第五章13『星空の帰還と、初めての風』
幾何学的な偽りの天蓋が崩れ去り、数千年ぶりに顔を出した真実の星空が、静寂を取り戻した神域の最深部を優しく照らし出していた。
星の理をたった一人で背負い続けてきた孤独な管理者は、今や一人の少女として、温かい親友の腕の中にいる。
特異点と呼ばれた四人の暁の星徒たちが引き起こした奇跡は、無慈悲なシステムを破壊するのではなく、この星に生きるすべての命が互いに支え合うという、全く新しい生命の循環へと世界を書き換えた。
もはや、誰かを犠牲にして成り立つ平和は存在しない。狂気に満ちていた硝子と鋼鉄の迷宮は、その役目を終え、ただの静かな遺跡へと姿を変えていた。
すべてを終わらせ、すべてを創り変えた泥だらけの異邦人たち。彼らの成すべき最大の使命は果たされた。
あとは、帰るだけだ。
自分たちを信じて待ち続ける仲間たちがいる、あの温かく騒がしい新星都市・大湧泉へ。
長い長い夜明け前、星空の祝福を受けながら、真なる世界を歩む彼らの凱旋の旅路が、ゆっくりと第一歩を踏み出そうとしていた。
「……ゆっくりでいいわ。急ぐ必要なんてどこにもないんだから」
鏡のように平坦だった水面が干上がり、滑らかな大理石のような床が露出した神域の最深部。
シオンは、自分のレザージャケットを羽織らせた親友の肩をしっかりと抱き寄せ、その頼りない足取りを支えながら、一歩ずつゆっくりと歩みを進めていた。
「ごめんね、シオン。……足に、全然力が入らなくて」
親友は、申し訳なさそうに力なく微笑んだ。
数千年の間、神樹のコアと完全に一体化し、空中に磔にされたままピクリとも動かなかった肉体だ。魔力によって生命活動は維持されていたとはいえ、自らの足で大地を踏み締め、歩くという行為の感覚自体が、彼女の脳からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。
「謝らないの。あんたの足の筋肉が鈍ってるのは、星の平和を数千年間も守り抜いた名誉の負傷みたいなもんよ。……歩けなきゃ、私が大湧泉までずっと背負って帰ってあげるわ」
シオンが、意地悪く、しかしひどく優しい声で笑う。
「お姉ちゃん、ちょっと待って。無理に歩かせたら筋肉が驚いちゃうよ」
リオナが足早に二人の前に回り込み、親友の足元にそっと膝をついた。
彼女の両手から、柔らかく温かい純白の浄化魔法が溢れ出し、親友の細く青白い素足を優しく包み込む。
「……あ、温かい。……血が、巡っていくのが分かる……」
親友が、不思議そうに自分の足を見つめる。
リオナの魔法は、単なる傷の治癒ではない。長きにわたる停滞の呪縛で凍りついていた細胞一つ一つを優しく叩き起こし、新しい星のマナを血管の隅々にまで馴染ませていく、生命の息吹そのものだった。
「これで、少しは歩きやすくなるはずだよ。でも、ガラスの破片とかが落ちてたら危ないから……」
リオナが周囲の床を心配そうに見回した、その時。
「チッ、世話の焼ける元・神様だぜ。……おい、そこから一歩もはみ出すんじゃねぇぞ」
後方を歩いていたハクが、舌打ちをしながら漆黒の影を前方にスッと伸ばした。
ハクの影は、シオンと親友がこれから歩むべきルートに沿って、床の凹凸や破片を完全に覆い隠すように、厚く、そしてベルベットの絨毯のように柔らかく平坦な『闇の道』を構築したのだ。
「……ハク。あなた……」
親友が、その黒くも優しい道を見て、目を丸くする。
かつて、彼女がシステムの中枢として星を管理していた頃。ハクは夜国の瘴気から生まれた精霊獣として、システムの監視下で忌み嫌われ、孤独と憎しみに塗れて生きていた。彼にとって、自分は憎むべき世界の管理者であったはずだ。
「勘違いするなよ。俺はシオンの足が疲れて歩くのが遅くなるのが嫌なだけだ。……てめぇがどんだけ世界のために自己犠牲を払ったかしらねぇが、俺の主にこれ以上面倒かけさせるなら、その時はこの影で縛り上げて都市まで引きずって帰るからな」
ハクは、パーカーのフードを目深に被り直し、そっぽを向きながら乱暴に言い放った。
「ふふっ。相変わらず、素直じゃないんだから」
シオンが肩を揺らして笑い、親友もまた、ハクのその不器用すぎる優しさに触れ、ガラス色の瞳からポロリと温かい涙をこぼしながら、小さく吹き出した。
「……ありがとう、ハク。私、ちゃんと自分の足で歩くわ」
カイルが白銀の聖剣を鞘に収め、その光景を後方から静かに、そしてひどく満足げに見守っている。
「行きましょう。我々の帰還を、ゼッカ殿や龍崎殿たちが、首を長くして待っているはずです」
『……環境マナの波長、完全な安定を確認。旧システムの防衛機構は、すべて沈黙しました』
カイルの背中で、アノンが緑色の瞳を静かに明滅させて告げる。
『これより、硝子の廃都トキオの外周ルートへ向けての逆行を開始します。……空間の歪み(ギミック)はすでに消失しており、最短距離での踏破が可能です』
一行は、ハクの用意した影の絨毯の上を歩き、静寂に包まれた最深部を後にして、上層へと続く巨大な螺旋階段へと足を踏み入れた。
来た時は、息を吸うだけで記憶を削り取ろうとする悪意に満ちた『忘却の時計仕掛け』の空間だった。
だが今、彼らの目の前に広がる光景は、数時間前とは全く異なるものに変貌していた。
ギギギ……と不気味な音を立てていた真鍮の巨大な歯車たちは、完全にその回転を止め、静かなモニュメントとして空間に鎮座している。
そして驚くべきことに、その無機質な鋼鉄や赤錆の表面から、淡く発光する新世界特有の『緑の苔』や『水晶の花』が、次々と芽吹き始めていたのだ。
「……すごい。さっきまで、こんな植物一つもない、冷たい場所だったのに」
リオナが、階段の手すり代わりになっている歯車から咲いた、小さな光の花にそっと指先で触れる。
「私たちが神樹のコアを書き換えたことで、星の生命循環のネットワークが、この死の迷宮にも行き渡り始めたのよ」
シオンが、誇らしげに周囲の景色を見渡した。
『旧システムの魔力線が、新しい生態系を育むための養分として再利用されています。……数ヶ月もすれば、この硝子の廃都全体が、巨大な一つのマナの森として生まれ変わるでしょう』
アノンの無機質な解説が、その事実を裏付ける。
かつて人々を恐怖で縛り付けていた絶対の迷宮は、特異点たちの力によって、星の新たな命を育む巨大な苗床へと、その役割を完全に『書き換え』られていた。
静かな螺旋階段を登る親友の足取りは、最初はシオンに完全に体重を預けていたものの、段を重ねるごとに、少しずつ、確実にしっかりとしたものになっていった。
彼女は、螺旋階段から見下ろすことができる廃都の変貌――冷たい硝子の壁に緑が這い、崩れた瓦礫の間を清らかなマナの小川が流れ始めている光景を、瞬きすら惜しむように見つめ続けていた。
「……綺麗。……私、ずっとあの神樹の中から、世界の停滞だけを見つめていたから。……こんな風に、命が芽吹いて、世界が変わっていく瞬間を見るのは……本当に、何千年ぶりだろう」
親友の声が、微かに震える。
「これからも、いくらでも見られるわよ。大湧泉には、こんな水晶の花なんか目じゃないくらい、規格外で騒がしい命がたくさん溢れてるんだから」
シオンが、親友の肩を軽く抱き寄せた。
螺旋階段を登り切り、彼らはついに、空間の断層を抜けて迷宮の【外層】――龍崎たちや暗殺部隊と別れた、あの硝子の回廊へと帰還した。
空間の上下左右が狂っていた『概念迷路』はすでに正常な物理法則を取り戻しており、かつて現代の摩天楼だったビルの残骸が、ただ静かに、夜空に向かってそびえ立っているだけだった。
吹き抜ける風には、もはや針のような拒絶の魔力は混じっていない。遥か西の平原から運ばれてきた、土と緑の匂いを含んだ、温かく心地よい夜風だ。
「……風が、吹いてる。……冷たくない、優しい風……」
親友は、シオンからゆっくりと体を離し、自らの両足でしっかりと硝子の床の上に立った。
そして、数千年の間、一度も感じることのなかった『真実の星の風』を全身に受けるように、両腕をそっと広げ、目を閉じた。
彼女の美しい銀髪が、風に煽られてサラサラと星空の下で舞う。
その顔に浮かんでいたのは、システムとしての義務感でも、孤独な人柱としての悲壮感でもない。ただ一人の人間として、新しい世界に生まれ落ちた喜びを噛み締める、純粋で無垢な微笑みであった。
「……お待たせしました、シオン女王陛下。そして皆様」
その心地よい風の向こう側から、瓦礫の影を滑るようにして、黒いトレンチコートを纏った男が音もなく姿を現した。
義眼を微かに光らせた暗殺部隊の長、ゼッカである。
彼の背後には、一切の傷を負うことなく後方警戒の任を完遂したドブネズミの精鋭たちが、恭しく片膝をついて控えている。
「ゼッカ……! 無事だったのね!」
シオンが、再会の喜びに声を上げる。
「我々だけではありません。……さあ、随分と待ちくたびれて、尻尾を床に叩きつけて不貞腐れている連中もおりますゆえ」
ゼッカがサングラスの奥で薄く笑い、道を譲るように横へ避けた。
その奥の回廊から、凄まじい足音と、空気を震わせるような歓喜の遠吠えが巻き起こった。
「ガハハハハ!! 待ちくたびれたぜ、姉御ォ!!」
巨大な真新しい魔鋼の大剣を肩に担ぎ、アルファ個体の幻狼の背に跨った龍崎が、満面の笑みを浮かべてこちらへ猛スピードで駆け寄ってくる。
その後ろには、数十騎の【白銀の狼騎兵】を構成する極道のエリートたちが、無事なシオンたちの姿を見て、涙ぐみながら「オラァァァッ! 姉御の凱旋だァァァッ!!」と歓喜の雄叫びを上げていた。
神域を攻略し、星の理を創り変えた特異点たちと、彼らを信じて死線を守り抜いた泥だらけの戦友たち。
絶対の迷宮の入り口で、彼らの熱く、そして誇り高き再会が、今まさに果たされようとしていた。
「おうおう、ずいぶんと派手に神様をぶっ飛ばしてきてくれたみたいじゃねぇか!」
龍崎が、アルファ個体の幻狼の背から豪快に跳躍し、地響きを立ててシオンたちの前へと着地した。
それに続くように、舎弟たちも次々と硝子の回廊に降り立ち、安堵と歓喜の入り交じった熱気を周囲に撒き散らす。
「ガウッ! ワォォォン!!」
だが、極道たちよりも先に動いたのは、彼らを乗せていた幻狼たちだった。
数十頭の巨大な銀色の獣たちは、主君であるハクの無事な姿を認めるや否や、龍崎たちの制止も聞かずに一斉にハクの元へと猛ダッシュで殺到した。
「うおっ!? ば、馬鹿野郎、押し倒すな! 重てぇ!! てめぇら、俺がいなくて寂しかったからって顔中ヨダレまみれにすんじゃねぇ!!」
ハクは、漆黒の影を展開する間もなく、巨大な毛玉の群れに完全に押し潰され、地面で無数の舌による熱烈な歓迎(モフモフの刑)を受けていた。文句を言いながらも、その手は幻狼たちの首筋をしっかりと抱きしめ、優しく撫で回している。
「……っ」
そのあまりにも騒がしく、そして生命力に溢れた光景を前に、親友は思わずシオンの背中に隠れるように身をすくめた。
数千年間、無機質なマナの静寂とだけ向き合ってきた彼女にとって、屈強な男たちの怒号のような笑い声や、巨大な獣たちの荒々しい息遣いは、あまりにも刺激的すぎたのだ。
「……シオン。この人たちが……あなたの言っていた、新しい世界の仲間……?」
親友が、シオンのジャケットの裾をギュッと握りしめながら、恐る恐る尋ねる。
「ええ。どいつもこいつも柄が悪くて騒がしいけど……背中を預けるには、これ以上ないくらい最高で馬鹿な連中よ」
シオンが優しく微笑みながら、親友の背中を押して前へ促した。
龍崎が、大剣を肩に担いだまま、ズカズカと親友の目の前まで歩み寄ってくる。
見上げるほどの巨体と、歴戦の闘気を纏った極道の威圧感に、親友の肩がビクッと跳ねた。
だが、龍崎は親友を「かつての神」として畏れ敬うような真似は一切しなかった。彼はニカッと人懐っこい、極道特有の深い笑みを浮かべ、自身の分厚い胸板をドンッと叩いた。
「へへっ。アンタが、姉御がずっと命懸けで探してた『ダチ』かい。……数千年も一人で、よく頑張ったな」
龍崎の野太い声には、底知れない温かさと、一人の人間に対する純粋な敬意が込められていた。
「俺は龍崎組の頭を張ってる龍崎だ。今日から俺たちギルドの連中が、アンタのこともきっちり体を張って護衛してやる。だからもう、何にも怖い思いなんかさせねぇ。安心しな!」
「お、俺たちもッス! 姉御のダチは、俺たちの姉御も同然ッスから!!」
舎弟たちも、顔を真っ赤にして親友に向かって深々と、そして見事な直角のお辞儀をした。
「……私を、護衛……?」
親友は、ぱちくりとガラス色の瞳を瞬かせた。
星を管理するシステムとして、すべてを「庇護する側」に立たなければならなかった彼女にとって、「守ってやる」と正面から言ってくれる人間の存在は、あまりにも新鮮で、そして胸の奥が熱くなるような衝撃だった。
「……ありがとう、龍崎さん。……ふふっ、本当に、シオンの言う通りね。すごく騒がしくて……でも、すごく温かい人たち」
親友の顔から強張りが消え、今夜一番の、花が咲くような柔らかい笑顔がこぼれた。
その光景を、カイルとリオナが微笑ましく見守り、ゼッカが静かに歩み寄ってきて報告を告げる。
「シオン女王陛下。迷宮の外周および内部の防衛機構は、新たなマナの循環によって完全に無害化されました。追っ手はゼロ。我々の『完全なる勝利』です」
ゼッカの義眼が、星空の光を反射して鋭く、しかし誇らしげに光る。
「ご苦労様、ゼッカ。あんたたちの露払いがなければ、ここまで辿り着く前に魔力が尽きていたかもしれないわ」
シオンが労いの言葉をかけると、ゼッカは恭しく胸に手を当てて一礼した。
『……生体ユニット(親友)の肉体疲労度、限界値に近い数値を記録しています。早急な休息と、安定したマナの供給環境が必要です』
カイルの背中で、アノンが戦士たちの熱気を冷静なデータで遮るように告げた。
「そうね。立ち話もこれくらいにして、私たちの『家』に帰りましょうか」
シオンが振り返り、帰還の号令をかけようとした、その時。
「クゥーン……」
龍崎が乗ってきたアルファ個体の幻狼が、親友の足元へとゆっくりと近づき、その巨大な鼻先を、親友の手のひらにそっと押し付けてきた。
『乗っていいぞ』と言うように、背中を低くして屈み込む。
「……私を、乗せてくれるの?」
親友が、恐る恐るその美しい銀色の毛並みに触れる。幻狼は心地よさそうに目を細め、尻尾をパタパタと振った。
「あはは、ハクのお頭には逆らえねぇくせに、こういう時だけはしっかり紳士ぶりやがって。……さあ、乗りな。俺たちがしっかり手綱を引いててやるからよ」
龍崎のサポートを受け、親友はゆっくりと幻狼の背中に跨った。
柔らかな毛並みと、幻獣特有の高い体温が、彼女の冷え切っていた身体を芯から温めていく。
「さあ、凱旋だ! 道を開けろ! 我らが主君と、新たな家族の帰還である!!」
カイルが白銀の聖剣を空高く掲げて号令を響かせると、極道たちと騎士たちから、夜空を揺るがすような大歓声が沸き上がった。
一行は、硝子の廃都を背にし、赤錆に覆われた旧時代の高架道へと足を踏み出す。
行きは重苦しく、死の気配に満ちていたその道も、帰りは全く違った景色に見えた。
彼らの頭上には、偽りの黄昏ではない、無数の星々が瞬く本物の宇宙が広がっている。そしてその星明かりの下、遥か西の地平線の彼方に、ポツリ、ポツリと、温かいオレンジ色の光の瞬きが見え始めていた。
「……シオン。あの遠くに見える、たくさんの光は……?」
幻狼の背に揺られながら、親友が地平線を指差す。
シオンは、夜風に黒髪をなびかせながら、その光に向かって目を細め、深く、優しく微笑んだ。
「あれが、私たちの新しい故郷。……あんたを歓迎するために、きっと馬鹿みたいにデカい焚き火を焚いて、宴の準備をして待ってる連中の光よ」
シオンの言葉に、ハクもカイルも、リオナも、そしてすべての仲間たちが、一様に誇らしげな笑みを浮かべる。
「大湧泉。……泥だらけの私たちが、この星で生きていくために創り上げた、最強で最高の都市よ」
親友の瞳に、その温かいオレンジ色の光が、希望の灯火として力強く反射していた。
風が、西から東へと、新しい時代の始まりを告げるように吹き抜けていく。
星の理を奪い返し、真の自由を手にした暁の星徒たちは、仲間たちと肩を並べながら、自分たちの帰るべき場所へと向かって、確かな足取りで歩みを進めていった。
夜明けが、ゆっくりと、しかし確実に近づいていた。
硝子と鋼鉄の迷宮は、彼らの背後で深い眠りにつき、かつてのような冷たい威圧感を放つことは二度となかった。代わりに、そこから溢れ出した純粋なマナが、星の裏側まで巡る生命の風となって、大地を優しく撫でている。
数千年の間、ただ一人で玉座に縛り付けられていた親友は、幻狼の温かい背中で、シオンのレザージャケットに包まれながら、いつの間にか穏やかな寝息を立てていた。
その寝顔には、もはや世界を背負う神としての悲壮感は微塵もない。悪夢から解放され、ようやく訪れた安らぎの中で、ただの少女としての無防備な夢を見ているのだろう。
「……よく寝てるわね。よっぽど安心したのね、お姉ちゃんたちの傍が」
リオナが、歩きながら親友の寝顔を覗き込み、嬉しそうに囁く。
「ずっと、気を張ってたんだから当然よ。……大湧泉に着いたら、まずは温かいスープを飲ませて、フカフカのベッドに放り込んでやらないとね」
シオンが、親友の肩からずり落ちそうになったジャケットを、そっと掛け直す。
泥だらけの異邦人としてこの過酷な新世界に投げ出された日から、彼らはどれほどの血を流し、牙を研ぎ澄ませてきただろうか。
すべては、理不尽な神のシステムを打ち破り、この親友の寝顔を取り戻すため。
そして今、彼らはその最大の目的を達成し、ついに「生き残るための戦い」から、「共に生きていくための日常」へと、その確かな一歩を踏み出したのだ。
東の空の端が、微かに白み始めている。
長く、あまりにも激しかった星の運命を懸けた夜が終わり、彼ら自身が創り上げた新しい理が支配する、初めての朝が訪れようとしていた。
大湧泉の城門は、もうすぐそこだ。
暁の星徒たちの、長く過酷だった第五章の旅路が終わりを告げ、彼らの新たな神話の幕開けとなる感動のフィナーレが、朝陽と共に静かに、そして輝かしく訪れようとしていた。




