冷え込み
脚気事件から三週間が過ぎ、店はすっかり平常運転だ。ライリーは配達に出かけ、イスラはカウンターでお客さんの対応をして、ユージーンは厨房に立つ。私はデュランド公に提出する書類を仕上げている。大きなイベントもなく、寒さも厳しくなってきたからか、お客さんの数はそう多くない。その分、デリバリーの需要はかなり高まっている。
「あーもう、さっむい!」
くしゅん、とくしゃみをしながらライリーが店内に入ってくる。配達終わりのライリーが店に戻ってきたということは、そろそろ二時を過ぎたころのはずだ。一日のうち最も気温のあがる時間にこの寒さというのは、本格的に冬が深まってきた証拠だろう。貯めてあった水で手を洗うライリーが、冷たさに肩を跳ねさせる。
「ねえユージーン、これお湯にできないかな」
「手ぇ洗い終わったら逆に冷めてくるぞ、諦めろ。ま、スープくらい飲んどけ」
ユージーンはそう言って、まかないのキャベツスープを差し出す。テーブルの向かい側にスペースを作って、書類を箱にしまうと、ライリーは向かい側に座って「何の書類?」とたずねてきた。
「先月分の収支報告書です。これで今月分の税金が変わるんですよ。いずれ教えますから、今は存在だけ覚えていてくださいね」
ライリーが弟子になりたいと言ってくれたあと、お母さまとも話し合って、来月から弟子として迎えることが決まった。それ以降ライリーは料理だけでなく、経営の方も積極的に知ろうとしてくれている。
「イスラ、表の人通り少なかったらメニュー表下げといてくれ。風が強くなってきたから飛ばされるだろ」
ユージーンは前にも増して、周囲を見てくれるようになった。それは店内だけの話じゃなくて、お客さんとのやりとりもそうだ。勤め始めて一年が経つ頃に、副店長みたいな立ち位置になってもらうことも視野に入れている。
「今日はお客さまがまばらね。そんなにお外に出たくないのかしら……?」
イスラはお店が休みの日に、自分で簡単な往診をするようになった。近所の治癒魔法士の先生に許可を得て、イスラは怪我の対応を中心にまわっているそうだ。「お金を貯めて早く一人前になるわね」と笑っていた。
頭の中で、さっきまで見ていた収支報告書を思い浮かべる。そろそろ店の規模を大きくしてみてもいいのかもしれないな、と頬が緩む。例えばハーブを使うようにして薬膳料理としてのレパートリーを増やしてみるとか、各地の食材を使ってふるさとの味フェアみたいなことをやってみるとか、と考えて、いずれにしてもお金も時間も必要だなと息を吐く。この辺りは三人に要相談、といったところか。
「こんにちはー、エレノアちゃんいるかな?」
考え事の中で名前を呼ばれ、はっとして立ち上がる。「ただいまお伺いします!」と表に向かうと、セシリアさんがカウンターに頬杖をついて手をひらひらと振っていた。
「やぁ、この後って時間もらえる?」




