第五章10『忘却の歯車と、魂の楔』
振り返れば、そこにはもうゼッカたち暗殺者の姿も、龍崎たち極道の熱気もなかった。
空間の断層を越えた特異点たちを外界から完全に隔離するように、黒い虚無の壁が音もなく背後で閉じられたのだ。
頼もしい戦友たちの気配が途絶えた瞬間、四人の肌を刺したのは、絶対的な「孤独」と、肺の底まで凍りつくような冷たく無機質なマナの気流だった。
【硝子の廃都トキオ・中層】。システムが『忘却の時計仕掛け』と定義したこの空間は、外層の硝子の回廊とは比較にならないほど、悪意に満ちた概念で構築されていた。
上下左右の感覚はとうに失われ、無限の虚無空間の中で、真鍮と赤錆に覆われた巨大な歯車群が、悲鳴のような金属音を立てながら噛み合い、ゆっくりと回転し続けている。
ここは、神の理が不要と判断した過去の歴史や、人類の痛切な記憶をすり潰し、無に還すための処刑場。
ひとたび気を抜けば、己が何者であり、何のためにこの絶望の迷宮に足を踏み入れたのかさえも、冷たい歯車の音と共に頭の奥から削り取られていく。
物理的な刃は届かず、ただ己の魂の輪郭をどれだけ強く保てるかだけが試される精神の深淵へと、暁の星徒たちはその足を踏み入れたのである。
ギギギギギギギッ……。
巨大な鋼鉄の歯車が噛み合う重低音が、鼓膜ではなく、直接脳髄を揺さぶるように響き渡る。
シオンたち四人とアノンは、虚空に浮かぶ巨大な時計塔の文字盤のような足場の上に降り立っていた。眼下には底なしの暗黒が広がり、頭上には複雑に絡み合った無数の歯車が、まるで彼らをすり潰そうとするかのように威圧的に回転している。
「……ハァッ、ハァッ……。なんだ、この重苦しい空気は。息を吸うたびに、頭の中に靄がかかっていくみてぇだ」
ハクが、パーカーの胸元を強く握りしめ、苦しげに顔をしかめた。
彼の周囲を漂っていた漆黒の影すらも、まるで輪郭を失うようにチカチカと明滅を繰り返している。
「気をつけて、みんな! この空間に満ちているマナは、私たちの『記憶』を直接削り取ろうとしているわ!」
リオナが、自らの両手から純白の浄化の光をランタンのように灯し、必死に仲間たちをその光の輪の中に留めようとする。
『……波長解析。この領域は、侵入者の精神から「執着」や「感情の起点」となっている最も強い記憶を抽出し、忘却の彼方へと強制フォーマットする概念干渉を展開しています』
カイルの背中で、アノンが緑色の瞳を瞬かせながら告げる。彼女の口元には、大湧泉の宴でリオナが作ってくれた『果実の飴玉』が大事そうに咥えられていた。
『……記憶の欠落は、自我の崩壊と同義です。自我を失った生命体は、この迷宮の歯車の一部として永遠に取り込まれます』
「ふざけた真似を……! 私たちの歩んできた道を、痛みを、勝手に消去してたまるか!」
シオンは、魔剣『雷月』を杖のように文字盤の床に突き立て、己の精神を繋ぎ止めるように強く歯を食いしばった。
だが、システムの放つ忘却の概念は、彼女たちの想像以上に狡猾で、そして甘美な毒を孕んでいた。
――『なぜ、そこまでして抗うのですか』
不意に。
歯車の軋む音に混じって、性別も年齢も分からない、しかしひどく穏やかで優しい「声」が、四人の脳内に直接響き渡った。
「誰だ……! どこから話しかけてきやがる!」
カイルが白銀の聖剣を抜き放ち、周囲の虚空を鋭く睨みつける。
――『思い出してください。あなたたちが、どれほどの苦しみと痛みに耐えてきたかを。前世で理不尽に殺され、箱庭に幽閉され、血みどろの争いを強いられてきた悲劇を』
声と共に、虚空に浮かぶ歯車の表面に、彼ら自身の過去の記憶が走馬灯のように映し出されていく。
夜国で孤独に震えていたハク。
昼国の重圧に押し潰されそうになっていたカイル。
互いの存在を知らず、孤独な玉座で血を流し続けていたシオンとリオナ。
――『もう、戦う必要はないのです。その痛みを、悲しみを、すべて手放しなさい。怒りも、復讐の誓いも、私たちがこの歯車の中ですべて無に還してあげましょう。……何もかもを忘れれば、永遠の安らぎが訪れる』
「……安らぎ……」
ハクの紫の瞳から、ふっと光が失われかけた。
彼の脳裏から、かつて夜国の深い森で、シオンに初めて名前を呼ばれ、彼女の影として生きる意味を見出したあの『始まりの記憶』が、白い靄に包まれて薄れようとしていたのだ。
「ハク!! しっかりしろ!!」
シオンの鋭い声が、ハクの意識を辛うじて現実に引き戻す。
ハクは弾かれたように我に返り、自身の頭を両手で激しく叩いた。
「……ッ! クソが、俺の大事な記憶に、勝手に触んじゃねぇ!!」
「姿を見せなさい! こそこそと頭の中を弄り回して、私たちを試そうなんていい度胸じゃない!!」
シオンが、声の出所を探して周囲の空間に紫雷の威嚇を放つ。
――『私たちは試しているのではありません。救済しているのです。……痛みを抱えたままでは、あなたたちの魂は摩耗するだけ。故に、最も不要な執着である【絆の記憶】を、ここで切除します』
ゴゴゴゴゴゴッ!!
四人が立っていた巨大な文字盤の周囲から、空間の歪みが実体化し始めた。
現れたのは、巨大な真鍮の歯車と、色褪せた本(記憶の残骸)が奇妙に融合した、三体の巨大な【忘却の紡ぎ手】たちだった。
彼らの顔には目鼻がなく、ただ虚無の渦がぽっかりと口を開けており、そこから大気を凍らせるような忘却のマナを絶え間なく放射している。
「記憶を奪う敵……! 物理的な装甲はありませんが、触れられれば精神を直接削られます!」
カイルが、リオナを庇うように前に出る。
「物理が通じないなら、こっちの『魂(魔力)』を直接叩きつけるだけよ!!」
シオンが地を蹴り、最も近くに顕現した紡ぎ手に向かって跳躍する。
「――『紫雷・神断』!!」
極限まで圧縮された紫金の雷が、紡ぎ手の虚無の顔面に向かって一直線に放たれた。
だが。
「……なっ!?」
紫雷が紡ぎ手に直撃する直前。
紡ぎ手の顔の虚無から、シオンの最も大切な記憶――前世で、共に笑い合った親友(現在の管理者)との、あたたかくも切ない思い出の映像が、幻影としてホログラムのように投射されたのだ。
『シオン……私を、置いていくの……?』
幻影の親友が、悲痛な顔でシオンに手を伸ばす。
それはシステムがシオンの記憶から抽出して創り出した、悪辣極まりない精神攻撃だった。
「……ッ!!」
親友の悲しげな顔を見た瞬間、シオンの剣の軌道が、ほんの数ミリだけ無意識に鈍った。
その僅かな躊躇いを、紡ぎ手は見逃さなかった。
紡ぎ手の腕を構成する巨大な歯車が、シオンの紫雷を強引に弾き飛ばし、その反動でシオンの胸倉を、目に見えない精神の腕で鷲掴みにした。
「ぐぅぅっ……!?」
シオンの体が空中で静止し、彼女の紫の瞳から、急速に光が奪われていく。
忘却の魔力が、彼女の脳髄に直接流れ込み、彼女を突き動かしてきた「親友を救う」という根源的な記憶を真っ白に塗り潰そうと侵食を始めたのだ。
「お姉ちゃん!!」
リオナが悲鳴を上げ、純白の光を放とうとする。
だが、残りの二体の紡ぎ手が、カイルとリオナ、ハクの間にも空間の壁を創り出し、彼らの連携を完全に分断してしまった。
「シオン!! クソッ、退きやがれこのガラクタどもが!!」
ハクが漆黒の影を無数に展開し、目の前の紡ぎ手を切り刻もうとするが、相手は物理的な実体を持たない概念の化身。影の刃は空しく虚空を斬り裂くだけだ。
――『さあ、忘れるのです。親友の顔も、共に戦う仲間たちの名前も。すべてを手放せば、あなたはただの美しい人形として、この迷宮の一部になれる』
紡ぎ手の無機質な声が、意識を手放しかけているシオンの耳元で囁く。
シオンの脳内で、親友の笑顔が、ハクと交わした憎まれ口が、リオナの温かい手が、カイルの忠誠が、次々と白いノイズに飲み込まれていく。
(……私……なんのために、ここまで来たんだっけ……)
魔剣を握る手から、力が抜け落ちそうになる。
絶望的な忘却の淵。
だが。
完全に意識が白濁しようとしたその瞬間。
シオンの魂の最奥底――始源の試練で彼らが共有し合った『魂の融合領域』のリンクを通じて、強烈で、乱暴で、温かい「怒りの波長」が直接流れ込んできた。
『……ふざけんな!! 俺の名前を忘れたら、絶対に許さねぇぞ、シオン!!』
ハクの声だった。
物理的な距離も、空間の分断も関係ない。魂を融合させた特異点同士の、絶対的な繋がり。
『シオン様! あなたの背中は僕が守ります! だから、どうか光を失わないで!』
『お姉ちゃん!! 思い出して! 私たちはもう、絶対に一人じゃないんだよ!!』
カイルの白銀の祈りと、リオナの純白の慈愛。
三人の魂の波長が、シオンの失われかけていた記憶のキャンバスに、極彩色の絵の具をぶちまけるようにして鮮やかな色彩を取り戻させた。
(……そうよ。……私は、こいつらに背中を預けてるんだ。)
シオンの閉じかけていた紫の瞳が、カッと見開かれた。
そこには、忘却の魔力を完全に跳ね除ける、王としての圧倒的な覇気が宿っていた。
「……私の大事な記憶を、勝手にゴミ箱に捨てようとしてんじゃないわよ!!」
シオンは、自身を捕らえていた紡ぎ手の不可視の腕を、空いた左手でガシッと掴み返した。
「痛みを忘れて安らぐだと? ふざけるな。……親友を救えなかった痛みも、箱庭で流した血の記憶も! 全部私が背負って、前に進むための『最高の燃料』なんだよ!!」
シオンの全身から、先ほどまでとは比較にならない、膨大で凶暴な紫金の雷が天に向かって噴き上がった。
それは単なるシオン自身の魔力ではない。
ハクの闇が雷の輪郭を鋭く研ぎ澄まし、カイルの聖気が雷に宿る邪気を払い、リオナの浄化が忘却の概念を真っ向から打ち砕く。
四人の魂が完全に同調し、一つの剣に収束していく。
「あんたたちみたいな過去の亡霊に、私たちの絆は絶対にすり潰せない!!」
シオンは、己のすべての記憶と感情を乗せた『雷月』を、紡ぎ手の虚無の顔面に向かって、下から上へと逆袈裟に振り抜いた。
炸裂したのは、忘却の概念すらも両断する、魂の共鳴による黒紫の一閃。
迷宮の歯車を砕く、反逆の雷鳴が、虚無の空間に高らかに轟いた。
ズバァァァァァァァァンッ!!!!
シオンの魂の底から振り抜かれた黒紫の一閃が、空間の法則すらもねじ伏せて、忘却の紡ぎ手の巨体を真っ二つに引き裂いた。
忘却という「概念」そのものを叩き割る、絶対的な拒絶の刃。
顔の虚無から放たれていた冷たい魔力は、黒紫の極光に触れた途端に悲鳴のような不協和音を上げ、ガラス細工が砕けるようにパリンッと無残に飛散した。
「……あ、ガ……ァ……」
紡ぎ手だった巨大な歯車と古書の残骸が、意味をなさないノイズをこぼしながら、黄金の粒子となって虚空の底へと沈んでいく。シオンを惑わせていた親友の幻影も、霧が晴れるように完全に消失した。
その一撃の余波は、シオンの眼前の敵を粉砕しただけでは終わらなかった。
四人の魂の共鳴によって生み出された特異な魔力の波動が、仲間たちを分断していた見えない空間の壁に波及し、蜘蛛の巣のような亀裂を走らせて完全に粉砕したのだ。
「……ハッ、遅ぇぞシオン! こっちも待ちくたびれて、影がウズウズしてたところだ!!」
壁が砕け散った瞬間、ハクが獰猛な牙を剥いて漆黒の影を爆発的に広げた。
彼を阻んでいた二体目の紡ぎ手が、再び記憶の残骸を投射してハクの自我を削ろうと腕を伸ばす。だが、シオンとの繋がりを取り戻し、仲間たちの波長をその身に宿したハクの闇は、もはや単なる「夜国の瘴気」ではなかった。
「てめぇらの薄っぺらい幻影なんかより、俺の頭の中に刻まれてるシオンの雷の方が、よっぽど強烈で鮮明なんだよ!!」
ハクの放った漆黒の影の刃に、シオンの紫雷の残滓と、カイルの聖気が螺旋状に絡みつく。
それは、絶対に交わるはずのなかった光と闇の混淆。
「――『絶影・紫光裂破』!!」
ハクの全身から放たれた無数の影の刃が、二体目の紡ぎ手を全方位から串刺しにし、忘却の魔力を内側から完全に食い破って爆散させた。
「残るは一体! リオナ様、僕の背中から離れないでください!!」
「うん! カイル、私の光を全部あげる!!」
分断を解かれたカイルとリオナもまた、完璧な息の合い方で最後の一体へと向き直る。
三体目の紡ぎ手が、強烈な忘却の吹雪を口の虚無から吐き出し、二人の存在そのものを白紙に戻そうと迫る。
だが、カイルは一歩も退かず、白銀の聖剣を上段に構えた。彼の手を、背後からリオナが両手でしっかりと包み込んでいる。
聖騎士の揺るぎない忠誠心と、聖女の果てしない慈愛。二つの魂が完全に溶け合い、白銀の刀身から、太陽すらも霞むほどの圧倒的な『純白の聖光』が天に向かって噴き上がった。
「あなたの忘却では、私たちの刻んだ記憶の絆は決して消せない!! ――『聖王の浄化剣』!!」
カイルが渾身の力で振り下ろした純白の巨大な光の刃が、忘却の吹雪を真っ向から両断し、三体目の紡ぎ手の巨体を袈裟懸けに叩き斬った。
強烈な浄化の光が紡ぎ手の概念を洗い流し、虚空を覆っていた重苦しい忘却のマナが、一瞬にして澄み切った清浄な空気へと書き換えられていく。
三体の概念の化身が完全に消滅したことで、中層を支配していたシステムの中枢プログラムが、致命的なエラーを起こした。
ギギッ……ギガガガガッ……!! バキィィィンッ!!
頭上と足元で狂ったように回転し続けていた巨大な歯車の群れが、突如として噛み合わせを外し、激しい火花を散らしながら次々とその動きを停止していく。
息を吸うだけで記憶を削り取ろうとしていた悪意の空間は崩壊し、後に残されたのは、静寂を取り戻した星の廃墟と、荒い息を吐きながらも確かにそこに立ち続ける四人の特異点の姿だけだった。
「……ハァッ、ハァッ……」
シオンは、熱を持ちすぎた魔剣『雷月』をゆっくりと鞘に収め、その場に片膝をついた。
魂の最奥まで踏み込まれ、自我を削られかけた精神的な疲労は、肉体的な傷よりも遥かに重い。
「お姉ちゃん!!」
リオナが弾かれたように駆け寄り、シオンの背中を両手で優しく包み込んだ。温かい治癒の光が、シオンのすり減った精神をゆっくりと癒していく。
「……ふふっ。情けないところを見せちゃったわね。……あんたたちの声が聞こえなかったら、本当にあのまま、昔の思い出と一緒にこの歯車のサビになるところだったわ」
シオンは、額の冷汗を拭いながら、自嘲気味に笑った。
「当たり前だ。俺を置き去りにして、勝手にボケてんじゃねぇぞ」
ハクが、影を収めながらシオンの隣にドカッと腰を下ろす。口調は乱暴だが、その紫の瞳には、主が無事であったことへの深い安堵が滲んでいた。
「シオン様。我々の魂は、すでに一つの円環として繋がっています。誰か一人が欠けようとすれば、残りの三人が必ずその魂を現世へと引き戻す。……それが、私たちが始源の試練で得た、最大の武器です」
カイルが、聖剣を胸に当てて静かに微笑む。
『……生体波長の安定を確認。精神のフォーマット(初期化)は完全に阻止されました』
カイルの背中で、ずっと大人しく事態を記録していたアノンが、トテトテと降り立ってシオンの前に立った。
彼女の口元には、大湧泉の宴でリオナから貰った「果実の飴玉」の棒が、まだしっかりと咥えられている。
『……理解不能です。システムが定義した【忘却の概念】は、個人の魔力出力で相殺できるものではありません。しかし、特異点アルファ(シオン)の記憶領域が消去されかけた瞬間、他三名の精神波長が干渉し、システム側のプログラムを内側から論理崩壊させました』
アノンは、首を小さく傾げ、緑色の瞳で四人を不思議そうに見つめた。
『……記憶。感情。絆。……それらは非効率なノイズであるはずなのに、なぜ、神の絶対法則を上書きするほどのエネルギーを生み出せるのですか?』
そのアノンの純粋な疑問に、シオンは立ち上がり、彼女の銀色の頭をポンポンと優しく撫でた。
「それが、人間が数千年も前から持っている、一番厄介で一番強い魔法なのよ。……あんたもその口の飴玉の味を『美味しい』って記憶している限り、いつか必ず分かる時が来るわ」
シオンが笑いかけると、アノンは無表情のまま、口の飴玉をコロリと転がし、小さく『……記録しておきます』とだけ呟いた。
四人は立ち上がり、動きを止めた巨大な歯車たちの奥へと視線を向ける。
忘却のギミックが停止したことで、複雑に絡み合っていた歯車たちが自然と組み替わり、暗黒の虚空の下へと続く、一本の長大で荘厳な「螺旋階段」を形成していた。
「……いよいよね」
シオンの呟きに、全員の顔が引き締まる。
この果てしなく続く階段の先。
硝子の廃都トキオの最深部こそが、神の理が鎮座し、数千年間この星を管理し続けてきた【中枢の玉座】である。
彼らを突き動かしてきた怒り、悲しみ、そして何よりも強い『親友を救う』という一つの記憶。それを奪おうとした迷宮の試練を打ち破った今、特異点たちの心に迷いは一切存在しなかった。
静寂に包まれた中層の空間に、四人の静かな足音だけがカツン、カツンと響き渡る。
歯車で構成された螺旋階段を降りていくにつれ、周囲の空気はより重く、より純粋な神の威圧感を帯びていった。
それは決して荒々しい殺意ではなく、すべてを諦めさせ、平伏させるような絶対者の静かなる重圧である。
記憶を削る悪意の迷宮を抜けた彼らの魂は、かつてないほど強固に結びつき、澄み切っていた。
孤独な夜国で復讐に燃えていた暗殺者も、昼国の重圧に苦しんでいた騎士も、ただ祈るしかできなかった聖女も、もうここにはいない。
互いの痛みを分かち合い、魂の波長を重ね合わせることで、神の概念すらも両断する力を手に入れた『暁の星徒たち』の完成形がそこにあった。
やがて、長い螺旋階段の終点に、巨大な扉が姿を現した。
クリスタルと鋼鉄がシームレスに融合した、見上げるほど巨大な両開きの扉。その表面には、数千年前に彼らの前世である大魔導士たちが築き上げた文明の痕跡と、それを上書きするように刻まれた神の理のルーン文字が、悲しげに明滅を繰り返している。
この扉の向こう側に、すべての元凶があり、そして、数千年の時を止めたまま玉座に縛り付けられている『かつての親友』が待っている。
「……待たせたわね。今、あんたをその窮屈なシステムから降ろしてあげる」
シオンは、一切の躊躇いなく、冷たい巨大な扉に両手を当てた。
ハク、カイル、リオナもそれに続き、四人の魔力が一つに重なり合う。
重厚な軋み音と共に、神域の最深部への扉が、ゆっくりとその口を開き始めた。星の運命を懸けた、哀しくも激しい最終決戦の舞台へと、泥だらけの異邦人たちは静かに歩みを進めていく。




