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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第八章:精霊の巨樹と、未開の野生王国

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第八章9『混沌の大地と、狂気に染まる空』

混沌の海に潜んでいた災厄の獣を、アウストラ大陸の泥の記憶と共鳴した『極炎・黎の顎』で跡形もなく喰い破ったシオン。

荒れ狂っていた狂気の海は不気味なほどの静寂を取り戻し、分厚い暗雲の切れ間から、ついに次なる闘争の舞台である「未知の大陸」がその全貌を現した。

帝国の無機質な論理ルールも、巨樹の島の大自然の摂理も通じない、純粋な狂気と未知のエーテルが支配する大地。

全14部構成で苛烈な死闘を紡いできた第八章も、いよいよ後半戦の佳境となる第九部へと突入する。

物理法則すら歪む嵐をねじ伏せ、規格外のタフさを証明した『新生・反逆の泥舟』と共に、泥だらけの極道たちはいよいよ新たなる厄災の地へと上陸を果たす。アウストラ大陸の凄惨な「泥の時代」の記憶と共鳴するシオンたちの、血湧き肉躍る新たな死闘の幕が上がる。

ザザァァァァンッ……。


『新生・反逆の泥舟』の頑強な船首が、波をかき分けて未知の大陸の沿岸へと乗り上げる。

だが、そこは巨樹の島のような美しい白い砂浜ではなかった。波打ち際から陸地に向かって広がっていたのは、黒曜石のように鋭く尖った、無数の「漆黒の結晶岩」で覆われた荒涼たる大地であった。


「……おいおい、こいつぁ砂浜ってレベルじゃねェな。まるで刃物の上を歩いてるみたいだぜ」

タラップを降り、分厚いブーツの底で黒い岩を踏み鳴らしながら、龍崎が顔をしかめる。

岩同士が擦れるたびに、ガラスを引っ掻いたような不快な音が響き、足元から微弱な紫電がバチバチとはぜていた。


「上もヤバいぜ。太陽は真上にあるはずなのに、なんだよこの空の色は」

龍崎に続いて降り立ったハクが、目を細めて上空を見上げる。

空は青でもなく、嵐の黒でもない。まるで凝固しかけた血液のような、赤黒く濁った「黄昏の色」に染まっていた。雲は不気味な渦を巻き、大気そのものがドロドロとした重い瘴気を孕んでいる。


「大気中のエーテル濃度、極めて異常。かつ、未知の毒素または精神に干渉する『呪い』に近い成分が含まれています。生身での長時間の活動は推奨されません」

船の甲板から周囲をスキャンしていたゼッカが、無機質な声で警告を発した。


「わかった! カイル、僕たちの魔力でみんなを覆うよ!」

「ああ。光のフィルターで、大気中の瘴気を中和しよう」

タラップの上からカイルとリオナが杖を掲げると、淡い光の粒子がシオンたちの周囲に薄いバリアを展開し、息苦しかった空気をスッと浄化していく。


「助かるわ、二人とも。……それにしても、いい匂いね」

先陣を切って黒い結晶の大地に降り立っていたシオンは、光のバリア越しに深呼吸をし、獰猛な笑みを浮かべた。


「帝国の無菌室みたいな退屈な街とは大違い。命を直接すり潰すような、むせ返るような闘争の匂いがするわ。……私の中の『くろの魂』が、ここがアウストラ大陸の『泥の時代』に一番近い場所だって喜んでる」

シオンの紫の瞳が、血のように赤い空の光を反射して怪しく輝く。


「ゼッカ。あんたとセブンたちは、船の防衛機構とリンクしてここで待機よ。この大陸の狂気は、心を持ったばかりのあの子たちには少し刺激が強すぎる。万が一の時は、ハイブリッド・コアの全力砲撃で私たちを援護しなさい」

「了解しました、シオン女王陛下。……どうか、ご武運を」


ゼッカと市民たちに船の守りを任せ、シオン、龍崎、ハク、そしてカイルとリオナの五人は、赤黒い霧が濃く立ち込める大陸の奥地へと足を踏み入れた。

植物の気配は一切なく、あるのはねじ曲がった奇岩と、地面の亀裂から吹き出す紫色の蒸気だけ。


「……なぁ姉御。さっきから嫌な気配がするんだが。誰かに見られてるっつーか……」

影のなかに身を潜めるように歩いていたハクが、愛用の短剣の柄に手をかけながら呟いた。


「ええ、分かってるわ。……熱烈な歓迎の宴の準備をしてくれてるみたいじゃない」


シオンが歩みを止めたその瞬間。

彼らを取り囲むように乱立していた漆黒の結晶岩の陰から、泥と岩が混ざり合ったような異形の獣たちが、赤い瞳をギラつかせながら次々と姿を現し始めた。


「ギルルルルルル……ッ!!」

「シャァァァァァァッ!!」


ドロドロとした粘体の泥に、鋭利な岩石の破片が装甲のようにへばりついた醜悪な姿。知性など微塵も感じさせない、ただ純粋な殺意と飢えだけがその赤い瞳に宿っている。


「オラァッ!! 近寄るんじゃねェッ!!」


先陣を切ったのは龍崎だった。彼は大上段に構えた丸太棍棒を、先頭の獣の脳天へと容赦なく振り下ろす。

ドゴォォォォンッ!!

規格外の膂力によって獣の上半身が岩石の装甲ごと粉砕され、周囲に泥の雨が降り注ぐ。だが、倒れたはずの獣の残骸は蠢き、地面の亀裂から噴き出す紫色のエーテルを吸収して、瞬く間に元の姿へと再生し始めた。


「……チッ、不死身かよ! 叩き潰した先から元に戻りやがるぞ!」

龍崎が舌打ちをして棍棒を構え直す。


「物理的な破壊だけじゃキリがないみたいだね。……リオナ、周囲の瘴気を浄化しつつ、魔力の供給線を絶つよ!」

「うんっ! 『聖光・浄化の波紋ホーリー・パルス』!!」


カイルとリオナが背中合わせに杖を掲げると、彼らを取り囲む光の結界から高純度の波紋が放たれた。

光の波に触れた獣たちは、悲鳴を上げて岩石の装甲をポロポロと崩し、動きを鈍らせる。二人の光魔法は、大気中の猛毒を防ぐだけでなく、この大陸の狂ったエーテルに依存する獣たちの再生能力を劇的に削いでいた。


「ナイスだぜ、魔法組! 動きが止まればこっちのもんだ!」

ハクが結晶岩の陰から影のように飛び出し、両手に持った短剣を閃かせる。

「『影技・黒曜の牙』!」

彼の影が鋭い刃となって伸び、動きの鈍った三頭の獣の「核」と思しき胸元の赤い結晶を正確に貫き、粉砕した。

核を失った獣たちは、今度こそ再生することなく、ただの泥の塊となって地面へと崩れ落ちる。


「……ふふっ。なかなか骨のある歓迎じゃない」

次々と湧き出す獣の群れを前にしても、シオンの紫の瞳は楽しげに細められていた。


彼女はマントを翻し、一切の防御を捨てて敵陣のど真ん中へと悠然と歩み出る。

前後左右から一斉に飛びかかってくる四頭の獣。鋭い岩の爪がシオンの全身を引き裂こうと迫るが、彼女は避ける素振りすら見せない。


「燃えカスすら残さないわ。……『極炎・紫電の檻』」


バチィィィィィィィィンッ!!

シオンの全身から、極炎と紫電が混ざり合った高圧縮のエネルギーがドーム状に爆発した。

彼女に触れようとした四頭の獣は、断末魔を上げる間もなく、細胞レベルで炭化し、黒い灰となって虚空に消え去る。核を砕く必要すらない、圧倒的な熱量による完全消滅だった。


「ハハッ、相変わらず姉御の火力はデタラメだぜ!」

ハクが影を操って後続の獣を足止めしながら笑う。


「当然よ。この程度の泥遊びで満足してもらっちゃ困るわ。……もっと絶望的な理不尽を叩き潰さなきゃ、私の中の闘争本能が満たされないのよ」

シオンは右手に極炎をチロチロと這わせながら、さらに奥深く、赤黒い霧が濃く立ち込める大陸の中心部へと獰猛な視線を向けた。


ズズズズズズズズズズ…………ッ!!


シオンの底知れぬ闘争心に呼応したかのように、突如として大地そのものが大きく揺れ始めた。

周囲に乱立していた無数の漆黒の結晶岩が、まるで巨大な胃袋に飲み込まれるように次々と地面へと引きずり込まれ、代わりに赤黒い瘴気が間欠泉のように一斉に噴き上がる。


「……おいおい、今度は何のお出ましだ!?」

激しい地鳴りに顔をしかめ、龍崎が棍棒を構えて警戒の声を上げる。


「みんな、結界の出力を上げるよ! 何か、とてつもない魔力反応が下から……!」

カイルが顔を青ざめさせ、リオナと共に杖を強く握りしめた。


シオンたちの目の前、地面が巨大なすり鉢状に陥没し、その底から湧き出す泥の海が不気味な渦を巻き始める。

雑兵の獣たちが恐れをなして後退し、泥と同化していく中、渦の中心から姿を現したのは、数多の獣たちを何百匹も融合させたような、おぞましくも巨大な「泥岩の巨人」であった。


頭部にあたる部分には、ひび割れた仮面のような巨大な漆黒の岩盤がへばりつき、その奥で三つの赤い眼光が不気味に瞬いている。体長は見上げるほどに巨大で、全身から高濃度の紫色の瘴気を、まるで怒りの蒸気のように激しく噴き出していた。


「……冗談だろ。あんなデカブツまで、このイカれた大陸にはうようよしてやがるのか?」

ハクが冷や汗を拭いながら、両手の短剣を構え直す。


「ガハハッ! デカけりゃデカいほど殴り甲斐があるってもんだ! いくぜェッ!!」

龍崎が恐怖など微塵も感じさせない豪快な笑い声を上げ、丸太棍棒を力強く握りしめて大地を蹴った。


巨人は、足元へ向かってくる龍崎を見下ろすように、ゆっくりと腕を振り上げる。その腕は無数の鋭利な結晶岩が連なって構成されており、一本一本が城壁のような恐ろしい質量を持っていた。


ドッゴォォォォォォォォンッ!!


巨人の剛腕が容赦なく振り下ろされ、迎撃した龍崎の棍棒と真正面から激突する。

桁外れの衝撃波が周囲の赤い瘴気を吹き飛ばし、黒い結晶岩の大地がクレーターのようにすり鉢状に砕け散った。


「ぬぅぅぅッ……! さすがに重てェ一撃だぜ……!」

あの龍崎の規格外の膂力をもってしても、巨人の理不尽な質量には押し込まれ、彼の足元の大地がメリメリと沈み込んでいく。


「龍崎さん! 今、僕たちが援護を……!」

カイルが杖を構えようとした瞬間、巨人の背中から無数の「泥の触手」が鞭のように飛び出し、後衛のカイルとリオナへと雨霰と降り注いだ。


「させないよっ! 『聖光・霊樹の盾』!」

リオナが瞬時に展開した翠緑すいりょくの光の結界が触手を弾き返すが、触手は先端を鋭い岩石の槍へと変形させ、次々と結界に突き刺さってくる。ギリギリと嫌な音を立てて、光の盾がゴリゴリと削られ始めた。


「……チッ、図体の割に器用な真似しやがって!」

ハクが影を伝って巨人の死角へと回り込み、関節部分の泥を削ごうと『黒曜の牙』を振るう。だが、巨人の体を構成する泥は強靭なゴムのような弾力を持っており、ハクの鋭い刃ですら深く通らない。


圧倒的な質量、自己再生する泥の肉体、そして後衛を的確に牽制する無数の手数。

この大陸の混沌をそのまま凝縮し、体現したかのような巨人の暴威の前に、仲間たちの攻め手が完全に膠着しかけた――その時だった。


「どきなさい、あんたたち」


冷たく、しかし地殻の下で煮えたぎるマグマのような闘志を孕んだ声が響いた。

シオンだ。彼女は、紫電と極炎を全身にバチバチと這わせながら、猛威を振るう巨人へと向かって、一歩、また一歩と悠然と歩み寄っていた。


「姉御! こいつの泥、半端な物理攻撃じゃ弾かれちまうぞ!」

後方に跳躍して距離を取ったハクが叫ぶ。


「知ってるわ。アウストラ大陸の『泥の時代』を生きた化け物たちは、皆これくらいタフだった。……だからこそ、最高に燃やし甲斐があるのよ」


シオンの紫の瞳が、巨人の三つの赤い眼光と真正面から交錯する。

彼女の胸の奥で、数多の世代を超えて受け継がれてきた『くろの魂』が、かつての宿敵を前にしたかのように、狂喜の重低音を響かせていた。


「物理が通らないなら、その理不尽な質量ごと、跡形もなく焼き尽くすまでよ。……私の炎は、もう帝国の箱庭サイズじゃないわ」


シオンは右腕を真横に振り抜いた。

その瞬間、彼女の周囲の大地が超高熱によってドロドロのマグマへと変貌し、周囲の空間そのものが陽炎のように激しく歪み始めた。


ゴォォォォォォォォォォォォォォッ!!


シオンの足元から同心円状に広がった超高熱が、漆黒の結晶岩で覆われた大地を一瞬にしてドロドロのマグマだまりへと変えていく。

赤黒い空気が陽炎のように激しく歪み、大気中の有毒な瘴気すらも、その圧倒的な熱量に耐えきれずプラズマ化して弾け飛んだ。


「グルルルルルルルルルッ……!!」

本能的な死の恐怖を感じ取った泥岩の巨人が、残された三つの剛腕を大きく振りかぶり、シオンをその熱もろとも押し潰そうと襲いかかる。


「遅いわ。……そんな鈍重な質量、ただの巨大なまきよ」


シオンは一切退かず、マグマに染まった大地を蹴って自ら巨人へと肉薄した。

彼女の右腕に、紫電と極炎、そして巨樹のエーテルが融合した『極彩色の劫火』が限界まで圧縮され、刃のように鋭く形を成していく。


「消し飛びなさいッ! 『極彩・黎の断頭刃だんとうじん』!!」


シオンが右腕を横一文字に振り抜いた瞬間。

極彩色の炎が、超高熱の巨大な三日月状の斬撃となって放たれた。


ズバァァァァァァァァァァァァァァンッ!!


空間そのものを焼き切るような鋭い音が響き渡る。

巨人が振り下ろした城壁のような岩石の剛腕が、そしてそれに続くおぞましい泥の胴体が――シオンの放った極彩色の斬撃に触れた瞬間、何の抵抗も見せることなく「バターのように」真っ二つに両断された。


「ギ、ギギ…………ッ!?」

巨人の三つの赤い眼光が、驚愕に見開かれた直後。


ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!


両断された断面から超高圧縮の極炎が内部へと一気に侵入し、巨人の巨体を内側から大爆発させた。

再生する隙など全くない。強靭な弾力を持っていた泥の肉体も、鋼鉄より硬い漆黒の結晶岩も、何十万度という理不尽な熱量の前では一瞬で蒸発し、黒い灰すら残さず虚空へと消え去った。


凄まじい熱風が嵐のように吹き荒れ、後衛のカイルとリオナが展開する『霊樹の盾』が激しく軋む。

「す、すごい熱量だ……! バリアがギリギリだよ……ッ!」

「がんばって、カイル! ここで破られたら丸焦げになっちゃう!」


やがて、網膜を焼くような閃光と熱波が収まると、そこには直径数十メートルにわたる巨大なマグマのクレーターだけが残されていた。

巨人の痕跡は、周囲に漂う微かな紫色の残滓のみである。


「……フゥ。ちょっとはマシな火力が出せるようになってきたわね」

マグマの池の中心で、全く無傷のシオンが、右腕に残る極炎の火の粉をフッと息で吹き消した。

彼女の胸の奥で脈打つ『くろの魂』が、極上の餌を平らげたような心地よい満足感を響かせている。


「ガハハハハッ! 相変わらず容赦のねェ姉御だぜ! デカブツが文字通り一瞬で消え失せちまったじゃねェか!」

バリアの中から飛び出してきた龍崎が、クレーターの惨状を見て痛快そうに笑い声を上げる。


「笑い事じゃねェよ……。味方じゃなかったら、今頃俺たちもまとめて灰になってたぜ」

ハクが冷や汗を拭いながら、呆れたように肩をすくめた。


「これで少しは静かになったわね。……さあ、先を急ぐわよ」

シオンは踵を返し、赤黒い瘴気が渦巻く大陸のさらなる奥地へと視線を向けた。

これほど派手な戦闘を行ったにもかかわらず、彼女の紫の瞳には一切の疲労の色はなく、むしろこれから始まる真の死闘への渇望でギラギラと輝いていた。


「この先には、あの程度の泥人形とは比べ物にならない『本物』の狂気が眠っているはずよ。……アウストラ大陸の泥の時代、その深淵を覗きに行くわ」


極道たちの歩みは止まらない。

泥だらけの反逆者たちは、かつてない闘争の熱を帯びたシオンを先頭に、理不尽と狂気が支配する混沌の大地をさらに深くへと進んでいくのであった。

理不尽な質量と再生能力を誇る混沌の巨人。しかし、アウストラ大陸の『泥の時代』の記憶と共鳴し、かつてないほどの熱を帯びたシオンの『極彩・黎の断頭刃』は、その理不尽すらも一瞬にして焼き尽くすという圧倒的な力を見せつけました。

「物理が通らないなら、その質量ごと跡形もなく消し飛ばす」。シオンの極道としてのブレない強さと、それを支える仲間たちの連携が、この狂気の大地でも健在であることを証明するエピソードとなりました。


さて、全14部構成という非常に長大なスケールでお届けしているこの第八章も、第九部を終え、いよいよ後半戦の佳境へと差し掛かっていきます。


見え隠れするアウストラ大陸の『泥の時代』の記憶と、この混沌の大地の関係とは何なのか。シオンたちが奥地で出会う「本物の狂気」とは――。

次なる第十部、そして第十四部の章完結へ向けて、物語はさらに激しく、熱い展開へと加速していきます。引き続き、極道たちの過酷な航海をお楽しみください。

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