表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第六章:未知なる大陸と、目覚めし神話の巨獣たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/100

第六章13『瓦礫の玉座と、海を渡る新たな風』

絶望の夜が明け、大湧泉オイズムには数千年ぶりとなる痛いほどの陽光が降り注いでいた。

星を覆っていた虚神の本体は消滅し、システムによる管理という名の「檻」は完全に破壊された。

だが、自由とは決して甘美なだけの果実ではない。絶対的な防壁を失ったこの星は、同時に、広大な宇宙という底知れぬ大海原へと無防備に放り出されたことを意味していた。

崩壊した街の復興の槌音が響く中、泥だらけの英雄たちは、休息の甘さに浸る間もなく、早くも次なる「未知」の足音をその耳に捉えようとしていた。

「……っしょォォォッ!! そら、そこを空けな! 極道クレーンのお通りだぜ!!」

大湧泉の中央広場。かつては美しかった白亜の石畳が跡形もなく砕け散ったその場所で、龍崎の豪快な怒声が響き渡っていた。

赤銅色の『覇獣の魔鋼鎧』を身に纏った彼は、通常の人間なら数十人がかりでも動かせないような巨大な大理石の柱を一人で肩に担ぎ上げ、ドスンドスンと地響きを立てながら瓦礫の山を片付けている。虚神との決戦からわずか三日。まだ身体の傷も癒えきっていないというのに、この男の底なしの体力は異常としか言いようがなかった。

「ガハハハ! 姉御が空をぶっ壊してくれたおかげで、陽の光が眩しくて仕方ねぇ! だが、日に焼けた肌の方が極道には箔がつくってもんだ!!」

「……うるせぇよ、筋肉ダルマ。こっちは全身の骨が悲鳴を上げてんだ……。少しは静かに瓦礫を運べねぇのか……?」

その傍らで、全身をミイラのように包帯で巻かれたハクが、影の触手を何本も伸ばして細かい瓦礫をチマチマと拾い集めていた。影を使いすぎて一時は存在そのものが霧散しかけた彼だが、持ち前の悪運と生命力でなんとか現世に留まっている。それでも、疲労のピークは隠せない。

「文句を言わないの、ハク。私たちの家を自分たちで直してるんだから。……ほら、リオナ、あっちの負傷者たちに水を持っていってあげて」

「うん、わかった! カイル、重い水桶はお願いね!」

「……ええ、聖騎士の力、今こそ復興のために使いましょう!」

カイルとリオナもまた、泥と埃にまみれながら、街の再建に奔走していた。

かつての敵であった昼国の騎士団や、大湧泉の荒くれ者たちも、今は立場を忘れて肩を並べ、土に塗れながら汗を流している。

虚神という共通の絶対悪が消滅した今、この星には奇妙な連帯感が生まれていた。誰かに押し付けられた平和ではなく、自分たちで勝ち取り、自分たちで一から創り上げる「自由な世界」。その活気は、崩壊した街並みとは裏腹に、生命の力強さに満ち溢れていた。

そんな喧騒を、少し離れた半壊の時計塔の上から、シオンは一人で見下ろしていた。

心地よい、しかしどこか見知らぬ匂いのする風が、彼女の黒髪を揺らす。

「……平和ね。平和すぎて、なんだか背中がむず痒くなるわ」

シオンは、火傷の痕が残る手で、自身の胸元に視線を落とした。

そこには、紐で括られた『創世の鍵』がぶら下がっている。五つの神話の理を放出し尽くし、今はただの透明なガラス玉となったそれは、もう二度と黄金の光を放つことはない。星を管理するシステムは、彼女自身の手で完全にシャットダウンされたのだ。

『……シオン。生体バイタルの安定を確認しました。魔力回路の損傷も、自己治癒能力により78パーセントまで回復しています』

脳内に、アノンの無機質な声が響いた。

システムが崩壊したにもかかわらず、彼女のサポートAIであるアノンは消滅していなかった。いや、むしろ星の縛りから解放されたことで、その演算能力は以前よりも遥かに軽快になっているように感じられた。

「アノン。あんた、星のシステムが消えたのに、まだ動けるのね」

『はい。私の存在基盤はすでに、星の地脈ネットワークから、シオン自身の魔力波長へと完全移行しています。……現在、私は星の管理者ではなく、シオン個人の専属ナビゲーターとして再構築されました』

「へぇ。じゃあ、これからはあんたの上司は私ってことね。こき使ってやるから覚悟しなさい」

シオンが口の端を吊り上げて笑うと、アノンの音声に微かなノイズが混じった。

『……望むところです。ですが、シオン。その前に、一つ重大な報告があります』

アノンの声色が、戦闘時のような緊迫したものへと切り替わる。

シオンは時計塔の縁から足を下ろし、顔の笑みを消した。

『虚神の消滅により、星を覆っていた因果律の結界だけでなく、アウストラ大陸を外界から隔離していた【深海の魔力断層】も完全に消失しました。……これにより、私の観測範囲が、海を越えた「大陸の外」へと拡大されたのですが……』

「……外? リヴァイアサンが守っていた、あの海の向こうに何かあるの?」

『はい。東の海を越えた先……数千キロの彼方から、未知の魔力反応を多数検知しました。……それは自然発生した地脈の反応ではありません。統制され、規格化された「文明」の反応です』

アノンの言葉に、シオンの紫の瞳が鋭く細められた。

アウストラ大陸は、世界のすべてではなかった。

虚神が作り出した「泥の箱庭」の外側には、今まで隠蔽されていた本物の世界――他の大陸と、そこに生きる未知の勢力が存在していたのだ。

『さらに報告します。その未知の魔力反応のうち、一つが……現在、凄まじい速度で海を渡り、このアウストラ大陸の東海岸へと接近中です。規模から推測するに、単なる船ではありません。……巨大な「浮遊都市」です』

「……浮遊都市、ね」

シオンは東の空——かつて漆黒の嵐が吹き荒れていた、今は青く澄み渡る水平線の彼方を見つめた。

せっかく神様をぶっ飛ばして手に入れた自由な遊び場だ。そこにノコノコと上がり込んでこようとする新客がいるのなら、出迎えてやらない手はない。

「ハク!! 龍崎!!」

シオンは時計塔から広場に向けて、よく響く声で叫んだ。

「瓦礫遊びは終わりよ! 武器の手入れをしておきなさい!!」

泥だらけの反逆者たちの休息は、予想以上に早く終わりを告げようとしていた。

海を渡ってやってくる新たな「未知」。それは、星の解放がもたらした次なる波乱の幕開けであった。

ズガァァァァァァァァンッ!!

「……あァ!? なんだと姉御ォ!! またドンパチの始まりか!?」

シオンの号令を聞いた瞬間、龍崎が担いでいた巨大な大理石の柱を躊躇いもなく地面に放り投げた。凄まじい地響きと共に粉塵が舞い上がるが、彼の顔には疲労よりも隠しきれない獰猛な笑みが浮かんでいる。

「ちょっと! せっかく綺麗に積んでたのに崩れたじゃないのよ、この筋肉ダルマ!!」

ハクが影の触手で頭を抱えながら抗議するが、その実、彼の瞳の奥にもギラギラとした闘争心の火種が再び灯り始めていた。

シオンは時計塔の屋根から瓦礫の山へと軽やかに飛び降りると、集まってきた仲間たちに向けて端的に状況を告げた。

「ドンパチになるかは向こうの出方次第よ。……アノンの観測によれば、虚神の結界とリヴァイアサンの魔力断層が消えたことで、アウストラ大陸への『外からの航路』が開かれたらしいわ。今、東の海から規格外のデカブツがこっちに向かってきている」

「外からの航路……。つまり、このアウストラ大陸以外の世界から、未知の人類が接触してくるということですか……!?」

駆けつけたカイルが、驚愕に目を見開いた。

昼国の騎士団として大陸の歴史を学んできた彼にとって、この世界は永らく「アウストラ大陸がすべて」であった。虚神による隔離と、深海を支配するリヴァイアサンの存在が、外洋への進出を完全に物理的・魔力的に遮断していたからだ。

「……なるほど。泥の箱庭の蓋が開いた途端に、外の連中が覗きに来たってわけか。鼻の利く連中だぜ」

ハクが包帯だらけの首をボキボキと鳴らしながら、ニヤリと笑う。

「シオン女王陛下。海を渡る手段が『浮遊都市』であるならば、相手は我々が知る大湧泉や昼国の魔法技術を遥かに凌駕する、高度な文明と軍事力を有していると推測されます。……警戒すべきです」

音もなくシオンの背後に降り立ったゼッカが、義眼のレンズを鋭く絞りながら進言した。

「ええ、分かってるわ。せっかく綺麗に掃除した私たちの庭を、土足で荒らされてたまるもんですか」

シオンは、戦闘でひしゃげたままの魔剣『雷月』の柄を握り直した。もはやかつてのような美しい刀身はないが、彼女の内に秘められた反逆の意志は、どんな名剣よりも鋭く研ぎ澄まされている。

「ハク、龍崎、カイル、ゼッカ! 私たちはこれより東の海岸へ飛ぶわよ! リオナとジーグ将軍はここに残って、万が一に備えて街の防衛と民衆の避難誘導をお願い!」

「「応ッ!!」」

ジズの魔力羽の残滓と、ハクの影の跳躍を駆使し、シオンたちは一気にアウストラ大陸の最東端へと駆け抜けた。

かつて第四の神話・リヴァイアサンと死闘を繰り広げた極東の絶壁。

数日前までは、雷鳴が轟き、漆黒の暴風雨が荒れ狂っていた死の海域であったが、今は嘘のように穏やかなエメラルドグリーンの水面が広がっており、抜けるような青空が水平線の彼方まで続いている。

だが、その美しい水平線を分断するように、**『それ』**は姿を現した。

「……おいおい、冗談だろ。ありゃあ、船って次元じゃねぇぞ……」

絶壁の縁に立った龍崎が、思わず圧倒されたように呟く。

雲海を掻き分けながら接近してくるのは、幾重もの巨大なリング状の魔力機関を回転させ、重力そのものを支配して空を滑る『巨大な鋼鉄の島』であった。

白亜と銀色の金属で構成されたその外観は、アウストラ大陸のどんな建造物とも異なる。泥臭さも、自然の荒々しさも一切ない。

完全なる左右対称シンメトリー。徹底的に計算され尽くした幾何学的なフォルム。そこには「野生」の入り込む隙など一ミリもなく、冷酷なまでに洗練された『秩序オーダー』の結晶が浮かんでいた。

『……対象の魔力波長を解析。神話獣や虚神のような自然魔力・反魔力ではありません。極めて高密度に圧縮・制御された【人工魔力炉】を数十基搭載しています。……シオン、あれは間違いなく、軍事目的で建造された戦略級の空中要塞です』

アノンの冷徹な分析が、シオンの脳内に響く。

「……ずいぶんと行儀の良さそうなバケモノじゃない。私たちが相手にしてきた泥まみれの連中とは、正反対ね」

シオンは潮風に黒髪をなびかせながら、目を細めた。

空中要塞の周囲には、護衛と思われる数十隻の流線型の小型飛空艇が、統制の取れた陣形で随伴している。彼らはアウストラ大陸の海岸線を視認すると、まるでこちらの存在を見透かしているかのように、正確にシオンたちが立つ絶壁の正面へと進路を向けた。

やがて、巨大な浮遊都市が絶壁から数キロの距離でピタリと静止する。

慣性すらも完全に殺したその不気味なほどの静動。

直後、旗艦と思われる中央の最も巨大な塔から、一筋の眩い蒼光が発射され、シオンたちの数十メートル先の空中に光のホログラムを投影した。

『――未知なる大陸の原住民に告ぐ。我々は、西の果てを統べる【神聖機巧帝国マキナ・テオ】の先遣艦隊である』

機械的に翻訳されたような、感情の欠落した無機質な音声が大気を震わせた。

神と泥の束縛から抜け出したばかりの泥だらけの反逆者たちの前に、今度は「鋼鉄と秩序」を掲げる圧倒的な外部文明が、その巨大な影を落とそうとしていた。

『繰り返す。未知なる大陸の原住民に告ぐ。我々は西の果てを統べる【神聖機巧帝国マキナ・テオ】の先遣艦隊である。……当海域における「特異な高エネルギー反応」および「惑星防衛兵装の無許可起動」を検知し、保護および管理のために罷り越した』

海風に乗って響くその音声には、一切の抑揚がない。

巨大な浮遊都市から投影された光のホログラムは、アウストラ大陸を「未開の地」と見下し、シオンたちを「原住民」と断定していた。

「……原住民、ね。随分と上から目線で物事をおっしゃるじゃない」

シオンは、呆れたようにため息をつき、首の骨をポキリと鳴らした。

『直ちに一切の魔力行使を停止し、武装を解除せよ。ならびに、先刻起動した「特異エネルギーの核」――貴星の分類における【創世の鍵】を、我が帝国に恭順の証として引き渡すことを要求する。……拒否、あるいは抵抗する行動を見せた場合、帝国法に基づき、文明化のための「武力制圧」を実行する』

「ガハハハッ!! 武力制圧だとォ!?」

龍崎が、ひしゃげた魔鋼鎧の胸当てをガンガンと叩きながら、腹の底から嘲笑した。

「おいおい、泥水すすって神様ブッ飛ばしたばかりの俺たちに向かって、今度は空飛ぶブリキのオモチャが『管理してやる』ってか!? 笑わせるんじゃねぇぞ、このポンコツ共が!!」

「……全く同感だな。俺たちのシノギの縄張りに、随分と行儀の良さそうな連中が上がり込んできたもんだ」

ハクもまた、包帯だらけの顔に獰猛な笑みを浮かべ、自身の足元から漆黒の影を無数に蠢かせる。

「シオン女王陛下。相手は未知の兵器群です。……ですが、あの『綺麗すぎる』装甲、我々の泥にまみれた戦法がどこまで通じるか、少しばかり試してみたい衝動に駆られますね」

ゼッカが短剣を逆手に構え、義眼を妖しく明滅させた。

彼らの瞳に、恐怖や萎縮は微塵もなかった。

神話の巨獣たちと命を削り合い、星の運命すらも実力でねじ伏せた彼らにとって、相手が神であろうと未知の帝国であろうと関係ない。自分たちの「自由」を脅かし、上から目線で支配しようとする者は、すべて等しく『ぶっ飛ばす対象』でしかないのだ。

「……アンタたちの言う通りね。せっかく風通しが良くなった私たちの遊び場に、新しい『ルール』なんて持ち込ませないわ」

シオンは、絶壁の最前線へと歩み出た。

彼女の手には、もはや魔剣『雷月』の刀身はない。だが、彼女の右手には、これまでの激戦で培い、限界を超えて研ぎ澄まされた純粋な「反逆の魔力」が、バチバチと紫電を纏って収束していく。

シオンは空中のホログラムに向かって、中指を立ててみせた。

「耳の穴かっぽじってよく聞きなさい、ブリキのオモチャ共。ここは、泥水すすって勝ち取った私たちの『自由の国』よ。……管理だの恭順だの、カビの生えた寝言を抜かすなら――」

シオンは右手に収束させた紫電を、天に向かって一気に振り抜いた。

創世の鍵の力に頼らない、シオン自身の魂から放たれた極太の雷光が、海を割るような轟音と共に絶壁から放たれる。

ズバァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!

シオンの放った一撃は、空中のホログラムを粉々に叩き割り、そのまま数キロ先の浮遊都市の直上を掠め、周囲を飛んでいた小型飛空艇の一隻を黒焦げにして海面へと墜落させた。

「――泥まみれになって、一から出直してきなさいッ!!!」

海風が吹き荒れ、黒焦げの飛空艇が水柱を上げて沈んでいく。

静まり返った絶壁の上で、シオンは好戦的な笑みを浮かべて浮遊都市を睨みつけた。

『……警告。原住民からの明確な敵対行動を確認。……これより、対抗措置カウンターフェーズへと移行。制圧モードを起動します』

無機質な音声が再び響き渡ると同時に、巨大な浮遊都市の側面から、無数の砲門と、見たこともない機械仕掛けの兵装がズラリと展開された。

「上等じゃない。……休む暇もないけど、あんたたち、やれるわよね!?」

シオンの問いかけに、龍崎、ハク、ゼッカ、カイルが、それぞれの武器を構えて一斉に咆哮で応えた。

泥だらけの英雄たちと、鋼鉄と秩序の帝国。

星の解放がもたらした次なる波乱は、まったく異なる二つのことわりが激突する、新たな戦端を開いたのである。

空を覆っていた絶望の蓋が開き、彼らが手に入れたのは「安息」ではなく、無限に広がる「未知なる世界への扉」でした。

虚神というシステムから解放されたアウストラ大陸は、今や広大な宇宙と、他の大陸に住む未知の文明からの干渉を直接受けることになります。

泥だらけになって神話の獣たちを屠り、ついに自由を勝ち取ったシオンたち。

しかし、その自由とは、誰かが保証してくれるものではありません。奪いに来る者がいるのなら、何度でも牙を剥き、自分たちの力で守り抜かなければならない。それこそが、彼女たちが選んだ「自由の代償」なのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ