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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第九章:常闇の死海と、霧に沈む忘却の城塞船

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第九章7『晴れゆく海と、受け継がれる操舵』

陰湿な『幻夢魔道』が支配する城塞船を完全に破壊し、見事な生還を果たした『反逆の泥舟』のクルーたち。

過去のトラウマを乗り越え、確かな力と精神力を手に入れたカイルとリオナ。そして、老いと疲労という残酷な現実を受け入れながらも、極道の意地と経験でそれらをねじ伏せたシオンたち大人組。

彼らの間には、これまでの「保護者と子供」という関係から、背中を預け合う「対等なファミリー」としての新たな絆が結ばれていた。

常闇の濃霧が晴れ、久方ぶりの青空を取り戻した大海原。しかし、休息の時間は長くは続かない。次なる時代へと『黎の魂』を繋ぐための最終目的地は、すでに目と鼻の先まで迫っていた。

「……よし。これで膝の靭帯の修復は終わりました。でも、無茶な力業で軟骨までかなりすり減っているので、数日は絶対に安静ですよ、龍崎さん」


澄み渡る青空の下、静かに波に揺れる『反逆の泥舟』の甲板。

柔らかな『聖光』の魔力を収めたカイルが、額の汗を拭いながら、甲板に大の字になっている龍崎に向かって少しばかり厳しい声を出した。


「へへっ、すまねェなカイル。おかげで痛みが嘘みてェに引いたぜ。……しかし、お前の治癒魔法、前よりずっと温かくて深みが出たな。骨の芯まで染み渡るみてェだ」

龍崎は包帯を巻かれた右膝を軽くさすりながら、豪快に、しかしどこか感慨深げに笑った。


「当然です。僕の光はもう、過去の幻影なんかに揺らぎませんから。……次はシオンさんとハクさんですね。順番に診ますから、そこに座ってください」

「おいおい、すっかり医者気取りかよ。頼もしいじゃねェか」

ハクが苦笑いしながら、大人しくカイルの前に座り込む。


その少し離れた船首では、リオナが『霊樹の風』を巧みに操り、城塞船からの脱出で傷んだ帆の応急処置と、船の進路調整をたった一人でこなしていた。


「リオナ、風の具合はどう?」

マントを羽織り直したシオンが、手すりに寄りかかりながら声をかける。


「完璧よ、シオンさん! 霧が晴れたおかげで、精霊たちの声もはっきりと聞こえるわ。このまま順風満帆に船を進められるはずよ」

振り返ったリオナの翠緑の瞳は、太陽の光を反射してキラキラと自信に満ちて輝いていた。


その頼もしい横顔を見つめながら、シオンは自身の胸の奥――熱く脈打つ『くろの魂』の鼓動を静かに感じ取っていた。

(……ええ。本当に、立派になったわ)


アウストラ大陸を出航した直後、この若き二人はまだ、残酷な世界に怯えるただの子供だった。シオンたち大人組が圧倒的な暴力で敵を蹂躙し、その背中に隠れさせることでしか彼らを守る術はなかった。

しかし、あの陰湿な城塞船での死闘を経て、すべてが変わった。


シオン自身の肉体は、度重なる激戦のオーバードライブにより、確実に『老い』と『摩耗』の限界を迎えつつある。カイルの治癒魔法を受けたところで、魔力回路の奥深くに刻まれた疲労や、コンマ数秒の反応の遅れまでは誤魔化しきれない。

だが、不思議と焦りはなかった。

自分の衰えを補って余りあるほどの「次世代の光」が、今こうして船の帆を張り、傷ついたファミリーを癒やしているのだから。


「……なぁ、姉御」

治療を終えたハクが、シオンの隣に歩み寄り、海風に銀髪を揺らしながら小さく呟いた。

「俺たちの『喧嘩』も、そろそろ潮時かもしれねェな」


その言葉に悲壮感はなく、むしろ心地よい疲労感と達成感が滲んでいた。


「そうね。極道あたしたちのやり方は、これからの時代には少しばかり野蛮すぎるわ。……一番良い形であの子たちにバトンを渡すのが、第一世代あたしたちの最後の仕事よ」

シオンは不敵に笑い、水平線の彼方へと紫の瞳を向けた。


常闇の死海の濃霧が完全に晴れ渡ったことで、これまで隠されていた「真の海域」がその姿を現し始めていた。

透き通るような青い海が、ある一定のラインを境にして、まるで星空のように「無数の光の粒子」を帯びた輝く海流へと変わっているのが見える。


「……見えてきたわね。この大陸の果てであり、全ての始まりの場所」


シオンの視線の先。

光の海流が流れ着く果てに、天を突くような巨大な『大樹のシルエット』が、蜃気楼のようにうっすらと浮かび上がっていた。


光の粒子が溶け込んだ海流は、まるで生きた星の脈絡のように、『反逆の泥舟』を静かに、だが確かな速度で前方へと運んでいく。


「すごい……海が、星空みたいに光ってる……」

船首に駆け寄ってきたカイルが、手すりから身を乗り出して感嘆の声を漏らした。彼の持つ光の魔力が、海流の放つ純度の高い気配と共鳴し、杖の先端がチカチカと呼応するように瞬いている。


「風がなくても、船が勝手に進んでいくわ。まるで、あの大樹に『呼ばれている』みたい」

リオナも風の操作を解き、不思議そうに帆と海面を交互に見つめた。


「呼ばれてる、か。違いねェな」

カイルの治療によって痛みを和らげた龍崎が、足を引きずりながら船首へとやってきた。ハクもその隣に並び、水平線の彼方にそびえ立つ巨大なシルエットを鋭い目つきで見据える。


「姉御。あそこが、俺たち極道ファミリーの最終目的地……でいいんだな?」

ハクの問いかけに、シオンは静かに頷いた。


彼女の胸の奥で、この過酷な旅路を支え続けてきた『くろの魂』が、かつてないほどの熱と重厚な鼓動を帯びて脈打っている。

アウストラ大陸を覆っていた泥の時代。理不尽な暴力と虚無が支配していた世界で、シオンたちはただ己の意地と拳だけを信じて生き抜いてきた。血みどろの抗争、幾多の別れ、そして限界を超えた肉体の酷使。

そのすべての決着をつける場所が、あの天を突く大樹なのだ。


「……ええ。あそこにあるのが、泥の時代からこの世界を切り離し、新しいことわりを根付かせるための中枢よ」

シオンは自身の右腕を見つめ、極彩色の炎を僅かに指先に灯して、海流の光と交わらせるように虚空を撫でた。


「中枢……。じゃあ、シオンさんたちはあそこで……」

カイルが何かを察したように、僅かに不安げな表情でシオンの横顔を見上げる。

シオンは振り返り、若き光の魔法使いの頭を乱暴に、だが確かな愛情を込めて撫でた。


「勘違いするんじゃないわよ、カイル。極道あたしたちはただ終わりに行くわけじゃない。……魂を、繋ぐのよ。あんたたちみたいな、頼もしい連中が生きるこれからの時代にな」


シオンの言葉に、龍崎とハクも己の武器に手をかけながら、不敵な笑みを浮かべた。

老いゆく肉体という容赦ない現実を突きつけられてなお、彼らの瞳には微塵の後悔も、死への恐怖もない。あるのは、己の生きた証を次世代へと託す、歴戦の極道としての揺るぎない誇りだけだった。


ズズズズズズッ……!!


その時、穏やかだった光の海流が突如として激しく逆巻き、泥舟の船体が大きく軋みを上げた。


「なっ……なんだ!?」

龍崎が手すりを掴んで体を支える。


「海流の速度が急激に上がってるわ! 何かに強く引っ張られてる!」

リオナが叫びながら、再び翠緑の瞳を光らせ、風の魔力を練り上げて船のバランスを強引に保とうとする。


「……どうやら、向こうさんも極道あたしたちの到着を待ちわびてるみたいね」

シオンが紫の瞳を細め、吹き荒れる潮風の中で前方を睨み据える。


猛烈なスピードで加速する船の先。

巨大な大樹のシルエットを隠していた最後の薄霧が海風によって完全に吹き飛ばされ、その「異様な全貌」が、ついに一行の眼前に明確な姿を現した。


猛烈なスピードで加速する船の先。

吹き荒れる潮風が最後の薄霧を完全に剥ぎ取った時、『反逆の泥舟』の甲板に立つ五人の極道たちは、息を呑んでその異容を見上げた。


「……嘘でしょ。あれが、樹……なの?」

リオナが翠緑の瞳を見開き、震える声で呟いた。


海流の終着点。そこにそびえ立っていたのは、有機的な植物としての「木」ではなかった。

透明なクリスタルのような無数の太い管が、天の頂から深海へ向かって滝のように降り注ぎ、それが複雑に絡み合って『一本の超巨大な大樹』の形を成しているのだ。

管の中には、星空のような光の粒子が脈打つように流れており、大樹の根元は、かつてアウストラ大陸を覆っていた「泥の時代」の残滓を浄化し、新たなことわりの源泉たる『大いなる泉』へと直結しているようだった。


「圧倒的だな……。この世界そのものを支える、巨大な柱みてェだ」

龍崎が丸太棍棒を握る手に力を込めながら、その威容を睨み据える。


「美しくはあるが、歓迎されてる雰囲気じゃねェな」

ハクが双剣を抜き放ち、鋭い視線を大樹の根元へと向けた。


彼の言う通りだった。

大樹の根元――『大いなる泉』を取り囲むように、光の粒子が異常な濃度で凝縮し始めている。

バチバチッ! と空間そのものがショートするような音と共に、光の中から巨大な「門番」たちが姿を現した。


それは、白亜の装甲に身を包み、背中から幾重にも重なる光の輪を背負った、神々しくも無機質な『神兵』たちであった。

顔には目も鼻もなく、ただ一つの巨大な十字の切れ込みが入っている。手には、泥舟の船体を一撃で両断できそうなほど巨大な光の矛が握られていた。


『――此処ヨリ先ハ、新世界ノ聖域。旧キ泥ノ時代ニ属スル者ノ立チ入リヲ禁ズ』


空気を震わせるような無機質な声が、神兵たちから発せられ、海面全体に波紋を広げた。


「旧き時代の者、か。……確かに、あたしたち極道は、泥の時代から這い上がってきた時代遅れの遺物かもしれないわね」

シオンは風に煽られるマントを押さえながら、唇の端を歪めて不敵に笑った。


彼女の胸の奥で、『くろの魂』が激しく共鳴している。

これから訪れる新たな時代。この大樹が形作る新世界に、闘争と暴力でしか自己を証明できない自分たち第一世代の居場所はない。彼らはここで役目を終え、そして魂の系譜を次へと繋がなければならないのだ。


「でもね……あたしたちの背中には、新しい時代を生きる資格を持った『光』が乗ってるのよ」

シオンの右腕に、極彩色の炎が爆発的に燃え上がった。


「カイル、リオナ! 船の防御と後方支援は任せたわよ!!」

「はいッ! 『聖光・絶対城壁アイギス』!」

「『霊樹の旋風』、船体の周囲に展開します!」

若き二人が即座に魔力を練り上げ、泥舟を完璧な光と風の結界で覆い尽くす。


「龍崎、ハク! 膝と肩の具合はどう!?」

シオンが前を見据えたまま、左右に立つ歴戦の仲間に声をかける。


「へっ、カイルの極上ヒールのおかげで、もうひと暴れするには十分だぜ!」

龍崎が丸太棍棒を肩に担ぎ、凶悪な牙を剥き出しにして笑う。

「俺たちの最後の『喧嘩』の舞台としては、申し分ねェデカさだ。……行くぜ、大将!」

ハクが双剣を交差させ、銀色の瞳にギラギラとした殺意と高揚を宿した。


「ええ……! 道をこじ開けるわよッ!!」


『反逆の泥舟』が、神兵たちの構える光の矛の陣形へと猛スピードで突っ込んでいく。

老いと摩耗を抱えながらも、次世代の光に背中を預けることで真の完成を見た極道たち。

新世界の門番との激絶なる総力戦の火蓋が、今、神々しい創世の大樹の下で切って落とされた。

次世代の完璧なサポートを受け、肉体の衰えを意地でねじ伏せた大人たちは、新世界の門番たちを相手にどのような『極道の喧嘩』を見せつけるのか。

そして、大樹の根元にある「大いなる泉」で彼らを待ち受ける真の試練とは。

クライマックスへ向けてさらに加速していく第八部以降の展開も、どうぞお楽しみになさってください。

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