許せないこと
「これはなんだ」
「ラップガレットです。私の店で提供している物とは少し形が違いますが、味に大きな違いはありませんよ」
簡潔な返答にレオさんが笑いそうになったが、デュランド公は「そうではない」と眉間にしわを寄せている。ライリーたちが固唾を飲んで見守る中、デュランド公がうつむき気味のまま大きくため息をついた。
「ソバの実を挽いて粉にしたもので生地を作り、薄く延ばして焼いたガレットで茹でたアスパラガスと焼いた豚肉を塩で味付けして巻いたものです。付け合わせにはタマネギのレモンバターソテーを添えてあります」
それを聞いたデュランド公は「そうか」とひと言だけ口にした。こめかみのあたりを押さえて、私と目を合わせる。
――そして、ガレットを床に叩き落とした。
床に落ちた料理が無残な姿になっているのが見える。デュランド公が険しい顔をしているのが見える。見えているのに、何一つその光景が理解できなかった。
「……は?」
「あ、あの、デュランド公? どうなさったのです?」
ユージーンの呆気にとられた声が聞こえた。イスラの慌てたような言葉に、デュランド公があきれたように答える。
「そなたたちは、貴族にソバを食えというのか、肉を食えというのか。まったくもって不敬極まりない、この程度で済んだことに安堵すると良い」
「なんでそれが不敬なん、ですか」
ライリーの疑問に、デュランド公は鼻で笑った。「それが分からないからこうなったのだな」と見下すように……いや、見下して笑っている。
三人が動揺している。レオさんは笑っているけど、黙って見ているだけだから手の出しようがないんだろう。私がしっかりしないと。そう思って深呼吸をする。
「ふざけないでください」
その言葉は、いやに重く響いた。やってしまった、と思っても一度怒りで動いた口は止まらない。せいぜい口調を乱さず、怒りを爆発させないようにすることしかできない。
「ソバを食べたくないのも豚肉を食べたくないのも、伝統なんて言葉を言い訳に使ったワガママじゃないですか。あなたが今粗末に扱った食材に、一体どれだけの手間と時間がかかってると思ってるんですか。いい加減にしてください」
「貴様……!」
「はーいそこまでね、二人とも落ち着いて。エレノアちゃんも冷静になろうねぇ、今怒ってもこのジジイ話聞かないからさぁ。デュランド公もですよ、自分のために頑張ってくれている子を傷つけちゃだめでしょう」
レオさんが間に入って気が削がれたのか、デュランド公は一度険しくした表情を少し落ち着けた。たしかに食べ物を粗末にしたことは許せないけど、それを怒ってもしょうがない。今ひとまずすべきは意識改革じゃなくて、ガレットを継続的に食べてもらうことなんだから。
私たちが落ち着いたのを見て、レオさんが笑った。床に跪いて落とされたガレットを拾いながら、デュランド公に話しかける。
「さっきおれが一つ食べましたけど、毒もないしおいしいですよ。食べず嫌いなんて損なことするなぁ。味の方は食べてみたらいいじゃないですか。ちなみにガレットってオルコットではごちそうなんで、デュランド公を嘲笑するために作られたものじゃないですからね」
さっきレオさんがつまみ食いしたのはこのためだったのか、と目を見開く。とんでもない人が協力者になってくれたのを、今ようやく実感した。




