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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第八章:精霊の巨樹と、未開の野生王国

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第八章8『泥の記憶と、混沌の海に潜む厄災』

帝国のルールが及ばない、純粋な混沌と狂気が支配する未知の海域。

その圧倒的な暴威を前にしても、大自然と機械の相反する力を極彩色の炎で束ねた『新生・反逆の泥舟』の進撃は止まらない。

荒れ狂う漆黒の大渦を真っ向から粉砕し、泥だらけの極道たちは次なる厄災が渦巻く「混沌の大陸」へと迫りつつあった。

雷鳴が轟き、重力すらも歪む地獄の海。その最深部でシオンの内に宿る『くろの魂』が、遠き「アウストラ大陸」を血と泥で染め上げた「泥の時代」の凄惨な記憶と激しく共鳴し、かつてない闘争の産声を上げる。

星の理すら喰い破る、極道たちの過酷な航海の果てに待つものとは。重厚なる死闘の幕が、再び上がる。

ァァァァァァァァァァッ!!


鼓膜を破らんばかりの轟音と共に、海面から真上に向かって「黒い滝」が逆流していく。

重力すらもランダムに狂い始めた混沌の海域。空からは紫色の雷が網の目のように降り注ぎ、海は巨大なすり鉢のように荒れ狂っていた。


「おいおいおい! 海水が空に向かって落ちていくなんて、どういう冗談だ!? 船が浮いてるのが奇跡じゃねェか!」

マストに身体を縛り付けたハクが、逆巻く黒い波濤を見下ろしながら叫ぶ。


「ガハハハハッ! 遊園地の絶叫マシンより百万倍面白ェ! 気合入れろォッ!!」

甲板では、龍崎が船体を襲う巨大な岩の破片――空間の歪みによって生み出された質量兵器――を、自慢の丸太棍棒で次々とホームランのように打ち返していた。


「右舷、重力異常による時空のズレを感知! ……カイル、リオナ、結界の位相を0.5秒遅らせて展開してください!」

「了解! リオナ、魔力を回すよ!」

「うんっ! 『聖光・霊樹の盾(反転)』!!」

ゼッカの人間離れした計算速度と、カイル、リオナの精密な光魔法の連携によって、精霊樹の骨組みがキシキシと鳴りながらも、対魔鋼の装甲は見事に混沌の衝撃を弾き返し続けていた。セブンたちサイボーグ市民も、必死に魔力回路の冷却を手伝い、船全体の機能を維持している。


「……」

船首に立つシオンは、吹き荒れる暴風雨の中、微動だにせず前方を見据えていた。

周囲で狂い咲く混沌のエーテル。それは、帝国の無機質なエネルギーとも、巨樹の島で触れた純粋な生命力とも違う。

強烈な血と泥の匂いがする、ひどく原始的で暴力的な力だ。


(――知ってるわ。この肌を刺すような、生々しい狂気の匂い)


シオンの胸の奥で、世代を超えて受け継がれてきた『くろの魂』が、激しい共鳴を起こして脈打っていた。

それは彼女の魂がかつて経験した、遥か昔の記憶。

アウストラ大陸がまだ未分化の混沌に包まれ、強者のみが血肉を喰らい合っていた弱肉強食の極致――『泥の時代』の気配そのものだった。


「帝国の皇帝カイザーが作った綺麗な箱庭には、こんな泥臭いバグは存在しなかった。……つまり、この狂気こそが、この星の『本来の姿』に近いってことね」

シオンは獰猛な笑みを浮かべ、右手に極炎をバチバチと這わせた。


ピピピッ……!!

『警告。前方海底より、超巨大なエーテル反応が急速浮上中。……規格外です。既存の生体データに該当しません!』

ゼッカの切羽詰まった声が響いた直後だった。


ズドドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!


船の眼前、漆黒の海面が山のように隆起し、巨大な水柱と共に「それ」が姿を現した。

対魔鋼の装甲を纏ったハイブリッド船すらも丸呑みにできそうなほどの、絶望的な巨体。無数の禍々しい触手と、マグマのように赤く輝く亀裂が走る岩石の甲殻。

それは帝国の機械兵などではなく、星の混沌のエーテルが直接受肉したような、純粋なる『災厄の獣』であった。


「ギィィィィィィィィィィヤァァァァァァァッ!!」

空間を削り取るような咆哮が放たれ、強烈な衝撃波が船を襲う。


「……上等じゃない。アウストラ大陸の泥の時代を思い出す、最高のウォーミングアップよ」

シオンは一切怯むことなく、マントを翻して甲板の最前線へと歩み出る。


「野郎ども! あのバカでかい混沌の塊をミンチにして、新天地への道をこじ開けるわよ!!」


「ギシャァァァァァァッ!!」


天を突くほどの巨体を持つ災厄の獣が、マグマのように赤く熱を帯びた岩石の触手を、空を覆い尽くすほどの質量で『新生・反逆の泥舟』へと振り下ろした。


「させねェよォッ!!」

龍崎が甲板を蹴り飛び上がり、巨大な丸太棍棒を全力で振り抜く。

ドゴォォォォォォォンッ!!

純粋な極道の膂力と、重力を歪める混沌の質量が激突し、爆発的な衝撃波が周囲の海水を一瞬で蒸発させた。


「重力異常、左舷へ偏位! カイル、リオナ、右舷の魔力障壁に巨樹のエーテルを集中!」

狂い狂う波の間を縫うように操舵輪を切りながら、ゼッカが叫ぶ。

「わかった! リオナ、光を木の脈動に合わせるんだ!」

「うんっ! 『聖光・霊樹の反発リペル』!!」

二人の光魔法が精霊樹の骨組みと共鳴し、船全体が翠緑すいりょくのバリアに包まれる。直後、獣の口から放たれた紫黒い混沌のブレスがバリアに直撃するが、大自然の生命力がその狂気を中和し、海中へと霧散させていく。


「隙だらけだぜ、デカブツ!」

マストから跳躍したハクが、荒れ狂う海に落ちる暗雲の影を操り、無数の巨大な黒い槍を生み出して獣の触手を海面へと縫い付けた。


船の性能と仲間たちの連携は完璧だった。

しかし、船首でその死闘を見据えていたシオンの全身を駆け巡っていたのは、冷静な戦術ではなく、煮えたぎるような熱い闘争の血だった。


(……ああ、思い出すわ。この血と泥に塗れた、純粋な殺意の匂い)


シオンの胸の奥で、彼女の内に宿る『くろの魂』が歓喜の産声を上げていた。

それは、遥か昔の闘争の歴史。アウストラ大陸がまだ秩序ルールを持たず、強者のみが血肉を喰らい合っていた弱肉強食の極致――『泥の時代』の生々しい記憶だ。

帝国の皇帝カイザーが作り上げた無機質な箱庭には決して存在しなかった、命を直接すり潰し合うような原始の狂気が、今のシオンの闘争本能を限界まで引き上げていく。


「帝国の飼い犬どもとは、根性の入り方が違うじゃない。……いいわ、あんたのその原始的な狂気、私が真っ向から喰い破ってあげる!」


シオンは獰猛な笑みを浮かべ、右腕を真っ直ぐに前へと突き出した。

そこに収束するのは、極炎と紫電、そして巨樹のエーテルが混ざり合った『極彩色の劫火』。

だが、今の彼女の炎は今までとは決定的に異なっていた。アウストラ大陸の泥の時代の記憶と完全に共鳴したその力は、単なるエネルギーの塊ではなく、まるで意思を持った凶暴な「炎の獣」のような姿へと変貌を遂げていたのである。


「ハイブリッド・コア、出力を私に回しなさい! 一撃で脳天をブチ抜くわよ!!」

シオンの叫びに呼応し、船の中枢にある心臓がドクンッと大きく脈打った。

混沌の海を照らすほどの強烈な極彩色の光が、シオンの右腕へと一極集中していく。


「喰い破りなさいッ!! 『極炎・黎のあぎと』!!」


シオンの右腕から放たれたのは、単なる高圧縮の熱線ではなかった。

極炎と紫電、そして巨樹のエーテルが完璧に融合した極彩色の劫火。それが、アウストラ大陸の『泥の時代』の凄惨な記憶と共鳴し、明確な殺意と飢餓感を持った「巨大な炎の獣」の姿となって顕現したのである。


「ギシャァァァァァァァァァッ!?」

災厄の獣が、迫り来る圧倒的な死の気配に初めて恐怖の叫びを上げた。

迎撃しようと無数の岩石の触手を突き出すが、極彩色の炎の獣はそれらを紙屑のように焼き尽くし、そのまま災厄の獣の巨大な胸ぐらへと深く、深く食らいついた。


ズガガガガガガガガガゴォォォォォォォォォンッ!!!!!


混沌の海で、太陽が爆発したかのような閃光が弾けた。

対魔鋼すらも容易く砕くほどの質量を持っていた災厄の獣の岩石装甲が、シオンの放った原始の炎の前では全く意味を成さず、内部の混沌のコアごと完全に噛み砕かれたのだ。


断末魔の悲鳴が空間を震わせる間もなく、超高熱の爆発が周囲の狂った重力場ごと空間を焼き払い、海水を一瞬にして蒸発させていく。


「……ッハ! やり過ぎだぜ姉御! 船まで丸焦げになっちまう!」

見張り台のハクが熱風に煽られながらも、痛快な笑い声を上げる。

「カイル、リオナ! 最大出力で結界を維持してください!」

「やってるよ! ……でも、すごい熱量だ……!」

ゼッカの指示のもと、魔法組が展開する霊樹の盾が、爆発の余波をギリギリのところで弾き返し続けていた。


やがて、網膜を焼くような極彩色の閃光が収まると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「……ウソ。海が、静かになってる」

セブンが甲板の手すりにしがみつきながら、生身の左目を大きく見開いた。


荒れ狂っていた漆黒の海は嘘のように凪ぎ、空から降り注いでいた紫色の雷も、空間を歪めていた重力異常も完全に消え去っていた。

災厄の獣が消滅したことで、この海域を覆っていた混沌のエーテルが霧散したのである。


「フゥ……。まあ、ウォーミングアップとしてはこんなもんかしらね」

シオンは右腕にまとわりつく極炎の残滓をフッと息を吹きかけて消し、満足げに口の端を吊り上げた。

彼女の胸の奥では、泥の時代の記憶を取り込んだ『くろの魂』が、極上の獲物を平らげた後のような心地よい重低音を響かせている。


「お見事です、シオン女王陛下。……前方海域のエーテル濃度、安定。視界が開けます」

操舵輪を握るゼッカの声と共に、空を覆っていた分厚い暗雲が真っ二つに割れ、一筋の陽光が海面へと差し込んだ。


「……おいおい、見えてきたぜ。あれが星の記憶が示してた、次のドンパチの舞台ってわけか」

龍崎が丸太棍棒を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべて水平線の彼方を指差した。


雲が晴れたその先。

凪いだ海を越えた遥か前方に、禍々しくも雄大な「未知の大陸」の輪郭が、くっきりとその姿を現していた。

帝国の整然とした鋼鉄の都市とも、巨樹の島の豊かな緑とも違う。荒々しく隆起した岩肌と、空を焦がすような濃密なエーテルの霧に包まれた、純粋な闘争の気配が漂う大地。


「ええ。最高の新天地じゃない」


シオンはマントを翻して船首の最先端に立ち、次なる厄災が待つその大地を真っ直ぐに見据えた。

泥だらけの休息を経て、最強の船と新たな力を手に入れた反逆の極道たち。彼らを乗せた『新生・反逆の泥舟』は、確かなエンジンの鼓動を響かせながら、いよいよ混沌の大陸へとその舳先を進めていく。

帝国のルールが一切通じない狂気の海。そこで遭遇した巨大な獣の放つ原始的な力は、かつてアウストラ大陸を覆っていた弱肉強食の「泥の時代」の記憶と、シオンの内に宿る『くろの魂』を激しく共鳴させました。

ハイブリッド・コアの絶大な出力と、泥の時代の闘争本能が融合して生まれた『極炎・黎の顎』。大自然の脅威すらも真っ向から喰い破るシオンの圧倒的な暴力と極道としての矜持は、ヘビーなバトルファンタジーとしての真骨頂です。


そして災厄の獣を撃破し、狂乱の海をねじ伏せた一行の前に、ついに次なる闘争の舞台である「未知の大陸」が姿を現しました。

全14部構成で展開されるこの第八章において、第八部はまさに後半戦の怒涛の展開へ向けた着火点となります。


先ほど前半をお届けした次なる第九部からは、この禍々しい混沌の大陸への上陸と、未知の狂気との本格的な死闘が幕を開けます。泥だらけの極道たちの苛烈な歩みに、引き続きご期待ください。

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