方便
「――そういうわけで、セシリアさんにはこちらの本を出版していただきたいのです」
セシリアさんにそうお返事をすると、一瞬呆気にとられたセシリアさんは、手記を手に取ってぱらぱらと内容を読み始めた。そして静かに閉じたあと、「分かったよ」と言って微笑んだ。
「文中の解読不能と思われる記述は、私が翻訳します。翻訳の対応表も作ります、それでも信憑性は無いかもしれませんが……」
「ううん、対応表を作ってもらえれば検証できるから大丈夫。それでも、私は今までこの文字を見たことがないんだけど、エレノアちゃんはどうしてこれが読めるのかな?」
セシリアさんは私の目をじっと見て、ビタミンと書かれた部分を指で示す。その近くには、食物繊維の文字もある。カタカナと漢字の二種類だけでも、その複雑性から暗号だと言うには難易度が高すぎるし、私が知っている理由にはなり得ない。かといって適当に言ってごまかすには、私とライリーのお父さまには共通点がなさすぎる。
「それは、お話しできません。セシリアさんが信用できないという意味ではないんですが……申し訳ありません」
苦々しい顔の私に、セシリアさんは焦ったように待ったをかけた。
「別にエレノアちゃんを疑ってるとかどうこうしようとか、そういうことじゃないからね! ただ、上から何か言われたときになんて言ったものかって思って……。うん、じゃあ、こうしよう」
いいこと思いついた、と言わんばかりの顔で、セシリアさんは手記を指さす。
「この手記の著者であるオーウェン氏は、知識の悪用を懸念して暗号を作成、対応表を自室に隠した。しかし彼は亡くなり、遺品整理の際に対応表も発見される。そこでこの手記にその紙を挟んでおいたものの、経年劣化で紙は不完全なものになった。それを息子のライリーくんが、オーウェン氏の生前の言葉をもとに師匠であるエレノアちゃんと復元、見事出版に至った。……どう?」
「それは、かなり脚色しすぎでは? いいんですか?」
「そういう触れ込みで売り出したりはしないよ、あくまで上に通すための方便。そんなこと聞かれないとは思うけどね、知識流出を防止するために対策を立てるなんてよくある話だから」
うぅん、と唸り声が出てしまう。嘘はよくないことだけど、本当のことを言うわけにもいかない。なによりこの手記が出版されることで助かる人がいるだろうことも事実。
そう思って頭を悩ませていると、話を聞いていたライリーが近寄ってきて私たちに声をかけた。
「オレ、思ったんだけど。それってセシリアさんが翻訳したことにしちゃいけないの?」
「え? いけないことはないけど、どうして?」
「だって、オレの手柄にはしなくてもいいって思ってる、ので。だからエレノアが解読に協力して、セシリアさんが翻訳したことにしちゃいけないんです、か。患者さんに合わせて書いてた紙にも同じような文字はあったし、そこから分かった、って」
私としてもそちらの方がまだ納得がいく。セシリアさんは困ったように笑って、「できればエレノアちゃんとライリーくんの手柄にしたかったんだけどね」と言った。
「ま、本人が望まないんなら仕方ない。そうやって通しておくよ。あとは任せて」
次回から第十一章に入ります。
最終章になります。お楽しみに!




