第五章6『魂の共鳴と、始源の試練』
大湧泉の朝は、霊峰アカギから吹き下ろす清浄な風と、活気に満ちた人々の足音によって幕を開ける。
白銀の狼騎兵の結成と、龍崎ギルドの魔鋼の大剣による防衛網の確立は、この新星都市にこれまでにない絶対的な安心感をもたらしていた。城壁の外に広がる未知の生態系は依然として過酷だが、今の彼らにはそれを狩り、糧とし、さらなる強さへと変換するだけの逞しさが備わっている。
都市の運営と防衛をジーグ将軍やゼッカ、そして龍崎たちに任せたことで、四人の特異点――シオン、リオナ、カイル、ハクの四人は、ついに自分たち自身の刃を極限まで研ぎ澄ますための『時間』を得ることとなった。
東の空に渦巻く赤黒い暗雲。硝子の廃都トキオに眠る神の理の中枢を打ち砕くためには、ただ手持ちの魔法を振り回すだけでは足りない。彼ら自身の魂の奥底に眠る、前世からの因縁すらも凌駕する『新たな魔法の境地』へと至らなければならないのだ。
始源の石碑が放つ高純度のマナが最も濃密に立ち込める都市の中心部で、神域へ至るための苛烈にして静謐な、魂の修練が始まろうとしていた。
鼓膜を突き破るような轟音と共に、紫金と白銀の閃光が朝の空気を鋭く切り裂いた。
「――甘い! その盾の角度じゃ、私の雷の『貫通力』は殺しきれないわよ、カイル!!」
シオンが地を蹴り、空中で体を捻りながら漆黒の魔剣『雷月』を振り下ろす。刀身に限界まで圧縮された紫雷が、鞭のようにしなりながら空間そのものを焼き焦がして殺到する。
対する白銀の聖騎士カイルは、一歩も退くことなく、その生身の両腕に極大の『光属性』の魔力を集束させ、輝く巨大な防壁を展開した。
「くっ……! 確かに貫通力は凄まじいですが、シオン様の太刀筋は素直すぎます! ――『白銀・鏡面反射』!!」
カイルの展開した光の防壁が、シオンの紫雷を受け止めた瞬間にその魔力の波長を完全に模倣し、鏡のように反転させて上空へと弾き飛ばした。
バチィィィィンッ!!
空へ逃げた雷撃が雲を散らし、強烈な衝撃波が周囲の石畳を粉々に砕く。
始源の石碑がそびえ立つ中央広場の最も奥まった区画。そこは現在、一般の立ち入りが制限された、四人の特異点たち専用の『修練場』となっていた。
圧倒的なマナの濃度を誇る石碑の足元で、シオンとカイルは木刀などの代用品ではなく、互いの本気の魔力をぶつけ合う極限の模擬戦を繰り広げていた。
「ハァッ、ハァッ……。やるじゃない、カイル。私の雷を力技で弾くんじゃなくて、魔力のベクトルをずらして流したわね」
シオンが着地し、額の汗を拭いながら不敵に笑う。
「霊体だった頃のあんたの盾は、ただひたすらに硬いだけの『物理的な壁』だったけど……生身の体になって、随分と魔力のコントロールが繊細になったんじゃない?」
「シオン様のおかげです。……生身の肉体には『血管』という確かな魔力の通り道がある。霊体のような無限の魔力供給はありませんが、その分、一瞬の魔力の練り上げと放出の精度は、以前の比ではありません」
カイルも息を弾ませながら、白銀の聖剣を下段に構え直す。
「チッ、どいつもこいつも小手先の技術ばっかり磨きやがって。そんなんじゃ、廃都のバケモノどものブ厚い装甲はブチ抜けねぇぞ!」
その二人のやり取りの頭上から、巨大な漆黒の影が隕石のように降ってきた。
黒いパーカーを翻し、両手両足に禍々しい闇の爪を展開したハクが、シオンとカイルのちょうど中間に向かって強襲を仕掛けたのだ。
「オラァァァッ!! 二人まとめて俺の影で押し潰してやる!!」
「ちょっ、ハク! 乱入するなら空気読みなさいよ!!」
「シオン様、下がって! ここは僕が……っ!」
ハクの放った極大の闇属性の魔力が、ドス黒い津波となって二人を飲み込もうとする。
だが、その暴力的な闇の津波がシオンたちに届く直前。
「――『白銀・浄化の光陣』!!」
澄み切った鈴のような声と共に、巨大な純白の魔法陣がシオンとカイルの足元から一気に展開された。
純白のドレスを翻したリオナが、両手を真っ直ぐにハクの闇へと突き出している。彼女の放つ光はカイルの物理的な防壁とは異なり、闇の魔力そのものを中和し、無害なマナの粒子へと分解する『純粋な浄化の力』だ。
シュゥゥゥゥゥッ……!!
ハクのドス黒い影の津波が、リオナの光陣に触れた瞬間、まるで朝陽に焼かれる朝露のように音もなく消滅していく。
「……あァ? リオナ、てめぇ……俺の全力の影を、ただの防御魔法で完全に相殺しやがったのか!?」
空中で体勢を立て直して着地したハクが、信じられないというように目を見開く。
「えへへ、防御魔法じゃないよ、ハク。……私はずっと、自分の治癒と浄化の魔法が、戦いの中でみんなを『守る』ことしかできないのがもどかしかったの。でもね……」
リオナは、白銀の瞳をキラキラと輝かせながら、両手に集めた光の粒子をフワリと宙に浮かせた。
「相手の魔力の性質を完全に読み取って、それと全く正反対の波長の光をぶつければ……どれほど強大な魔法でも、一瞬で『ゼロ』にできる。つまり、私の浄化魔法は、使い方次第で最強の『魔法消去』になるって気づいたの!」
「魔法の、消去……」
シオンが、息を呑んで妹の横顔を見つめる。
かつては箱庭の理に縛られ、カイルに守られるだけの存在だった聖女は、この数千年後の地球の濃密なマナの中で、自らの意志で戦うための全く新しい術式を編み出していた。
『……生体波長の演算、終了。シオン、カイル、ハク、リオナの四名の魔力出力の最大値が、以前の箱庭時代と比較して平均340%向上していることを確認しました』
修練場の端に置かれた木箱の上に座り、両足をプラプラと揺らしていたアノンが、チュッパチャプスを口から離して無機質に告げた。彼女の緑色の瞳は、四人の魔法の軌跡をすべて完璧なデータとして記録し続けている。
『……しかし、警告します。貴女たちの現在の成長曲線は、ここで【頭打ち(デッドロック)】を迎えます』
「……頭打ち?」
シオンが魔剣を下ろし、アノンの方へと歩み寄る。ハクやカイル、リオナも不思議そうに集まってきた。
『はい。貴女たちの魔法は確かに強力になりました。ですが、それはあくまで「個人の筋力」が鍛えられただけに過ぎません。……単発の火力が上がっても、東の硝子の廃都トキオに眠る【概念の化身】たちを打倒することは不可能です』
アノンの淡々とした指摘に、ハクが不機嫌そうに舌打ちをする。
「おいおい、俺たちが弱いって言いてぇのか、ガキ。さっきのシオンの雷の速度を見てなかったのかよ」
『個としての強さは充分です。私が指摘しているのは【魂の共鳴率】です』
アノンは木箱からトテトテと降り立ち、巨大な始源の石碑の表面にペタリと小さな手を触れた。
『……かつての大魔導士、つまり貴女たちの前世は、単一の属性の極め手ではありませんでした。相反する複数の属性を、魂のレベルで完全に融合させ、新たな【概念】そのものを創り出す力を持っていたのです』
「相反する属性の融合……」
カイルが、ハッとしてシオンとリオナを見る。
紫金の雷と、純白の光。
漆黒の闇と、白銀の聖気。
彼らはこれまで、龍崎の大剣に魔力を宿らせたように、互いの魔力を「足し算」として使うことはあった。だが、アノンの言う『融合』は、そんな小手先の連携ではない。
『……足し算ではなく、掛け算。いえ、それ以上の次元の変革です。
シオンの雷とハクの闇。リオナの光とカイルの聖気。あるいは、シオンとリオナの引き裂かれた二つの魂の完全なる再結合。
……貴女たちがその【融合領域】に至らなければ、廃都の奥で待つ管理者の元へ辿り着く前に、防衛機構の圧倒的な概念攻撃の前に完全に消去されます』
冷酷なまでの事実。
だが、シオンの紫の瞳には、絶望ではなく、さらなる高みへと登るための強烈な探求の炎が点っていた。
「……なるほどね。前世の私たちが使えていたんだから、今の私たちにできない道理はないわ。……でも、どうすればその『魂の融合』ってやつができるのよ」
シオンが石碑を見上げながら尋ねると、アノンはゆっくりと首を振った。
『……その答えは、私には分かりません。システムは感情や魂の共鳴を論理的に演算できないからです。
ですが……この【始源の石碑】は、それを教えるための「鍵」を内包しています』
アノンが触れていた石碑の表面が、突如としてドクン! と心臓のように大きく脈打った。
今まで青白く発光していた幾何学模様のルーン文字が、一斉に燃えるような黄金色へと変色し、石碑の根元から、誰も見たことのない『光の扉』が音もなく開いたのだ。
「な、なんだ!? 石碑の中に、空間が広がってるぞ!?」
ハクが慌てて影を構え、警戒態勢を取る。
『……始源の石碑は、ただのテラフォーミング装置ではありません。かつての大魔導士が、後世の自分たち――あるいは意志を継ぐ者たちのために遺した、【魂の試練場】への入り口です』
アノンが、開かれた光の扉を指差す。
その奥からは、大湧泉の森の魔獣たちなどとは比較にならない、途方もなく古く、純粋で、そして恐ろしいほどのプレッシャーを持った『始源のマナ』が吹き出していた。
「……試練、か。上等じゃない」
シオンは、強烈なマナの風に黒髪をなびかせながら、迷うことなく光の扉の前に立った。
「今の私たちがどこまでやれるのか、そしてどうすれば『融合』に至れるのか。……前世の自分が用意したお節介なテストなら、満点でクリアしてやるしかないわね」
シオンがニヤリと笑うと、リオナも力強く頷き、カイルとハクもそれぞれの武器を手にシオンの隣に並び立った。
「アノン。あんたはどうするの?」
シオンが振り返って尋ねる。
『……観測端末として、貴女たちの生態データの変化を最後まで記録する義務があります』
アノンはそう言うと、いつものように無表情のまま、トテトテと歩いてカイルの背中にピタリと張り付き、ギュッと抱きついた。
「えっ!? アノン、試練の最中に僕の背中でおぶさっているのは非常に危険ですよ!」
カイルが慌てる。
「こらーっ! またカイルにハグしてる! 試練が終わったら絶対引き剥がすからね!!」
リオナがプンプンと怒りながら、カイルの背中のアノンを引っ張ろうとする。
「……ふふっ。本当に、緊張感のない連中だわ」
シオンは呆れたように笑いながらも、魔剣『雷月』を握り直し、仲間たちと共に、始源の石碑の奥に広がる黄金の光の中へと、力強くその足を踏み入れた。
東の廃都へと向かう前の、最後の、そして最大の試練。
暁の星徒たちの、己の魂の限界を打ち破るための未知なる闘争が、今、静かに幕を開けようとしていた。
黄金の光の奔流に飲み込まれた五人の視界が晴れた時、彼らの足元には大湧泉の石畳も、見慣れた都市の風景も存在していなかった。
そこは、上も下もない、無限に広がる宇宙のような空間だった。星々の代わりに、極彩色の純粋なマナの結晶体が銀河のように渦を巻き、彼らは目に見えない透明な水面の上に立っているかのように、虚空に浮かんでいた。
息を吸うたびに、肺が焼けるほどの濃密な生命力が体中を駆け巡る。物理法則という概念すら希薄な、純度百パーセントの『魔法の深淵』。
「……信じられねぇ。あの石碑の中に、こんなデカい空間が広がってやがったのか」
ハクが、足元の見えない床を軽く踏み鳴らしながら、紫の瞳を限界まで見開いた。
「空間というより、私たちの精神(魂)が直接、始源のマナの海にダイブさせられている感覚ね」
シオンが、己の両手を見つめながら呟く。肉体は確かにある。だが、それ以上に自分自身の『魂の輪郭』が、かつてないほど鮮明に感じられるのだ。
『……解析完了。ここは物理空間ではなく、大魔導士の記憶と魔力が構築した【概念試練場】です』
カイルの背中にガッチリと抱きついたまま、アノンが緑色の瞳を瞬かせて淡々と告げた。
『……警告。高純度の敵対魔力波長が、全方位から急速に接近中。……これは魔獣ではありません。純粋な【属性の極致】です』
アノンの警告と同時だった。
虚空の星雲が激しく捻じ曲がり、彼らの前後左右に、巨大な人の形をした『何か』が顕現した。
一体は、直視できないほど眩い、純白の光だけで構成された巨神。
もう一体は、光すらも飲み込む、絶対的な漆黒の闇の巨神。
そして、荒れ狂う紫電を纏った雷の巨神など、彼ら自身が持つ魔法の属性を極限まで純化させたような、顔のない概念の化身たちが音もなく立ち塞がった。
「……なるほど。前世の私からのテストってわけね。自分の属性の『究極系』を相手に、どこまでやれるかってことかしら」
シオンが不敵に笑い、漆黒の魔剣『雷月』を横に構える。
「だったら話は早いぜ! 俺の闇が、あんな偽物の闇に負けるわけがねぇ!!」
ハクが真っ先に飛び出した。彼の標的は、自分とは正反対の属性である『純白の光の巨神』だ。
「オラァァァッ!! 闇に沈みやがれ!!」
ハクの両腕から放たれた漆黒の影が、巨大な刃となって光の巨神へと殺到する。
だが。
ズガガガガガッ!!
影の刃が光の巨神の体に触れた瞬間、ジュワッと焼け焦げるような音を立てて、ハクの闇が完全に蒸発してしまった。
「なっ……!? 俺の影が、一瞬で書き消されやがった!?」
驚愕するハクの頭上へ、光の巨神が無慈悲な光の鉄槌を振り下ろす。
「ハク殿、危ない!! ――『白銀・絶対防壁』!!」
カイルが背中にアノンを負ぶったまま、凄まじい脚力でハクの前に飛び出し、白銀の聖剣を掲げて巨大な光の盾を展開した。
光の巨神の鉄槌が、カイルの盾に激突する。
ガァァァァァァンッ!!!!
「ぐぅぅぅぅっ……!! 重い……! ただの物理的な衝撃じゃない、光の魔力そのものが、僕の盾を内側から中和しようと侵食してきます!」
生身の体となったカイルの腕の筋肉が、限界まで悲鳴を上げる。
「カイル! 私の光で支える!!」
リオナがカイルの背後に回り、両手をかざして純白の浄化魔法を注ぎ込もうとした。
しかし、そのリオナとカイルの背後から、今度は『漆黒の闇の巨神』が、音もなく巨大な瘴気の渦を放ってきた。
「チッ! 囲まれたわね!! ――『紫雷・神断』!!」
シオンが飛び退き、闇の巨神の瘴気に向かって極大の紫雷を放つ。
雷鳴が虚空を引き裂き、闇の渦に直撃した。だが、紫雷は瘴気を切り裂くことなく、まるで底なし沼に吸い込まれるように、闇の中に完全に吸収されて消え去ってしまった。
「……嘘でしょ。私の雷が、全く通じない!?」
シオンが唇を噛む。
『……特異点アルファ(シオン)。計算通りの結果です』
カイルの盾の裏側で、アノンが無機質な声を上げる。
『彼らは単なる魔力の塊ではありません。光は光、闇は闇として、一切の不純物を持たない【絶対の概念】です。……光を闇で覆おうとしても、闇を雷で切り裂こうとしても、単一の属性同士のぶつかり合いでは、より質量の大きい概念(巨神)に必ず相殺されます』
「単一の属性じゃ勝てない……。アノン、あんたがさっき言っていた『足し算じゃなく、掛け算』ってことね!」
シオンの紫の瞳に、閃きが走った。
かつて、彼らは昼国と夜国に分かれ、光は光として、闇は闇として、互いを相容れないものとして争い続けてきた。
だが、その偏った属性の純化こそが、神の理が彼らに課した『限界』だったのだ。
「ハク! カイル! リオナ!」
シオンが、虚空に響き渡る声で叫んだ。
「相手の弱点属性を突くんじゃない! 私たちの属性を、完全に混ぜ合わせるのよ!! 自分の魔力の輪郭を解いて、隣にいる相手の魂(魔力)の奥底に、自分の魂を叩き込みなさい!!」
「魔力の輪郭を解く!? 馬鹿野郎、そんなことしたら魔力が暴走して自爆するぞ!!」
ハクが、光の鉄槌を躱しながら怒鳴る。
「私を信じなさい、ハク! あんたは私の影なんでしょ!!」
シオンは、一切の防御を捨て、ハクの隣へと無防備に飛び込んだ。
そして、己の漆黒の魔剣に纏わせていた紫金の雷の制御を、あえて『不安定な状態』へと解き放ったのだ。バチバチと暴走し始めた雷が、シオン自身の腕をも焼き焦がそうとする。
「……ッ、この無茶苦茶な主がァァッ!!」
ハクは悪態をつきながらも、一瞬の躊躇いもなく己の漆黒の影を展開し、暴走するシオンの紫雷を包み込むようにして自身の闇を絡みつかせた。
その瞬間。
ハクの影(闇)が、シオンの雷の暴走を抑え込む『絶縁体』となり、同時に、雷の威力を無限に圧縮するための『漆黒の砲身』へと変貌したのだ。
雷の紫と、影の黒。相反するはずの二つの属性が、互いの魔力の波長を完全に理解し、寄り添い、反発する力を利用して桁外れのエネルギーを練り上げていく。
それはまさに、互いの魂の形を完全に信頼し合っていなければ不可能な、極限の【属性融合】だった。
「……行くわよ、ハク!! これが私たちの、新しい雷よ!!」
「オラァァァッ!! 消し飛ばせェェッ!!」
シオンが魔剣を振り抜く。
刃から放たれたのは、紫でも黒でもない。光すらも飲み込み、そして空間そのものを両断する、一切の音を持たない【黒紫の極光】だった。
ズバァァァァァァァァンッ!!!!
黒紫の斬撃が、立ち塞がっていた『純白の光の巨神』と『漆黒の闇の巨神』の胴体を、二体まとめて一瞬にして斜めに切断した。
単一の概念で構成された巨神たちは、融合という未知のルールの前に一切の抵抗を許されず、音もなく崩壊し、黄金のマナの粒子となって虚空へと溶けていく。
「……やった……! 凄いわ、お姉ちゃん、ハク!!」
カイルの背後から、リオナが歓喜の声を上げる。
「私たちも負けていられないよ、カイル! アノンちゃん、しっかり掴まっててね!」
リオナは、カイルの背中にそっと両手を当てた。
「リオナ様……?」
「カイルの白銀の盾は、誰かを守るための優しくて強い光。……でも、それだけじゃ前に進めない。私の『浄化の光』を、カイルの盾に混ぜ合わせて! 防御を、最大の反撃に変えるの!!」
リオナの純白の魔力が、カイルの背中を通じて、彼の生身の血管へと直接流れ込んでいく。
二つの光。聖騎士の守護の白銀と、聖女の浄化の純白。
カイルは、自身の魂の奥底にリオナの優しさが直接流れ込んでくるのを感じ、全身の血が熱く沸き立つのを覚えた。
「……応ッ!!」
カイルが、目前に迫っていた『雷の巨神』に向かって、聖剣を突き出す。
展開された盾は、もはや防壁ではなかった。純白と白銀が螺旋状に絡み合った、巨大な『光の槍』だ。
「――『聖王の浄化槍』!!」
カイルの盾から放たれた光の極太のレーザーが、雷の巨神の胸を正確に貫き、その概念そのものを浄化して光の粒子へと還した。
「ハァッ……ハァッ……」
四つの巨神が消滅し、黄金の虚空に再び静寂が戻る。
シオンとハク、カイルとリオナ。
四人は荒い息を吐きながらも、互いの顔を見合わせ、そして、信じられないほどの高揚感に包まれていた。
「……信じられねぇ。俺の影が、シオンの雷と完全に混ざり合った。……俺の体の中に、シオンの魔力が流れてるみたいだったぜ」
ハクが、震える自分の両手を見つめる。
「ええ。単なる合体技じゃない。属性の壁を越えて、新しい魔法の概念を創り出したのよ。……これが、前世の私たちが至った『融合領域』」
シオンは、熱を帯びた魔剣を鞘に収め、誇らしげに胸を張った。
『……生体波長の演算、完了。四名の魂の共鳴率が、規定の閾値を突破しました』
カイルの背中から降りたアノンが、虚空の中央を指差す。
そこには、巨神たちが消滅した跡に遺された、黄金に輝く一つの『小さな鍵』が浮遊していた。
シオンがその鍵を手に取ると、温かいマナの波動と共に、前世の自分からの「よくやった」という声なき賞賛が魂に直接響いてくるのを感じた。
「……これで、ようやく準備運動は終わりってわけね。あの泣き虫の神様が待つ廃都の扉を開けるための、最初のパスワードを手に入れたわ」
シオンは黄金の鍵を空高く掲げた。
四人の特異点たちは、過去の自分たちが遺した試練を見事に打ち破り、単なる個の強さを超えた『魂の共鳴』という、神を殺すための最大の武器を手に入れたのである。
黄金の光が収束し、四人とアノンの意識は、再び大湧泉の中央広場へと帰還した。
彼らの目の前にそびえ立つ始源の石碑は、静かに脈打ちながら、試練を乗り越えた彼らを祝福するように、より一層清浄で力強いマナを周囲に放ち続けていた。
「……シオン女王陛下! 無事であられたか!」
広場の外周で待機していたジーグ将軍や龍崎たちが、安堵の表情で駆け寄ってくる。彼らの目には、石碑の前から戻ってきた四人の姿が、以前よりも遥かに巨大で、底知れない威厳を纏っているように映っていた。
「心配かけたわね、みんな。……ええ、最高の収穫があったわ。これでいつでも、東の廃都へ殴り込みをかけられる」
シオンが、仲間たちに向かって不敵に微笑む。
だが、大湧泉の空気を震わせるマナの波動は、彼らの勝利をただ大人しく見守ってはくれなかった。
ゴロゴロゴロゴロ……ッ!!
東の空の彼方。常に赤黒い暗雲が渦巻いていた『硝子の廃都トキオ』の方角から、突如として空を真っ二つに裂くような、極太の真紅の雷が落ちた。
それは自然現象などではない。神の理が、始源の石碑の完全な覚醒と、四人の特異点たちが「融合領域」に至ったことを危険とみなし、いよいよ本格的な【防衛機構の起動】を開始した合図であった。
『……警告(WARNING)。東方座標より、神の理が直接構成した【天理の使徒】の大規模な飛来を検知しました。……目標、この大湧泉の完全消去』
アノンの緑色の瞳が、冷酷なデータを無表情で読み上げる。
「……待ちきれずに、神様の使いっ走りがお出ましってわけね」
シオンは、赤く染まり始めた東の空を睨み据え、ゆっくりと魔剣の柄に手をかけた。
「上等だ! 俺たち龍崎ギルドが打ち上げた魔鋼の剣の切れ味、神様の喉仏に直接ぶち込んでやらぁ!!」
龍崎が大剣を天に突き上げ、白銀の狼騎兵たちが一斉に迎撃の咆哮を上げる。
都市の防衛線を死守する極道と騎士たち。そして、魂の共鳴を果たした四人の特異点。
数千年後の地球を舞台にした、真なるファンタジーの生存戦争。その最初の大きな山場となる、天理の使徒たちとの壮絶なる『大湧泉の防衛戦』が、血湧き肉躍る嵐と共に、今まさに幕を開けようとしていた。




