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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第七章:鋼鉄の帝国と、海を渡る反逆者たち

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第七章2『大海原の軌跡と、規格外の航海』

重力に逆らうという奇跡は、かつて神や限られた魔導士たちだけの特権であった。

だが今、大湧泉オイズムの地下から響き渡る轟音は、その常識を根底から粉砕する、泥だらけの産声である。

完璧な機械の論理と、荒々しい神話の野生。決して交わるはずのなかった二つのことわりを強引に縫い合わせた異形の飛空艦が、今、新世界の空へと錨を上げる。

目指すは、広大な海を越えた西の果て。

押し付けられる秩序を嫌う反逆者たちによる、神聖機巧帝国マキナ・テオの本陣へ向けたルール無用の大航海が幕を開けた。

『メインエンジン、出力120パーセントで安定。神話核の魔力バイパス、正常に循環中。……反重力フィールド展開、浮上します』

アノンの無機質なアナウンスと共に、大湧泉の地下工房を覆っていた擬装ハッチが粉々に吹き飛んだ。

ズゴォォォォォォォォォォンッ!!

極彩色の魔力光を尾を引いて、ベヒモスの骨と魔鋼で継ぎ接ぎされた巨大な船体が、白日の下へと飛び出した。

「ガハハハッ! 飛んだぜ、飛んだぜ! 鉄と骨のガラクタのくせに、ジズの背中より速えんじゃねぇか!?」

甲板の最前列で、吹き荒れる突風を全身に浴びながら、龍崎が豪快に笑い声を上げる。

「バカ、甲板で暴れるな筋肉ダルマ! 俺の影で無理やり繋いでる配線が切れちまったら、全員まとめて海の藻屑だぞ!」

ハクが帆柱に相当するメインマストに必死にしがみつきながら怒鳴るが、その瞳の奥にも隠しきれない興奮の色が浮かんでいた。

シオンは舵輪の前に立ち、眼下に広がる景色を見据える。

大湧泉の街並みがみるみるうちに小さくなり、船は瞬く間にアウストラ大陸の東海岸を抜け、広大な海の上へと躍り出た。

かつて、第四の神話・リヴァイアサンが支配していた極東の海は、漆黒の暴風雨に閉ざされた「世界の果て」であった。だが、システムが崩壊した今、眼下に広がるのはどこまでも青く澄み渡る、穏やかな大海原だ。

「……気持ちいい風ね。神様が管理していた頃の、あの息苦しい空気とは大違いだわ」

「ええ、本当に……。世界がこんなにも広く、美しいなんて、昼国の書物にも載っていませんでした」

カイルが感嘆の息を漏らし、リオナも甲板の縁から身を乗り出して、太陽の光を反射して輝く波間に目を輝かせている。彼らにとって、海という存在そのものが、初めて目の当たりにする「外の世界」の象徴であった。

シュタッ。

『シオン女王陛下。現在の巡航速度を維持すれば、およそ三日で未知の大陸――帝国領の哨戒圏内へと到達する計算です』

見張り台から音もなく飛び降りてきたゼッカが、義眼のレンズを調整しながら報告する。

「三日……。案外近いのね。もっと何ヶ月も海を漂うのかと思ってたわ」

「敵の反重力機関エーテル・ドライブと、神話の核を融合させたこの船の推進力は、完全に規格外です。……しかし、問題もあります」

ゼッカの言葉を継ぐように、アノンのホログラムが舵輪の横に展開された。

『はい。推進力は申し分ありませんが、この「反逆の泥舟マッド・リベリオン」が放つ魔力波長は、あまりにも強烈かつ特異すぎます。……帝国側のレーダーから見れば、暗闇の中で巨大な松明を燃やして飛んでいるようなものです。隠密行動は、論理的に不可能です』

「隠密行動? 誰がそんなコソコソした真似をするって言ったのよ」

シオンは舵輪に足を乗せ、不敵な笑みを浮かべた。

「これはカチ込みよ。向こうが私たちを駆逐しに来る前に、真っ正面から玄関のドアを蹴破ってやるの。……派手な火の粉を撒き散らしながら進みなさい。ブリキのオモチャ共に、私たちが誰なのか、遠くからでもしっかり教えてあげるわ」

シオンの宣言と共に、反逆の泥舟は機関部の鼓動をさらに上げ、青い海を一直線に切り裂いていく。

背後に遠ざかるアウストラ大陸の輪郭。そして、その先に待つ未知なる鋼鉄の領域。

警戒を嘲笑うかのような破天荒な航海は、驚異的なスピードで彼らを次なる戦場へと運んでいく。

『……シオン。前方から複数の高エネルギー反応が接近してきます。距離二万、帝国領の最外郭を警備する自動哨戒艦隊オート・パトロールと思われます』

心地よい潮風を切り裂くように、アノンの声が操舵輪の横で響いた。

「数は?」

『小型の無人飛空艇が十二隻、中型の指揮艦が二隻。……すでにこちらの特異な魔力波長を捕捉し、迎撃陣形を展開しつつあります』

「出迎えにしては随分と数が少ないわね」

シオンは退屈そうに欠伸をしながら、魔鋼で補強された舵輪を乱暴に回した。

「ガハハハッ! ちょうど肩が凝ってたところだ! 姉御、船を寄せてくれ! 俺の大剣でブリキ共を真っ二つにしてやるぜ!!」

龍崎が大剣を肩に担ぎ、船首の装甲の上に立って獰猛に笑う。

「……いや、今回はお前の出番はないぞ、筋肉ダルマ」

メインマストの上からハクが影を伸ばし、船体の両舷に設置された無骨な『砲身』を指差した。それは、機巧兵の残骸から剥ぎ取ったプラズマ砲の砲身に、ベヒモスの骨とアバドンの超重力鉱を強引に組み合わせた急造の艦載砲だ。

「カイル、リオナ! 魔力回路バイパスを開け! この船の『ゲップ』がどれほどの威力か、試運転と洒落込もうぜ!」

「はいっ! 魔力回路、接続します!」

カイルとリオナが船体中央の制御パネルに光の魔力を流し込む。

ズギュゥゥゥゥン……ッ!!

船全体が不気味に脈動し、機関部に封じ込められた三つの神話核コアから、暴走寸前のエネルギーが砲身へと吸い上げられていく。

『警告。主砲のエネルギー充填率が理論上の限界値を突破。砲身が融解する恐れが――』

アノンの警告を無視し、シオンは舵輪の横にある無骨なレバーを勢いよく引き下げた。

「融ける前に撃ち出せばいいだけの話よ! 喰らいなさいッ!!」

ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

船首の急造主砲から放たれたのは、論理的なプラズマ光線ではない。炎と重力、そして水圧の理がグチャグチャに混ざり合った、極彩色の『泥の暴流』であった。

空間そのものを歪めながら放たれたその一撃は、水平線の彼方に展開していた帝国の哨戒艦隊を、一切の抵抗も許さずに丸ごと飲み込んだ。

正確な計算で構築された帝国のエネルギーシールドは、論理破綻したその魔力の奔流の前に紙屑のように消し飛び、十四隻の飛空艇は回避行動をとる間もなく瞬く間に海の藻屑となって四散する。

「……うわぁ。予想以上ね」

想像を絶する反動で船体が大きく後ろに傾き、シオン自身も危うく舵輪から吹き飛ばされそうになる。

「ハッ、威力は申し分ねぇが、これじゃ船がもたねぇぞ! 姉御、次はもっと手加減して撃て!」

ハクが影の触手で必死にマストを支えながら悪態をついた。

「あら、手加減なんて言葉、私の辞書にはないわよ」

シオンは悪びれる様子もなく笑い飛ばす。

帝国の防衛線を文字通り紙切れのように強行突破した『反逆の泥舟』は、なおも機関を荒々しく唸らせながら、西の果てへと一直線に進撃を続けていく。

「……姉御、手加減しないのは勝手だが、船底の装甲が熱で溶けかかってるぞ! カイル、リオナ! 急いで冷却しろ!!」

「わ、わかってます! 聖光、冷却モード展開!!」

先ほどの規格外の主砲発射の反動は、敵を吹き飛ばしただけでなく『反逆の泥舟』自身にも深刻なダメージを与えていた。ハクが影で必死に溶けかけた配線を繋ぎ止め、カイルとリオナが船首に氷結の魔力を浴びせて急冷する。

完璧な計算で造られた帝国の船なら一度の過負荷でシステムダウンするところだが、この泥舟は「気合と魔力」という非論理的な接着剤で強引に形を保っていた。

「やれやれ……。敵の陣地に辿り着く前に、自爆して海の藻屑になるのだけは勘弁してくださいよ」

ゼッカが呆れたようにため息をつきながら、義眼のレンズを西の水平線へと向けた。

その直後、彼女の表情から一切の余裕が消え去り、極度の警戒態勢へと切り替わる。

「……シオン女王陛下。見えてきました。あれが、西の果てです」

ゼッカの声に、船上の喧騒がピタリと止んだ。

シオンは舵輪から手を離し、甲板の最前線へと歩み出る。龍崎も大剣を降ろし、ハクも影を収めて、全員が言葉を失って「その光景」を凝視した。

彼らが渡ってきた青く美しい自然の海は、ある境界線を境に、不自然なほど波一つない「完全な平面」へと変質していた。

そして、その先の水平線を埋め尽くしていたのは、大地や山脈ではない。

海面から天頂に向かってそびえ立つ、幾重にも重なった巨大な鋼鉄の階層構造。空には太陽の光を遮るように幾何学的な光の航路ルートが張り巡らされ、無数の飛空艇が血液のように規則正しく行き交っている。

「……おいおい、冗談だろ。あれが全部『街』だってのか……?」

龍崎が、信じられないものを見る目で呟いた。

それは都市という生易しい規模ではなかった。大陸そのものが鋼鉄の装甲で舗装され、空すらも人工的なシステムで完全に支配された『超巨大な機械の箱庭』。

生命の息吹や自然の揺らぎなど一ミリも存在しない、完璧なる冷徹と秩序の結晶――これこそが、【神聖機巧帝国マキナ・テオ】の真の威容であった。

『……帝国の防衛ネットワークからのスキャンを検知。多数のロックオンアラート。……シオン、本国の大規模迎撃システムが起動しました』

アノンが警告を発すると同時に、鋼鉄の大陸の沿岸部から、先ほどの哨戒部隊とは比較にならない数の防衛艦隊が、雲霞のごとく空を覆い尽くしながら浮上してくる。

「……上等じゃない。どれだけデカい図体してようが、所詮は計算でしか動けないブリキの塊よ」

圧倒的な威容を前にしても、シオンの瞳に宿る獰猛な紫電は決して揺るがない。

彼女は再び舵輪を力強く握り締め、口の端を凶悪に吊り上げた。

「さあ、全員歯を食いしばりなさい! 完璧な秩序ルールなんて、泥でグチャグチャに塗り潰してやるわ!! ――全速前進!!」

機関部が神話獣の咆哮のような轟音を上げる。

極彩色の魔力光を撒き散らしながら、『反逆の泥舟』は鋼鉄の大陸が展開する絶望的な防衛網のド真ん中へと、一切の減速なしに突撃を開始した。

相反する理が激突する、帝国の本陣での死闘が、ついに幕を開ける。

無事に(?)哨戒部隊を粉砕し、規格外のスピードで西の果てへと到達したシオンたち。

しかし、彼らの前に姿を現した【神聖機巧帝国】のスケールは、これまでの常識を遥かに凌駕するものでした。自然を完全に排除し、大陸そのものを機械の要塞へと作り変えてしまった異質な文明。それがこの第七章で彼らが乗り越えねばならない壁です。

しかし、どれほど敵が巨大であろうと、管理と秩序を嫌う反逆者たちのスタンスは変わりません。

隠密行動など一切無視し、正面から堂々とドアを蹴り破る泥だらけのスタイルは、冷徹な機械帝国にとって最大の「バグ(計算外)」となるはずです。

次なる第三部からは、いよいよ帝国領内での本格的な暴れ回りがスタートします。

無数の機械兵器と完璧な防衛システムに対し、魔力と泥の力技がどこまで通用するのか。息もつかせぬド派手な「カチ込み」の行方に、どうぞご期待ください。

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