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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第七章:鋼鉄の帝国と、海を渡る反逆者たち

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第七章1『瓦礫の工房と、泥まみれの造船計画』

偽りの天蓋が砕け散り、アウストラ大陸に数千年ぶりの星空が瞬いてから一ヶ月。

始まりの地である新星都市・大湧泉オイズムは、かつてない活気と喧騒に包まれていた。虚神がもたらした絶望の泥はとうに消え去り、瓦礫の山は異邦人たちと民衆の血の滲むような努力によって、新たな街の礎へと姿を変えつつある。

だが、彼らに与えられた「自由」は、決して安息を意味するものではなかった。

極東の絶壁で接触した未知なる侵略者――【神聖機巧帝国マキナ・テオ】。

魔法も奇跡も否定し、すべてを冷徹な計算と鋼鉄の規律で塗り潰そうとする機械化文明は、「原住民の駆逐」を宣言し、海の向こうで恐るべき殲滅艦隊を再編成している。

待っていれば、遠からず空は再び鋼鉄の絶望に覆われるだろう。

だからこそ、泥だらけの反逆者たちは立ち止まらない。神が敷いた運命のレールを叩き壊した彼らが、機械の押し付ける秩序ルールなど素直に受け入れるはずがないのだ。

目指すは、広大な海を越えた先にある未知の大陸。

これは、防衛戦ではない。己の自由を脅かす喧嘩を買いにいくための、壮大な「カチ込み」の準備である。相反する二つの理が激突する第七章。泥と鋼の生存戦争が、今ここに幕を開ける。

「……あァァァッ!! くそったれ、また極小の歯車が弾け飛びやがった!! こんな米粒みたいな部品、俺の太い指で摘めるわけがねぇだろうが!!」

大湧泉の地下深く、かつて始源の石碑が安置されていた広大な空間に、龍崎の苛立たしい咆哮が響き渡った。

彼は現在、ボロボロになった魔鋼鎧を脱ぎ捨て、分厚いレンズのゴーグルを着用しながら、ピンセットと格闘している。彼の目の前の作業台に転がっているのは、極東の絶壁で彼らが叩き壊し、持ち帰ってきた『機巧兵オートマタ』の残骸であった。

「手元が狂ってんのはお前の頭のネジが外れてるからだろ、筋肉ダルマ。貸してみろ、盗賊の繊細な指先ってやつを見せてやるよ」

隣の作業台で、ハクが自身の影を細い針金のように変形させ、機巧兵の胸部装甲から複雑な回路基板を傷つけずに引っ張り出してみせる。

「……感心している場合ではありませんよ、お二人とも。この機械兵器の内部構造は、我々が知る魔導具の常識を根底から覆すものです」

ゼッカが義眼のレンズを明滅させながら、取り出された基板を冷徹に観察していた。

「魔力を含んだ鉱石を削り出して術式を刻むのがアウストラの基本ですが……彼らの兵器には、魔力の『ま』の字も存在しない。あるのは純粋な電力と、それを極限まで圧縮して動力に変換する未知の人工機関エンジンのみ。……恐ろしく合理的で、無駄がない」

「無駄がないからこそ、想定外の『泥』に弱いってことは、この前の戦いで証明済みよ」

カツン、カツンと足音を響かせ、シオンが地下工房へと降りてきた。

彼女の背後には、大量の図面を抱えたカイルとリオナが続いている。シオンは作業台の上に無造作に置かれた機巧兵の頭部パーツ――光を失った赤い単眼センサーを手に取り、不敵な笑みを浮かべた。

「アノン。解析の進捗はどう?」

シオンの呼びかけに応じ、彼女の懐から淡い光が空中に投影され、アノンの声が響く。

『……機巧兵のブラックボックスおよび、墜落した飛空艇の残骸から得られたデータの統合解析、完了しました。……シオン、彼らの文明レベルは、現在のアウストラ大陸よりも数百年は先行しています。特に、重力を制御して空を飛ぶ【反重力機関エーテル・ドライブ】の技術は、ジズの魔力羽に匹敵、あるいはそれ以上の安定性を誇ります』

「なるほどね。つまり、その技術を丸ごと『パクる』ことは可能ってわけね?」

シオンの言葉に、カイルが抱えていた図面を慌ててテーブルに広げた。

「シオン様、本気ですか!? 敵の未知の技術を解析したばかりで、いきなりそれを組み込んだ『船』を造るなんて……!」

図面に描かれていたのは、単なる海上を進む帆船ではない。

ベヒモスの骨格を竜骨とし、装甲に魔鋼を用い、リヴァイアサンの水圧制御を推進力にしつつ、敵から奪った『反重力機関』をハイブリッドで搭載した、前代未聞の【巨大飛空艦】の設計図であった。

「本気に決まってるでしょ。向こうは私たちのことを『原住民』って見下して、殲滅艦隊を差し向けてくるのよ? 大湧泉に引きこもって防衛戦なんて真っ平ごめんよ。やられる前に、こっちから海を越えて本陣に乗り込んでやるの」

シオンは設計図を指差しながら、獰猛に牙を剥いた。

「敵の技術が高度なら、それを奪って私たちの泥と魔法を混ぜ合わせればいい。純粋な機械は想定外に弱い。なら、最高にイカれた『想定外のバケモノ船』を造って、ブリキのオモチャ共の計算を根底からぶっ壊してやるわ」

シオンの無茶苦茶な宣言に、工房に一瞬の沈黙が落ちた。

しかし、次の瞬間。

「ガハハハハッ!! 違いねぇ!! 極道のカチ込みに、防戦なんて言葉はねぇんだよ!!」

「……やれやれ。神様の次は、機械の帝国に殴り込みか。寿命がいくつあっても足りねぇぜ」

龍崎が作業机を叩いて大笑いし、ハクが呆れたように肩をすくめながらも、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。

星のシステムから解放されたばかりの彼らにとって、未知の技術すらも新たな玩具に過ぎない。

泥だらけの反逆者たちによる、常識外れの「造船計画」が、今まさに熱狂と共に動き出そうとしていた。

「おおらぁッ!! 理屈じゃねぇ、気合で押し込めェェッ!!」

ズガァァァァァァンッ!!

龍崎が振り下ろしたベヒモスの大腿骨ハンマーが、火花を散らしながら未知の機械部品を魔鋼のフレームへと強引に叩き込んだ。

悲鳴を上げる金属音と、飛び散るオイル。精密機器を扱うにしてはあまりにも野蛮すぎる光景に、空中に投影されたアノンのホログラムが激しく明滅して警告音を鳴らす。

『エラー、エラー! 龍崎、反重力機関エーテル・ドライブの接続部に対する物理的衝撃が許容値を500パーセント超過しています! 結合部が破損し、大爆発を引き起こす危険性が——』

「うるせぇ! 隙間が空いてるなら熱で溶かしてくっつけりゃいいだろうが! カイル、リオナ! 今だ、光と熱をぶち込め!!」

「は、はいッ! ――『聖光・浄化の炎』!!」

「『治癒の光』……って、機械を回復させるのってこれで合ってるの!?」

カイルとリオナが放った極限の熱と光が、無理やり叩き込まれた接合部をドロドロに溶かし、そして急速に冷却して一つの無骨なパーツへと変成させる。

科学的・論理的に見れば完全に破綻している「魔法と力技の溶接」であった。

だが、大湧泉の地下工房では、この常識外れのハイブリッド作業が昼夜を問わず続けられていた。

敵の機械は完璧な規格で造られているがゆえに、少しでも計算外の魔力や「泥」が混ざると機能不全を起こす。ならば、最初から機械の論理システムを無視し、神話の巨獣たちの素材と魔法で外側から強引に「支配」してしまえばいい――それがシオンの打ち出した暴論にして、この造船計画の核であった。

「……ハッ、機械の配線が足りねぇなら、俺の影で繋いでおくぜ。電気だか魔力だか知らねぇが、通れば同じだろう」

ハクが自身の影を無数の細い触手へと変え、断線した機械のケーブルの代わりに魔鋼の機関部へと這わせていく。影そのものを絶縁体や導線として利用するという、機械帝国の技術者が見れば卒倒しかねない力技だ。

「ゼッカ! そっちの姿勢制御バランサーの調子はどう!?」

シオンが、足場の上から指示を飛ばす。

「……物理的なジョイントは完了しました、シオン女王陛下。ですが……動力源の問題が未解決です」

油にまみれながらも淡々と作業をこなしていたゼッカが、巨大な機関部を見上げて首を振った。

「帝国は『純粋な電力』を圧縮してこの艦を動かしていましたが、我々にはそんな電力を生み出す施設も技術もありません。魔力を流し込んでも、この人工機関は『異物』として弾いてしまいます」

「異物として弾く? ……なら、弾けないくらい濃厚で凶悪なモノを流し込んで、強制的に胃袋を広げてやればいいのよ」

シオンは口の端を吊り上げ、巨大な保管庫から「それ」を運び出させた。

現れたのは、かつて大陸を巡る中で回収し、使い切れずに残っていた神話の巨獣たちの『心臓コアの欠片』――サラマンダーの爆炎石、アバドンの超重力鉱、そしてリヴァイアサンの水圧核である。

『……シオン、正気ですか。機械の動力炉に、未加工の神話の核を直接接続するなど、論理的生存確率が0.02パーセントまで低下します。最悪の場合、大湧泉ごと吹き飛びます』

アノンが感情のない声で最大の警告を発する。

「0パーセントじゃないなら、私たちが100パーセントにしてやるわよ。……神様すら屈服させた私たちの泥水を、ただの機械が消化不良で吐き出せると思わないことね!」

シオンは一切の躊躇なく、三つの神話の核を機械の動力炉エンジンへと同時に放り込んだ。

直後、人工機関がけたたましい不協和音を響かせ、魔鋼の船体全体が激しく脈動し始める。機械の「秩序」が、神話の「野生」という猛毒を飲み込まされ、拒絶反応と強制進化の狭間で絶叫を上げているかのようだった。

「押さえつけろ!! ここで暴発させたら、ただの鉄クズだぞ!!」

龍崎が大剣を突き立てて機関部を自身の体重で押さえ込み、全員が持てるすべての魔力を放出して暴走するエネルギーを船体へと編み込んでいく。

計算と論理を嘲笑うかのように、泥だらけの意志が、冷徹な鋼鉄を内側から作り変えようとしていた。

「……ッ、出力安定させろ! 振り落とされるなよ!!」

シオンの絶叫と共に、大湧泉の地下工房全体が爆発的なエネルギーの暴風に飲み込まれた。

機械の規則正しい駆動音と、神話の獣たちの咆哮が混ざり合い、言語に絶する不協和音となって魔鋼の船体を激しく揺さぶる。純粋な電力のみを前提として作られた帝国製の反重力機関エーテル・ドライブにとって、三つの神話の核から流れ込む魔力の奔流は、致死量の猛毒に他ならなかった。

だが、鋼鉄の拒絶反応を、泥だらけの反逆者たちは力技でねじ伏せていく。

龍崎が大剣をテコにして暴れる機関部を物理的に押さえ込み、ハクの影が千切れそうになる配線を強引に縫い合わせる。カイルとリオナの光がオーバーヒートした金属を冷却し、ゼッカがミリ単位でエネルギーのバイパスを調整する。

そして中心では、シオンが自身の魔力回路を全開にし、機械と神話という相反する二つのことわりを、暴力的なまでの「生存本能」で結びつけていた。

『……警告、警告。機関内部のエネルギー密度が測定不能領域へ突入。論理的崩壊まで残り3、2……』

アノンのカウントダウンがゼロになる直前。

暴走寸前だった機関部の明滅が、唐突にピタリと止まった。

ドクンッ。

巨大な魔鋼の船体が、まるで一つの巨大な生命体のように脈打った。

直後、冷たい青色だった帝国製の機関部が、黄金と紫電、そして深紅が混ざり合った「極彩色の光」を放ちながら、静かに、しかし圧倒的な出力を伴って再起動を果たしたのである。

「……計算外のバケモノも、力ずくで胃袋に詰め込めば消化できるってわけね」

全身汗と油にまみれたシオンが、息を弾ませながら会心の笑みを浮かべた。

『……エラー解消。未知のハイブリッド機関、稼働安定しました。出力……帝国のオリジナル設計値を遥かに凌駕。もはやこれは機械ではありません。魔力と鋼鉄が融合した、新種の「命」です』

アノンの報告に、工房にいた全員が歓声を上げた。

完成したその巨大飛空艦は、決して美しい造形ではなかった。ベヒモスの無骨な骨格が剥き出しになり、帝国の洗練された装甲は泥臭い魔鋼によって継ぎ接ぎだらけ。しかし、その歪さこそが、どんな完璧なシステムにも屈しない彼らの「反逆」の象徴であった。

「ガハハハッ!! 最高にイカした船じゃねぇか! これならブリキのオモチャ共のどてっ腹に、極大の風穴を開けられるぜ!!」

龍崎が自身の顔の煤を拭いもせず、完成した船体をバンバンと叩く。

「……船の名前、どうするんですか? シオン女王陛下」

ゼッカの問いに、シオンは少しだけ考え込み、やがて悪戯っぽく目を細めた。

「神様をブッ飛ばして、泥の中から這い上がった私たちの船よ。……『反逆の泥舟マッド・リベリオン』なんてどうかしら」

「ハッ、姉御らしいネーミングセンスだ。沈みそうだが、絶対に沈まねぇ泥舟ってわけだ」

ハクが包帯だらけの腕を組みながら笑う。

「さあ、いつまでも地下に引きこもっている場合じゃないわ。出港の準備をなさい!!」

シオンは、極彩色の光を放つ新しい船の甲板へと飛び乗り、仲間たちを見下ろして高らかに宣言した。

「次の行き先は、海を越えた西の果て。私たちを管理しようとした機械共の、ド真ん中の本陣よ!! ド派手なカチ込みの始まりだから、しっかり掴まってなさい!!」

大湧泉の地下から、重力をねじ伏せる轟音が響き渡る。

泥と魔法、そして奪い取った鋼の技術を融合させた異形の飛空艦が、今、未知なる大海原を越えるべく、新生の空へとその巨体を浮上させようとしていた。

新たな航海の足掛かりとなる、第七章 第一部が幕を閉じました。

虚神との決戦を終えた彼らに安息の時間はなく、物語は神話の時代から、海を越えた「鋼鉄と機械の帝国」との激突という新たなステージへと歩みを進めます。

この物語もいよいよ後半戦へと突入し、全十四部で描かれるこの第七章では、敵対する文明の技術すらも貪欲に取り込んでいく異邦人たちの「逞しさ」が描かれます。

完璧な計算で造られた機械の論理を、神話の核と泥臭い力技で強引に上書きして誕生した『反逆の泥舟』。それは、与えられたレールを拒絶し、どんな理不尽にも噛み付いていくシオンたちの生き様そのものを体現した船です。

未知の技術と魔法のハイブリッドという劇薬を手に入れた泥だらけの反逆者たちは、この歪な泥舟に乗って、ついにアウストラ大陸の外へと飛び出します。

海の向こうで待ち受ける神聖機巧帝国の本陣とは、いかなる絶望の要塞なのか。

ルール無用の大立ち回りが予想される次なる航海へ、引き続きお付き合いください。

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