第五章9『迷宮の死角、交差する影と極道』
生命の息吹に満ちた新世界の森は、ある境界線を境にして、唐突にその姿を消し去る。
星の記憶が眠る水晶の花畑を越え、赤錆に覆われた巨大な高架道の残骸へと足を踏み入れた瞬間、空気を満たしていた温かいマナは、まるで氷のように冷たく、そして無機質な「拒絶の波長」へと変質した。
空を覆う赤黒い雷雲の下、地平線の彼方まで続くのは、かつての摩天楼が幾何学的なクリスタルの結晶に飲み込まれ、天を突く無数の刃のようにそびえ立つ【硝子の廃都トキオ】の威容である。
そこは、神の理が数千年の時をかけて構築した、生命を許さぬ絶対の迷宮。
だが、どれほど神が理不尽な法則で空間を縛ろうとも、大地の底を這いずり回って生き抜いてきた者たちの「執念」を完全に遮断することはできない。
光の届かない影の中、あるいは崩れかけた鉄屑の裏側。神の監視網の死角を縫うようにして、新星都市の暗部を担う『狡猾な鼠たち』と『牙を研いだ極道たち』は、主君の道を切り拓くため、すでにこの死の迷宮の縁へと、その鋭い爪を深く食い込ませていたのである。
「……酷い空気ね。肺の中までガラスの破片を吸い込んでいるみたい」
赤錆と青緑色の発光苔に覆われた高架道の上を歩きながら、シオンは不快そうに顔をしかめ、レザージャケットの襟を立てた。
彼女たちの眼下に広がるのは、かつて数千万の人々が暮らした巨大都市の成れの果て。だが、そこに旧時代の面影はほとんどない。ひび割れたアスファルトの隙間からは、鋭利な刃物のような巨大なクリスタルが乱乱と突き出し、ビルの残骸は神の理の魔力によって再構築され、重力を無視して空中に複雑な迷路を描いて浮遊している。
「マナの波長が、大湧泉とは全く異なります。……ここは、星の血液たるマナが、システムによって『防衛システムを稼働させるための電気』のように、強制的に冷たく変換されている空間です」
カイルが、白銀の聖剣の柄から手を離さず、周囲の空間の歪みを警戒しながら進む。
『……前方より、不可視の魔力波長を複数検知』
カイルの背中で、アノンが緑色の瞳を明滅させ、無機質な声で警告を発した。
『……光学迷彩を展開した、神域の外周哨戒ユニットです。空間と同化し、侵入者を自動的に排除する【不可視の刃】が、現在十二体、包囲陣形を構築中』
「チッ、出迎えの挨拶にしては陰湿すぎるだろ」
ハクが、即座に漆黒の影の爪を展開しようと重心を低くした。
シオンも魔剣『雷月』の鯉口を切り、リオナは両手に純白の浄化の光を宿す。
だが、四人の特異点たちがその魔力を解放しようとした、まさにその瞬間だった。
シュッ……!! ドスッ!!
風切り音すら置き去りにするような、極めて洗練された『暗殺の刃』が、何もない虚空から次々と閃いた。
シオンたちの数十メートル先の空間で、火花が散り、透明なガラスが割れるような甲高い音が連鎖的に響き渡る。
「……ギギッ……!?」
空間と同化していた哨戒ユニット(半透明のクリスタルの獣たち)が、急所である魔力核を正確に貫かれ、光学迷彩を解かれて次々とアスファルトの上に崩れ落ちていく。
「なんだ……!? 誰かいるのか!」
カイルが驚愕して前方を睨み据える。
「……お見事です、シオン女王陛下。そして特異点の皆様。ご到着を、お待ちしておりました」
崩れ落ちたクリスタルの獣たちの影から、音もなく、一人の男が立ち上がった。
漆黒のトレンチコートを纏い、片目に冷たい光を放つ義眼を嵌め込んだ男――新星都市の暗部を統べる暗殺部隊の長、ゼッカである。
そして、ゼッカの周囲の瓦礫の陰から、黒い布で顔を覆った数十人の『ドブネズミ(暗殺部隊)』の精鋭たちが、血に濡れた黒い短剣を手に、次々と姿を現し、シオンたちに向かって深く、そして恭しく片膝をついた。
「ゼッカ……! あんたたち、どうしてここに!?」
シオンが、予想外の顔ぶれに紫の瞳を丸くする。
「私は都市の防衛を頼んだはずよ。こんな神域の入り口まで、いつの間に先回りしていたの」
「防衛の要は、ジーグ将軍の光の騎士団で十分に事足ります」
ゼッカが、義眼の焦点をシオンに合わせ、サングラスの奥で薄く笑った。
「我々ドブネズミの真骨頂は、泥を這い、影に潜み、主君の歩む道に仕掛けられた罠を事前に噛み千切ることにあります。……神の領域とはいえ、迷宮であるならば、我々が斥候に出ない理由はありません」
「……たくっ。相変わらず、勝手な理屈を並べるのが上手い暗殺者だわ」
シオンは呆れたようにため息をついたが、その声には確かな安堵と信頼が滲んでいた。
「ガハハハ! 姉御がこいつらの勝手を許すなら、俺たちのワガママも許してもらわねぇとな!!」
突如として、高架道の下――クリスタルの森の奥から、豪快な笑い声と、大地を蹴り立てる強烈な獣の足音が響き渡った。
銀色の毛並みをなびかせたアルファ個体の幻狼が、瓦礫の山を軽々と跳躍して高架道へと着地する。
その背に跨り、紫金の雷が脈打つ『紫雷魔鋼の大剣』を肩に担いでいたのは、間違いなく龍崎ギルドのマスター、龍崎であった。彼に続くように、数十騎の【白銀の狼騎兵】を構成する極道のエリートたちが、次々と高架道へと駆け上がってくる。
「龍崎まで……! あんたたち、大湧泉の防衛の要でしょうが!!」
これにはさすがに、リオナも驚いて声を上げた。
「ご心配なく、リオナの姫さん。大湧泉には、うちの若頭補佐と、残りのギルドの連中、それに半分以上の幻狼たちを置いてきた。どんな魔獣の群れが来ようが、今のあいつらなら鼻歌交じりで叩き斬れる」
龍崎が、幻狼の背からヒラリと飛び降り、シオンの前に進み出た。
「極道ってのはな、親分が一番危ねぇカチ込みに行こうって時に、シマで大人しく留守番できるほど行儀のいい生き物じゃねぇんだよ。……俺たちは、姉御たちの『露払い(ヴァンガード)』だ。神様の玉座に通じる一番太い道は、俺たちのドスで切り拓かせてもらうぜ」
龍崎がニヤリと牙を剥いて笑うと、背後の極道たちも「オラァッ! 神域だろうがなんだろうが、龍崎組が正面突破してやらぁ!!」と野太い歓声を上げた。
「……お前らなぁ」
ハクが、面倒くさそうに頭を掻きむしる。
「ここは、昨日のバカでかい使徒や巨鰐なんか目じゃねぇバケモノがうごめく領域だぞ。お前ら人間が、いくら魔鋼の剣を持っていようが……」
「だからこそ、です」
ゼッカが、ハクの言葉を静かに遮った。
「シオン様たちが温存すべきは、最深部で神の概念を叩き割るための『融合領域』の力。そこへ至るまでの道中で、雑兵相手に無駄な魔力を消費させるわけにはいきません」
ゼッカは懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、彼らドブネズミが命懸けでこの硝子の廃都の外周を探索し、血で描き上げた『神域の内部構造図』だった。
「この廃都は、外層、中層、そして神の玉座がある深層の『三層構造』に分かれています。現在地は外層の入り口。……ここから先は、空間そのものが意思を持って我々を分断しようと動く、生きた迷宮です」
ゼッカが広げた地図には、高架道の先にある巨大なクリスタルのドームと、そこから網の目のように分岐する無数のルートが記されていた。
「我々ドブネズミの暗殺部隊が、迷宮の罠を解除し、死角から敵の目を潰します。そして龍崎ギルドマスター率いる狼騎兵が、正面の敵陣を物理的に粉砕する。……特異点の皆様は、我々がこじ開けた血路の中央を、ただ真っ直ぐに進んでいただければ良いのです」
ゼッカの冷徹な知略と、龍崎の熱き闘志。
裏社会を生き抜いてきた者たちの、それぞれの誇りと忠誠の形が、そこにはあった。
シオンは、黙ってゼッカの地図を見つめ、そして、覚悟を決めたような極道たちの顔を一人一人見回した。
彼らはもう、現代のビルの隙間でくすぶっていたチンピラや暗殺者ではない。この数千年後の真なる魔法世界において、絶対的な強者に対して己の牙を突き立てようとする、立派な『反逆の戦士』たちなのだ。
「……分かったわ。あんたたちの覚悟、無駄にはしない」
シオンが、フッと口角を上げて笑う。
「ただし、絶対に死ぬのは禁止よ。一人でも欠けたら、大湧泉の宴の酒が不味くなるんだからね」
「ガハハハ! 違いねぇ! 俺たち極道は、シオンの姉御の美味い酒を飲むために戦ってんだからな!」
龍崎が豪快に笑い、ゼッカが恭しく頭を下げる。
ハクもやれやれと肩をすくめながら、自身に擦り寄ってくる龍崎の乗騎(アルファ個体の幻狼)の頭を、乱暴に、しかし優しく撫でた。
「カイル、リオナ。予定変更よ。……ここからは、私たち四人だけの隠密行動じゃない」
シオンが、背中の『雷月』を引き抜き、その漆黒の刃を廃都の深淵へと真っ直ぐに突きつけた。
「ドブネズミの目と、極道の牙。全部まとめて、このふざけた迷宮に叩きつけてやるわよ!!」
「「「オオオオオオオォォォォォォッ!!!!」」」
錆びついた高架道の上で、人間たちの魂の叫びが轟いた。
それは、神の理が支配する冷たく静寂な迷宮に対する、絶対的なノイズ(反逆の産声)。
四人の特異点と、彼らを支える裏社会の精鋭たちによる、硝子の廃都トキオの完全攻略戦が、強烈な熱気と共に今まさに火蓋を切ったのである。
赤錆に覆われた巨大な高架道の残骸を抜け、一行はついに【硝子の廃都トキオ】の外層にあたる、巨大なクリスタルのドーム内部へと足を踏み入れた。
そこは、彼らがかつて知っていた巨大都市の面影を無残に歪めた、狂気の幾何学空間だった。
空を目指してそびえ立っていたはずの摩天楼は、重力を無視して横倒しや逆さまに浮遊し、ビルとビルの間を、青白く発光するマナの光帯が血管のように這い回っている。地面を覆うのはアスファルトではなく、足を踏み入れるたびに不快な共鳴音を響かせる、滑らかで冷たい硝子の回廊だ。
「……気持ちの悪い場所ね。空間の上下左右が、全くデタラメに配置されているわ」
シオンが、頭上の遥か高空で逆さまに浮遊しているビルの残骸を見上げながら、眉をひそめる。
『……空間解析。この外層エリアは、侵入者の方向感覚を狂わせ、永遠に同じ回廊を彷徨わせるための【概念迷路】です。……視覚情報に頼って進めば、数分で元の入り口へと強制転移させられます』
カイルの背中で、アノンが緑色の瞳を忙しく明滅させながら警告を発した。
「視覚が当てにならねぇなら、どうやって奥に進むってんだ。俺の影で手当たり次第に壁をぶち壊していくか?」
ハクが漆黒の爪を鳴らすが、ゼッカが義眼を細めてそれを制した。
「その必要はありません、ハク殿。空間が歪んでいようと、この迷宮が神のシステムによって構築されている以上、必ず『マナの動力線』が存在します。……我々ドブネズミは、その微かな魔力の血脈を嗅ぎ分ける術を持っています」
ゼッカが指を鳴らすと、黒い布で顔を覆った暗殺部隊の精鋭たちが、音もなく硝子の回廊の壁や床に張り付き、特製の魔力探知針を突き立てた。
彼らは裏社会で培った罠探知の技術を、この神域のマナの流れを読み解くために極限まで昇華させていたのだ。
「……こちらに微弱な魔力の還流があります。本命のルートは右の偽装壁の奥です」
「足元の硝子板、踏めば空間ごと転送されるトラップです。解除します」
暗殺者たちの的確な報告と素早い解除作業により、シオンたちの前に、肉眼では決して見えない「安全な一本道」が次々と浮かび上がってくる。
「……すごい。ゼッカさんたち、迷宮の罠を本当に手品みたいに解いていくね」
リオナが、純白のドレスの裾を気にしながら感嘆の声を上げる。
「我々は日陰を歩く泥ネズミですから。こういう湿っぽくて陰湿な仕掛けを抜けるのは、表通りの騎士殿たちよりずっと得意なのですよ」
ゼッカが、サングラスの奥で皮肉気に笑いながら、一行を先導する。
だが、神の防衛機構もただ黙って罠を解除されているわけではなかった。
ギギギギギッ……!!
空間の歪みを感知した迷宮の壁面から、突如として無数の巨大なクリスタルが隆起し、鋭利な刃を持つ四足歩行の獣の姿――【硝子の番犬】へと変貌を遂げた。
その数、およそ五十体。完全に迷彩を解き、侵入者を物理的に排除すべく、殺意を持ったマナの咆哮を上げて一斉に襲いかかってきた。
「敵襲! 数が多いぞ!」
カイルが聖剣を抜こうとした、その時。
「下がってな、騎士の旦那。こいつらは俺たちの獲物だ!!」
ドゴォォォォンッ!!
という強烈な蹄の音と共に、後方から待機していた龍崎と【白銀の狼騎兵】が、疾風の如き速度でシオンたちを追い抜き、硝子の番犬の群れへと突っ込んだ。
「オラァァァッ!! 硝子細工の犬っころが、極道のドスに噛みつこうなんて百年早いんだよ!!」
龍崎が跨るアルファ個体の幻狼が、硝子の回廊を滑るように加速し、番犬の群れのド真ん中へと跳躍する。
龍崎の闘気を吸い上げた『紫雷魔鋼の大剣』が、紫金の雷を爆発的に迸らせながら、大上段から無慈悲に振り下ろされた。
ガシャァァァァァァンッ!!!!
番犬の硬質なクリスタルの装甲が、紫雷の圧倒的な破壊力と魔鋼の重量の前に、まるで薄氷のように粉々に砕け散る。
一撃で三体の番犬を両断した龍崎に続き、舎弟たちも次々と幻狼の機動力を活かした一撃離脱の戦法で、敵の陣形を物理的に蹂躙していく。
「ヒャッハー! 幻獣の単車は最高だぜ!!」
「アニキに続け! 姉御の道を一ミリも塞がせるな!!」
幻狼たちの風属性の魔力が、番犬の放つクリスタルの棘を軌道ごと吹き飛ばし、極道たちの魔鋼の剣が、一切の躊躇いなく敵の魔力核を正確に叩き斬る。
狭い硝子の回廊での乱戦にも関わらず、彼らの連携は驚くほど洗練されていた。それは、かつて現代の裏社会で死線を潜り抜けてきた極道としての「集団戦の勘」と、新世界のマナがもたらした「圧倒的な身体能力」が見事に融合した結果だった。
「……見事な手際ね。私たちが手を出す隙すら与えてくれないわ」
シオンは、魔剣『雷月』を鞘に収めたまま、極道たちと幻狼の圧倒的な蹂躙劇を頼もしそうに見つめた。
「ええ。ゼッカ殿の隠密行動と、龍崎殿の強行突破。この二つの刃が交互に機能している限り、我々特異点四人は、本当に一切の魔力を消費することなく、この迷宮の奥深くへと進むことができます」
カイルもまた、戦友たちの見事な戦いぶりに深く頷く。
わずか数分の間に、五十体の硝子の番犬はすべてただのクリスタルの残骸へと変わり果てていた。
「……フゥ。準備運動にもなりゃしねぇな」
龍崎が大剣の雷を収め、肩に担ぎ直しながら豪快に笑う。幻狼のアルファ個体も、誇らしげに鼻を鳴らした。
ゼッカの暗殺部隊が罠を解除し、目と鼻の先で待ち構える防衛ユニットを龍崎の狼騎兵が粉砕する。
この完璧なローテーションにより、一行は空間の歪みや方向感覚の喪失といった神域の悪辣なギミックに一切囚われることなく、硝子の廃都の外層を驚異的な速度で突破していった。
やがて、果てしなく続くと思われた硝子の回廊の最奥に、これまでの風景とは明らかに異なる、巨大な『黒い断層』が立ちはだかった。
それは物理的な壁ではなく、空間そのものが黒く塗りつぶされたような、底知れない魔力の深淵だった。
『……環境データ、更新。ここから先は外層ではありません。迷宮の【中層】にあたる、神の理のより深固な防衛領域です』
アノンが、緑色の瞳を黒い断層に向け、静かに告げる。
『……これより先、神域の防衛レベルは【概念の執行】へと引き上げられます。物理的な破壊や罠の解除だけでは突破できない、より高位の理不尽な法則が支配する空間です』
「概念の執行、か。いよいよ、私たちの出番が近づいてきたってわけね」
シオンが、黒い断層から吹き出す冷たいマナの風を受けながら、紫の瞳を鋭く細めた。
「姉御。俺たちの露払いは、この黒い壁の向こうでも通用するかね?」
龍崎が、少しだけ真剣な顔つきになって尋ねる。
「……いいえ。ここから先は、ただの物理攻撃や魔力の力押しじゃ、システムが設定した『ルール』に飲み込まれて消去されるわ」
シオンは、龍崎とゼッカに向かって、はっきりと告げた。
「あんたたちの道案内と露払いは、ここまでで十分すぎるほど役に立った。……ここからは、魂の融合を果たした特異点(私たち)が、あの泣き虫の神様のふざけたルールを正面から叩き割る番よ」
シオンの決意に満ちた言葉に、ハクが漆黒の影を揺らめかせ、カイルが聖剣を握り直し、リオナが純白の祈りを込める。
彼らの背中で、ゼッカとドブネズミたち、そして龍崎と狼騎兵たちが、主君の背中を見送るように静かに、そして深く一礼をした。
「……御意。我々は、ここから後方の退路を死守し、神の増援を一切通しません。シオン女王陛下、特異点の皆様の御武運を」
ゼッカの言葉と共に、泥だらけの異邦人たちによる、神域深層への真なるダイブが、今まさに始まろうとしていた。
黒い空間の断層を抜けると、そこは外層の無機質な硝子の回廊とは全く異なる、狂気に満ちた美しい世界だった。
上下の概念が完全に消失し、巨大な歯車と、かつての文明の象徴であった鋼鉄の時計塔が、無限の虚空の中でゆっくりと噛み合いながら回転している。
【中層:忘却の時計仕掛け】。
そこは、システムが数千年の歴史の中で消去してきた無数の「時間」と「記憶」の残骸が吹き溜まる、神の理のゴミ捨て場であり、同時に最も危険な概念の処刑場であった。
「……嫌な空間だ。息をするだけで、自分の記憶が頭の中からこぼれ落ちていくような気がするぜ」
ハクが、周囲を飛び交う目に見えないマナの棘を避けるように、パーカーのフードを深く被り直す。
シオンは、無限に続く歯車の階段を見上げながら、魔剣『雷月』の柄を強く握りしめた。
物理的な露払いを終え、ここからは神の概念との知略と魔力を極限まで振り絞った死闘が始まる。
特異点としての『魂の融合』は、この理不尽な時の迷宮において、どこまで真実への道を切り拓くことができるのか。
歯車が噛み合う不気味な重低音の中、暁の星徒たちの孤独で苛烈な神殺しの歩みは、迷宮のさらに深い闇の中へと進んでいく。




