星の見る下で
冬の冷え込みも穏やかになった頃の、静かな深夜。遅くまでかかった翻訳対応表の作製も一区切りがついたので、店先のベンチに座って星を見ていた。指先がかじかんで物を書くのも一苦労だったけど、近頃はそれも少しはマシだった。あとちょっと、日中が暖かくなれば出発の頃合いだ。
指先に息を吐きかけていると、「やぁ」と声をかけられた。
「こんばんは、エレノアちゃん。お隣いいかなぁ?」
「レオさん? どうしたんですか、こんな夜更けに下町まで……」
レオさんはにっこり笑って、手をぐいっと傾けるジェスチャーをした。なるほど、酒を飲みに来ていたらしい。「いやぁちょっと個人的に聞いておきたいことがあったなぁ、って思い出してさ」と星空を見上げた。
「エレノアちゃんってさ、オルコットの出身だったよね?」
「はい、そうですよ。生まれも育ちもオルコットです。それがどうかしましたか?」
「うん……それがっていうか、なんで村を出てここまで来たのかなぁって思ってさぁ」
大したことじゃないけど、と笑う。たしかに大したことではないけど、かえってそれを聞きに来たことに疑問が浮かぶ。いつだったかユージーンにも似たようなことを聞かれたので、長く一緒にいる人というのは似てくるものなんだろうかと面白くなってくる。
「実家で浮いてましたから、居心地が良くなかったんです。だから、ガルニエの支援を頼ってお店を開こうと思いまして」
「それじゃあ、オルコットを出たらそのままガルニエに来たの?」
はい、と頷く。レオさんはあごに手を当てて、ぽつぽつと語り出した。
「おれの昔馴染みで、キンバリーで生まれ育ったやつがいてさぁ。そいつ、村を出てガルニエで医者やってたんだけど、キンバリーってかなり貧しいし教育も充分じゃないから、腕のいい医者が育つ土壌なんてないんだよねぇ」
ぽりぽりと頭をかきながら話しているのを、黙って聞く。なんとなく、言いたいことは分かってきたから。
「でも、そいつは北区の病死者数をあっという間に減らした。しかも安価で請け負って、魔法なんて使ってないときた。そこで気になって会いに行ったら、そいつ、自分で書いたっていう手記を見せてくれたんだよ。読めない文字もあったけど、読める部分だけ見てもキンバリーで得られる知識じゃないし、それどころかおれも知らないようなことまで書き連ねてあった。そいつの名前がオーウェン……ライリーくんのお父さんだ」
そうだろうな、と目を伏せる。レオさんの意外な人脈には驚くが、それが本題ではないことは分かる。
「おれがオーウェンにどこでこれを学んだって聞いたらさ、あいつ、キンバリーよりも前にいたところって言ったんだ。でもオーウェンはキンバリーで生まれ育ってて、きちんとその届け出も出されてる。どういうことか分からなかったけど……笑ってごまかされちゃってさぁ。その内にオーウェンが亡くなったって聞いて、おれは結局本当のところを聞けずじまいだったんだよねぇ。そんな時に、経歴に見合わない知識の持ち主が現れた。それがエレノアちゃんだよ」
だから今日ここに来た、とレオさんは穏やかな表情で私と目を合わせる。
「ねぇエレノアちゃん、エレノアちゃんとオーウェンは、一体どこから来たのかなぁ?」




