第七章6『心臓の再起動と、鋼の繭』
感情という名の「バグ」を宿した小さな案内役・セブンを救い出し、帝国が誇る重要施設から高純度エネルギーを強奪したシオンたち。
だが、その代償は小さくなかった。激戦の末にボロボロとなった『反逆の泥舟』は、鋼鉄の大陸の最下層で沈黙を続けている。追っ手の足音は確実に近づき、帝国の中枢ネットワークは、この異邦人たちを「排除すべき汚染データ」として完全に特定しつつあった。
逃げ場はない。あるのは、ただ前進あるのみ。
強奪したエネルギーは、泥舟の心臓を再び鼓動させるか。それとも、機械仕掛けの運命を加速させる毒となるか。
死と隣り合わせの「修復」という名の賭けが、薄暗い廃棄プラットフォームで、今、幕を開ける。
「……アノン、バイタルモニターはどう? 神話核の拒絶反応は?」
シオンが船底の動力機関室で、火花を散らす制御パネルを叩きながら問いかける。
強奪した高純度エーテル電池が、無骨な配線を通じて船体に繋がれていた。かつてアウストラの泥と魔力で強引に縫い合わせた船体は、今、極めて不安定な脈動を繰り返している。
『……拒絶反応、推移は臨界点付近。帝国のエーテルエネルギーは、あまりに純度が高すぎるため、神話の核が持つ「混沌」と混ざり合うことに激しく抵抗しています。……このままでは、動力炉が爆発します』
アノンの冷徹な分析に、甲板で船体の亀裂を影で塞いでいたハクが、苛立ちを隠さずに声を上げた。
「チィッ、食い合わせが悪いってのかよ! 泥臭い俺たちの魔力なら大人しくしてるくせに、本場のエネルギーを通した途端にこれか!」
「……純度が高すぎるなら、不純物を混ぜればいい」
ゼッカが、脇で黙々と作業を続けるセブンを見やる。
「セブン。あんたが持ってきた解体プラントの『廃油と金属粉』。あれをこの電池のフィルターにぶち込め」
「……え、でも、そんなことをしたらエネルギーのロスが……」
セブンが戸惑うが、シオンは迷いなく頷いた。
「ロスでいいのよ。完璧な純粋さなんて、今の私たちには毒。泥臭い不純物こそが、この船を動かす唯一の潤滑油よ。やりなさい!」
セブンが勇気を出して、手元にあった廃液タンクを動力炉の注入口へ勢いよく傾ける。
ドロリとした黒い廃油が、エーテルの青い光と混ざり合った瞬間――。
ズググググググ……ッ!!
船体全体が震えるような低い轟音を上げた。
拒絶反応を起こしていた神話の核が、まるで喉の渇きを癒すかのように、不純物たっぷりの廃液を飲み干していく。鋼鉄の船体が、先ほどまでの「死んだ機械」の冷たさとは違う、熱を帯びた「生物的な鼓動」を打ち始めた。
「成功だ……! 心臓が、動いた!」
カイルが歓喜の声を上げる。
船全体を包んでいた青白い帝国製の照明が、急速に極彩色のパルスへと塗り替えられていく。ボロボロだったベヒモスの骨格に、魔鋼の装甲が再び食い込み、歪んだ外殻が自らの力で正しい形へと引き絞られていく。
「やったわね。これなら、もう一度空へ飛べるわ」
シオンが安堵の息を吐きかけた、その時だった。
『……警告。帝国領の広域ネットワークから、異常なまでの通信集中を検知。このセクターの防衛システムが、一斉に「武装解除」から「殲滅モード」へと移行しました』
アノンの警告と共に、閉ざされたハッチの外側から、重厚な機械の行進音が響いてきた。
「見つかったか……! それも、数じゃねぇぞ。この階層の全戦力が、ここを包囲しに来てる!」
龍崎が大剣を抜き、入り口のハッチを睨みつける。
「姉御、船の再起動はまだ終わらねぇのか!?」
「今やってるわよ! でも、あと数分はかかる!」
鋼鉄の壁を叩く、無機質な打撃音が激しくなる。
帝国軍は、この『反逆の泥舟』を修理させる隙など、最初から与えるつもりがなかったのだ。
閉ざされた格納庫の中で、泥だらけの異邦人たちは、迫りくる鋼の軍勢を前に背中合わせで武器を構える。
「……セブン。あんたの言った通りね。ここからは本当の『カチ込み』よ。最後までしっかり掴まってなさい!」
シオンの瞳に宿った紫電が、格納庫内の照明を上書きするように妖しく輝いた。
静かな再起動の刻、帝国領の最深部で、最大級の戦いの幕が上がろうとしていた。
ズガァァァァァァァンッ!!
格納庫の分厚い鋼鉄のハッチが、外側からの高出力レーザーによって円形に焼き切られ、内側へと吹き飛んだ。
もうもうと立ち込める白煙の向こうから姿を現したのは、整然と隊列を組んだ数百体の戦闘用機巧兵と、中空を滑空する無数の制圧ドローン。一切の足並みの乱れもなく、ただ「排除」という一つの命令を実行するためだけに押し寄せる、冷徹なる暴力の波だ。
「ヒャハハハッ! お出迎えご苦労だなぁ!! だが、ここは貸し切りだ、帰れやァッ!!」
龍崎が先陣を切って飛び出し、魔鋼の大剣を大車輪のように振り回す。
彼の放つ圧倒的な物理の暴力が、最前列の機巧兵たちを文字通りスクラップの山に変えていく。しかし、倒れた仲間の残骸を踏み越え、後続の機巧兵たちは感情ひとつ見せずに歩を進めてくる。
『……対象の物理的脅威度、再計算。陣形を散開し、全方位からの制圧射撃に移行』
ドローン群が一斉に空中に広がり、赤い照準レーザーが龍崎たちを幾重にもロックオンした。
「させませんよ! 『聖光・絶対防壁』!!」
カイルが前に進み出て、聖騎士の魔力を全開にする。大湧泉を救った極めて純度の高い光の盾が、プラズマの雨をことごとく弾き返す。その背後で、リオナが溢れる魔力をカイルへと注ぎ込み、防壁の強度を絶え間なく補強し続けた。
「……数が多いですね。ですが、所詮はプログラムされた動き。狙うべき『関節』は丸見えです」
ゼッカが姿を消し、敵の陣形のド真ん中に音もなく現れる。彼女の極小の短剣が、ドローンの制御コアと機巧兵の首筋のケーブルを精密に切断し、次々と同士討ちのエラーを引き起こさせていく。
「ハッ、なら俺の影で、そのエラーを全体に感染させてやるよ!」
ハクがゼッカの作り出した混乱に便乗し、影の触手を敵のネットワーク端子へと強引にねじ込む。魔力による物理的ジャミングが、機械たちの統率を局所的に狂わせていた。
泥だらけの反逆者たちは、圧倒的な物量を前にしても一歩も退かない。
船の機関室の陰でその光景を見ていたセブンは、生身の左目を震わせていた。
「……計算、合わない……。ワタシたちの帝国軍は、絶対に、エラーを起こさないのに……」
「そうよ。この国のシステムは完璧。でもね、セブン」
シオンがセブンの前に立ち塞がり、両手に限界まで圧縮した紫電と超重力を宿した。
「完璧な計算式に、『命のやり取り』っていう一番不確かな変数をぶち込まれたら、どんな優秀な機械だって処理落ちするのよ!」
シオンが両手を突き出す。
「――『極雷・重力崩壊』!!」
放たれたのは、重力で極限まで圧縮された雷球。それが敵陣の中央で爆発した瞬間、周囲の空間がねじれ、機巧兵とドローンが重力の渦に巻き込まれて次々と圧壊していく。論理的な防御シールドなど一切意味を成さない、神話の獣の力を束ねた「理不尽」そのものの一撃だった。
だが。
『……第一陣の全滅を確認。続いて、第二陣、第三陣の投入を開始。対象が疲労によって機能を停止するまで、波状攻撃を継続する』
無機質なシステム音声が響き、破壊されたハッチの奥から、先ほどと同数、いやそれ以上の軍勢が姿を現した。
彼らには恐怖も、焦りもない。シオンたちの規格外の力がどれほど凄まじかろうと、彼らはただ「疲労」という有機生命体の弱点を突くためだけに、無限に湧き出し続けるのだ。
「……チィッ、キリがねぇぞ! 姉御、泥舟の目覚めはまだか!?」
大剣を振るう龍崎の息が上がり始める。防壁を維持するカイルの顔にも、濃い疲労の色が滲んでいた。
無尽蔵の機械の波が、徐々にシオンたちの防衛線を押し潰そうとしていたその時。
『……神話核の再結合、完了。極彩色パルス、全魔力バイパスへ到達。――シオン、お待たせしました』
背後で、沈黙していた『反逆の泥舟』から、それまでの轟音をすべて掻き消すような、爆発的な咆哮が轟いた。
ズゴォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!
鼓膜を破るほどの爆音が格納庫を揺るがし、凄まじい衝撃波が放射状に吹き荒れた。
無限に押し寄せていた機械の軍勢が、まるで紙屑のように空中に舞い上がり、壁へと叩きつけられていく。
爆風の発生源――『反逆の泥舟』は、黒焦げのスクラップから完全に蘇っていた。いや、単なる再起動ではない。帝国製の高純度エーテルと、神話の混沌、そして「廃油」という不純物が極限で混ざり合った結果、船体はかつてないほどの極彩色の魔力光を放ち、脈打つ「鋼の繭」と化していたのだ。
「ヒャハハハッ!! 待たせやがって、最高のタイミングじゃねぇか!!」
龍崎が大剣を振り抜きながら歓喜の声を上げる。
「全員、乗んなさい!! ここから一気にブチ抜くわよ!!」
シオンが甲板の舵輪を握り締めながら叫んだ。
カイルが光の防壁を展開したまま後退し、ハクの影が仲間たちを次々と甲板へと引き上げる。シオンは、足元で信じられないものを見るように固まっていたセブンの小さな身体を、力強く抱え上げた。
「……こんなの、計算外……。機械と魔力が、完全に融合してる……」
「言ったでしょ、計算外の力を見せてあげるって。しっかり掴まってなさい、セブン!」
全員が甲板に乗り込んだ瞬間、再び帝国の増援部隊が格納庫へとなだれ込み、無数のロックオンレーザーが泥舟へと集中する。
『……目標の破壊を最優先。全砲門、一斉射撃』
数百のプラズマ光線が、豪雨のように泥舟へと殺到した。
「させねぇよ!!」
カイルとリオナが魔力を展開しようとしたが、それよりも早く、船体そのものが自律的に動いた。
バチィィィィィンッ!!
船の装甲から溢れ出した極彩色のパルスが、分厚い魔力シールドとなって船体を覆い尽くし、帝国のプラズマ砲火をいとも容易く弾き返したのだ。
「……素晴らしい。神話の魔力とエーテルの反発力を利用した、半永久的な自動防壁。これなら、帝国の攻撃は傷一つ付けられません」
ゼッカが義眼のデータを読み取りながら感嘆の息を漏らす。
「アノン! 反重力機関最大出力!! 行き先は決まってるわね!?」
シオンの問いに、アノンのホログラムが不敵な笑みを浮かべるように明滅した。
『……了解しました。現在地、第百二十層。目指すは、皇帝の座す第一層。――垂直上昇軌道、障害物の排除を開始します』
泥舟の船首に設置された急造の主砲に、莫大なエネルギーが収束していく。
狙うは、押し寄せる機械の群れではない。彼らの頭上を塞ぐ、分厚い鋼鉄の天井そのものだ。
「さあ、息の詰まるゴミ溜めとはお別れよ!! 完璧な箱庭に、極大の風穴を開けてやるわ!!」
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
放たれた極彩色の砲線が、帝国の最下層を覆う分厚い装甲板を消し飛ばした。
空いた巨大な大穴へ向けて、『反逆の泥舟』は反重力機関を爆発させ、猛烈な速度で垂直に飛び上がる。
幾重にも重なる鋼鉄の階層を、力ずくで、ただ一直線にぶち破りながらの規格外の急上昇。瓦礫の雨と爆音を引き連れて、泥だらけの反逆者たちは、ついに帝国の深部へとその牙を突き立てたのである。
無尽蔵に湧き出す機械の波に飲み込まれる寸前、ついに『反逆の泥舟』が劇的な復活を遂げました。
帝国が誇る高純度のエネルギーに、泥臭い「廃油」という不純物を混ぜ合わせることで神話の核を安定させる。これは、完璧すぎる秩序(純粋)よりも、泥だらけの混沌(不純物)こそが力を持つという、シオンたちの生き様そのものを体現した再起動でした。
蘇った泥舟は、単なる乗り物から「意志を持った相棒」に近い存在へと進化しつつあります。
帝国の攻撃をものともしない極彩色のバリアを展開し、最下層の天井を物理的にぶち破って垂直上昇を開始した一行。目指すは、この百二十層に及ぶ階層都市の頂点、皇帝の座す中枢です。
全十四部構成で描かれる第七章も、いよいよ中盤の山場へと差し掛かってきました。
ここからは、階層を上がるごとに激しさを増す帝国の防衛システムとの、文字通りの「総力戦」が幕を開けます。新たな力と、小さな案内役・セブンを手に入れた彼らが、上層部でどのような大暴れを見せてくれるのか。
規格外の垂直突破劇となる次なる第七部へ、引き続きお付き合いください。




