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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第六章:未知なる大陸と、目覚めし神話の巨獣たち

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第六章14『鋼鉄の洗礼と、交差する理』

分厚い絶望の雲が晴れ、星が初めての深呼吸をしたその日。

泥だらけの異邦人たちが勝ち取った「自由」という名の宴は、乾杯のグラスを合わせる前に唐突な終わりを迎えた。

東の水平線の彼方から現れたのは、神話の獣でも、星を喰らう虚神でもない。徹底的に管理され、規格化された「鋼鉄と秩序」の結晶――【神聖機巧帝国マキナ・テオ】の浮遊都市であった。

原住民と見下し、降伏と管理を要求する無機質な侵略者に対し、シオンが返した答えは、挨拶代わりの雷撃による飛空艇の撃墜。

神が敷いたレールをぶち壊したばかりの反逆者たちに、新たな首輪など通じるはずもない。

魔法と泥にまみれた野生の魂と、冷徹なる機械文明。

相反する二つの理が激突する、新たな生存戦争の火蓋が、波立つ極東の絶壁で今、容赦なく切って落とされた。

『――対象の明確な敵対行動を再確認。これより、対原住民用・第一種制圧プロトコルを実行する』

巨大な浮遊都市から響く無機質なアナウンスが、穏やかな海風を不気味に切り裂いた。

直後、空を覆うほどの巨大な鋼鉄の島の下部装甲がスライドし、無数の蜂の巣のような発射口が露出する。

「来るわよ!! 全員、散開ッ!!」

シオンの鋭い警告と同時だった。

発射口から撃ち出されたのは、魔法の炎でも雷でもない。高密度に圧縮されたプラズマの光線――純粋な「人工エネルギーの驟雨」であった。

数百、数千という青白い光の矢が、一切の感情を持たず、ただ物理的な破壊力のみを伴って絶壁へと降り注ぐ。

ズドドドドドドドドドォォォォォォンッ!!!!

「チィッ!! 弾幕の密度が異常だぜ! 息をする隙も与えねぇ気かよ!!」

ハクが舌打ちしながら、自身の影を巨大なドーム状に展開し、頭上に降り注ぐ光線を物理的に逸らす。だが、プラズマの異常な高熱は影の表面を瞬時に蒸発させ、ハクの顔を苦痛に歪ませた。

「ガハハハッ!! ぬるい、ぬるいぜ!! 砂漠のヤスリに比べりゃ、こんな光のシャワーなんざ毛玉取りにもならねぇ!!」

龍崎は回避することすら選ばず、ボロボロの『覇獣の魔鋼鎧』を盾にして光線の雨を真っ向から受け止めていた。装甲が赤熱し、溶けた金属が滴り落ちるが、彼の闘志は燃え上がるばかりだ。彼は足元の巨大な岩盤を素手で引き剥がすと、砲丸投げの要領で空中の飛空艇群に向かって全力で放り投げた。

ドゴォォォンッ!!

岩盤は見事に一隻の飛空艇の側面に直撃し、装甲を大きくひしゃげさせるが、飛空艇は墜落することなく、すぐさま姿勢を制御して空中に留まった。

「……なるほど。魔法の障壁ではなく、物理的な重力場フォースフィールドで衝撃を相殺しているのか。厄介極まりないですね」

岩陰を縫うように高速で移動しながら、ゼッカが冷徹に敵の防御機構を分析する。

「カイル! リオナとジーグ将軍の方に通信を入れて! 大湧泉の結界を最大まで張り直すように伝えて!! この連中、街まで火の粉を飛ばしかねないわ!!」

「了解です! シオン様もご無事で!!」

カイルが通信用の魔導具を起動しながら、後方の安全圏へと一時離脱する。

「さてと……。上から撃ち下ろされるばかりじゃ、フラストレーションが溜まる一方ね」

シオンは、紫電を纏った右手を地面に叩きつけた。魔剣『雷月』を失った今、彼女は自らの身体そのものを回路として、星のマナを直接引き出している。

「落ちてきなさい、鉄クズ共ッ!! ――『雷帝・重力破城槌グラビティ・スマッシュ』!!」

シオンが引き出したアバドンの重力制御と紫電が絡み合い、見えない巨大なハンマーとなって空中の飛空艇群を上から叩き潰した。

ギガァァァァンッ!!

三隻の飛空艇が重力に耐えきれず、装甲をひしゃげさせながら海面へと墜落していく。

『……局地的な重力異常を検知。原住民個体【コード:紫電】の危険度をクラスAへ引き上げ。歩兵部隊による直接排除へ移行する』

浮遊都市からの音声が響くと同時に、残存する飛空艇の腹部から、無数の黒いカプセルが絶壁に向けて射出された。

ドスッ、ドスッ、ドスドスドスッ!!

土煙を上げて地面に突き刺さったカプセルが、プシュゥゥという排気音と共に開く。

中から現れたのは、人間ではない。

全身を流線型の銀の装甲で覆い、顔の部位には赤い単眼のセンサーのみが不気味に明滅する、身長二メートルを超える『機巧兵オートマタ』の軍団であった。

「……チッ、今度はドロ人形じゃなくて、ブリキの人形のお出ましってわけね」

シオンが警戒を強める中、機巧兵たちは一切の咆哮も雄叫びも上げず、ただ赤いセンサーをシオンたちに固定した。

その無機質な沈黙こそが、神話の獣たちよりも遥かに異質で、底知れぬ気味の悪さを漂わせていた。

「来るぞ、姉御!!」

ハクの叫びと同時に、数十体の機巧兵が、物理法則を無視したような機械的な加速で一斉に襲いかかってきた。彼らの両腕には、高周波で振動するエネルギーブレードが形成されている。

「ガハハ! 相手が鉄だろうと泥だろうと、極道のシノギの邪魔をする奴は残らずスクラップだ!!」

龍崎が先陣を切って機巧兵の群れへと突っ込んだ。

泥だらけの反逆者たちと、完全なる秩序の尖兵。

血と油が飛び散る、新たな近接戦闘の幕が容赦なく上がった。

「オラァァァッ!! 鉄クズになれやァッ!!」

龍崎の豪腕から繰り出された魔鋼の大剣が、空気を叩き割るような轟音と共に機巧兵オートマタの胴体を薙ぎ払う。

――はずだった。

「……あァ!?」

機巧兵は、人間には到底不可能な関節の駆動を見せた。腰のパーツを物理的に反転させ、龍崎の渾身の一撃を「ミリ単位の隙間」で完璧に回避したのだ。一切の無駄を省いたその動作の直後、機巧兵は反動すら利用して踏み込み、高周波で振動するエネルギーブレードを龍崎の首元へと冷徹に突き出した。

「チィッ!!」

龍崎が咄嗟に肩当てで防御するが、高周波ブレードは強固な『覇獣の魔鋼鎧』を熱したバターのように容易く切り裂き、彼の肩に浅くない焼損を負わせた。

「龍崎! 突っ込みすぎるな、コイツら気味が悪りぃぞ!!」

ハクが足元から無数の影の槍を射出し、機巧兵の死角から串刺しにしようと試みる。だが、別の機巧兵が即座にカバーに入り、腕部から六角形の光のプラズマシールドを展開して影の槍を完全に弾き飛ばした。

「……野生の魔獣や泥の怪物とは、根本的に戦いのロジックが違いますね」

音もなく宙を舞ったゼッカが、機巧兵の頭部センサーの隙間に極小の短剣を突き立て、内部回路をショートさせて一体を破壊した。しかし、彼女の義眼は即座に敵の「異常な変化」を捉えていた。

破壊された機巧兵の赤い単眼が一瞬激しく明滅したかと思うと、周囲で戦闘している他の機巧兵たちの動きが、突如として最適化されたのだ。

「シオン女王陛下、警戒を! 奴らは個体ではありません、全体で一つの『知性』です! 一体が破壊されるたびに我々の攻撃パターンを解析し、リアルタイムで全機体に戦闘データをアップデート(共有)しています!!」

「……随分と生意気なブリキのオモチャじゃない。学習能力があるなら、絶望の味も教えてあげるわ!」

シオンは魔剣を失った右手に、限界まで圧縮した黄金の雷光を纏わせ、迫り来る機巧兵の胸部装甲に直接拳を叩き込んだ。

ドガァァァァァンッ!!

凄まじい雷鳴と共に機巧兵は内部から爆散するが、次にシオンへ襲いかかってきた三体の機巧兵は、すでに彼女の雷の波長を学習していた。彼らは自身の装甲表面に「逆位相の電磁バリア」を展開し、シオンの紫電を完全に中和しながら、三方向からの同時刺突を繰り出してきた。

「――ッ! なめないでよ!!」

シオンは咄嗟にアバドンの重力反発を足元に展開して空中へ逃れるが、機巧兵たちは一切の動揺も見せず、足のブースターを点火して空中のシオンへ正確に追従してくる。

怒りも、恐怖も、疲労もない。

こちらの感情的な「揺らぎ」をすべて数値として処理し、絶対的な最適解のみを返し続ける無機質な軍勢。

これが、神聖機巧帝国マキナ・テオの誇る『規格化された暴力』。

泥水の中から這い上がり、魂の熱量だけで神話を超えてきたシオンたちにとって、それは今まで経験したことのない、最も冷たく、最も相性の悪い「対極の敵」であった。

「逆位相のバリアで防ぐ? なら、防がれる前に全部のルールを書き換えてやるわよ!!」

空中で三体の機巧兵オートマタに肉薄されたシオンは、咄嗟に右手の紫電を消散させた。機巧兵の演算装置が「雷属性の消失」を感知し、バリアの出力を調整しようとしたそのコンマ一秒の隙。シオンはサラマンダーの【極炎】とアバドンの【超重力】を同時に、かつ無秩序に右腕へ収束させた。

「計算してみなさい! この泥まみれの熱量を!!」

シオンの拳が、機巧兵のプラズマシールドに激突する。

炎の熱膨張と重力の収縮が極小空間で反発し合い、論理的な魔力法則を完全に無視した「局所的な空間崩壊」を引き起こした。機巧兵のセンサー群は、この未知の矛盾したエネルギーを演算しきれず、激しいノイズと共にフリーズを引き起こす。

ドゴォォォォォォォォォォンッ!!

三体の機巧兵は、防ぐ間もなく爆発的な衝撃波に飲み込まれ、空中で無惨な鉄屑となって四散した。

「ハッ、姉御の言う通りだぜ! 相手が小利口な機械なら、計算できねぇ馬鹿になればいいだけの話だ!!」

地上でその光景を見ていた龍崎が、獰猛な牙を剥き出しにして笑う。

彼は握っていた魔鋼の大剣を思い切り地面に放り投げると、自身の足元に転がっていた「破壊された機巧兵の胴体」を両手で掴み上げ、そのまま巨大な鈍器として振り回し始めた。

「オラァァァッ!! 仲間ごと叩き潰されて、どう計算するんだァ!!」

「……ガガッ、エラー。味方機体の質量を利用した物理攻撃。想定外のロジック……」

機巧兵たちが一瞬の挙動不審を見せる。彼らのAIは「敵の武器」に対する防御パターンは持っていたが、「味方の残骸をハンマーにして殴りかかってくる極道」という、あまりにも非合理的で野蛮な戦法に対するデータを持っていなかったのだ。

「ゼッカ、ハク! 連携なんてクソ食らえだ! お互い好き勝手に暴れ回れ!! 奴らの処理能力キャパシティを泥でパンクさせてやれ!!」

「……御意。論理的脅威度の判定を狂わせます」

ゼッカが姿を消し、無作為に機巧兵の足元の岩盤だけを切り崩して姿勢制御を奪う。

「ガハハ! 泥仕合なら俺たちの独壇場だぜ!」

ハクもまた、殺傷力のない影の粘液をばら撒き、機巧兵の関節ギアに物理的な目詰まりを起こさせる。

刃と拳、炎と影、そして鉄屑のハンマー。

一切のセオリーを持たず、その場の直感と殺意だけで繰り出される泥だらけの乱戦。

それは、徹底的に最適化された【神聖機巧帝国】の戦術ネットワークにとって、最も処理が困難な「ノイズの奔流」であった。

一体、また一体と機巧兵が機能不全に陥り、赤い単眼の光を失って絶壁へと倒れ伏していく。

『……警告。原住民の戦闘ドクトリンに深刻な非論理性を確認。戦術予測の誤差が許容範囲スレッショルドを突破』

上空に停泊していた巨大な浮遊都市から、再び無機質な音声が響き渡った。

『……これ以上の直接戦闘は、機体損失コストが制圧メリットを上回ると判断。第一種制圧プロトコルを中断。……本艦隊はこれより、当該宙域から一時撤退し、本国へのデータ転送および「殲滅艦隊」の再編成へと移行する』

その宣言と共に、地上で稼働していた残存の機巧兵たちが、一斉に戦闘行動を停止した。彼らは背部のブースターを点火し、シオンたちに背を向けて空中の飛空艇へと無防備に帰還していく。

「……逃げる気? 散々引っ掻き回しておいて、随分と都合のいい連中じゃない!!」

シオンが追撃の雷撃を放とうと右手を掲げた瞬間、浮遊都市の底部から巨大な「光の壁」が展開され、シオンの魔力を完全に相殺した。

圧倒的な質量を持つ浮遊都市は、音もなく高度を上げ、水平線の彼方に広がる雲海の中へとその姿を隠していく。

『……未知なる大陸の原住民よ。貴様らの非合理なる抵抗は、記録された。次に会う時は、管理ではなく「完全なる駆逐」をもたらすだろう』

機械の残骸と、焦げた匂いだけが残された絶壁。

東の空から、巨大な鋼鉄の影が完全に消え去った後も、シオンたちは誰一人として武器を下ろさなかった。

「……駆逐、ね」

シオンは、足元に転がる機巧兵の頭部を踏み砕きながら、不敵な笑みを浮かべた。

「いいわよ、やってみなさい。神様だろうと機械の帝国だろうと、私たちの自由を奪おうとする奴は、全員まとめてこの泥水に沈めてやるわ!!」

潮風が、戦場となった絶壁を吹き抜ける。

アウストラ大陸を覆っていたシステムという名の「神話」は終わりを告げた。

だが、それは安息の始まりではない。

魔法と泥の反逆者たちと、海を越えてやってきた鋼鉄の帝国。

星の覇権と、真の自由を懸けた新たな生存戦争の幕開けを告げる号砲は、今、高らかに鳴り響いたのである。

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