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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第六章:未知なる大陸と、目覚めし神話の巨獣たち
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第六章6『星の遺産と、深淵からの警告』

音すらも死に絶えた灰白色の谷底。数千年の沈黙を守り続けてきた巨大な石の扉は、かつてこの星を絶望的な災厄から隠蔽するために構築された「神のシステム」の、いわば最後の境界線であった。

かつて前世の自分たちが、自らの魂と記憶を代償にしてまで封じ込めたものは何だったのか。そして、その封印を解くことが、星にとっての救いとなるのか、あるいはさらなる破滅への引き金となるのか。

シオンたちの手が扉に触れた瞬間、凍りついていた星の記憶が、濁流となって動き出す。

背後には、彼らを執拗に追う泥の軍勢の気配。そして扉の向こう側からは、既存の魔法体系では説明のつかない、圧倒的な「真理」の波動が漏れ出していた。

これは、過去を清算するための戦いではない。泥水の中から這い上がり、自らの足で自由の地平を駆け抜けてきた異邦人たちが、自らの手で星の未来を「再定義」するための聖域への侵入である。

運命の歯車が軋みを上げ、今、世界を創り変えるための禁忌の扉が、重々しく、かつ静かに開かれようとしていた。

シオン、ハク、カイル、リオナ。

四人の特異点が、冷たい石の扉にその掌を重ねた瞬間。

静寂の谷を支配していたあの「音を拒絶する重圧」が、まるで巨大な硝子が砕け散るような音を立てて霧散した。


扉に刻まれた複雑な幾何学模様が、内側から漏れ出す眩いまでの黄金色の光を帯びて脈打ち始める。それは、数千年の間、ただの一度も認証されることのなかった『創設者たちの魂』が揃ったことを、星の最深部が認識した証であった。

ズ、ズズ……ッ、ゴゴゴゴォォォォォォッ!!


地響きと共に、巨大な石の扉がゆっくりと左右に分かれていく。

扉の隙間から溢れ出したのは、これまでのアウストラ大陸のどの場所でも感じたことのない、極めて高純度で、どこか懐かしさを覚えるほどに温かなマナの奔流であった。


「……あ、足音が……聞こえる」

リオナが、自らの足が床を叩く「コツン」という微かな音に、驚きの声を上げた。

音の消え果てた呪われた谷に、生命の証である響きが戻ってきたのだ。ハクも、自身の声が鼓膜を震わせるのを確認し、深く溜まっていた息を吐き出す。


「……音が戻っただけじゃないわ。この扉の向こう、マナの密度が異常よ。まるで、星そのものの肺の中に飛び込むみたいだわ」

シオンは、ボロボロになった魔剣『雷月』の柄を握り直し、開かれた暗闇の先を見据えた。


一行が慎重に足を踏み入れた扉の向こう側は、遺跡というよりも、一つの『小宇宙』であった。

天井も壁も存在しない。

彼らは、漆黒の虚空の中に、無数の星々が瞬く『天球儀』のような巨大な円形空間の中央に立っていた。足元には、宇宙空間をそのまま切り取って敷き詰めたような、透明で硬質な硝子の床が地平線の彼方まで続いている。


「シオン女王陛下。前方……天球儀の中心に、何かが浮かんでいます」

ゼッカが義眼の出力を最大にし、闇の奥を指差した。

その先には、白亜の台座に鎮座し、ゆっくりと回転する一つの『物体』があった。

それは、リヴァイアサンやベヒモスの魔核よりもずっと小さく、大人の両手で抱えられるほどの大きさの【多面体の水晶】だった。だが、その水晶が放つ黄金色の輝きは、この広大な空間の暗黒をすべて塗り潰さんばかりの、圧倒的な存在感を放っていた。


『……対象の構造を、現在の魔法理論では解析不能』

カイルの背中で、アノンが緑色の瞳をかつてないほど激しく明滅させて叫んだ。

『これは単なる魔力結晶ではありません。前世の大魔導士たちが、この星のすべてのマナの運用法則と、外宇宙の汚染に対する【絶対防衛の設計図アーキテクチャ】を圧縮して保存した、生きたデータベース……すなわち、【創世の鍵】です!!』


「創世の、鍵……」

シオンが引き寄せられるように歩み寄り、その多面体の水晶を覗き込んだ、その瞬間。


水晶がシオンの接近に呼応するように、眩いフラッシュを放った。

空間全体に、巨大なホログラムが展開される。

そこに映し出されたのは、かつて砂漠の魔導方舟で見た、あの『前世のシオン』の姿だった。


『――よく、ここまで辿り着いてくれたわね。未来の、私たち』


ホログラムのシオンは、今度はノイズ一つない、澄み切った声で語りかけてきた。その瞳には、現在のシオンが持っているような苛烈さはなく、すべてを悟り、すべてを託そうとする、深い慈愛の色が宿っていた。


『静寂の谷底に巣食う汚染の泥を退け、この空間に足を踏み入れたということは、あなたたちがすでに「神の理」を打ち破り、星に本来の命の循環を取り戻させたということ。……そして同時に、この星が再び、あの【星喰らいの虚神アポカリプス】の標的になってしまったということよ』


「星喰らいの、虚神……!?」

龍崎が、大剣を握りしめながら、天球儀の虚空を睨み据えた。


『ええ。数千年前、宇宙の深淵から飛来した生きた絶望。……奴は、星の生命力を丸ごと捕食するまで決して止まらない「飢えの概念」そのもの。……当時の私たちでは、奴を完全に滅ぼすことはできなかった。だから、私たちは自らの魂を犠牲にして、星のマナをシステムという名の檻の中に隠し、この星を「死の星」であると偽装することで、奴の目を逸らし続けてきたのよ』


シオンは、あまりにも巨大な「真理」に言葉を失った。

自分たちが打ち砕いた「神の理」という名の窮屈な檻。それは、前世の自分たちが、この星を宇宙のバケモノから守るために創り上げた、最後にして唯一の防護壁だったのだ。


『今、システムは壊れ、星は再び輝き始めた。それは奴にとって、漆黒の海に灯った最高のご馳走と同じ。……もうすぐ、奴の末端である「泥の雨」が、この星のすべてを飲み込みに来るわ』


ホログラムのシオンが、悲しげに微笑む。

だが、その視線は現在のシオンを真っ直ぐに射抜いた。


『でも、絶望しないで。……そのために、私たちはこの【創世の鍵】を遺したの。これには、奴の本体を撃ち抜くための「星の反撃兵装」の起動コードが眠っている。……ただし、それを使うためには、五つの神話の巨獣たちの魔力を、この鍵に直接流し込む必要があるわ』


「……神話の巨獣を、全部倒して、その魔力をここにぶち込めってこと?」

シオンが、震える声で尋ねた。


『そうよ。それは、かつて私たちが成し遂げられなかった道。……さあ、鍵を取りなさい。そして、目覚めた巨獣たちの元へ向かうの。この星が、泥に沈む前に』


ホログラムが消え、空間に再び静寂が訪れる。

台座の上で黄金色に輝く【創世の鍵】が、まるでシオンの返答を待つかのように、その輝きを一層強くした。


シオンが震える指先で台座へと手を伸ばすと、黄金に輝く【創世の鍵】は吸い込まれるように彼女の掌へと収まった。触れた瞬間、爆発的な情報量が脳内を駆け抜ける。それは数千年の時を超えて同期された星の地図であり、同時に、これから彼女たちが歩むべき「血と破壊の工程表」でもあった。


「……五つの神話の巨獣。陸、空、火、砂、そして海。そいつらを全部狩り尽くして、その魔力をこの鍵に食わせろってことね」

シオンは掌の中の多面体水晶を強く握りしめ、顔を上げた。その紫の瞳には、先ほどまでの困惑は消え、代わりに獲物を見定めた獣のような獰猛な光が宿っていた。


「ガハハハッ! 最高のシノギじゃねぇか! 宇宙のバケモノに食われる前に、俺たちがこの星の主を全部ぶっ飛ばして、力を奪い取ってやるってわけだ!」

龍崎が大剣を肩に担ぎ直し、地響きのような笑い声を上げる。その背後では、極道たちが「おうよ!」と野太い声を上げ、殺気立った空気をさらに熱くさせた。


「……ですが、シオン女王陛下。状況は一刻を争います」

ゼッカが義眼を鋭く明滅させ、天球儀の虚空を睨み据えた。

「この遺跡の外部、静寂の谷の入り口付近に、先ほどよりも巨大な『反魔力の泥』の反応が急増しています。おそらく、虚神の本体がこの『鍵』の起動を察知し、末端の軍勢をこちらへ差し向けたのでしょう」


『肯定します。遺跡の外殻に、物理干渉を確認』

アノンがカイルの背中で警告のノイズを発する。

『泥の侵蝕速度は、現在の魔法障壁の耐性を上回っています。ここを脱出し、最初の標的へと向かわなければ、遺跡ごと墓場になります』


「最初の標的……アノン、一番近いのはどこよ!」

シオンが鋭く問いかける。


『……現在地より南方、紅の大陸アウストラの中央部に位置する【焦熱の活火山地帯】。そこに、星の「熱」と「地殻」を司る神話の巨獣、火竜サラマンダーの反応を検知。……ただし、現在の装備では火口の熱に耐えることすら困難です』


「火竜か。……フン、ちょうどいいわ。ベヒモスの骨と、ジズの羽、それにさっき倒した泥の怪物の残骸……こいつらを全部組み合わせて、地獄の釜底でも歩ける装備を急造するわよ!」

シオンの号令が、天球儀の空間に響き渡った。


「カイル、リオナ! 二人は光の結界で、この遺跡の崩壊を数分だけ食い止めて! ハク、あんたの影で脱出用の『滑走路』を創りなさい! ゼッカと龍崎は、動ける連中をまとめて、素材の回収と装備の簡易補強を!!」


「承知しました! リオナ様、僕に魔力を!」

「うん……! 崩れないで、私たちの場所!!」

カイルとリオナが白銀と純白の光を広げ、天井から降り注ぐ「反魔力の泥」を必死に弾き返す。


その間にも、シオンは創世の鍵を懐へと収め、魔剣『雷月』を抜き放った。

「行くわよ、あんたたち! 宇宙のゴミに星を渡す前に、私たちがこの星の王を全部引きずり下ろしてやるわ!!」


天球儀の空間が、泥の侵蝕によって不気味な軋み声を上げ始める。黄金の光と黒い泥が混ざり合う絶望的な光景の中、泥だらけの異邦人たちは、新たな「神話狩り」の幕開けを告げるべく、一丸となって出口へと突き進んでいった。


「……来たわね。歓迎にしては、少しばかり重苦しすぎるんじゃない?」


シオンが天球儀の広間を飛び出すと同時に、遺跡の外殻が轟音と共に崩落した。

静寂の谷の最奥。つい数分前まで「無」が支配していた灰白色の空間は、今や上空から垂れ流される黒い泥のカーテンによって塗り潰されようとしていた。それは雨というよりは、物理的な質量を持った「捕食者の触手」だ。


「姉御、四方八方囲まれてやがるぜ! 足元の灰までドロドロの泥に変質してやがる!!」

龍崎が叫び、ベヒモスの骨から打った大剣を旋回させる。

彼の言葉通り、清浄な灰の海は虚神の放つ反魔力に汚染され、触れるものすべてを腐食させる黒い沼へと変貌していた。


「突破するわよ!! ハク、道を!!」

「言われなくても! 影よ、このクソッタレな泥を喰い破れ!!」


ハクが全身のマナを燃焼させ、地面に巨大な影の楔を打ち込んだ。

泥の侵蝕を一時的に押し止める漆黒の道が、崩れゆく遺跡から谷の出口へと一直線に伸びる。その上を、龍崎たち極道組とゼッカの暗殺部隊が、命懸けの疾走で駆け抜けていく。

背後では、天球儀を収めていた遺跡が、虚神の巨大な質量に耐えきれず、完全に押し潰されて消滅した。星の記憶を遺した聖域は、今、物理的な死へと還ったのだ。


「……シオン様、あれを!!」

カイルが、光の盾を掲げながら上空を指差した。

空を覆う泥の雲が、巨大な『漏斗じょうご』のように一点に集束し、彼らの行く手を阻むようにして地上へ突き刺さる。

そこから立ち上がったのは、神話の巨獣ですら凌駕する禍々しい巨躯——虚神の尖兵たる【泥の巨神兵】であった。意志を持たぬその瞳からは、ただ「創世の鍵」の抹消を命じられた機械的な殺意のみが溢れている。


「ふん……。神話の王を狩る前に、まずは宇宙のゴミ掃除からってわけね」

シオンは疾走を止めず、懐の【創世の鍵】の拍動を感じ取った。

鍵は、彼女の心音と同期し、五つの地脈への道標を黄金の光となって示している。


「カイル、リオナ! そのバケモノの足止めを!! 龍崎、あんたは道を抉じ開けなさい!! 私は……あいつの眉間に、最初の引導を渡してやるわ!!」


「おうよォォォッ!!」

龍崎の大剣が唸りを上げ、カイルとリオナの光が泥の巨神の動きを縫い止める。

その刹那、シオンはジズのマントを翼のように広げ、影の道から跳躍した。

黄金に輝く『創世の鍵』が、彼女の魔剣『雷月』に、かつてないほど純粋で熾烈なマナを供給する。


紫電を超えた、黄金の閃光。

シオンの一撃は、泥の巨神兵の頭部を真っ向から貫き、その体内のマナを強制的に霧散させた。

崩れ落ちる泥の巨人の背後で、一行は谷の出口、アウストラ大陸の灼熱の風が吹き荒れる「表の世界」へと、決死の脱出を果たす。


「……ハァッ、ハァッ。……これで、もう後戻りはできないわ」

谷を抜け、再び赤茶けた大地に立ち上がったシオンが、手に残る鍵の熱を確かめながら呟く。

背後では、静寂の谷が完全に黒い泥の海に沈み、世界の地図から消え去ろうとしていた。

だが、シオンたちの瞳には、もはや迷いはない。

彼女たちは、奪われた星の未来を取り戻すため、火竜サラマンダーが待つ「焦熱の火山」へと、次なる神話狩りの一歩を踏み出した。

静寂の谷での邂逅は、暁の星徒たちにあまりにも重い「真実」を突きつけた。

かつて自分たちが創り上げた完璧なシステムは、星を守るための「檻」であり、自由を求めるという行為そのものが、宇宙の災厄を招き寄せる引き金であったという皮肉。


しかし、シオンたちは立ち止まることを選ばなかった。

泥水の中から這い上がり、自らの足で歩くことを決めた者たちにとって、平和な檻の中での停滞は、死にも勝る苦辱でしかない。たとえ星を滅ぼしかねない危機であっても、自らの力でそれを打ち砕き、真の安息を勝ち取る。それこそが、彼女たちの掲げる「泥だらけの反逆」の真髄である。


手にした【創世の鍵】は、希望の灯火か、あるいは破滅の呼び水か。

五つの地脈の力を束ね、虚神を撃ち抜くための「神話狩り」の旅は、ここから加速していく。

次なる目的地は、アウストラ大陸の中央に鎮座する、一切の生命を拒絶する焦熱の活火山。

そこには、大地の怒りを一身に背負った火竜サラマンダーが、数千年の眠りから目覚め、新たな「王」を自らの業火で試そうと待ち構えている。

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