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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第八章:精霊の巨樹と、未開の野生王国

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第八章1『新天地の洗礼』

鋼鉄の箱庭を脱出し、本物の海へと着水した『反逆の泥舟』。魔力も機関も完全に使い果たし、ただ波のまにまに漂流していた一行が、三日三晩の旅の果てに辿り着いたのは、地図にない広大な原生林に覆われた未知の島だった。

冷徹な機械の文明とは真逆の、圧倒的な野生と、濃厚な生命の魔力が息吹く新天地。

だが、太陽の光が降り注ぐ美しい砂浜に足を踏み入れたシオンたちを待ち受けていたのは、穏やかな休息だけではなかった。

失われた魔力の回復もままならない満身創痍の反逆者たちに、未知の大自然が容赦なくその牙を剥く。

くろの魂の導くままに、新たなる海を渡った極道たちの、次なる冒険と死闘の幕が静かに上がる。

「……おい、みんな起きろ。霧の向こうに、何か見えてきたぞ」


マストの天辺から飛び降りたハクの声に、甲板で泥のように眠っていたシオンたちは一斉に体を起こした。

帝国脱出から三日目。アノンのアナログ計算通り、果てしなく続いていた水平線の先、朝霧のベールの向こう側に、圧倒的な存在感を放つ「巨大な緑の影」がその姿を現しつつあった。


それは、これまでの階層都市の白銀の威容とは完全に異なる、生命の塊だった。

天を衝くほどに巨大なマングローブの巨樹が幾重にも絡み合い、島全体がうねるような深い緑の原生林に覆われている。


「うわあ……すごい。あんなに大きな木、見たことないよ……」

リオナがカイルの腕を掴みながら、驚きに瞳を輝かせる。

「ああ。人工の造花じゃない、本物の植物が放つ魔力の密度が、ここまで届くくらいに濃い……」

カイルもまた、満身創痍の体に微かに流れ込んでくる自然のエーテルを感じ取り、深く息を吸い込んだ。


ザザザザザァァァンッ……。


機関が停止した『反逆の泥舟』は、穏やかな海流に導かれるようにして、輝く白い砂浜へと静かに乗り上げた。船体が砂に擦れる鈍い音と共に、泥舟の長い航海は一時的な終着を迎えた。


「上陸だぜェッ!! やっとこの足で地面を踏める!」

龍崎が甲板の縁を飛び越え、真っ先に砂浜へと着地した。限界を超えてボロボロだった彼の筋肉も、この三日間の睡眠と潮風によって、ある程度は動けるまでに回復しているようだった。


「……柔らかい。それに、踏むと少し沈む……。これが、本物の『土』と『砂』……」

セブンをはじめとするサイボーグ市民たちが、恐る恐る泥舟から砂浜へと降り立つ。彼らはしゃがみ込み、指先で砂をすくい上げ、その一粒一粒の手触りや、足の裏から伝わる大地の温もりに、息を呑んで感動していた。部品として扱われていた彼らが、初めて本物の星の肌に触れた瞬間だった。


シオンは包帯が巻かれた右腕を庇いながら、ゆっくりとかわしたタラップを降り、新天地の土を踏みしめた。

紫の瞳が、目の前に広がる鬱蒼とした原生林を鋭く見据える。


「……シオン女王陛下。この地域の環境データを測定しました」

ゼッカが、生身の左目で周囲の植物を観察しながらシオンの隣に立つ。

「大気中のエーテル濃度が、帝国の管理区域の約五倍に達しています。人工的な精製によるものではなく、純粋な生態系そのものが魔力を自給自足している状態です。……私たちの魔力の回復速度も向上しますが、同時に、ここに生息する野生生物の危険度も比例して高いと推測されます」


「いいじゃない。退屈な砂漠や機械の部屋より、これくらい活きが良い方が私好みよ」

シオンは口の端を獰猛に吊り上げ、まだ十分に魔力が戻りきっていない両腕を軽く回した。


だがその時、ハクが短剣の柄に手をかけ、鋭い声を上げた。

「――全員、下がれ! 茂みの奥から、ヤバい気配が来るぞ!」


ハクの警告と同時に、美しい砂浜の静寂が、地響きのような咆哮によって打ち破られた。

原生林の木々が激しくなぎ倒され、中から姿を現したのは、帝国の機巧兵オートマタなど比較にならないほどの質量を持った「未知の巨獣」だった。


それは、全身が緑の苔と強固な外殻に覆われた、体長十メートルを超える巨大な【甲殻魔獣】だった。その凶悪な複数の赤い眼が、砂浜に現れた異邦人――シオンたちを明確な「外敵」と認識し、狂暴な咆哮を轟かせながら突撃を開始した。


ズドゴォォォォォォォッ!!


巨大な甲殻魔獣が砂浜を抉りながら猛進してくる。その圧倒的な質量と突進速度は、帝国の重装甲機巧兵すらも凌駕していた。


「チィッ! 大剣がありゃあ真っ二つにしてやるんだがな!」

龍崎が前に飛び出し、丸太のような両腕の筋肉を限界まで膨張させて、魔獣の巨大な二本の角を真正面から素手で受け止めた。

ギリギリギリッ! と、龍崎の足元の砂が深く抉れ、そのまま数メートル後方へと押し込まれる。


「重てぇ……! だが、ブリキの塊よりは血の通った良い力してやがるぜ!!」

龍崎は額に青筋を浮かべながらも、嬉々として狂暴な笑みを浮かべた。しかし、帝国での死闘のダメージが抜けきっていない彼の肉体では、純粋な野生のパワーを完全に抑え込むことは難しい。


「龍崎さん! 『聖光・小盾シールド』ッ!」

カイルが後方から光の盾を展開し、龍崎の腕をサポートする。だが、その光は以前のような強烈な輝きを持たず、数秒でパリンと弾け飛んでしまった。


「くっ……! まだ魔力回路が完全に回復してない……ッ!」

カイルが膝をついて荒い息を吐く。リオナも両手を合わせているが、指先から僅かな火花が散るだけで、有効な魔法が編めない状態だった。


「セブン! あんたたちは船の陰に隠れてなさい!」

ハクが影を細いロープのように伸ばし、市民たちを泥舟の背後へと誘導する。

「主様、この魔獣の装甲は自然環境で高圧縮されたエーテルの結晶体です。生半可な魔法や物理攻撃はすべて弾かれます!」

ゼッカが残された生身の目で魔獣の弱点を分析し、愛用の二丁拳銃で装甲の隙間――関節部分を的確に撃ち抜くが、硬い外殻に阻まれて火花を散らすだけだった。


「……なるほどね。大自然の歓迎の挨拶にしちゃあ、随分と手荒いじゃない」


シオンは包帯の巻かれた右腕を庇いながら、冷静に状況を観察していた。

魔力がすっからかんの病み上がり。頼みの綱の龍崎も武器を失い、魔法組も本調子ではない。守るべき非戦闘員の市民たちもいる。

普通ならば絶望的な状況だが、シオンの紫の瞳には焦りなど微塵もなかった。


「力任せのゴリ押しが通じないなら、極道らしく『泥臭い喧嘩』でいくわよ。……ハク、ゼッカ!」

「おうっ!」

「了解しました」


シオンの号令一つで、ハクとゼッカが即座に動いた。

ハクは少ない魔力で影を刃にするのではなく、砂浜の『影の形』を歪め、突進を続ける魔獣の足元に巨大な「落とし穴」の錯覚を作り出した。

野生の直感ゆえに、足元の異変に敏感に反応した魔獣が、一瞬だけ突進の勢いを緩める。


「今だ龍崎! 上に弾け!!」

「オラァッ!!」


魔獣の踏み込みが甘くなったその瞬間、龍崎が渾身の力で二本の角を上空へと跳ね上げた。

強固な前傾姿勢を崩され、柔らかい腹部が一瞬だけ無防備に晒される。


「そこよッ!」


シオンが砂を蹴り上げ、魔獣の懐へと飛び込んだ。

彼女の左手には、莫大な魔力の代わりに、極限まで圧縮された「ただの一握りの極炎」がチロチロと揺らめいている。

万全の状態で放つ派手な大魔法ではない。持てる僅かな熱量を一点に集中させた、暗殺者のような一撃。


「硬い鎧を着込んでる奴には、隙間から直接『火種』を放り込んでやるのが一番効くのよ!!」


シオンは魔獣の装甲の継ぎ目――柔らかい腹部の中心へと、その左手を容赦なく突き入れた。


第八章:精霊の巨樹と、未開の野生王国

第一部:新天地の洗礼(後半)

「『極炎・穿火せんか』ッ!!」


シオンの左手から放たれた極限まで圧縮された小さな炎が、魔獣の装甲の隙間を潜り抜け、その体内へと直接注ぎ込まれた。

派手な爆発も、周囲を焼き尽くすような業火も起きない。だが、外殻がどれほど強固なエーテル結晶で守られていようと、内臓まで防弾仕様になっている生き物など存在しない。


「ギャガァァァァァァァァァッ!!?」


魔獣の巨体がビクンッと大きく跳ね上がり、複数の赤い眼から光が失われた。

内部から致命的な器官をピンポイントで焼き尽くされた甲殻魔獣は、断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、その莫大な質量を砂浜にドスーンッと横たわらせて完全に沈黙した。


「……ふぅ。魔力がすっからかんの時は、こういう地味な燃費の良さが助かるわね」

シオンは左手についた魔獣の体液をパパッと払い落とし、軽く息を吐いた。


「ハッ、流石は姉御だ。針の穴を通すような嫌らしい一撃だったぜ」

ハクが短剣を収めながら、ニヤリと笑って歩み寄る。

「ガハハハッ! だがよぉ、こんだけデカいカニみたいなバケモンだ。装甲の下の身は、さぞかし美味ェんじゃねぇか!?」

龍崎が倒れた魔獣の巨体をバンバンと叩きながら、早くもその腹を鳴らしている。


「……ちょっと龍崎さん! 未知の生物なんだから、毒があるかもしれないでしょ!」

カイルが慌てて止めに入るが、リオナもまた、倒れた魔獣を興味津々に見つめていた。

「でもカイル、私たち備蓄の食料も少なくなってるし……。ゼッカさん、これって食べられるの?」


ゼッカは義眼のない左目で魔獣の生体構造をスキャンするように見つめ、淡々と答える。

「……生体エーテルの残滓から推測するに、毒性は確認できません。甲殻の下の筋肉組織は高タンパクであり、十分な加熱処理を行えば、我々の貴重なエネルギー源となる可能性が極めて高いです」


「決まりね。今日の宴会のメインディッシュは、このデカブツの海鮮焼きよ!」

シオンの豪快な宣言に、船の陰で怯えていたセブンたちサイボーグ市民も、ホッと胸を撫で下ろして歓声を上げた。


彼らにとって、自分たちの力(シオンたちの戦い)で自然の脅威を退け、その命を糧として生き延びるという行為は、帝国で配給されていた無味乾燥な栄養剤とは全く異なる、生々しい「命の循環」を実感させるものだった。


「さて、腹ごしらえの目処は立ったけど……」

シオンは倒れた魔獣から視線を外し、背後にそびえ立つ、島を覆い尽くすほどの原生林と、その中央にそびえる天を衝くほどの『巨樹』を見上げた。


「これだけ濃い魔力が充満してる島だ。今のバケモンみたいなのが、ウジャウジャいると考えた方がいいわね。……魔力も武器も万全じゃない私たちにとって、ここは帝国の箱庭以上に厄介な『サバイバル会場』になるわよ」


「上等だぜ。ブリキの兵隊と殴り合うより、血湧き肉躍る大自然の方が俺たちにはお似合いだ!」

龍崎が両拳を打ち鳴らし、ハクも楽しげに肩をすくめる。

カイルとリオナも、不安よりも未知への好奇心に瞳を輝かせていた。


息の詰まる鋼鉄の箱庭から、ルール無用の未開の野生王国へ。

すっからかんの魔力とボロボロの体、そして新たな共犯者たちを連れた泥だらけの極道たちは、強大なる大自然の洗礼を笑い飛ばし、新天地での第一歩を力強く踏み出したのだった。

第八章「精霊の巨樹と、未開の野生王国編」が、いよいよ本格的に幕を開けました。


鋼鉄と計算で支配された前章の「神聖機巧帝国」とは打って変わり、今度の舞台は圧倒的な生命力と魔力が満ち溢れる未開の大自然です。

満身創痍で魔力も枯渇しているシオンたちですが、だからこそ知恵と経験、そして極道らしい「泥臭い戦い方」で巨大な甲殻魔獣を仕留める姿は、彼らのタフさと実戦経験の豊富さを際立たせています。


そして、倒した魔獣をすぐに「食料」として見なす逞しさ。

初めて本物の土を踏み、自然の脅威と恵みを同時に知ったセブンたちサイボーグ市民にとっても、この島での生活は「生きる」ということを根本から学び直すための過酷で豊かなサバイバルとなります。


島の中央にそびえる天を衝く巨樹には、一体どんな秘密が隠されているのか。

魔力も武器も万全ではない状態で、未知の生態系に立ち向かう一行の冒険は、かつてないほど野生的で予測不能な展開を迎えます。

次なる第二部では、原生林の奥深くへの探索と、この島に息づく新たなる「出会い」が描かれます。引き続き、泥だらけの反逆者たちの旅をお楽しみください。

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