第一章・終
「それでは、これでお暇します。セシリアさん、病気にならないためには適度な運動も必要です。神殿に行くくらいの距離で構いませんから、体調が回復したら歩くようにしてくださいね」
「あはは、耳が痛いなあ。うん、心がけるよ。そろそろ研究資料も集めに行きたいところだしね」
セシリアさんの家を出る。奥さんに見送られて帰路につくと、ユージーンさんが送ると言ってくれた。なんとなくこちらをうかがっていたので、「どうしました?」と聞いてみる。
「なあ、こんなこと言うのはあれだけど。お代、もらわなくてよかったのか? レーズンもバターも自腹だろ」
何かと思えば、お金の話かと納得する。彼は護衛をやっていたというから、金銭面はきっちりとしたいのだろう。
私としては、別にお金をもらうことでもないと思っている。今回のことは、私が勝手に首を突っ込んだだけだからだ。お隣さんに作りすぎたお惣菜をおすそ分けするような感覚だ。
ユージーンさんが納得いかないのは、私と彼女たちが「店主とお客さん」という立場だから。でも私から見れば、カウンターの外では「ご近所さん」という認識がある。
「私は、お二人が今後も店に来てくだされば、それでいいんです。常連さんであるという以外にも、ご恩がありますから」
「恩? なにかしてもらってたのか」
「はい。奥さんは井戸端会議で、セシリアさんは神殿で、それぞれお友達にうちの店を宣伝してくださっているんです。最初のころは閑古鳥が鳴くようなありさまで、稼ぎも全然なくて。そんな時に、奥さんがお店に来てくださったんです。そこからは宣伝効果でみなさんに来ていただいてますから、この程度じゃ返しきれない大きなご恩なんですよ」
実際のところガレットは、極端に言って田舎の節約ご飯だ。前世では専門店もあるほどだったけど、ガルニエの街でうけるとは思えない料理。手軽さを売りに店を開いたが、もっといろどりが豊かで飲食スペースも充分にある小料理店と同じものと見られれば太刀打ちできなかった。お昼に何を食べようか、なんて話しながら通り過ぎていく人を見て、宣伝が足りなかったかと苦い思いをしたのをよく覚えている。
そんな中で通りすがりにほうれん草とチーズのガレットを注文して、食べ終わるやすぐに「お皿を持って来れば、出先で食べるのにちょうどいいわね! お仕事中のちょっとした休憩時間にもよさそうだわ、なにより具材の種類がとっても豊富!」と大きな声で人を呼び込んでくれたのが、奥さんだったのだ。
「そうか、恩か……。なあ、ひとつ提案があるんだが」
「はい、なんでしょうか」
懐かしさに浸っていると、ユージーンさんが足を止めてこちらに向き直った。笑顔の多い人だと感じていたが、今の彼の表情は真剣そのものである。
「エレノアの店って、従業員とか募集してないか? 俺は警備とか接客とか、あと火の扱いも得意なんだが」
意外な申し出だった。経験したことがないから想像でしかないけれど、彼の仕事はもっと体力仕事で魔法をどんどん使うような、派手なものだというイメージがある。
「志望動機をうかがっても?」
まさかこんなに早くこのセリフを言うことになるなんて。入試でもバイトの面接でも、お決まりのフレーズだ。面接官の側も、なかなか緊張するものなのだと思い知った。
「まず個人の事情、いくら安い家を借りていてもそろそろ貯金が尽きる。次に、お前の世間知らずは見てて不安だ。いくらなんでも東と西は間違えないだろうと思ってたし、成人済みで押し売り一つさばけないのは放っておけない。最後に、これが一番重要なんだが」
現実的な理由と言い返せない言葉のコンボにぐうの音も出ないところで、彼は言葉を切る。そしてニッと笑って、
「俺はお前の義理堅さやお人好しが気に入った。お前みたいな奴と仕事をしたい」
と言った。一番は人柄、ということだろうか。ありがたいことだ。
その申し出は、願ってもないものだった。多分キッチンとカウンターの交代制になるだろうが、営業中でも仕入れの対応ができるようになるのは大きい。何より先に注文を聞いておいて、カウンターの前に来たら提供するだけにしたら効率もかなり上がる。
「では、ユージーンさん採用です! 調理と接客は交代制でやっていただきます。勤務時間は朝の十時から夕方の六時、休憩は一時間で週四回。お給料はまた相談して決めましょう、明日は研修ということでどうですか?」
「おう、よろしくな。それから敬称はなくていい、長いだろ」
二人で店に歩いていく。一人で回していたあのせまい店が、今日から二人で回す店になる。ユージーンの性格はさっぱりしているし、セシリアさんへの対応を見ても丁寧に接することができる。
これは明日から忙しくなりそうだ、と昼過ぎの街を歩きながら、明日以降のことに期待を膨らませるのだった。
第二章更新は8/18の20時です。




