第八章14『原初の絶望と、極道たちの夜明け』
星の歴史そのものである「大地の意志」からの試練を、仲間との絆を束ねた『極彩色の炎』で見事に打ち破り、自らの器の大きさを見せつけたシオン。
彼女がアウストラ大陸の心臓たる『白磁の結晶』を受け取った瞬間、地下湖の底が崩落し、かつてこの大陸を狂わせた真の起源――絶対的な『漆黒の虚無』が深淵より解き放たれた。
泥だらけの反逆者たちと、星を喰らう原初の絶望。大陸の命運と意地を懸けた、極道たちの「最後の喧嘩」が今、ここに幕を開ける。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォ…………ッ。
音が、光が、そして空間そのものが「吸い込まれていく」ような、底知れぬ悪寒。
アウストラ大陸の最深部、地下湖の底から姿を現したそれは、明確な形を持っていなかった。ただそこにあるだけで周囲の岩盤や純粋なエーテルすらも「無かったこと」にしてしまう、絶対的な『漆黒の虚無』。
「……ッ! 気をつけろ!! こいつはさっきまでの泥人形とは次元が違うぞ!!」
丸太棍棒を構えた龍崎が、滝のような冷や汗を流しながら叫ぶ。
歴戦の豪傑である彼でさえ、本能が「これに触れれば存在ごと消滅する」と警鐘を鳴らしていた。
「触れるどころか、見てるだけで精神が削り取られそうだぜ……っ。これが、この狂った大陸の元凶……『泥の時代』の産声かよ」
ハクもまた、短剣を握る手をガタガタと震わせ、自身の影を周囲に展開して辛うじて立位を保っている。
シュゥゥゥゥゥゥゥ……。
漆黒の虚無がゆっくりと膨張を始める。
それだけで、カイルとリオナが展開していた『聖光・霊樹の盾』が、物理的な衝撃を受けたわけでもないのに音もなく削り取られていく。
「ダメだ……! 魔力そのものが『捕食』されてる! 結界が意味を成さないっ!」
カイルが絶望的な声を上げる。
すべてを否定し、すべてを喰らい尽くす究極の飢餓。
闘争本能すらも飲み込むその原初の絶望を前にして――しかし、シオンだけは口元に不敵な笑みを浮かべ、毅然と立ち塞がっていた。
「……ただ腹を空かせただけの空っぽな暗闇が、この星の終着点だって? 笑わせるんじゃないわよ」
シオンの左手には、大地の意志から託された星の心臓『白磁の結晶』が淡い光を放っている。
彼女はその結晶を己の胸の中央へ――『黎の魂』が脈打つ場所へと力強く押し当てた。
ドクンッ!!!
瞬間、白磁の結晶がシオンの肉体に溶け込み、彼女の全身から先ほどとは比べ物にならないほど巨大な『極彩色の炎』が爆発的に立ち昇った。
アウストラ大陸が数万年の泥の時代で培ってきた星のエーテルと、シオン自身の極炎、紫電、そして仲間たちの魔力が完全に融合した、文字通りの『星の極彩色』。
「龍崎! ハク! カイル! リオナ!」
シオンの鋭く、カリスマに満ちた号令が深淵に響き渡る。
「極道のやり方を、この空っぽな絶望に教えてやるわよ。……一歩も引くんじゃないわッ!!」
「「「「応ッ!!!!」」」」
シオンの背中から放たれる極彩色の炎が仲間たちを包み込む。
すると、虚無のプレッシャーによって削られていたカイルとリオナの魔力が爆発的に回復し、龍崎とハクの肉体に星の活力が満ち溢れていく。
シオンはもはや孤高の覇者ではない。仲間たちと共に戦う『反逆の泥舟』の船長として、星のエネルギーすらもファミリーの絆へと変換してみせたのだ。
「オラァァァァッ!! まずはド派手な挨拶からだぜェッ!!」
極彩色のオーラを纏った龍崎が、丸太棍棒を大上段に振りかぶり、虚無の淵へと跳躍する。
「『極彩・剛雷粉砕撃』!!」
渾身の力で振り下ろされた棍棒から極彩色の衝撃波が放たれ、虚無の表面に凄まじい爆発を巻き起こす。
「遅れんなよ、魔法組! 畳み掛けるぜ!」
「ええっ! 『聖光・極彩の浄化槍』!!」
「リオナ、合わせるよ! 『極彩・霊樹の縛鎖』!!」
ハクの影の刃、そしてカイルとリオナによる極彩色の魔法攻撃が、龍崎の一撃に続いて漆黒の虚無へと容赦なく降り注ぐ。
ズドガァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
仲間たちの総攻撃が虚無に直撃し、深淵の空間が激しく揺れ動く。
すべてを無に帰すはずの原初の絶望が、極道たちの連携によって初めてその膨張を止め、「痛み」を感じたかのように不規則に波打った。
「……さあ、ここからが本番よ」
仲間たちが切り開いた一瞬の隙。
シオンはその道を一直線に駆け抜け、極限まで圧縮した『極彩色の炎』を右拳に宿し、すべてを喰らう漆黒の虚無のど真ん中へと己の身を投じた。
ュゥゥゥゥゥゥゥ…………ッ。
漆黒の虚無の内部は、光も、音も、そして時間の概念すらも存在しない、完全な「無」の世界であった。
足をつく大地もなく、上下左右の感覚すらも奪われる暗黒空間。そこに渦巻いているのは、アウストラ大陸が数万年にわたって流してきた血と暴力の歴史、そのすべての生命を飲み込み、否定し続けてきた「原初の飢餓」のみ。
(……暗くて、冷たくて、底抜けに退屈な場所ね)
虚無の中心へと飛び込んだシオンの全身を、存在そのものを削り取ろうとする強烈な虚無の波が襲う。
肌が焼けるような痛みはない。ただ自身の肉体が、記憶が、魂の輪郭が、少しずつ「無かったこと」へと還元されていくような、静かで絶対的な恐怖。
『……帰れ……無へと……』
『……闘争など……すべて無意味……』
虚無の暗闇から、泥の時代に散っていった無数の生命たちの怨念が、黒い泥のような手となってシオンの四肢に纏わりついてくる。
どれほど強大な闘争本能も、どれほど純粋な殺意も、最後にはこの空っぽな虚無へと飲み込まれ、意味を失う。それが、この星が突きつける究極の絶望であった。
だが――。
「……意味がない? 勝手に極道たちの喧嘩に、冷や水をぶっかけてんじゃないわよッ!!」
シオンの瞳に、強烈な極彩色の光が灯る。
彼女の胸の奥で、星の心臓である『白磁の結晶』と融合した『黎の魂』が、虚無の絶望を塗り潰すような圧倒的な鼓動を鳴らした。
ドクンッ!! ドクンッ!! ドクンッ!!
纏わりついていた怨念の泥が、シオンの全身から噴き出した極彩色の炎に触れ、一瞬にして蒸発していく。
孤独な炎であれば、この無限の虚無に飲み込まれ、やがて消え去っていたかもしれない。しかし今のシオンが纏うのは、仲間たちの魔力と絆、そして大陸の命運を束ねた『星の極彩色』だ。
「聞こえるわよ。外で極道の帰りを待ってる、イカれた連中の雄叫びがね」
絶対の無の世界において、シオンの背中には、カイルとリオナが紡いだ光のパスが確かに繋がっていた。そしてそのパスを通じて、龍崎の豪快な笑い声や、ハクの鋭い闘志が、彼女の魂に途切れることなく熱を注ぎ込み続けているのだ。
『ギ、ギィィィィィィィィィィッ……!!』
虚無が、自身の内部で決して消えることのない「異物」の熱に反応し、激しく波打った。
空間そのものを圧縮するような殺意がシオンへ殺到する。虚無の内部に蓄積されていた歴代の覇者たちの残滓が、巨大な漆黒の刃となって全方位から彼女を切り刻もうと迫った。
「遅いわよ。……そんな過去の残骸に、今の私が遅れをとると思ってるの?」
シオンは虚無の空間を強く蹴り上げ、極炎を推進力として神速で駆け抜ける。
迫り来る漆黒の刃を、自身の右拳に宿した極彩色の炎で次々と真正面から粉砕していく。一切の小細工はない。ただひたすらに前へ、絶望の最奥へと向かって、力と力の真っ向勝負で道を切り開いていく。
ガガガガガガガガガガガガッ!!!
シオンが拳を振るうたびに、絶対の暗闇だった空間に極彩色の爆炎が咲き乱れ、虚無の世界が鮮やかに彩られていく。
それはまるで、泥の時代の凄惨な歴史という分厚い黒雲を切り裂き、新たな夜明けを告げる太陽のようであった。
「さあ、見つけたわよ……! あんたの、一番奥底をッ!!」
無数の刃を砕き散らし、虚無の最奥へと辿り着いたシオンの目の前。
そこには、周囲の漆黒よりもさらに濃く、すべての絶望を一点に凝縮したような「特異点」――虚無の真の『核』が、不気味な脈動を繰り返していた。
「極道の反逆の炎、その腹の底まで味わい尽くしなさいッ!!」
シオンは大きく右腕を振りかぶり、仲間たちの魔力、星の心臓の力、そして自身の闘争本能のすべてを、その一撃に極限まで圧縮した。
第八章の長い長い死闘に終止符を打つ、最後にして最強の一撃が、今まさに原初の絶望へと叩き込まれようとしていた。
ドクンッ……、ドクンッ……!!
すべてを無に帰す原初の絶望――『虚無の核』が、目前に迫るかつてない質量の熱と光に反応し、激しく波打った。
それは、数万年もの間この星の奥底で君臨し続けてきた絶対的な飢餓が、初めて「自らの消滅」という恐怖を悟った瞬間の明滅であった。
「喰らい尽くすばかりの退屈な時代は、ここで終わりよ。……極道の炎で、目を覚ましなさいッ!!」
シオンの右拳に収束した『極彩色の炎』が、もはや拳の形を保てないほどの超高密度のエネルギー球となって膨れ上がる。
歴代の『黎の魂』の主たちの記憶、大地の意志から託された星のエーテル、そして何より、地上でシオンの帰りを信じて魔力を注ぎ続ける『反逆の泥舟』の仲間たちの絆。
そのすべてを乗せた渾身の一撃が、虚無の核の中心へと深く、深く突き刺さった。
「『極彩・黎の超新星』ッ!!!!!!」
カッ……!!!!
音が、消えた。
いや、あまりにも巨大なエネルギーの解放により、大気が振動することすら許されなかったのだ。
虚無の内部で爆発した極彩色の光は、絶対的な暗闇を細胞レベルから内側へと食い破り、無限に膨張していく。
『ギ、ギァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ…………!!!!』
すべての終わりを告げるような断末魔が、空間にひび割れを走らせる。
原初の絶望は、その圧倒的な極彩色の熱量に耐えきれず、自身の輪郭を保てなくなり――直後、巨大なガラス細工が粉々に砕け散るように、音を立てて崩壊した。
ズバァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
地下湖の深淵から噴き出した極彩色の閃光が、アウストラ大陸の分厚い地殻を真っ直ぐに貫通し、赤黒く濁っていた空へと向かって巨大な光の柱となって立ち上った。
それはまさに、地上に新たな太陽が生まれたかのような神々しい光景であった。
「……終わった、のか……?」
強烈な光に腕で目を庇いながら、龍崎が呆然と上空を見上げる。
「見ろよ……空が……っ!」
ハクの震える声に促され、カイルとリオナもそっと目を開けた。
数万年の間、大陸を覆い隠していた赤黒い黄昏の空と有毒な瘴気が、極彩色の光の柱によって綺麗に吹き飛ばされていく。
雲が割れ、そこから差し込んできたのは、見たこともないほどに澄み切った「青空」と、暖かく優しい本物の太陽の光だった。
アウストラ大陸を呪縛していた『泥の時代』が、今、完全に終わりを告げたのだ。
「姉御ォォォォォッ!!」
光の柱がゆっくりと収束し、そこから一つの人影が舞い降りてくるのを見た龍崎が、たまらず駆け出した。
ボロボロになったマントを翻し、ゆっくりと大地に降り立ったのは、もちろんシオンだった。
「……うるさいわね。少しは静かに喜びなさいよ」
シオンは口汚く罵りながらも、その紫の瞳には、かつてないほど穏やかで、しかし確かな達成感に満ちた笑みが浮かんでいた。
彼女の体には無数の傷が刻まれていたが、それすらも極道としての誇り高き勲章のように見えた。
「シオンさんっ! よかった、本当によかった……!」
リオナが泣きながらシオンに抱きつき、カイルも安堵のあまりその場にへたり込む。
「へへッ。やっぱりウチの大将は最高にイカれてるぜ。あんなバケモン、文字通り跡形もなく吹っ飛ばしちまうんだからな」
ハクが鼻の頭を擦りながら、誇らしげに笑った。
「あんたたちが背中を支えてくれたからよ。……極道一人の炎じゃ、あの暗闇には届かなかったわ」
シオンは珍しく素直な言葉を口にし、リオナの頭を優しく撫でた。
その胸の奥で脈打つ『黎の魂』は、孤高の飢餓を乗り越え、仲間と共に歩むという「真の強さ」を知り、静かに、しかし熱く満たされた鼓動を鳴らしている。
青空の下、鋭い黒曜の結晶岩で覆われていた大地から、名も知れぬ小さな緑の芽が顔を出していた。
極道たちがもたらした夜明けの光を浴びて、この未開の野生王国は、これから真新しい歴史を刻んでいくのだろう。
「さあ、帰るわよ。『反逆の泥舟』へ」
シオンが振り返り、ゼッカたちが待つ海岸へと歩き出す。
泥と血に塗れながらも、その足取りはどこまでも力強く、晴れやかだった。
精霊の巨樹を越え、未開の大陸で原初の絶望を喰い破った極道たち。彼らの反逆の航海は、さらなる未知の海域へと続いていく。
アウストラ大陸の奥底に潜んでいた元凶、「原初の絶望」との最終決戦。
すべてを無に帰す虚無に対し、シオンは己の限界を超えるだけでなく、龍崎、ハク、カイル、リオナといった『ファミリー』の魔力と絆を束ね上げた『極彩・黎の超新星』で完全勝利を収めました。
かつての孤独な覇者としての闘争本能を越え、仲間と共に理不尽をぶっ飛ばす。シオンの極道としての器が真に完成し、アウストラ大陸に数万年ぶりの「青空」を取り戻したこの結末は、第八章のフィナーレに相応しいカタルシスに満ちていたと思います。
泥の時代という重い過去を清算し、魂のさらなる高みへと到達したシオン。そして、幾多の死線を越えて真の家族となった『反逆の泥舟』の仲間たち。
極道たちの前に立ちはだかる次なる世界の理不尽とは何なのか。深まる世界の謎と、さらなる熱い死闘に、
どうぞこれからもご期待ください。
第八章までのお付き合い、誠にありがとうございました!




