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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第六章:未知なる大陸と、目覚めし神話の巨獣たち
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第六章12『泥だらけの反逆と、新生の星』

カウントダウンは、ついに最終秒読み(ラスト・セコンド)へと突入した。

大湧泉の頭上、天を覆い尽くした虚神の本体が、星の命を啜り尽くすためにその巨大な顎を広げる。

迎え撃つは、泥水の中から這い上がってきた異邦人たちの執念と、四つの神話の力を束ねた【創世の鍵】。

これまでの旅で得たすべて――傷跡、絆、そして「自由でありたい」という野心。そのすべてを燃料に変え、シオンは星の防衛兵装『星穿の極光』の引き金に指をかける。

地平が裂け、空が燃える。宇宙の絶望と星の産声が激突する、神話の終焉にして新生の瞬間。

泥だらけの反逆者たちが辿り着いた「答え」が、今、黄金の閃光となって放たれようとしていた。

『――充填率、98、99……100パーセント。全回路、接続完了。最終兵器「星穿の極光アストラル・レイ」、全出力解放を許可します』

アノンの声が、大湧泉を震わせる咆哮となって響き渡った。

始源の石碑を中心に、都市全体を覆う巨大な魔法陣が黄金のプラズマを放ち、空を覆う漆黒の絶望を内側から照らし出す。

だが、その瞬間を待っていたかのように、虚神の「眼球」が不気味に収縮し、その中心部から万物を虚無に還す漆黒の反物質砲が、石碑目掛けて放たれた。

「――させるわけないでしょォォッ!!!」

シオンは、ボロボロになった魔剣『雷月』を両手で握りしめ、黄金の光柱の頂点に立った。

彼女の身体は、創世の鍵から流れ込む膨大なエネルギーに耐えきれず、皮膚の端々から黄金の粒子が零れ出している。もはや人間としての肉体の限界を遥かに超え、彼女自身が『星の避雷針』と化していた。

「サラマンダーの熱で焼き尽くし、リヴァイアサンの水圧で押し潰し、アバドンの重力で空間を固定する!!」

シオンが剣を突き出すと、四つの神話の力が空間を歪め、虚神が放った漆黒の光弾を空中で強引に縫い止めた。黄金の光と漆黒の闇がぶつかり合い、その余波だけで周囲の空間がガラスのようにひび割れていく。

「あ、姉御ッ……! もう身体がもたねぇ、撃てッ!! 早く撃ちやがれッ!!」

地上では、ハクが自身の存在を影の繭に変えて石碑を死守し、龍崎が折れた大剣を支えに立ち上がって絶叫していた。

彼らの周囲では、泥の軍勢が最後の一足掻きとして、自爆覚悟の突撃を繰り返している。それを、傷だらけの騎士団と異邦人たちが、血反吐を吐きながら肉の壁となって押し留めていた。

「わかってるわよ……! ――カイル、リオナ!! 私に、この星の最後の息吹を頂戴!!」

シオンの呼びかけに応じ、背後で膝を突いていたカイルとリオナが、最後の魔力を、いや、自らの魂の輝きをすべてシオンの背中へと注ぎ込んだ。

「「聖なる星の、未来のために!!」」

白銀の光がシオンを包み込み、彼女の瞳は完全な黄金色へと染まった。

星の記憶、地脈の奔流、そして泥にまみれてもなお「生きたい」と願う数万の民の意志。

それらすべてが『創世の鍵』という名のレンズを通じて、一点へと集束する。

「……前世の私たちが、どうしてこの鍵を遺したのか、ようやくわかったわ」

シオンは、空を覆う虚神の眼球を真っ直ぐに見据え、不敵に、そしてどこか晴れやかに微笑んだ。

「あんたが喰らいに来たのは、ただのエネルギーじゃない。私たちがこれから創り出す、泥だらけで最高の『未来』よ!! ――そんなもの、一欠片も渡すもんですかッ!!」

シオンの手元の鍵が、太陽をも凌駕する光を放った。

魔剣『雷月』は、その圧力に耐えきれず粉々に砕け散り、代わりに出現したのは、シオンの意志そのものが形を成した『黄金の光の刃』であった。

「――星穿せいせん……ッ、のォォォッ!! ――極光レイッ!!!!」

シオンが天を指し示した瞬間。

始源の石碑に蓄えられた全エネルギーが、シオンという「特異点」を媒介にして、天を覆う虚神の心臓部へと解き放たれた。

ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

音と光が消失した。

大湧泉から放たれた黄金の雷柱は、虚神が展開していた重層的な因果律の盾を紙細工のように焼き切り、その漆黒の眼球を、核ごと真っ向から貫いた。

宇宙の深淵から来た捕食者が、初めて「死」という恐怖を味わい、その巨躯を内側から爆散させていく。

天を裂く黄金の輝きは、大陸全土を昼間のような明るさで照らし出し、数千年の間、星を支配し続けてきた『泥の時代』の終焉を告げた。

「ギィィ、ィィィィィアアアアアアッ!!!!」

虚神の断末魔は、音ではなく「次元の軋み」として世界に響き渡った。

黄金の極光に貫かれた漆黒の眼球が、内側から噴き出す星のマナに耐えきれず、不規則な脈動を繰り返しながら膨張していく。その亀裂から漏れ出すのは、もはや呪わしい泥ではなく、浄化された純粋な光の粒子だった。

「……あ、あはは……。見てよ、空が、笑ってるみたい……」

リオナが涙を流しながら、崩れ落ちる瓦礫の上で呟いた。

空を覆っていた絶望の蓋が、極光の熱によって剥がれ落ち、そこから数千年ぶりに「本物の星空」が顔を覗かせ始めていた。だが、安堵の瞬間は、直後に訪れた激震によって打ち砕かれる。

『警告。虚神の崩壊に伴う余剰エネルギーが、大湧泉の空間構造を侵食。……シオン、離れて!! 虚神が消滅する際、周囲の因果を道連れにして「特異点」を閉鎖しようとしています!!』

アノンの切迫した警告が響く中、始源の石碑の真上にいたシオンの身体を、虚無の重力が引きずり込み始めた。崩壊する虚神の核が、最後の悪あがきとして、星の意志であるシオンを宇宙の深淵へと連れ去ろうとしているのだ。

「――っ、しまっ……!!」

シオンの足元から世界が色を失い、黄金の粒子が闇に吸い込まれていく。

指先から感覚が消え、仲間たちの叫び声が、水底から聞こえる音のように遠のいていく。

「姉御ォォォッ!! 何してやがる、手を伸ばせェッ!!」

「シオン様!!」

地上から、血反吐を吐きながら駆け寄る龍崎とカイル。ハクの影が必死にシオンの足を繋ぎ止めようと闇へ伸びるが、宇宙の因果を塗り替える崩壊エネルギーの前では、それすらも紙屑のように千切れ飛んでしまう。

「……ああ、そうか。これが、このチートを使った代償ってわけね……」

シオンは薄れゆく意識の中で、自らの掌を見つめた。

黄金に輝いていた【創世の鍵】は、すべての力を放出しきり、今やただの透き通った水晶へと戻りつつある。

星を救い、自由を勝ち取った代償に、自分という異邦人の存在がこの世界から消去される。

それはあまりにも不条理で、完璧なハッピーエンドを許さない、この残酷な星らしい結末だった。

だが。

「……ふざけないでよ。誰が、あんたなんかの道連れになるって言ったのよ」

シオンの瞳に、再び獰猛な紫電が宿った。

彼女は、自身の存在を消し去ろうとする漆黒の重力に対し、抗うのではなく、その「力」を逆利用するように身体を捻った。

まだ、鍵には微かな残滓が残っている。

四つの神話の力ではない。共に泥をすすり、戦い抜いてきた「泥だらけの異邦人たち」の、泥臭いまでの生存本能。

「私は、私のやりたいようにやる……!! ――宇宙のゴミ屑と一緒に、消えてやるもんかぁぁぁッ!!!」

シオンは、砕け散った魔剣『雷月』の破片を、実体化した自身の意志――「反逆の魔力」で強引に繋ぎ合わせた。

消滅の渦の真っ只中で、彼女は自身を宇宙へ引き込む重力の核に向かって、最後の一撃を叩き込んだ。

それはもはや星の兵器ではない。

ただのわがままな少女が、己の自由を邪魔する運命の顔面に叩きつける、渾身の拒絶であった。

「……ッ、砕け散れェェェェェェッ!!!!」

シオンの魂そのものから絞り出された咆哮が、無音の虚数空間に強烈な「意味」を刻み込んだ。

己の存在を消去しようとする漆黒の因果の渦。その中心核コアに対し、欠けた魔剣の破片と、泥だらけの異邦人たちが束ねた『生存本能』が真っ向から突き刺さる。

神が定めた予定調和も、宇宙の絶対的な物理法則も、今の彼女の前では単なる「障壁」に過ぎなかった。

ピキッ……!

ガラスに亀裂が入るような、甲高い音が次元の境界に響く。

直後、シオンを縛り付けていた虚無の重力が、彼女の放った「反逆の魔力」によって内側から完全に粉砕された。

「……あ、れ……?」

空間を拘束していた力が弾け飛び、シオンの身体は唐突に虚数領域から吐き出された。

重力が戻る。彼女は、大湧泉の遥か上空から、無防備な状態のまま真っ逆さまに落下し始めた。

全身の骨が軋み、魔力回路は完全に焼き切れている。指一本動かすことすらできない。だが、その視界に広がる景色は、これまでの過酷な旅のすべてを報うほどに、あまりにも美しかった。

虚神の眼球が完全に消滅した空。

そこには、大湧泉を永きにわたって覆っていた偽りの天蓋ではなく、どこまでも澄み渡る『本物の夜明け』が広がっていた。

地平線の彼方から、眩いばかりの黄金色の朝日が昇り、赤茶けたアウストラ大陸を、そして半壊した大湧泉の街並みを暖かく照らし出していく。

「……綺麗。……これが、私たちの創った……」

シオンが薄れゆく意識の中でそう呟き、静かに目を閉じた、その時だった。

「――寝てんじゃねぇぞ、馬鹿野郎ォォォォッ!!」

鼓膜を破らんばかりの怒声と共に、落下するシオンの身体を下から強引に受け止める者たちがいた。

「ぐっ、おおおおおおッ!! 重てぇ!! だが、絶対に離さねぇぞ!!」

赤銅色の魔鋼鎧をボロボロにした龍崎が、両腕の筋肉を千切れんばかりに膨張させ、シオンの身体を真っ向から抱き留める。その圧倒的な落下の衝撃を殺すため、ハクが全魔力を振り絞って展開した「影のトランポリン」が何層にも重なってクッションとなり、さらにカイルとリオナの光の結界が、シオンを優しく包み込んだ。

ドォォォォンッ!!

凄まじい砂埃を上げて、彼らは大湧泉の中央広場、始源の石碑の真下に墜落した。

石畳は大きく陥没し、周囲には崩れた瓦礫の山が広がっている。

静寂が訪れた。泥の軍勢は、虚神の消滅と共にただの灰となって風に吹き飛ばされ、すでにその痕跡すら残っていない。

「……っ、ててて。……あんたたち、受け止め方が乱暴すぎるんじゃないの?」

瓦礫の中心。龍崎の太い腕の中で、シオンが咳き込みながらゆっくりと目を開けた。

その声を聞いた瞬間、周囲を囲んでいた仲間たちの顔が、一気に安堵と歓喜に崩れる。

「姉御ォォォ! 良かった、生きてやがったか、この悪運女ァ!!」

「……無茶苦茶しやがって。寿命が百年縮んだぜ、相棒……」

ハクが膝から崩れ落ちて天を仰ぎ、龍崎が大粒の涙を流しながら豪快に笑う。

カイルは安堵のあまり聖剣を取り落とし、リオナに至ってはシオンに抱きついて子供のように声を上げて泣きじゃくった。

「シオン女王陛下。……見事な神殺し、感服いたしました。これで我々も、ようやく『自由』というものを謳歌できそうです」

ゼッカが、義眼の火花を散らしながら、深く、そして心からの敬意を込めて一礼する。ジーグ将軍や昼国の騎士たち、そして大湧泉の民衆たちも、泥だらけの英雄たちに向かって一斉に歓声を上げた。

シオンは、リオナの頭を撫でながら、ゆっくりと自身の右手に視線を落とした。

そこには、神話の力をすべて使い果たし、ただの透明な水晶へと戻った『創世の鍵』が、朝日に照らされてキラキラと輝いている。

もう、あの重苦しい使命の拍動はない。ただの冷たい、しかし確かな温もりを持った石ころだ。

「……ええ。終わったわ」

シオンは、仲間たちの肩を借りて、ボロボロの身体をゆっくりと立ち上がらせた。

東の空から差し込む朝焼けが、彼女の紫の瞳を鮮やかに照らす。

「神様が作った檻も、宇宙から来たバケモノも、全部ぶっ壊してやった。……今日からこの星は、私たち人間の、泥だらけで最高の『遊び場』よ」

シオンの不敵な笑みと、仲間たちの歓声が、新しい星の朝空へと高く響き渡る。

泥水をすすり、運命に抗い続けた反逆者たちの旅。

その果てに彼らが掴み取ったのは、誰かに与えられた平和ではなく、自分たちの手で切り拓いた、無限の可能性という名の「自由」であった。

虚神という名の絶対的な絶望が空から消え去り、アウストラ大陸には数千年ぶりとなる「本物の朝陽」が降り注いでいた。

大湧泉の街は半壊し、至る所に激戦の爪痕である巨大なクレーターや瓦礫の山が連なっている。黒い泥の雨は完全に浄化されて白い灰となり、風に吹かれて雪のように街を舞っていた。

地下のシェルターや、崩れかけた城壁の陰から恐る恐る這い出してきた民衆たちは、暖かな陽光を全身に浴びて、やがて誰からともなく歓喜の声を上げ始めた。

その顔には、かつての偽りの空の下で生きていた頃のような、見えないシステムへの隷属を示す暗い影は一切ない。

シオンの手の中で冷たくなった『創世の鍵』は、星の防衛システムを強制起動させるという本来の役目を終え、ただの透き通った美しいガラス玉へと還っていた。

陸、空、火、砂、海。

五つの神話の巨獣たちから奪い取った星の理は、極光と共に大地へと還元され、この星は今、何者にも管理されることなく、自らの意志で穏やかな呼吸を始めている。

「さてと。神様をぶん殴って空を晴らしたのはいいけど……この瓦礫の山、元通りに片付けるのに何年かかるのかしらね」

瓦礫の玉座に腰掛けたシオンが、呆れたように周囲を見渡して息を吐く。

「ガハハハッ! そりゃあ極道と騎士団の合同大工仕事の始まりだぜ! ま、俺たちの新しい『シノギ』としては悪くねぇ!!」

「勘弁してくれ……。俺はしばらく、一日中ベッドの上で溶けていたいんだが……」

龍崎の豪快な笑い声に、全身包帯だらけのハクがげっそりとした顔でぼやく。カイルとリオナは泥だらけの顔を見合わせて微笑み、ゼッカは静かに剣の血糊を拭っていた。

救世主という大層な肩書きなど、彼らには致命的なまでに似合わない。

彼らはただ、自分たちの自由を阻む理不尽を叩き壊し、生き汚く泥水の中から這い上がってきただけの異邦人たちだ。

だが、その泥臭く、決して諦めない反逆の軌跡こそが、停滞して死を待つだけだった星の歴史を打ち破る最大の楔となったのだ。

吹き抜ける乾いた風が、赤茶けた大地と、どこまでも青く澄み渡る新しい空を繋いでいく。

神話の時代が終わり、本当の意味での「人間の時代」が今、この瞬間に幕を開けた。

与えられた運命を打ち砕いた彼らの旅は、まだ終わらない。

この無限に広がる新世界で、泥だらけの反逆者たちは次なる野心と自由を求めて、再び果てしない明日へと歩み出していくのであった。

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