。

彼の名は『ジョン・スミス』。

最もありふれた名前を与えられた、最もありふれていない「人工の巡礼者」。

相反する理の激突は、ついに「魂の在り処」という世界の神秘そのものを問う死闘へと昇華していく。

極彩色の魔力パルスを撒き散らしながら、白銀の階層を次々と貫通していく『反逆の泥舟』。

第三十層を突破したあたりから、帝国の防衛システムは明らかな変容を見せ始めていた。下層や中層で群がってきたような量産型のドローンや機巧兵オートマタの姿が、完全に消え失せたのだ。

「……静かすぎる。不気味なくらいだぜ」

龍崎が大剣を構えたまま、流れていく洗練された未来都市の景色を睨みつける。

爆音を響かせて上昇している泥舟の周囲には、迎撃のレーザーも、防衛艦隊の姿もない。ただ、美しく舗装された空間が不自然なほどの静寂を保っていた。

『……警告。上空の空間座標に、極めて特異なエネルギーの【停滞】を検知。これは防衛兵器ではありません。空間そのものが、何者かの意志によって書き換えられています』

アノンのホログラムが、警戒音を鳴らしながらシオンに告げる。

「空間の書き換え……? 魔法ってこと!?」

リオナが息を呑んだ直後、猛スピードで上昇していた泥舟の船体が、目に見えない巨大な「沼」に突っ込んだかのように、急激に速度を奪われた。

「なッ!? 反重力機関エーテル・ドライブがイカれたのか!?」

ハクが慌てて影で船体を支えようとするが、機関の出力は正常だ。にもかかわらず、泥舟は目に見えない不可視の圧力に押さえつけられ、第二十五層の広大な空中庭園のど真ん中で完全に停止させられてしまった。

「……エンジンが止まったんじゃない。船の周りの『時間の流れ』と『重力』が、完全に固定されたのよ」

シオンが舵輪から手を離し、前方の虚空を見据えた。

造花が咲き乱れる白銀の空中庭園。

その中央に、たった一人で宙に浮いている「男」がいた。

純白の帝国の将官服を身に纏い、左半身は人間だが、右半身は精緻な機械部品で構成されている。だが、その機械部分はこれまでの帝国の兵器のような無機質な鋼ではなく、まるで古代の魔導具や神話の骨を思わせる、異様な神秘性を帯びた素材で組み上げられていた。

「……よくぞここまで登ってきましたね、泥だらけの迷子たち。そして、システムの束縛を逃れ、魂の自由を叫ぶ者たちよ」

男の声は、機械を通したような無機質さの中にも、深い教会の鐘のような厳かな響きを帯びていた。

「たった一人で私たちの船を止めるなんて、大した芸当じゃない。……あんた、何者よ?」

シオンが右手に紫電を這わせながら問う。

「私の名は『ジョン・スミス』。どこにでもある、名もなき歯車の一つに過ぎません」

男――ジョン・スミスは、穏やかな笑みを浮かべて恭しく一礼した。

「ですが同時に、私はこの帝国が到達した『究極の解』でもあります。……あなた方のように、転生や魂の継承といった不確かな【輪廻の神秘】を、完璧な論理で再構築した存在です」

「……論理で再構築した輪廻、だと?」

カイルが眉をひそめる。

「ええ。肉体という器は脆く、魂というデータは時間と共に劣化し、記憶は失われる。星のシステムに依存した旧時代の輪廻は、あまりにも非効率で残酷です」

ジョン・スミスの右半身の機械回路が、淡い黄金色の光を脈打たせる。

「だからこそ、帝国は『魂』を完全にデータ化し、永遠に朽ちない機械の器へとダウンロードする技術を確立した。私のこの人工脳には、過去数百回に及ぶ『私という個体』の記憶と経験が、一ビットの欠損もなく蓄積されています。……肉体が滅べば、新しい義体にデータを移すだけ。これこそが、悲しみのない真の輪廻。永遠の命の完成形です」

その言葉に、シオンの背後にいたセブンがガタガタと震え出した。彼ら下層のワーカーが部品として循環させられるのに対し、この男は「自分自身のデータ」を永遠に使い回しているのだ。

「……ふざけんな。そんなのは輪廻なんて呼ばねぇ」

龍崎が忌々しそうに大剣の切っ先をジョン・スミスに向ける。

「記憶のデータをコピーして別の機械に貼り付けてるだけだろうが。そんなもん、ただの精巧な『死体のレプリカ』だ!」

「レプリカとオリジナルの違いなど、情報量データの差でしかありませんよ、戦士殿」

ジョン・スミスは悪びれることなく首を振った。

そして、その黄金の瞳で、シオンを真っ直ぐに射抜く。

「シオン。あるいは、かつて別の名で呼ばれた魂よ。あなたのその魂の波長……幾千の時を越え、別の世界からすらも情報を引き継いできた、極めて特異な【バグ】だ。……だからこそ、皇帝カイザーはあなたを危険視し、同時にその『魂のデータ』を欲している」

「私の魂を、その冷たいデータベースのコレクションに加えるって? 冗談じゃないわね」

シオンは獰猛な笑みを浮かべ、両手に重力と雷の魔力を極限まで収束させた。

「コピーで満足してるブリキの人形に、本物の魂の熱さ(ノイズ)ってやつを教えてあげるわ!」

「――『極雷・紫電の槍』!!」

シオンが放った、極限まで圧縮された雷撃の槍が空間を切り裂き、ジョン・スミスの眉間へと殺到する。

だが、ジョン・スミスは回避行動すらとらなかった。彼の右半身の機械回路が黄金に瞬いた瞬間、必殺の雷撃は彼からわずか数センチの空中で「あり得ない屈折」を起こし、明後日の方向へと逸れて背後の造花の庭園を粉砕した。

「……空間の屈折率と電荷のパラメーターを、コンマ一秒で書き換えた!?」

ゼッカが驚愕に義眼を大きく見開く。

「いくら当たらなくても、手数が多けりゃ処理しきれねぇだろ!!」

龍崎が大剣を構え、甲板を蹴り砕く暴風のような踏み込みでジョン・スミスの懐へ飛び込む。同時に、死角からはハクの無数の影の刃が、上空からはカイルの放つ白銀の聖光が、完璧なタイミングで殺到した。

「良い連携です。有機生命体特有の『絆』という不確定要素が生み出すバースト力。……ですが、私のデータベースには、過去三百十四回の『類似する多角攻撃』の被弾データが蓄積されています」

ジョン・スミスは、空中に指揮棒を振るうかのように優雅に両手を動かした。

右腕から放たれた『重力波の逆算』が龍崎の大剣の軌道をわずかにズラし、その刃をハクの影へと誤射させる。同時に、左手から展開した『疑似・対消滅光』が、カイルの聖光と完全に波長を合わせて無音で相殺。

さらに、背後に音もなく忍び寄っていたゼッカの凶刃すらも、彼は「見ずに」首をわずかに傾けて躱し、裏拳の一撃で彼女を軽々と弾き飛ばした。

「ぐはッ……!」

「嘘だろ……! 全員の動きが、最初から完全に読まれてたってのか!?」

甲板に叩きつけられた仲間たちが、信じられないものを見る目で立ち上がる。

「読んだのではありません。計算シミュレートしたのです。あなた方の筋肉の収縮、視線の動き、魔力の血流……それらすべての初動データを読み取れば、1秒後の未来など数式で簡単に弾き出せる。……私が経てきた『人工の輪廻』の経験値は、あなた方の直感や野生を遥かに凌駕する」

ジョン・スミスの周囲に、淡い黄金色の幾何学模様が展開され始める。それは魔法陣であって、魔法陣ではない。神話を数式で解き明かし、機械的に再現した『奇跡の演算回路』だ。

「さあ、証明しましょう。あなた方が縋る不確かな魂の熱よりも、永遠に蓄積されるデータの冷たさこそが、宇宙の真理に近いということを」

黄金の回路から放たれたのは、論理的に構築された『神聖魔法』だった。しかし、それは昼国でカイルたちが使っていた祈りの力とは異なり、一切の慈悲を含まない絶対的な物理破壊の光だ。

「リオナ!!」

「『聖光・絶対反射の盾』!!」

カイルとリオナが全魔力を振り絞って防壁を展開するが、ジョン・スミスの放った光は「反射されること」を前提に波長が変動するプログラムを内包していた。

パリィィィィンッ!!

絶対反射の盾がガラスのように砕け散り、仲間たちは容赦のない光の奔流に吹き飛ばされ、泥舟の甲板を無惨に転がった。

「カイル! リオナ!」

シオンが叫ぶが、彼女の目の前にはすでに、空間転移すらも演算で再現したジョン・スミスが立っていた。

「よそ見をしている余裕がありますか、特異点バグ

「……ッ!」

シオンが反射的にアバドンの超重力を拳に込めて殴りつけるが、ジョン・スミスはそれを掌で包み込むように受け止めた。極大の重力が彼の腕の金属をミシミシと軋ませるが、彼は痛痒すら感じていないかのように微かに微笑んでいる。

「あなたのその非論理的な破壊力……素晴らしい。ですが、その『怒り』すらも、脳内の化学物質の分泌という数式に変換できる。……いただきましょう。あなたのその特異な『魂』を、帝国の永遠なるデータベースへ」

ジョン・スミスの右目から、シオンの瞳孔の奥――魂の深淵を直接覗き込むような、極彩色のスキャン光が放たれた。シオンは全身の神経が強制的にハッキングされるような悪寒に襲われ、魔力が急速に霧散していくのを感じた。

「……しまっ、体が……動か……!」

「ご安心を。肉体は滅びても、あなたのデータは私の中で永遠に生き続けます」

人工の輪廻の頂点に立つ男の指先が、シオンの胸の奥深く、心臓へと静かに沈み込もうとしていた。

冷たい機械の指先が、シオンの胸の奥深く、魂の領域へと侵入してくる。

ジョン・スミスの右目から放たれる極彩色のスキャン光が、シオンの記憶、感情、そして魔力の源泉たる「魂のデータ」を無慈悲に吸い上げようとしていた。

「……抵抗は無意味です。あなたの特異な魂の波長は、今この瞬間をもって帝国のメインサーバーへとバックアップされ――」

「……ふふっ、あははははっ!」

絶対的なフリーズ状態にあったはずのシオンの口から、突如として獰猛な笑い声が漏れた。

ジョン・スミスの黄金の瞳が、わずかに驚愕に見開かれる。

「……ダウンロードするって? 私の魂を? 上等じゃない。なら、遠慮なく『全部』持って行きなさいよ!!」

シオンは奪われかけていた接続経路リンクを逆に利用し、自身の内に渦巻くすべての「ノイズ」を、ジョン・スミスの人工脳へと叩き込んだ。

それは単なる魔力の暴走ではない。

アウストラ大陸で取り込んだ神話獣たちの原初の混沌(泥)、転生する前に生きていた現代日本でのちっぽけで泥臭い感情の記憶、そして何より「限りある命を燃やして生きる」という、真の輪廻が持つ圧倒的な熱量。

完璧な数式で整えられたジョン・スミスのデータベースに、致死量の『泥』が流れ込んだのだ。

『……警告! 未知のデータ群が流入! 処理限界を突破!……こ、れは……?』

ジョン・スミスの無機質な顔が、初めて苦痛に歪んだ。

「死の恐怖? 生への執着? ……理解、不能。こんな非論理的な感情の揺らぎが、輪廻の真理であるはずが……ッ!」

「あんたの言う輪廻は、ただの『セーブデータの使い回し』よ! 生き直すことの重みも、痛みを乗り越える熱さも知らないポンコツが、魂を語るんじゃないわ!!」

バキィィィィンッ!!

シオンの全身を縛っていた不可視の束縛が、論理の崩壊と共に砕け散る。

自由を取り戻したシオンは、オーバーフローを起こして硬直したジョン・スミスの胸倉を掴み、至近距離から紫電と極炎を宿した拳を容赦なく叩き込んだ。

「『極雷炎・泥流の鉄拳』!!」

ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

完璧な計算で未来を予測していたはずの人工の巡礼者は、その一撃の前に一切の防御も回避もできず、白銀の空中庭園を一直線に吹き飛ばされた。

美しく舗装された造花の庭を幾重にも破壊し、ジョン・スミスの半身を構成していた黄金の機械回路が黒焦げになって四散する。

「……見事、です……。特異点バグの、熱量……。私のデータにはない、圧倒的な……生命の、輝き……」

機能停止の直前、ジョン・スミスは残された生身の左目でシオンを見上げ、奇妙なほど安らかな笑みを浮かべた。

「ですが……私は、何度でも蘇る……。この敗北のデータもまた、次の『私』へと……」

「ええ、せいぜい新しい体で学習しなさいな。次はもっと痛くぶっ飛ばしてあげるわ」

シオンが冷たく言い放つと同時、ジョン・スミスの義体は完全に沈黙し、光の粒子となって崩れ去った。

彼が消滅したことで、泥舟を縛り付けていた「空間の固定」も解除される。

「……ハァ、ハァ……。なんて野郎だ。あんな化け物が、まだバックアップで残ってるってのかよ」

倒れていた龍崎が大剣を杖にして立ち上がりながら、忌々しそうに唾を吐き捨てる。

ハクやカイルたちも満身創痍で立ち上がったが、その顔には強敵を退けた安堵よりも、帝国の中枢に潜む「狂気」への警戒が強く刻まれていた。

「システムが魂まで管理しようとしてる。……絶対に、ここで終わらせなきゃいけないわね」

シオンは黒焦げになった舵輪を再び力強く握り締めた。

「アノン! 全機関フルスロットル! 皇帝カイザーの玉座まで、あと何層!?」

『……現在、第二十五層。目標の第一セクターまで、残り二十四層です。帝国軍の全防衛機能が、我々を「規格外の脅威」として再認識しました』

「上等よ! これ以上、ブリキ共の好きにはさせない! 一気に天井をブチ抜くわよ!!」

機関が爆発的な咆哮を上げる。

人工の輪廻を打ち砕いた極彩色の泥舟は、真の魂の熱量を燃やしながら、階層都市の頂点へ向けて再び垂直の軌道を描き始めた。

魂をデータ化し、機械の体へダウンロードすることで「永遠の命」と「人工の輪廻」を確立した男、ジョン・スミス。

帝国の論理の行き着く先である彼との戦いは、物理的な戦闘能力以上に「魂の在り方」を問う死闘となりました。

過去数百回分の経験値と、完璧な演算による未来予測。

その絶対的な隙のなさに対し、シオンは「泥臭い感情と生への執着」という、データとしてはあまりに重く、非論理的なノイズを直接叩き込むことでシステムをオーバーフローさせました。

コピー&ペーストで痛みを回避する人工の魂には、限りある命を燃やして生きるシオンたちの「熱」を処理することはできなかったのです。

しかし、ジョン・スミスが語った通り、帝国のメインサーバーには彼のデータが残っており、このシステムが存続する限り「彼のような存在」は無限に生産され続けます。

この狂った箱庭を終わらせるには、すべての元凶であるマザーコンピュータ――【皇帝カイザー】を破壊するしかありません。

頂点まで残り二十四層。

全十四部で描かれる第七章も、いよいよ終盤戦へと突入します。

帝国の全防衛機能がシオンたちを「規格外の脅威」として認識した今、ここから先は文字通りの死地となります。泥だらけの反逆者たちは、皇帝の玉座へと辿り着くことができるのか。息もつかせぬクライマックスへ、どうぞご期待ください。

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