第五章11『凍てつく玉座と、親友の涙』
重厚な軋み音と共に、数千年の間、何者にも開かれることのなかった絶対の扉がゆっくりとその口を開く。
その奥から吹き出してきたのは、大湧泉に満ちていたような生命力に溢れる温かい風ではなかった。
それは、途方もなく長く、孤独で、そして悲しいまでに純粋な『停滞の息吹』。
星の理をたった一人で支え続けるために、感情を殺し、時を止め、自らをシステムの枷に縛り付けた者の、凍てつくような溜息であった。
かつて同じ時代を生き、共に星の未来を夢見た親友は、いつしか全人類を管理する冷酷な神の器となり果てていた。昼国と夜国という残酷な箱庭を創り出し、シオンたち特異点を幾度も抹殺しようとしたその刃の奥には、一体どれほどの血の涙が隠されていたのか。
怒りも、憎しみも、すべてはこの扉の向こう側で終わらせる。
泥だらけの異邦人から、真なる世界の解放者へと至った四人の星徒たちは、己の魂と魔力を極限まで研ぎ澄まし、哀しき神の玉座が待つ深淵へと、最後の一歩を踏み出した。
扉の向こう側に広がっていたのは、想像を絶するほど美しく、そして残酷な空間だった。
「……これが、神域の最深部」
カイルが、息を呑んでその光景を見上げる。
硝子と鋼鉄の迷宮のどん詰まりに存在していたのは、暗い部屋でも、禍々しい要塞でもなかった。
足元には、波一つない鏡のような水面がどこまでも平坦に広がり、頭上には、現実の空よりも遥かに澄み切った、青と黄金色が混ざり合う『永遠の黄昏』の空が広がっている。
空間そのものが、一つの巨大で美しい結晶体に閉じ込められているような、果てしのない静寂の世界。
そして、その鏡の水面の中央。
一本の巨大な透明の樹木――星の血液たるマナを吸い上げ、世界の理を循環させる『中枢の神樹』がそびえ立っていた。
神樹の幹の中心には、まるで虫が琥珀に閉じ込められているかのように、一人の人物が半ば埋め込まれる形で磔にされている。
細く透き通るような四肢は、無数の光の鎖によって神樹と完全に縫い合わされ、胸の中心からは、星の鼓動に直結した太い魔力の管が何本も伸びていた。
目を閉じ、静かに眠るように首を垂れているその姿は、かつてシオンたちが前世で愛し、共に笑い合った、あの頃と一寸違わぬ『親友』の顔であった。
「……っ」
シオンの足が、鏡の水面の上でピタリと止まる。
魔剣の柄を握る手に、ギリッと血が滲むほどの力が込められた。
「お姉ちゃん……。あの子、ずっと……数千年間も、あんな冷たい樹の中で、たった一人で星の魔力を繋ぎ止めていたの……?」
リオナが、両手で口元を覆い、ポロポロと大粒の涙をこぼす。
彼女の純白の浄化魔法が、その空間に満ちるマナから、耐え難いほどの『孤独と苦痛の波長』を直接感じ取ってしまっていたのだ。
チャプッ……。
シオンが、震える足で水面を蹴り、一歩前へ出た。
「……起きなさいよ。私たち、迎えに来たわよ」
シオンの絞り出すような、けれど力強い声が、静寂の空間に波紋を広げていく。
その声に呼応するように、神樹を縛っていた光の鎖がチカチカと明滅し、磔にされていた人物の長い睫毛が、微かに震えた。
ゆっくりと、神の器たる親友が目を開く。
かつては星のように輝いていた瞳は、今はすべての感情を削ぎ落とされたような、深く冷たいガラスの色に染まっていた。
『……なぜ、ここまで来たの。シオン、リオナ。それに、カイルとハクも』
空間全体から響き渡るような、透き通った、けれどどこまでも平坦な声。
親友の唇は動いていない。神樹と一体化した彼女の意思が、直接マナを震わせて言葉を紡いでいるのだ。
『始源の試練を越え、概念の執行者を退け……あなたたちは、これ以上ないほどに強くなった。新しい都市で、ただ静かに生きることもできたはずなのに。……どうして、この玉座を壊しに来たの』
その言葉には、敵意ではなく、どうしようもない悲哀が込められていた。
「どうしてって……決まってるじゃない。あんたを、そこから引きずり下ろすためよ」
シオンが、親友を見据えたまま、漆黒の魔剣『雷月』をゆっくりと引き抜いた。刀身から紫金の雷が迸り、鏡の水面に激しく反射する。
「数千年も前から、ずっとあんた一人に貧乏くじを引かせたままだった。世界を守るために、あんたが自分を犠牲にしてこの星のシステムになったこと……私たちが、気づかないとでも思っていたの?」
『貧乏くじなんかじゃないわ』
親友のガラス色の瞳が、悲しげに伏せられる。
『星の資源は枯渇し、人類は自らの愚かさで滅びかけていた。……誰かが理を強制的に管理し、感情を制限した「箱庭」の中で命を循環させなければ、この星はとうの昔に砕け散っていたの。……私は、あなたたちが愛したこの星を、ずっと守りたかっただけ』
「だからって、昼国と夜国に分けて殺し合わせるのが星を守ることかよ!!」
ハクが、耐えきれずに怒鳴り声を上げ、漆黒の影を逆立てた。
「てめぇが創り出したルールのせいで、どれだけの命が絶望の中で死んでいったと思ってんだ! 俺たちは、てめぇの歪んだ庇護の中で飼い殺しにされるために生まれてきたんじゃねぇ!!」
ハクの怒号を、カイルが静かに、しかし毅然とした態度で引き継ぐ。
「……あなたの自己犠牲は、尊いものだったのかもしれません。ですが、それは同時に、人類から『未来を選ぶ自由』を奪う残酷な呪いでした。私たちはもう、あなたの創った箱庭の中で守られるだけの存在ではありません。……自分たちの足で歩き、新たな命を育む力を持っています」
カイルの言葉を証明するように、四人の体から、かつての単一の属性ではない、互いの魂が融合し合った『全く新しいマナの輝き』が立ち昇る。
『……ええ。知っているわ。あなたたちの魂の共鳴は、私の管理領域を完全に超えてしまった。……だからこそ、ここで消去しなければならないの』
親友の瞳から、ついに一筋の光の涙がこぼれ落ちた。
それは、友を手に掛けなければならない神としての絶望の涙。
『あなたたちを解放すれば、その強大すぎる魔力と自由な意志は、いずれ必ずこの星の理を崩壊させる。……私は、システムの中枢として、この星の永遠の停滞を守らなければならない。……ごめんなさい、シオン』
神樹が、けたたましい鳴動を始めた。
鏡の水面が激しく波立ち、空間の上下左右から、途方もない密度の魔力が極太の『光の槍』となって顕現し、シオンたち四人に寸分の狂いもなく狙いを定める。
『……対象、特異点アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ。……これより、星の理に基づく【概念の完全初期化】を実行します』
無機質な宣告と共に、数千の光の槍が、回避不可能な速度で一斉に降り注いだ。
「――お姉ちゃん!!」
「カイル!! 行くわよ!!」
シオンとリオナの声が完全に重なる。
カイルが白銀の聖剣を大地に突き立て、リオナがその背後から純白の浄化の光を限界まで注ぎ込んだ。
「――『聖王の浄化陣』!!」
白銀と純白が融合した極大の防壁が展開され、降り注ぐ数千の光の槍と激突する。
凄まじい衝撃波が神域を揺るがし、鏡の水面が爆発的に吹き飛んだ。
「ぐぅぅっ……! さすがに、これまでの使徒たちとは比べ物にならない重さです……! 神域の魔力を直接ぶつけられているような……!」
カイルが、全身の筋肉を軋ませながら、必死に防壁を維持する。
「ハク!!」
「分かってやがる!!」
シオンが地を蹴り、光の槍の雨を縫うようにして神樹へと肉薄する。
彼女の背後から、ハクの漆黒の影が巨大な翼のように展開し、シオンの体に纏わりついて極限の加速と防御を与えた。
「目を覚ましなさい!! そんな冷たい玉座に縛り付けられたまま、私たちの未来を勝手に終わらせるな!!」
シオンは、親友を神樹に縛り付けている『光の鎖』を断ち切るべく、紫金の雷を限界まで纏わせた魔剣を、下から上へと渾身の力で振り抜いた。
魂の共鳴を果たした、黒紫の絶刃。
だが。
ガキィィィィィィンッ!!!!
シオンの魔剣は、光の鎖を断ち切る直前で、目に見えない絶対的な『断層』に激突し、強烈な反発力でシオン自身の腕を跳ね返した。
「……ッ!? 斬れない!?」
シオンが空中で体勢を崩し、鏡の水面を滑るように後退する。
『……無駄よ、シオン。その鎖は、物理的な魔力で編まれたものではないわ』
親友が、悲しげに首を振る。
『それは、この星に生きるすべての生命の【因果律】。……私が彼らの命を管理し、箱庭のシステムを維持しているという『事実』そのものが、私を縛る鎖となっている。……システムを完全に破壊しない限り、私はここから一歩も動けないし、誰も私を傷つけることはできないの』
「星の命の、因果律……」
シオンが、痺れた腕を抑えながら歯を食いしばる。
『……分析完了』
カイルの背後で、激しい衝撃に耐えながら、アノンが緑色の瞳を明滅させた。
『対象の防御機構は、星のマナ循環システムと完全に同期しています。彼女を玉座から切り離すことは、星の生命維持装置の電源を強制的に切断することと同義です。……実行すれば、数千年後の地球の生態系は完全に崩壊し、大湧泉の民もすべて死に絶えます』
その残酷すぎる真実に、四人は息を呑んで動きを止めた。
システムを壊せば、親友を救える。だが、それは同時に、彼らがようやく手に入れた新しい故郷と、そこで生きる仲間たち(龍崎や幻狼たち)の命を奪うことを意味していた。
親友は、自らの命を星の人質にすることで、特異点たちの反逆を封じ込めていたのだ。
『……だから、言ったでしょう。もう戦う必要はないの』
親友の背後の神樹から、さらに無数の光の槍が生成され始める。
『あなたたちは優しすぎる。星を犠牲にしてまで、私一人を救うことなんてできない。……大人しく、私の腕の中で眠りなさい。そうすれば、痛みを感じることもなく……』
「――ふざけるな」
親友の諦めの言葉を、シオンの低く、地を這うような怒りの声が遮った。
シオンは、再び魔剣『雷月』を握り直し、ゆっくりと立ち上がる。その紫の瞳には、一切の絶望も、迷いも存在していなかった。
「誰が諦めるって言ったのよ。……星の命を人質にとられたからって、おとなしく首を差し出すほど、私たちが物分かりのいい人間だと思った?」
シオンの全身から、先ほど弾き返された時よりもさらに強大で、荒れ狂うような紫金の雷が噴き上がった。
「システムを壊せば世界が滅ぶなら……私が、あんたを縛り付けているその腐ったルールごと、新しい理に『書き換え』てやるだけよ!!」
シオンの全身から噴き上がった紫金の雷は、怒りによる暴走ではなかった。
それは、始源の試練を経て彼女が到達した、相反する魔力を完全に統制し、一つの新たな事象を創り出すための『極限の集中』の証であった。
『……書き換える? 不可能よ、シオン。この星の因果律は、数千年のマナの蓄積によって完全に固定化されている。……あなた一人の魔力で、星全体の法則を上書きすることなんて……』
親友のガラス色の瞳が、微かに揺らぐ。
「ええ、私一人じゃ無理ね。……でも、今の私には、背中を預けられる最高の馬鹿野郎たちがいるのよ!!」
シオンの叫びに呼応するように、背後から三つの圧倒的な魔力の奔流が巻き起こった。
「カイル! お姉ちゃんの剣に、私たちの光を全部乗せるよ!!」
「はいッ! ――『白銀と純白の聖陣』!!」
カイルの放つ白銀の聖気と、リオナの祈りが込められた純白の浄化の光。二つの神聖なる魔力が螺旋状に絡み合い、極太の光の帯となってシオンの背中へと殺到する。
そして、その光の帯をシオンの雷へと完璧に『接続』させたのは、ハクの展開した漆黒の影だった。
「俺の闇を導線にしろ!! てめぇら全員の魔力、一滴残らずこの剣の刃に叩き込んでやる!!」
ハクの影が、カイルとリオナの光を吸い上げ、シオンの紫雷と強引に、しかし完璧な調和をもって融合させる。
光と闇、雷と浄化。
かつては互いを傷つけるためだけに使われていた属性たちが、一つの魂の共鳴を通じて、世界を創り変えるための『新しい概念』へと昇華していく。
漆黒の魔剣『雷月』の刀身が、四つの色が混ざり合った、この世のものとは思えない極彩色のオーラに包み込まれた。
「行くわよ……!!」
シオンが、鏡の水面を蹴り飛ばした。
神樹から放たれた無数の光の槍が、彼女を串刺しにしようと全方位から殺到する。だが、極彩色のオーラを纏ったシオンに触れた瞬間、神の理で構成されたはずの槍は、まるで春の陽射しに溶ける淡雪のように、音もなく無害なマナの粒子へと分解されてしまった。
『……攻撃術式、完全無効化……。そんな、あり得ない。システムの絶対法則が、ただの魔力の束に呑み込まれるなんて……!』
親友が、感情を殺したはずの顔に、明らかな驚愕の色を浮かべる。
「ただの魔力じゃない。これは、あんたが一人で背負い続けてきた数千年の孤独を、私たちが一緒に背負うための『絆』よ!!」
シオンは神樹の懐へと肉薄し、親友の四肢を縛り付けている『光の鎖(因果律)』に向かって、極彩色の魔剣を大上段から振り下ろした。
激突。
今度は、弾き返されなかった。
だが、斬り裂くこともできなかった。
シオンの魔剣の刃が光の鎖に触れた瞬間、空間の時間が停止したかのような強烈な抵抗圧力が、シオンの両腕の骨をミシミシと軋ませた。
星に生きるすべての生命の因果律。その途方もない質量が、シオンという一個人の魂を完全に圧殺しようと牙を剥いたのだ。
「ぐぅぅぅぅぅっ……!!」
シオンの口から、苦痛の呻きが漏れる。魔剣を握る手から鮮血が飛び散り、鏡の水面を赤く染めた。
『……やめて、シオン! そのままじゃ、あなたの魂が星の重圧に潰されて消滅してしまう! もういいの、私にかまわないで!!』
親友が、鎖に縛られたまま悲痛な叫びを上げる。
「……ふざけ、るな。……あんたを助けるって、決めたの……。私たち……全員で!!」
シオンの背後で、ハクが、カイルが、リオナが、自身の限界を超えて魔力を送り込み続ける。
四人の魔力が、光の鎖の結び目――神のシステムが定めた「親友一人を人柱にする」という残酷な術式の内部へと、強引に侵入していく。
破壊するのではない。
鎖の形を保ったまま、その内部の『接続先』を書き換えるのだ。
「あんた一人を犠牲にして成り立つ平和なんて、そんな箱庭、私たちが叩き壊す!! これからは……私たちが創り上げた新しい世界で、みんなで一緒に笑って生きるのよ!!」
シオンの咆哮と共に、極彩色の魔剣から放たれた魔力が、ついに光の鎖の術式を完全に上書きした。
キィィィィンッ……!!!!
空間を埋め尽くすほどの眩い閃光が弾け飛ぶ。
親友の四肢を神樹に縛り付けていた鎖が、星の命を繋ぎ止めるという役割を果たしたまま、その『拘束』の概念だけを失い、温かい黄金色の花びらとなって空間に散華した。
「……あ……」
数千年間、ただの一度も玉座から降りることのなかった親友の身体が、神樹からふわりと解放され、冷たい水面へと崩れ落ちそうになる。
それを、シオンが投げ出した魔剣の代わりに両手を伸ばし、しっかりと、そして強く抱きとめた。
「……っ……」
シオンの腕の中に収まった親友の身体は、驚くほど軽く、そして氷のように冷たかった。
「……お待たせ。随分と、迎えに来るのが遅くなっちゃったわね」
シオンが、息を弾ませながら、親友の冷たい銀髪を優しく撫でる。
『……シオン。どうして……。星の理は……どうなって……』
親友が、信じられないというように、震える手でシオンのレザージャケットを掴む。
『……因果律の再構築、完了』
カイルの背中から降りたアノンが、鏡の水面をトテトテと歩いて近づき、緑色の瞳を静かに明滅させた。
『特異点四名の融合魔力が、システムの根幹術式を書き換えました。星の生命維持装置は稼働を継続したまま、管理者の生体ユニット(親友)を完全にパージすることに成功しました。……論理を凌駕した、奇跡的な演算結果です』
アノンの報告を聞き、ハクがドカッと水面に座り込み、カイルとリオナもへたり込むように安堵の息をついた。
「……ほら、聞いたでしょ。もう、あんたが一人で星を背負う必要はないのよ」
シオンが、親友の顔を覗き込む。
親友のガラス色の瞳から、張り詰めていた数千年の緊張が糸を切ったように解け、次々と大粒の涙が溢れ出した。
それは、システムとしての冷たい涙ではない。
かつてシオンと共に笑い、泣き、世界を愛した、一人の普通の女の子としての温かい涙だった。
「……シオン……っ、シオン……!! 怖かった……ずっと、一人で、暗くて……!!」
親友は、シオンの胸に顔を埋め、子どものように声を上げて泣きじゃくった。
シオンは何も言わず、ただ親友の華奢な背中を、何度も何度も力強く叩き、その涙を受け止めた。
四人の特異点たちは、ついに神の理を打ち破り、最も救いたかったたった一人の親友を、運命の呪縛から奪い返すことに成功したのである。
だが。
感動の再会に包まれた静寂は、長くは続かなかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!!
突如として、空間全体が巨大な地震に見舞われたかのように激しく揺れ始めた。
鏡の水面が大きくひび割れ、頭上に広がっていた『永遠の黄昏』の空が、まるでガラスが砕けるようにパラパラと剥がれ落ち、その向こう側から禍々しい赤黒い混沌が姿を現したのだ。
「な、なんだ!? 何が起きてる!」
ハクが慌てて立ち上がる。
『……警告(WARNING)。神域の致命的なエラーを検知』
アノンの顔から、かつてないほど緊迫したノイズが発せられる。
『管理者を失った旧システムの中枢が、自己崩壊プロセスを開始しました。……このままでは、神域の空間が完全に圧縮・爆発し、書き換えたばかりの星の理もろとも、数千年後の地球がすべて虚無に飲み込まれます』
「自己崩壊だと……!? 最後の最後で、とんでもない置き土産を残しやがって!」
シオンが、親友を庇うように立ち上がり、再び魔剣『雷月』を手に取った。
親友を救い出すことはできた。だが、主を失った旧時代のシステムは、暴走する巨大な爆弾となってこの星の未来を道連れにしようとしているのだ。
崩壊しゆく神域の最深部。
彼らが還りついた故郷と、大湧泉で待つ仲間たちを守るため、暁の星徒たちの本当の意味での『最後の闘争(世界創生)』が、絶望の轟音と共に幕を開けた。
剥がれ落ちる偽りの空の向こうから、システムが最後に生み出した『混沌の泥』が、滝のように神域へと流れ込んでくる。
それは、特定の属性を持たない、あらゆる生命と魔法を無に還す絶対の破壊エネルギーだった。
シオンの腕の中で、解放されたばかりの親友が弱々しく顔を上げる。
「……ごめんなさい、シオン。私が玉座を離れたことで、古い宇宙の法則が崩壊を始めてしまった……。この空間を支えきれない……」
「謝るな。あんたはもう、十分すぎるくらい頑張ったんだから」
シオンは親友をリオナに預け、崩壊する空を真っ直ぐに見上げた。
「……古い法則が壊れるなら、私たちが新しい法則を、この星に完全に定着させるまでよ。大湧泉で待ってる極道のおっさんたちや、犬っころたちを、こんなところで死なせるわけにはいかないからね」
ハクが漆黒の影を最大展開し、カイルが白銀の光で崩れ落ちる破片を弾き飛ばす。
彼らの魂の融合は、親友を縛る鎖を書き換えた。ならば次は、この暴走するシステムそのものを完全に上書きし、新世界の『真の創生』を成し遂げるしかない。
始源の石碑の力を完全に引き出し、崩壊する迷宮の中心で、特異点たちによる最後の奇跡の魔法が放たれようとしていた。
数千年の因縁を終わらせ、彼らだけの新しい神話を紡ぐための、第五章最大のクライマックスが、迫り来る虚無の顎の中で静かに、そして熱く燃え上がろうとしている。




