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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第八章:精霊の巨樹と、未開の野生王国

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第八章12『星の慟哭と、泥だらけの極道』

極限まで圧縮された殺意と、リミッターを外したシオンの命を削る激突。

『内燃式・黎の神速』による超高速のインファイトの末、シオンの放った渾身の『極彩・黎の崩拳』が漆黒の結晶体を粉砕し、死闘はついに決着したかに見えた。

しかし、アウストラ大陸の『泥の時代』の深淵は、その程度の理不尽では底をつかない。砕け散った結晶体のコアは大地とリンクし、大陸そのもののエネルギーを直接吸い上げて、未曾有の絶望たる「第三形態」へと変貌を遂げようとしていた。

満身創痍のシオンと泥だらけの極道たちは、星のエネルギーそのものを味方につけた理不尽にどう立ち向かうのか。真のクライマックスが、今ここに幕を開ける。

ズズズズズズズズズズ…………ッ!!!


闘技場の大地が、いや、大陸全体が苦痛に悲鳴を上げているかのような、重く悍ましい地鳴りが響き渡った。

半身を吹き飛ばされ、完全に沈黙したはずの漆黒の結晶体。その砕けた胸のコアから溢れ出した赤黒いマグマのような液体は、まるで生き物のように地面の亀裂へと這い進み、アウストラ大陸の地下深くに眠る無尽蔵の狂気エーテルを貪欲に吸い上げ始めていたのだ。


「……冗談キツいぜ。あの野郎、自分単体の容量キャパで姉御に勝てねェと悟るや否や、この星の大地ごと自分と同化しようってのか……!」

強風に煽られながら、ハクが血の気が引いた顔で呟いた。


ゴボォォォォォォォォォォッ!!

大地から逆流した紫色の瘴気と赤いマグマが、結晶体の残骸を中心に巨大な竜巻となって渦を巻く。

研ぎ澄まされた極小の「個」であったはずの姿は見る影もなく、周囲の岩盤や泥を強引に取り込みながら、再び山のように巨大な「異形」へと再構築されていく。


「カイル、リオナ! 結界の出力を最大にしろ! 防ぎきれねェぞ!!」

龍崎が前衛に立ち、丸太棍棒を両手で構えて壁となる。


「や、やってるよ! でも、大陸中から集まってくる魔力が強すぎて……っ!」

「ダメ、結界が内側から共鳴して、ひび割れていく……!」

カイルとリオナが展開する『聖光・霊樹の盾』に、無数の亀裂が走る。相手はもはや一個の魔物ではなく、局地的な天災そのものであった。


「ハァッ……、ハァッ……、ゲホッ……!」


その最前線。

巨大化していく異形を見据えながら、シオンが激しく血を吐き捨てた。

リミッターを外し、極炎と紫電を直接血管に流し込んだ『内燃式』の反動は、彼女の肉体を確実に蝕んでいた。紫色の蒸気を上げる全身の筋肉は断裂し、立っていることすら不思議なほどの重傷だ。


「……ハハッ。見苦しいわね。研ぎ澄ました殺意で勝てないとわかった途端、泥と岩の図体にしがみつくなんて。……『泥の時代』の頂点が聞いて呆れるわ」

シオンは痛む右腕を無理やり持ち上げ、再び極炎を宿そうとする。


バチッ……、シュウゥゥゥ……。

しかし、手の中に灯った火の粉は、十分な熱量を持たずに虚しく消え去った。


「姉御ォ!! もう無理だ、限界を超えすぎてる! 一旦下がってくれ!!」

龍崎が血相を変えてシオンの元へ駆け寄る。


「……バカ言わないで。極道あたしが一度喧嘩を売った相手に背中を見せろって言うの、龍崎」

シオンは足元をふらつかせながらも、紫の瞳の闘志だけは全く衰えさせていなかった。

彼女の中の『くろの魂』は、肉体の限界などお構いなしに「目の前の理不尽を叩き潰せ」と狂乱のビートを刻み続けている。


「姉御の矜持は痛いほど分かってる! だがな、大将がここでブッ倒れちまったら、誰が俺たち泥舟の連中を未知の海へ連れて行くんだ!!」

龍崎が、珍しくシオンに声を荒げた。


「そうだよ姉御! あたしたちだって、ただ守られてるだけのお荷物じゃない!……カイル!」

「うんっ! シオンさんの肉体の修復に全魔力を回すよ!」

後衛から駆けつけたリオナとカイルが、シオンの背中に両手を当てる。翠緑の光がシオンの全身を包み込み、焼き切れた神経や筋肉を強引に繋ぎ止め始めた。


「あんたたち……」

シオンがわずかに目を見開く。


「……へへッ。大将が『黎の魂』とやらを燃やして道を作るなら、その背中を支えて、大将の負担を減らすのが俺たち『泥の極道』の仕事だろうが」

ハクが、唯一残った一本の短剣を弄びながら、シオンの隣に並び立った。


「……生意気言うようになったじゃない。たかが船乗りのくせに」

シオンの口元に、不敵な笑みが戻る。


ズゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォッ!!!


極道たちが言葉を交わしたその時、マグマと瘴気の竜巻が弾け飛び、ついに「それ」が完全な姿を現した。


闘技場のすり鉢を完全に埋め尽くすほどの超巨大な岩と泥の胴体。その胸部には、星のエーテルを直接吸い上げるための巨大な「あぎと」が開き、底なしの赤黒い光を放っている。

結晶体の時のような洗練された殺意はない。あるのは、この大陸に足を踏み入れた全ての生命を塵一つ残さず喰らい尽くすという、純粋で巨大な「星の飢え」だけだった。


「来るぜェッ!!」

龍崎が丸太棍棒を構え、迎撃の体勢をとる。


大地とリンクした未曾有の絶望を前に、満身創痍のシオンと、彼女を支える仲間たち。

『反逆の泥舟』に乗る極道たちの、絆と意地を懸けた総力戦が、ついに火蓋を切った。


ゴォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!


大陸の地下深くから汲み上げられた星の血液――赤黒い高濃度のエーテルが、超巨大な異形の胸に開いた「あぎと」へと収束していく。

それは、かつて海で遭遇した災厄の獣が放ったブレスなど比較にならない、純粋な「星の質量」を持った破壊の奔流だった。


「来るぞッ! 踏ん張れェェェッ!!」

龍崎が丸太棍棒を横に構え、丸太のような太い両足を真っ二つに割れた結晶岩の大地へと深く突き立てる。


ズドバァァァァァァァァァァァァンッ!!!!


異形の顎から放たれた赤黒い濁流が、すり鉢状の闘技場を丸ごと飲み込むほどの規模で押し寄せた。

龍崎は、その絶望的な質量の津波に対して真っ向から棍棒を押し当て、巨大な防波堤となって激突する。


「ぐ、おおおおおおおおおおおおおッ!!」

龍崎の全身の筋肉が風船のように膨れ上がり、毛細血管が弾けて血しぶきが舞う。彼が受け止めた濁流は左右に泣き別れ、闘技場の岩壁をドロドロに溶かしながら削り取っていく。


「もたねェぞ、龍崎!!」

ハクが叫ぶ。龍崎が防ぎきれなかった濁流の飛沫が、無数の「泥の槍」となってシオンや後衛のカイルたちへと降り注いできたのだ。


「やらせるかよッ! 『影技・千刃乱舞せんじんらんぶ』!!」

ハクは己の影を無数の刃に変え、全方位から迫る泥の槍を空中で次々と斬り落としていく。だが、一本一本の槍が持つ質量が重すぎる。ハクの影の刃は次々とへし折れ、彼の両腕にも無数の裂傷が刻まれていった。


「二人とも、もう少しだけ耐えて……ッ! シオンさんの魔力回路、繋ぎ合わせます!」

カイルが叫び、リオナと共にシオンの背中に莫大な魔力を注ぎ込み続ける。

翠緑すいりょくの光がシオンの全身の傷を塞ぎ、焼き切れた血管の代わりに光の経路パスを構築していく。


「……バカね。あんたたちまで、一緒に焼け死ぬ気?」

シオンは痛みに顔を歪めながらも、背中から伝わるカイルとリオナの温かく、力強い魔力に目を伏せた。


船長キャプテンを見捨てる船員なんていませんよ! 僕たちは『反逆の泥舟』のクルーだ!」

「そうだよ姉御! あたしたちの魔力、全部使って!!」


前衛で血反吐を吐きながら濁流を食い止める龍崎とハク。

後衛で己の限界を超えて命の光を灯し続けるカイルとリオナ。

その姿を見た瞬間、シオンの胸の奥で荒れ狂っていた『くろの魂』の脈動に、ある変化が訪れた。


これまでのシオンは、強大な敵を前にすると、己の闘争本能の赴くままに「個」としての暴力を極限まで高めてきた。それはアウストラ大陸の『泥の時代』における、絶対的な弱肉強食のことわりそのものであった。

だが今、彼女の内に宿る魂は、一人で全てを焼き尽くす孤高の炎ではなく、仲間たちの魔力と意志をまきにして燃え上がる、全く新しい熱を帯び始めていたのだ。


「……そうね。極道あたしがトップを張るファミリーの連中が、この程度の理不尽で潰れるわけないわよね」


シオンの紫の瞳に、再び強烈な光が宿る。

彼女はゆっくりと立ち上がり、血と泥に塗れた両手を前へと突き出した。


「龍崎、ハク! 退きなさいッ!!」


シオンの鋭い号令。

それを聞いた瞬間、龍崎とハクは一切の躊躇なく防御を解き、左右へと全力で跳躍した。


直後、二人をすり抜けた赤黒い濁流が、無防備となったシオンたちを真っ向から飲み込もうと迫る。

しかし、シオンの口元には獰猛で、かつてなく晴れやかな笑みが浮かんでいた。


「カイル、リオナ。あんたたちの魔力、極道あたしの炎で『極彩色』に染め上げるわよ」

「「はいッ!!」」


シオンの全身から、先ほどまでの自壊を伴う内燃エネルギーとは違う、圧倒的に澄み切った極炎と紫電が立ち昇る。

それに呼応するように、カイルとリオナの翠緑のエーテルが炎の中に吸い込まれ、三つの魔力が完全に融合した。


「喰らい尽くしなさい……ッ! 『極彩・黎の連理れんり』!!」


シオンの両手から放たれたのは、破壊の炎ではない。

極炎、紫電、そして霊樹の生命力が複雑に絡み合った「極彩色の巨大な大樹」のような防壁エネルギーだった。


ズゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォンッ!!!


星の質量を持った赤黒い濁流が極彩色の防壁に激突する。

しかし、シオン一人の力ではなく、極道たちの絆と魔力が結合したその壁は、未曾有の絶望たる濁流を真正面から受け止め、あろうことかその星のエーテルすらも防壁の「養分」として吸収し、さらに巨大に、より眩く輝き始めたのである。


ピキピキピキィィィィィィィッ!!


巨大な『極彩色の防壁大樹』が、異形の顎から放たれた星の質量の濁流を根こそぎ吸収していく。

アウストラ大陸の地下深くから組み上げられた絶望的なエネルギーは、シオンの極炎、紫電、そしてカイルとリオナの翠緑のエーテルと絡み合い、彼女の支配下にある「極上の燃料」へと強制的に変換されていた。


「ギ、ギィィィィィィィィィッ!!?」

星のエーテルを逆吸収され始めた異形が、本能的な恐怖に巨大な体を仰け反らせる。

濁流のブレスを止め、闘技場を埋め尽くすほどの泥岩の剛腕を振り上げ、シオンたちの防壁ごと物理的に叩き潰そうと迫った。


「そのデカい腕、大将には届かせねェよッ!!」

「オラァッ! 邪魔だぜ、泥ダルマ!!」


防壁の両脇から飛び出したのは、ハクと龍崎だった。

ハクの『影技・黒曜の牙』が異形の右腕の関節を鋭く削り取り、龍崎の渾身の丸太棍棒が左腕の岩盤を粉砕する。

二人の極道の決死の迎撃によって異形の体勢が大きく崩れ、その無防備な胸のコア――星のエーテルを吸い上げる巨大な顎が、完全にガラ空きとなった。


「上出来よ、あんたたち!!」


シオンの紫の瞳が、獲物を仕留める猛禽のように鋭く細められる。

彼女は背後のカイルとリオナから注がれる魔力と、防壁の大樹が吸い上げた星のエーテルのすべてを、自身の右腕一本に極限まで圧縮し始めた。


バチバチバチバチィィィィィィィンッ!!!!


シオンの右腕に、かつてない質量と熱量を伴った「極彩色の螺旋」が収束していく。

もはやそれは彼女一人の炎ではない。

『反逆の泥舟』に乗る仲間たちの絆と、大陸の闘争の歴史すらも飲み込み、一本の長大な「光の槍」へと形を変えていく。


「借りたモンは、利子をたっぷりつけて返す。……それが極道あたしの流儀よッ!!」


シオンは大きく踏み込み、極限まで圧縮された光の槍を、異形の胸のコアへ向けて全力で投擲した。


「喰らいなさいッ! 『極彩・黎の反逆杭リベリオン・パイル』!!!」


ズゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!


投擲された極彩色の杭は、空間そのものをドリルように抉り開けながら一直線に飛翔し、異形の胸のコアへと寸分の狂いもなく突き刺さった。


「ガ、ギ、ギェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!!!」

星の慟哭のような、あるいは断末魔のような絶叫がアウストラ大陸全土を震わせる。


突き刺さった『反逆杭』から、超高密度の極彩色エネルギーが異形の内部へと爆発的に解放された。

大陸とリンクしていたエーテルの供給線が根こそぎ焼き切られ、超巨大な泥岩の肉体が内側からドロドロに融解していく。

もはや再生の余地はない。何十万度という熱量と仲間たちの浄化の光が、この混沌の大地が生み出した未曾有の絶望を、細胞の一つ一つから完全に消滅させていく。


ドバァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!


太陽が地上で爆発したかのような閃光が闘技場を包み込み、巨大な異形の姿は、星の塵となって黄昏の空へと完全に吹き飛ばされた。


「……ハァッ……、ハァッ……」

閃光が収まり、赤黒い濁った空からパラパラと灰が降り注ぐ中。

シオンは右腕をだらりと下げ、その場に片膝を突いた。


「姉御ッ!!」

「シオンさん!!」

龍崎、ハク、そしてカイルとリオナが血相を変えてシオンの元へ駆け寄る。


「……慌てないで。死んでないわよ」

シオンは肩で激しく息をしながらも、仲間たちを見上げてフッと口角を上げた。

限界を超えた『内燃式』の代償で全身はボロボロだが、カイルとリオナの魔力供給のおかげで、致命的な崩壊だけは免れていた。


「へへッ……。無茶しやがるぜ、ウチの大将は」

龍崎が丸太棍棒を地面に放り出し、どっかりと腰を下ろして汗を拭う。

「バカ言え、姉御一人じゃ今回は本気でヤバかった。俺たちの連携あってこその勝利だぜ」

ハクもまた、唯一残った短剣を鞘に収め、安堵の息を吐き出した。


シオンの胸の奥で脈打つ『くろの魂』が、これまでのような飢えた獣の唸りではなく、どこか穏やかで、深く満たされたような鼓動を鳴らしている。

孤高の暴力だけでなく、仲間と力を合わせ、より強大な理不尽をねじ伏せたこと。それが、この魂にとっての新たな進化の兆しなのかもしれない。


「……見て、姉御。あそこ」

リオナが、異形が消滅した闘技場の奥を指差した。


異形のコアが大陸とリンクしていた巨大な亀裂。その亀裂の奥から、禍々しい紫色の瘴気とは異なる、どこか静謐で、しかし圧倒的な「原初の魔力」の光が漏れ出していた。


「……どうやら、ただの泥人形との遊びはここで終わりのようね」

シオンは龍崎の肩を借りてゆっくりと立ち上がり、その奥深くへと続く深淵の道を見据えた。


「行くわよ。この混沌の大陸の『本物の心臓』が、あの奥で極道あたしたちを待ってるわ」


泥だらけの反逆者たちは、互いの傷を庇い合いながら、未開の野生王国の最深部へと、その重く確かな一歩を踏み出すのであった。

星の質量そのものを吸い上げ、絶望的な天災へと変貌した第三形態の異形。

かつてのシオンであれば、己の闘争本能だけで全てを焼き尽くそうとし、あるいは限界を超えて自壊していたかもしれません。しかし、彼女は『反逆の泥舟』の船長として、仲間たちの魔力と絆を受け入れることを選びました。

龍崎とハクが道を切り開き、カイルとリオナが魔力を注ぎ、シオンがそれを束ねて放った『極彩・黎の反逆杭リベリオン・パイル』。それはまさに、彼ら「ファミリー」だからこそ成し得た、星の理不尽に対する痛快な反逆の一撃でした。


さて、全14部構成で紡がれてきたこの第八章も、残すところあと2部。

ついに深淵の闘技場の奥深く、アウストラ大陸の「真の心臓部」へと続く道が開かれました。


シオンの中の『黎の魂』が求める闘争の歴史の果てに、一体何が待ち受けているのか。

極道たちの過酷な航海の総決算を、最後まで見届けていただければ幸いです。

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