日射し
「さすがに暑くなってきましたねえ……」
「そうだな。どっかの誰かさんが暑さに負けて俺ばっかり厨房係に回すから、余計に熱がこもってんだよなあ」
季節は夏、ユージーンを雇ってから三ヶ月が経った。ユージーンは想像以上に仕事ができる人で、接客のやり方もメニューの種類も調理の手順も、ひと月もしないうちにできるようになった。
「あっ、ちょっと! たまごはもう少し火を通してくださいって言ったじゃないですか!」
「いや細かいんだって、いいじゃねえか半熟でも! なんだよ、生焼けに恨みでもあんのか?」
恨みというか、死因なのだけど。そう言いたいが、暑さにやられたと思われても仕方ないのでやめておく。たまごの火加減が甘いところ以外は、仕事のできる人なのだ。それに今調理しているのはまかない用なので、ユージーンの自己責任である。
店の前に敷かれている道は、石が白っぽくて反射がとてもまぶしい。ユージーンは自分の方が暑いとアピールをしているが、正直なところカウンターでも暑いものは暑い。
目の前の建物をぼんやりと眺める。今も左官職人たちが行き交うそこは、いまだ建設の途中。完成したら酒場になるんだそうだ。今は私の店もお昼前からやってるお弁当屋さんくらいの営業時間だけど、ゆくゆくはシメのガレット、なんてものを目指すのもいいかもしれない。
そんな風に考えながら必要経費の計算をしていると、「ずいぶんお疲れだね」と声をかけられた。
「セシリアさん! 今日は神殿には向かわれないんですか?」
貧血で倒れて以来、昼間は神殿に通うようになったセシリアさんだった。私の声を聞いて、遅めの昼ご飯を食べていたユージーンも奥から顔を出す。セシリアさんはユージーンにひらひらと手を振った。以前よりも、ずっと顔色がよくなっている。
「いやあ、今日は夕方から信者さんの集会があるみたいでさ。私の宗派じゃないからお邪魔できないの」
「そうなんですね。……あれ、違う宗派のセシリアさんが書庫に入れるんですか?」
私の疑問に、セシリアさんは少し驚いた後に「そっか、そうだね」と笑った。
「私、信仰学の寄宿学校出てるからさ。卒業するとき、学長に紹介状書いてもらったの」
「あ、それ聞いたことあるな。学校出るときに学長からお墨付きもらえたら、どこの神殿でも出入り自由っていう。俺の地元にも、遠くから来てるやつがいた」
へえ、と声を漏らす。私の故郷は本当に笑ってしまうほどの田舎だったので、学校に通えた人なんてほとんどいない。神殿と呼べるほどの大規模な建物はなく、神をまつるものは小さな祠だけ。そんな場所だから、研究者にはほとんど縁がなかったのだ。
そんなわけで、信仰や学校の詳しい仕組みについては、あまりよく分かっていない。今後も、信仰がらみでよく知らないことは、セシリアさんに聞くことになるだろう。
「それにしても今日、ほんとに暑いね。前までだったら倒れてたかも。私、体力ついてきたんだなあ」
その言葉にうれしくなる。私の推論が正しかったことも、私を信じてセシリアさんが日常生活を変えてくれたことも。どうすればよいのか、考えた甲斐があるというものだ。




