第七章5『地下プラントの潜入と、漆黒の番人』
星のシステムを破壊し、自由を勝ち取った代償として飛び込んだ未知なる鋼鉄の大陸。
だが、そこで彼らを待ち受けていたのは、熱き血潮のぶつかり合いではなく、徹底的に管理され、感情すらも「ノイズ」として処分される冷徹なディストピアだった。
完璧な秩序という名の檻。それは、かつて彼らが転生する前に生きていた「現代日本のコンクリートジャングル」すらも生温く思えるほどの、完全なる魂の搾取である。
息の詰まる鋼の森の最下層で、感情というバグを宿した小さな案内役・セブンを得た泥だらけの反逆者たち。
船を直すためのエネルギーを求め、そしてこの非道なシステムに中指を立てるため。
暗く淀んだ廃棄パイプの裏道から、極道と魔法使いによる規格外の潜入作戦が、静かに幕を開ける。
「オラァァァァッ!! 下の席、空けとけやァッ!!」
隠密という概念を宇宙の彼方へ放り投げるような龍崎の咆哮と共に、排気ダクトの鉄格子が内側から粉々に吹き飛んだ。
そのまま数十メートルの高さを躊躇なく飛び降りた龍崎は、隕石のごとき速度でプラントの床へ激突。猛烈な土煙――いや、金属粉が舞い上がる中、彼の魔鋼の大剣が、一番近くにいた防衛執行官の頭部目掛けて容赦なく振り下ろされた。
ガギィィィィィィィィィンッ!!!!!
鼓膜を突き破るような金属の悲鳴がプラント内に木霊する。
「……あァ!?」
龍崎が驚愕の声を上げた。大湧泉の巨大な瓦礫すら両断する彼の一撃は、防衛執行官が両腕から展開した真紅のプラズマブレードによって、完璧に受け止められていたのだ。
『――未確認の有機生命体を検知。データベースに該当なし。特異なエネルギー波長を確認。これより、最高度の【防衛プロトコル】へと移行。対象を物理的に消去する』
防衛執行官の顔面にあたる装甲に、無数の赤いセンサーが禍々しく明滅する。
直後、奴の腕の油圧シリンダーが異常な駆動音を上げ、なんと龍崎の巨体を大剣ごと軽々と弾き飛ばした。
「チィッ、バカ力が! なら、足元から食い破ってやるよ!!」
吹き飛ばされた龍崎の死角から、床に溶け込んでいたハクが飛び出す。彼の漆黒の影が無数の鋭い棘へと変化し、防衛執行官の関節部を串刺しにしようと殺到した。
だが、防衛執行官は一切の焦りも見せず、足元の装甲から「超高熱の光フレア」を全方位に放射した。
「グワッ!? 影が……蒸発しやがった!?」
「ハク! 下がれ!! 『聖光・白銀の盾』!」
カイルが間一髪で光の障壁を展開し、ハクに迫っていたプラズマの追撃を弾き返す。だが、その光の障壁すらも、防衛執行官のプラズマブレードはバターを切るように容易く融解させ始めていた。
『……対象の攻撃パターン、第一段階の解析完了。魔法的干渉を無効化する【対消滅フィールド】を展開』
プラント内に配備されていた計十体の防衛執行官たちが、一糸乱れぬ動きで陣形を組み、全身から不気味な青黒い波紋を放ち始めた。
その波紋に触れた瞬間、カイルとリオナが展開しようとしていた魔力が、まるで空気中に溶けるように霧散していく。
「嘘……! 魔力が、強制的に散らされてる……!?」
リオナが信じられないといった表情で自身の両手を見る。
「……最悪ですね。奴らの装甲とフィールドは、我々の『魔力』そのものを論理的に相殺するようにプログラムされています。しかも、個体ではなく群れ全体で一つの巨大な演算装置として機能している。……まともな戦法では、五分も持ちません」
ダクトの出口から静かに着地したゼッカが、義眼を明滅させながら冷徹に分析する。
「まともな戦法、ね。……いつから私たちが、そんなお行儀のいい戦い方をするようになったのよ?」
最後にダクトからふわりと舞い降りたシオンは、対消滅フィールドの中で魔力を奪われつつある仲間たちを見て、逆にひどく楽しそうに口の端を吊り上げた。
「……シオン。あの機械、絶対に勝てない。ワタシたちの、システムの頂点……逃げて……!」
物陰に隠れさせたセブンが、恐怖で涙をこぼしながら震え声で叫ぶ。
「見てなさいセブン。絶対に勝てないシステムなんて、この世には存在しないのよ」
シオンは一切の武器を持たず、丸腰のまま防衛執行官の群れへと歩み出た。
彼女は相手のプラズマブレードを警戒するどころか、プラントの天井を走る巨大な「廃材のコンベア」と、床に乱立する「溶鉱炉のパイプ群」を交互に見上げた。
「アノン! 対消滅フィールドの波長を逆算して、ほんの一瞬だけ、私の右腕に魔力を通しなさい!!」
『……了解。ですがシオン、一瞬の魔力で彼らの装甲は抜けません』
「装甲なんて狙わないわ! 私が狙うのは、この綺麗に整った『箱庭のルール』よ!!」
シオンは右腕に極限まで圧縮したアバドンの【超重力】と、サラマンダーの【極炎】を同時に収束させた。
だが、彼女がその一撃を放った先は、防衛執行官たちではなかった。
「――全部まとめて、グチャグチャに混ざりなさい!!」
ドガァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
シオンが殴りつけたのは、プラントの根幹を支える巨大な制御柱だった。
超重力によって柱がへし折れ、極炎が内部の冷却パイプを一瞬で沸騰させて大爆発を引き起こす。
完璧に計算されていたプラント内の物理法則が崩壊し、天井からは数トン単位の機械の廃材が土砂降りのように降り注ぎ、床からは高熱の蒸気とマグマのような廃液が間欠泉のように噴き出した。
『……エラー。環境データの急激な変動。地形座標の喪失。落下物との衝突予測……処理限界を突破……』
完璧な陣形を組んでいた防衛執行官たちの赤いセンサーが、激しいノイズと共に狂い始める。
彼らの優れた演算能力は、「シオンたちの攻撃」を完全に予測できていた。だが、「自らが守るべきプラントを、無差別に破壊し尽くしながら戦う」という、あまりにも非論理的で狂気的な行動までは計算できなかったのだ。
「さあ、お膳立ては済んだわよ!! ガラクタの雨の中で、泥臭く踊り狂いなさい!!」
シオンの獰猛な笑い声が、崩壊していくプラントの轟音に高らかに響き渡った。
降り注ぐ数トン単位の瓦礫の雨と、足元から噴き出す灼熱の蒸気。
完璧な計算と秩序で構築されていたプラントの「空間」は、シオンの引き起こした破壊によって、一切の論理が通用しない『大災害のド真ん中』へと変貌した。
『……エラー。環境データの極端な乱れ。障害物の落下軌道、予測不能。目標のロックオンを維持できません』
対消滅フィールドを展開し、完璧な陣形を組んでいた防衛執行官たちの動きが、明確に鈍る。彼らのAIは「敵を倒すこと」と「自らが破壊されることの回避」、そして「プラントの防衛」という矛盾する処理に追われ、致命的なフリーズを引き起こしていた。
「ガハハハッ!! 計算機が止まってるぜ!! なら、物理演算で答えを叩き出してやるよ!!」
天井から落下してきた巨大な鉄骨を、龍崎が空中でガシィッと受け止める。彼は大剣の代わりにその数トンはある鉄骨を振り被り、処理落ちで立ち尽くす防衛執行官の横っ腹へフルスイングで叩き込んだ。
ドガァァァァァァァァンッ!!
魔力を含まない純粋な「質量と運動エネルギー」の暴力。対消滅フィールドでは決して防げないその一撃は、漆黒の番人の強固な装甲をひしゃげさせ、プラントの壁へと深く減り込ませた。
「……なるほど。炎の明滅と蒸気の乱気流があれば、俺の影はどこにでも潜り込める」
ハクが、不規則に明滅する非常灯の光を利用し、自身の影を幾重にも分裂させる。防衛執行官のセンサーが捉えるのは、無数の「偽の熱源」。その混乱の隙を突き、死角から伸びた本物の影の刃が、敵の関節の隙間――油圧ケーブルを次々と切断していく。
「連携のネットワークが寸断されましたね。孤立した機械など、ただの鉄の案山子です」
蒸気の中を音もなく舞うゼッカが、機能不全に陥った防衛執行官の頭部へ飛び乗り、義眼で解析した「中枢回路の僅かな隙間」へ短剣を深々と突き立てた。
乱戦のド真ん中。
仲間たちが防衛執行官を次々とスクラップへと変えていく中、シオンは崩落するコンベアの上を軽やかに駆け抜け、プラントの中央にそびえ立つ巨大なタンク群へと到達していた。
「……見つけた。これが『高純度エーテル電池』ね」
シオンの目の前には、眩い青緑色の光を放つ円柱状のバッテリーが、何十本もマウントされている。これ一つで、大湧泉の街の明かりを何ヶ月も賄えるほどの異常なエネルギー密度だ。
『……警告、警告。重要機密資産への不正アクセスを検知。対象の排除を最優先事項へと変更します』
背後から、最後に残った一体の防衛執行官が、両腕のプラズマブレードを最大出力にしてシオンへと襲いかかってきた。
「排除? 盗まれる前に自分たちでプラントごと壊そうとするくせに、随分と身勝手なシステムじゃない!」
シオンは振り向くことなく、手近にあった高純度エーテル電池を一本引き抜いた。
そして、そのバッテリーの安全弁を強引に破壊し、漏れ出した青緑色のエネルギーに自身の紫電を直接流し込んだ。
「規格外のエネルギー、暴走させてお返しするわ!!」
シオンが振り向きざまに、バッテリーごと防衛執行官の胸部へ叩き込む。
圧縮されていた純粋なエネルギーが、シオンの魔法のノイズと混ざり合って大爆発を起こした。
ズガァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
防衛執行官の上半身が完全に消し飛び、残された下半身が膝から崩れ落ちる。
同時に、崩壊を続けていたプラントの天井が大きく鳴動し、いよいよ空間そのものが限界を迎えようとしていた。
「……バッテリーは十分確保したわ! あんたたち、ズラかるわよ!!」
シオンがコートのポケットや腕にエーテル電池を抱え込みながら叫ぶ。
龍崎が豪快に笑いながら瓦礫を蹴散らし、カイルとリオナが後退の援護を行い、ハクが影で退路を確保する。
「セブン! 行くわよ!」
シオンがダクトの出口で震えていたセブンを小脇に抱え上げ、間一髪で崩落するプラントから飛び出した。
背後で、帝国が誇るエネルギー抽出プラントが、完全に瓦礫の山となって崩れ落ちていく。
「……信じられない……。絶対に勝てない、防衛執行官が……全部、壊れちゃった……」
シオンに抱き抱えられながら、セブンは生身の左目を大きく見開き、瓦礫の山となったプラントを呆然と見つめていた。
システムによって「絶対」と教え込まれていた理が、泥だらけの異邦人たちによってたった数分で粉砕されたのだ。その事実は、彼の小さな胸の内に、恐怖ではなく、熱を帯びた「希望」の火を灯していた。
「言ったでしょ。絶対に勝てないシステムなんてないのよ」
シオンはセブンにウィンクをして見せると、戦利品である高純度エーテル電池をジャラリと鳴らした。
「さあ、お宝は手に入れたわ! 急いで泥舟に戻って、このクソったれな箱庭の天井をブチ抜きにいくわよ!!」
泥だらけの反逆者たちの笑い声が、崩壊の轟音に混じって暗い排気ダクトの中に響き渡った。
「……狭ぇ。クソ狭ぇぞ! 俺の肩幅をこれ以上削る気か!」
大湧泉の空よりも暗く、油と鉄の匂いが充満する廃棄パイプの中。龍崎が窮屈そうに身を屈めながら、忌々しげに文句を垂れていた。
「静かにしろ筋肉ダルマ。お前のデカい図体が天井を擦る音で、巡回ドローンが寄ってきたらどうする」
ハクが自身の影を床一面に這わせ、全員の足音や装備の擦れる音を完全に吸収しながら先導する。
彼らの前を歩いているのは、小さなサイボーグの子供・セブンだ。彼は機械化された右腕の先から微かなライトを灯し、迷路のように入り組んだ排気ダクトを迷いなく進んでいく。
「……セブン、疲れてない? 息苦しかったら、私の魔力で少し空気を浄化するから言ってね」
「……大丈夫。ワタシ、呼吸モジュールの効率は……良いから」
リオナが気遣うように声をかけると、セブンは少しだけ申し訳なさそうに振り返った。感情を取り戻したばかりの彼にとって、他者からの「無償の優しさ」は、まだどう反応していいか分からない未知のバグのようなものらしかった。
シオンはセブンの小さな背中を見つめながら、かつての記憶――転生する前に生きていた、現代日本の風景をふと思い出していた。
(……満員電車に、無機質なビルの群れ。息苦しい世界だと思ってたけど、あっちにはまだ、良くも悪くも人間の『熱』があったわね)
だが、この帝国の鋼鉄の森にはそれがない。ただ冷たいシステムが、人間の形をした歯車を回し続けているだけだ。その事実が、シオンの内にある反逆の炎を静かに燃え上がらせていた。
『……シオン女王陛下。セブンの案内通り、警備システムの死角を完全に突けています。前方に、巨大な空洞空間への出口が見えました』
最後尾で警戒していたゼッカが、義眼のレンズを絞って報告する。
「着いたみたいね。……セブン、案内ありがとう。ここから先は、私たちの仕事よ」
ダクトの出口に張られた頑丈な鉄格子を、シオンが紫電を纏った手で音もなく溶かし切る。
そこから見下ろした先には、地下空洞を丸ごと使い切るほどの巨大な【エネルギー再抽出プラント】の全貌が広がっていた。
青白い照明の下、無数のコンベアが稼働し、上層から廃棄された機械の残骸が次々と溶鉱炉へ運ばれていく。そして、その過程で抽出された青緑色に輝く液体――【高純度エーテル】が、プラントの中央にそびえ立つ巨大なタンク群へと絶え間なく送られていた。
「……すごい魔力密度だ。あれなら、泥舟の空っぽになった神話核を再起動させるのに十分すぎるエネルギーになりますよ!」
カイルが興奮気味に身を乗り出すが、シオンの視線はタンクではなく、その周囲を固める「異様な存在」へと向けられていた。
『……警告。プラントの警備レベル、事前の推測を上回っています。多数の【防衛執行官】を視認』
アノンの声が緊迫感を帯びる。
プラントの中央、タンク群を守るように立ち並んでいたのは、先ほどの球体ドローンや下級の機巧兵とは全く違う、全長三メートルを超える漆黒の人型兵器だった。
装甲には不気味な真紅のラインが脈打ち、その両腕には空間そのものを歪ませるほどの高出力プラズマブレードが折り畳まれている。一切の無駄を省いたそのフォルムからは、純粋な「殺意の結晶」とも呼べる圧力が放たれていた。
「……アレが、防衛執行官。ワーカーのエラーを……絶対に消去する、殺戮の、機械……」
セブンがガタガタと震え、シオンのコートの裾を強く握りしめた。
「殺戮の機械ね。随分といかめしい名前をつけてもらってるじゃない」
シオンは震えるセブンの頭を優しく撫でながら、不敵な笑みを浮かべてプラントを見下ろした。
「でも、私たちの前ではただの『動くバッテリー庫』よ。さあ、あんたたち。見つからないようにコソコソ盗むのと、あいつらを全部スクラップにして堂々と奪うの、どっちがいい?」
「決まってんだろうが!!」
龍崎が大剣を抜き放ち、ハクが影を刃に変えて獰猛に笑う。
完璧な秩序の中枢に、泥だらけの異物が今、容赦なく牙を剥こうとしていた。
強固な防衛網と、魔力を無効化する対消滅フィールド。
帝国が誇る「論理的な殺戮兵器」に対し、シオンたちが選んだのは「戦場そのものを大災害へと変え、敵のAIを処理落ちさせる」という、極めて野蛮で泥臭い戦法でした。
どれほど完璧な機械であろうと、想定外の事象が重なればフリーズしてしまう。それこそが、感情や非論理を排除しすぎた帝国の最大の弱点です。ルールに従って戦うのではなく、ルールそのものをちゃぶ台返しするシオンたちの戦いぶりは、小さなサイボーグの少年・セブンの目に、「真の自由」の姿として強烈に焼き付きました。
無事に高純度エーテル電池を確保し、目的を果たした一行。
次なる第六部では、機能を停止していた『反逆の泥舟』へのエネルギー供給、そして本格的な階層都市の上層部への進撃が始まります。
帝国のメインシステムがこの「バグ」の存在を完全に見過ごすはずもなく、追っ手はさらに苛烈さを増していくでしょう。
全十四部構成で描かれる第七章の中盤戦。
蘇る泥舟と共に、彼らがどのように鋼鉄の森を切り裂いていくのか。泥と鋼の生存戦争は、さらに激しく加速していきます。次回もどうぞお楽しみに。




