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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第八章:精霊の巨樹と、未開の野生王国

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第八章2『未知の密林と、小さな狩人』

上陸直後に襲い掛かってきた強大な甲殻魔獣。その規格外の暴力に対し、魔力も武器も失った満身創痍の反逆者たちは、極道らしい「泥臭い一撃」で見事に勝利を収めた。

冷たく無機質な鋼鉄の箱庭から一転、一行が辿り着いたのは、濃密なエーテルが息吹く圧倒的な生命の領域。

倒した魔獣の肉を平らげ、自然の恵みと脅威を同時に味わった彼らは、島の中央にそびえ立つ天を衝くほどの『巨樹』へとその狙いを定めた。

魔力回復の目処も立たず、サバイバル機材も皆無という絶望的な状況。だが、ルール無用の大自然は、己の腕一つで死線を潜り抜けてきた極道たちにとって、これ以上ないほど血湧き肉躍る舞台でもあった。

鬱蒼と茂る未知の密林の奥深く、彼らを待ち受けるのは次なる魔獣か、それとも――。

未開の野生王国を突き進む、泥だらけの探索行が幕を開ける。

「……暑ィ。なんだってこんなにジメジメしてやがるんだ、この森は」

龍崎が滝のような汗をぬぐいながら、忌々しそうに鬱蒼とした木々を睨みつけた。


甲殻魔獣の肉で腹を満たし、砂浜で一夜の休息を取った一行は、島の中央にそびえる『巨樹』を目指して原生林の奥へと足を踏み入れていた。

帝国の空調で管理された快適な温度とは無縁の、肌にまとわりつくような高い湿度とむせ返るような緑の匂い。足元はぬかるみ、巨大なシダ植物やツルが複雑に絡み合って、ただ歩くことすら困難な獣道が続いている。


「文句言わないの、筋肉ダルマ。ほら、先頭なんだからしっかり道を開きなさい」

シオンは龍崎の背中を軽く蹴り飛ばし、周囲の気配に鋭く目を配りながら進む。

大剣を失った龍崎の肩には、海岸近くに生えていた巨大な流木を削って作った「即席の丸太棍棒」が担がれていた。武器としては粗末だが、彼の規格外の筋力が振るえば、岩すら砕く凶器となる。


「カイル、リオナ、大丈夫? 疲れたら無理せず言ってね」

「平気だよ、シオン。……でも、本当に生命力が強い森だね。空気に魔力が溶け込んでるのが、肌で分かるよ」

カイルが光の小太刀で邪魔なツルを切り払いながら答える。リオナも額の汗を拭いながら、興味深そうに周囲の珍しい植物や、色鮮やかな昆虫を観察していた。


最もこの過酷な環境に苦戦しているのは、やはりセブンたち元サイボーグ市民たちだった。

「……イタッ! また変な虫に刺された……」

「泥で足が滑る……。靴の中、グチャグチャ……」


完全無菌状態の箱庭で育った彼らにとって、泥の感触も、容赦なく襲い来る虫も、棘のある葉も、すべてが初めての「痛み」と「不快感」だった。

だが、誰一人として「帰りたい」と弱音を吐く者はいなかった。

痛いからこそ生きている。自分たちの足で、自分たちの意志で道なき道を進んでいるという事実が、彼らの瞳から機械的な虚ろさを完全に消し去っていた。


「主様、前方に複数の熱源反応を感知しました。……いえ、これは」

最後尾で周囲を警戒していたゼッカが、生身の左目を細めて立ち止まった。

同時に、先頭を歩いていた龍崎と、中腹にいたハクもピタリと足を止める。


「……気づいてるわね、ハク」

「ああ。獣の気配じゃねぇ。もっと……『知恵』のある、嫌らしい視線だ」

ハクが短剣を逆手に構え、シオンも包帯の巻かれた右手を静かに下ろした。


深い密林の静寂の中、風の音とは違う「カサッ」という微かな葉擦れの音が、一行の周囲をぐるりと取り囲むように響いた。

それは明らかに、統率の取れた群れが獲物シオンたちを包囲するための、計算された足音だった。

ヒュッ、ヒュンッ!!


風切り音とともに、四方の樹上から無数の細い影がシオンたちへ向けて射出された。


「カイル!」

「『聖光・光壁』ッ!」


シオンの短い指示と同時、カイルが展開した光のバリアが一行の頭上を覆う。

パチンッ、パチンッと硬い音を立ててバリアに弾き返され、泥の地面に突き刺さったのは、植物の棘を削って作られた「吹き矢」だった。


「……棘の先端に、麻痺性の神経毒が塗布されています。かすっただけでも行動不能に陥る可能性が高いです」

ゼッカが地面に落ちた吹き矢を瞬時にスキャンし、冷徹に告げる。


「野蛮な歓迎だこと。姿を見せなさいよ、コソ泥ども!」


シオンが頭上の樹冠を睨みつけると、生い茂る巨大なシダの葉の隙間から、ついに包囲者たちがその姿を現した。


「……子供、か?」

龍崎が目を丸くする。


木の枝に音もなく降り立ったのは、体長一メートルにも満たない、小柄な人型の亜人たちだった。

草木で編まれた迷彩服を身に纏い、頭部には木彫りの不気味な仮面を被っている。仮面の隙間からは獣のような鋭い瞳が光り、お尻にはフサフサとしたリスや猫のような尻尾が揺れていた。


「子供じゃねぇ。あの身のこなし、相当な場数を踏んでる『プロの猟兵』だぞ」

ハクが短剣を構えながら舌打ちをする。


小柄な狩人たちは言葉を発することなく、奇妙な身振り手振りで連携の合図を送ると、猿のような身軽さで木々を飛び移りながら、第二波の攻撃を仕掛けてきた。

今度は吹き矢だけでなく、上空から巨大な「ツルで編まれた網」を投下し、一行を分断して捕獲しようとする高度な狩猟戦術だ。


「キャアッ!?」

網の直撃を受けそうになったセブンが悲鳴を上げる。


市民シロウトに手ェ出してんじゃねぇ!!」

龍崎が咆哮とともに跳躍し、巨大な流木の丸太棍棒をフルスイングした。

ブォォォォンッ!!

凄まじい風圧を伴った丸太の一撃が、上空から落ちてきた頑丈な網を、中に仕込まれていた重りごと力ずくで引き裂き、吹き飛ばす。


「ウギッ!?」

予想外の物理的破壊力に、狩人の一人が仮面の奥で驚愕の声を漏らした。


「チマチマとした狩りの真似事なら、他所でやりな!」

ハクが影を地面に這わせ、着地しようとした狩人たちの足元から鋭い棘を突き出す。狩人たちは驚異的な反射神経で空中で身をよじって躱すが、その着地点にはすでに、両手に二丁拳銃を構えたゼッカが待ち構えていた。


「行動予測、完了。……射撃します」

パンッ、パンッ! と、魔力を最低限に抑えた威嚇射撃が、狩人たちの仮面の縁を的確に掠める。

殺傷能力はないが、「これ以上動けば頭を吹き飛ばす」というゼッカの冷徹な警告に、数人の狩人が枝から滑り落ちそうになり、慌てて体勢を立て直した。


魔力が枯渇状態であっても、彼らは幾度もの死線を潜り抜けてきた極道である。小細工だらけのゲリラ戦など、日常茶飯事の「喧嘩の延長」に過ぎない。


「……随分と手慣れてるじゃない。でも、あんたたちのボスはどこ?」


シオンは周囲で繰り広げられる攻防を気にも留めず、紫の瞳で森のさらに奥へと視線を巡らせた。

統率の取れた群れには、必ず命令を下している「頭」がいる。それを潰せば、この種の包囲網は一瞬で瓦解するのだ。


「そこね……ッ!」


シオンが視線を固定したのは、一行を包囲する狩人たちよりもさらに高い樹冠の奥。巨木に同化するように潜んでいた、ひと回り立派な仮面を被った狩人の姿だった。


「カイル、リオナ! 道を開けなさい!」

「はいッ! カイル、合わせるよ!」

「『聖光・一閃』!!」


二人の祈りの光が一本の細いレーザーとなり、シオンと敵のリーダーの間にあった無数の枝葉を一直線に焼き切った。

障害物が消え去った瞬間、シオンは超重力の魔力を使わず、純粋な脚力のみで地面を蹴り爆発的に跳躍。幹を蹴り、枝を弾き、重力を無視したような三角跳びで、驚愕して吹き矢を構えようとした狩人のリーダーの眼前にまで一瞬で肉薄した。


「さあ、お喋りの時間よ」


シオンは極炎も紫電も使わず、ただ「極道の女王」としての凄まじい殺気と覇気を込めた生身の拳を、リーダーの仮面の鼻先、ミリ単位の距離でピタリと寸止めした。


ピタッ。


凄まじい風圧がリーダーの被っていた木彫りの仮面を揺らし、後方の枝葉がバサバサと吹き飛んだ。

もしこの拳が数ミリでも前に出ていれば、仮面ごと頭部が粉砕されていただろう。圧倒的な「死の気配」を突きつけられたリーダーの小柄な体は、硬直したまま完全に動きを止めた。


「ウ……ギギ……ッ」

リーダーが震える手で構えていた吹き矢を取り落とし、それが数十メートル下の泥の地面へと落下していく。


「お利口さんね。さて、あんたの部下たちにも『武器を捨てろ』って命令してもらえるかしら?」

シオンが冷たい笑みを浮かべて凄むと、リーダーは慌てたように奇妙な舌打ちのような音を鳴らし、高く短い鳴き声を上げた。


その合図を聞いた瞬間、周囲の樹上に潜んでいた数十人の狩人たちが、一斉に吹き矢や網を地面へと投げ捨て、恭順を示すように両手を上げて膝をついた。


「ハッ、話の分かる頭で助かったぜ。俺も手加減が苦手なもんでな」

龍崎が丸太棍棒を肩に担ぎ直し、ハクも影の棘をスッと地面に同化させて消し去った。


シオンは警戒を解かずに、拳を突きつけていたリーダーの胸ぐらを掴み、そのまま軽々と持ち上げて地面へと飛び降りた。

ドサッ、と泥の上に放り出されたリーダーは、怯えたように後ずさるが、逃げられないと悟ったのか、ゆっくりと自らの木彫りの仮面に手をかけた。


「……オマエタチ、鉄ノ臭イ、シナイ。……何者ダ?」


仮面の下から現れたのは、猫のような丸い耳と、警戒心に満ちた金色の大きな瞳を持つ、やはり子供のように小柄な亜人の顔だった。その口から紡がれたのは、流暢ではないものの、確かにシオンたちが理解できる「共通語」であった。


「あら、言葉が通じるじゃない。それに、鉄の臭いって?」

シオンが首を傾げると、リーダーの亜人は尻尾の毛を逆立てながら答える。


「我ラハ、コノ森ト『精霊ノ巨樹』ヲ守ル、森妖族ファウナ。……最近、海ノ向コウカラ、鉄ノ鎧ヲ着タ、血モ涙モナイ奴ラガ来テ、森ヲ荒ラシテイル。オマエタチモ、ソノ仲間カト思ッタ」


「鉄の鎧を着た奴ら……ね。なるほど、帝国マキナ・テオ機巧兵オートマタが、この島にも資源探索か何かで入り込んでたってわけか」

ハクが腕を組み、納得したように頷く。


シオンはふっと笑みをこぼし、警戒して身構える森妖族のリーダーに向けて、包帯の巻かれた右手を差し出した。


「安心して。私たちはその『鉄の鎧の連中』の住処を、根こそぎブッ壊してきたただの迷子よ。海に落ちて、たまたまこの島に流れ着いたの」

「……ブッ壊シタ……?」


リーダーの金色の瞳が、信じられないものを見るように大きく見開かれた。

魔力も枯渇し、ボロボロの服を着た、どう見ても満身創痍の集団。だが、彼らが放つ覇気と、たった今見せつけられた圧倒的な戦闘力は、その言葉が嘘ではないことを十分に証明していた。


「まあ、そういうことだ。俺たちも喧嘩を売られたから買っただけで、お前らの森を荒らすつもりはねぇよ」

龍崎が豪快に笑い、カイルとリオナも敵意がないことを示すように両手を広げた。市民たちも、怯えながらも興味深そうに森妖族たちのフサフサの尻尾を見つめている。


「……オマエタチ、本当ニ、鉄ノ悪魔ヲ倒シタノカ……?」

リーダーの亜人は、シオンの差し出した手を恐る恐る握り返し、立ち上がった。


「ええ。それで、一つ取引をしないかしら? 私たちは宿と食料、それに魔力を回復する安全な場所が欲しい。あんたたちは、森を荒らす邪魔者を追い払いたい。……利害は一致してると思うけど?」

シオンの悪女のような、しかし頼もしい極道の笑みに、リーダーは小さく息を呑み、そして深く頷いた。


「ワカッタ。我ラノ集落ニ、案内スル。……長老様ニ、会ッテクレ」


未開の密林での予期せぬ遭遇戦は、互いの実力を認め合う形であっさりと幕を下ろした。

森の守り手である森妖族という新たな導き手を得たシオンたちは、彼らの足跡に従い、鬱蒼とした原生林のさらに奥深く、天を衝く『精霊の巨樹』の足元へと向けて歩みを進めていく。

未知の密林で一行を待ち受けていたのは、巨大な魔獣ではなく、森を守る小柄な亜人「森妖族ファウナ」たちによる高度なゲリラ戦でした。

毒矢や網を使った計算された包囲網は、並の冒険者であれば一網打尽にされていたでしょう。しかし、帝国の死線を潜り抜け、常に実戦の中に身を置いてきたシオンたち極道にとっては、「チマチマした喧嘩の延長」に過ぎませんでした。

魔力が枯渇していても、龍崎の暴力的な腕力、ハクやゼッカの的確な牽制、そしてシオンのリーダーを直接叩く機動力によって、一瞬で形勢を逆転させる姿は、彼らの地力の高さを証明しています。


そして明らかになったのは、この未開の島にもすでに帝国マキナ・テオの魔の手――鉄の機巧兵たちが侵入し、森を荒らしているという事実。

「鉄の悪魔を倒してきた」というシオンの言葉が、警戒していた森妖族たちの心を開き、一行は彼らの集落へと招かれることになります。


次なる第三部では、巨樹の足元に広がる集落での交流と、この島が抱える「帝国との因縁」の全貌が明かされます。

魔力の回復を待ちながら、再び鉄の残党と相見えることになるのか。新天地でのシオンたちの泥臭い任侠劇に、引き続きご期待ください。

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